焼肉祭りじゃあああ!
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
キノコはやばいでぇ。
気分は忍者でゴザル! ニンニン。
やべぇ、忍者じゃなくて野人丸出しだ。
この山の暗闇と友達になるとしよう。
周囲にモンスターの気配を感じなくなった頃、昇り始めた朝日が、群青色の空に地平を走る緋色の帯を描き、美しいコントラストが浮かび上がる。
美しい風景を眺めながら、俺は周囲に目を移す。
そこには、乾いた血液のどす黒い色と、鮮血の赤が混じり、むせ返るような血と内臓の匂いが辺りに充満していた。
自然が織り成す美しい風景と、自らが作り出したおぞましい光景との対比に、己の業の深さを感じた。
ネガティブな感情に引っ張られすぎている。両手でパンと自分の顔を叩き、俺は川へと向かった。
川に到着すると、全身を綺麗に洗う。傷を確認すると肩に引っかき傷があった。
戦闘中はアドレナリンが大量分泌されていたのか、あまり痛みを感じなかった。
水辺に生えるナール草をもぐもぐと
回復薬に使われるナール草は繁殖力が強く、水辺に必ずと言っていいほど生えている。町に近い場所では取り尽くされているが、人の手が入っていない山の奥は取り放題だった。
何匹ぐらいのモンスターを倒しただろうか? おそらく20体近くは倒している。
血の匂いに誘われたモンスターが次から次へとやってきた。何度か命の危機を感じたが、負った傷は少なかったようだ。
追跡者に怯え、モンスターに怯え、山の暗闇に怯えた。
巨大な捕食者に怯え、恐怖に耐えられなくなり捕食者に襲いかかる小動物のように、恐怖に耐えられなくなった俺は無謀な行動に出た。
くだらないことで命を落とす危険があった。重傷を負ったかもしれない。だけど必要なことだった、後悔はしていない。
戦いを乗り越えることで自信がついた。
得る物はあった、おそらくレベルが上がっている。それに体の感覚も以前と変わっていた。
闇の中で戦い続けたからだろうか、あらゆる感覚が鋭敏になっている。
風に揺れる木々の葉、その葉脈までクッキリと見える。川のせせらぎに微かに混じる、魚の泳ぐ音が聞こえる。
薬草や毒草の特徴的な香りを嗅ぎとることができる。肌をなでる風の気流まで、皮膚で感じることができる。
吸い込んだ空気にかすかに混じる水の味。川の近くだからだろうか? 空気の味のわずかな違いも、舌で感じ取ることができた。
五感が強化されたことで、気配察知の精度が増している。そのおかげで、暗闇でも不自由なく動けるようになっていた。
「ステータスオープン」
レベル
17
スキル
空手
毒耐性
麻痺耐性
気配察知
気配隠蔽
投擲
五感強化
称号
新種のゴブリン
怪物
M字ハゲ進行中
やはりレベルが上がっている。それと新しいスキルが生えている。『五感強化』このスキルのお陰で、闇でも戦えたのかもしれない。
極度の緊張と集中が、スキル獲得に作用したのだろうか? それとも、気配察知で散々五感を使っていたので、熟練度的な物がたまっていたのだろうか。
ただ、強化され過ぎている、ある程度コントロールできるようにしないとな。
この世界のスキルは意外と融通が利くので、強化幅の調整やon offの切り替えなんかを意識しよう。
嗅覚強化状態で肥溜めに落ちたら、匂いで気絶してそのまま肥溜めで溺死という、自縛霊確定の最低な死に方をしそうだ。
汚れを落とし、傷の手当をした俺は、倒したまま放置していたモンスターの処理を始める。
肉のストックはあるし、毛皮も今のところ使い道がない。しかし、命を奪ってそのまま捨てるのは、何か違う気がする。
せっかくなので、解体の練習をすることにした。
運が良ければ、解体のスキルを覚えられるかもしれない。この世界はアイテムボックスや次元収納なんてないので、荷物の軽量化のために解体の技術は必須だ。
数をこなすスピードと、買い取り価格のための丁寧さ。このふたつを両立させるために、解体の技術を磨いていく。
合間に食事を挟みながら、大量のモンスターを解体する。
夕方頃にすべての解体を終わらせ、後始末を終える。昨日から徹夜で活動している。正直、限界が近い。
睡魔と戦いながら、なんとか拠点に戻る。
今なら、この粗末なベッドでも眠れそうだ。近くのモンスターは粗方倒した。闇での戦闘にも自信がついた。
もう怯える必要はない。今夜はぐっすり眠れそうだ。
朝、目を覚ます。何時ものようにストレッチを済ませ、頭と体を覚醒させる。
弁当代わりに肉の塊を掴み、黒鋼のナイフを持って川へと向かう。水を飲み、川で洗った肉をナイフで薄切りにして食べる。
美味い、美味いんだけどさ。
「もう生肉はいやじゃあああああああ」
正直飽きた、せめて焼肉が食いてぇ。思わず魂の叫びが口から出てしまった。火を熾すと煙で位置がばれてしまう。なので、今まで生で肉を食べてきた。
もう限界だ。
生水も生肉も衛生的に良くない。何とか火を使いたい。
葉っぱのフィルターである程度の煙は誤魔化せるけど、こんな山奥で煙が上がってたら目立つだろうな。
うーん、どうしよう。
逃亡者なんだから我慢しなきゃいけない。でも精神がもたねぇ。恐怖心を克服すると、現金なもので生活環境の向上に意識が向いてしまう。
迷ったあげく、俺は炭を作ることにした。
作るときは目立つ。何時間も煙が上がるので、間違いなく目立つ。しかし、一度作ってしまえば、あまり煙の出ない燃料を確保できる。
炭と葉っぱフィルターの組み合わせで、煙はほとんど認識できないレベルになるだろう。
拠点から離れた場所で炭を焼く。そうすれば水も沸かせる、そして肉が焼肉に進化する! しかも炭火焼肉だ! 高級な響きが素敵過ぎる。
逃亡者がなんだ! 煙が目立つからなんだ! 質の悪い炭なら1日もあればできる。1日なら領軍を動かす暇なんてないだろう。
「焼肉祭りじゃあああ! 炭火で焼肉じゃああああ!」
テンションのおかしくなった俺は川沿いを走る。町と拠点の中間点ぐらい。冒険者でも滅多に近寄らないが、俺の拠点よりは町に近い場所。
そこに、いい感じに開けた場所を見つけた。
そこそこの距離を見渡せる。気配察知を掻い潜って敵が現れても、敵を目視した瞬間、森に逃げ込めばかなりの確率で逃げられると思う。
材料の乾燥した木を探す。倒木で腐っていない乾燥した木を見つけると、さっき見つけた場所に持っていく。
下準備のため、乾燥した木を適度な長さに折る。
できればまとめて作りたいが、そんなに長く山に滞在するつもりはない。原始生活だと火を熾すのは大変なので、普通は火を消さないように保っている。
だが、この世界だと事情が違う。
異世界レベルパワーで、ものすごい速度で棒をコスコス出来る。意外と火を熾す労力が少ない。こまめに火を消すことで、燃料の炭はかなり節約できるはずだ。
それなりの量、乾燥した木を集めた。長さもある程度揃えた。軽く穴を掘り、支柱となる長さ30センチぐらいの木を埋める。
後は、隙間を埋めるように円柱状に木を立てかけていく。隙間に枝を入れ、なるべく密集するように木を積み重ねていく。
ドーム状になるように、木を支柱に立て掛ける。
川の側に粘土質の土がある。その土に水をぶっ掛けて混ぜる。ネリネリとまぜ、粘り気が出てきたら、木を覆うようにべしゃっと粘土を被せる。
なるべく厚さが均一になるように、隙間が開かないように木を覆っていく。木を完全に粘土で覆うと、頂点と下の方に幾つか空気穴を開ける。
棒と棒をコスコスする受けを作った板。ナイフで削った木粉と、枯葉を手で砕き解した物を用意する。
棒で板の窪みをコスコスすると摩擦で火が付く。火種を木粉と枯葉を解した物で包み、慎重に息を吹きかけ火を大きくする。
粘土の頂点に開けた穴から、大きくなった火を投入。このまま火が上から下へと降りて行き、下の空気穴から炎が見えるまで待つ。
以前炭を作ったときは、欲張って大量に作った。そのときは、火が下に行くまで長い時間がかかったが、今回は少量なので1~2時間ぐらいで行けると思う。
待っている間、暇だな。放置して何処かに行ってもいいが、熱にやられて土に穴が開くことがある。
そうなると、空気が入りすぎて炭にならない。近くで見張る必要がある。
そうだ、炭を運搬するための籠を作ろう。暇つぶしを兼ねて、蔓や木の繊維を
太い蔓を紐で加工して籠を作る。これがなかなかに難しい。太い蔓をフレームにして、紐を網状にして隙間を埋める。
網の目が荒いと細かいものがすり抜けてしまう。かといって、目が細かい網を加工するには手間が掛かる。
俺はなんとか試行錯誤しながら、ガタガタの辛うじて籠と呼べなくもない物体を、作成することに成功した。
炭を作っている場所からは、狼煙のように煙がモクモクと上がっている。だが、周囲に人の気配はない。
上から降りてきた火が下まで到達し、下の空気穴から火が見えるようになった。下と頂点の空気穴を粘土で塞ぐ。
後は自然に火が消え冷えるのを待てばいいのだが、完全に冷えるのを待つと丸1日掛かりそうだ。状況によっては、途中で取り出すことも考える必要がある。
完全密封した後も、粘土が崩壊して空気が入り込む危険がある。なので、放置して移動といったことができない。
暇だ、ものすごく暇だ。火が燃えている時は揺らめく火を眺めながらボーっと時間を潰せたが、完全密封した今は、ただの土のドームだ。
こんな物眺めていても5分で飽きる。俺は暇を潰すため、気配察知で周囲を警戒しつつ、思考の海へダイブすることにした。
この世界は歪でおかしい。もちろん、この世界の住人にとっては当たり前で普通のことなんだろう。しかし、地球人の知識からすれば異常なことが多すぎる。
レベルが上がり身体能力が上がる。そこまではいい。だが、身体能力が上がれば上がるほど、普通は力のコントロールが難しくなる。
今まで1/10の力でそっと摘んでいた品物があったとしよう。レベルが上がり力が10倍になった。すると1/100という超繊細な力加減でしかその品物を摘めない。
日常生活で、そんな超繊細な力加減をたびたび要求されると、ストレスでおかしくなる。そう考えると、高レベル冒険者は日常生活も送れなくなってしまう。
だが、この世界に住人は俺を含め、特に意識せずに力加減ができている。
皿を握りつぶしてしまったり、なんでやねん! と突っ込みを入れた相手の頭をペースト状にパシャっと撒き散らすこともない。
自分が望んだだけの力加減を、たいした意識も、ストレスもなく出している。この世界の人間すべてが、有り得ないほど器用だとも思えない。
どのような状態でも、望んだ行動を完璧にこなしてくれる。どこかで聞いたことのある特性だ。その特性を持つものが、この世界には存在する。
そう、スキルだ。
この世界は日常の力加減など、本人が意識していない部分の処理を、スキルでこなしている形跡がある。
というより、この世界を管理している存在がスキルシステムを流用して、この世界の人間が自然と力をコントロールできるように管理している気がした。
俺はそのことに気付いたとき、スキルを使ったときの処理を、管理側に丸投げするという方法を思いついた。
ゲームに例えるなら、日常生活における力加減などは運営側のサーバーが処理をしているのに、剣術や気配察知などの個人で使用するスキルは、自分の
同じスキル処理なのに、個人的な部分は自分の
結果は成功だった。俺はスキルを使いながら、スキル処理のリソースを使わず、その分を状況判断や相手の行動予測に使えるようになった。
この世界の住人もやっているのか、俺だけが見つけた技なのかはわからない。
レベルがあり、スキルがある。そんなありきたりな部分ではなく、もっと根本的な部分にゲームらしさを感じた。
もしかしたら俺は、トラックに撥ねられ昏睡状態になり、ずっとリアルな夢を見ているのではないか。
もしかしたら、俺が生きていたと思っていた世界よりずっと未来で、偽りの記憶を埋め込まれ、VRMMORPGの世界に放り込まれたのではないだろうか?
俺が必死にもがいている
どの答えが正解であれ、俺にできることなんて変わらない。
この世界が俺の妄想でも、VRMMORPGでも、PCのデータを書き換えるように、俺たちの体を簡単に更新できる、圧倒的なリソースを持つ存在が管理している世界でも、俺にできることは変わらない。
生きて、生き抜いて、幸せになる。今できることを必死に、誰に笑われようと、何を言われようと、生き抜く。ただ、それだけだ。