夜の闇
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「マ、マナミィィイ」
「旨味と
俺のマイホームが!
俺は崩壊したマイホームを見てため息をついた。
四隅に柱を立てて、上にヤシの葉を乗せただけの物だ。これがヤシなのか分からないが、外見はどう見てもヤシの葉だ。
この世界の植生は地球に似ている。ラノベによくある、惑星創造テンプレセットみたいな物があって、神様はそれを素に世界を創造しているのだろうか。
他に考えられる理由としては、環境が似ているからこそ、似たような生物が育っているという説だな。
地球の人間そっくりな人族がこの世界にはいる。ということは、進化の系譜にホモ・サピエンスに極めて近い生物が育つ環境が整っている。
似たような生物が生息しているのだから、植生を含めた環境も似ている。そう考えることもできる。
宇宙は想像もつかないほど広大だ。異世界や別次元なんて物も含めたら、神が手を加えなくても、俺のいるようなファンタジー世界があってもおかしくはない。
もちろん、環境が似ているとはいえ、違う部分も多い。人間だけではなく、獣人やらエルフやらがいる世界だし、モンスターもいる。
魔素なんて地球にもない物があるので、地球で見かけない動植物や、地球と同じような外見でも中身が全く違う植物なんかもある。
地球では無毒でもこちらでは有毒ということもあるので、地球の知識に引っ張られると危険なこともある。
たとえ、地球では高級品である天然本しめじそっくりなキノコを見かけても、涙をのんで我慢するしかないのだ。キノコはやばいでぇ。
そんなことを考えながら、崩壊したマイホームからヤシの葉を回収する。ホンマ、ヤシの葉は優秀やでぇ。
サイズが大きく、数が集めやすく、水をよく弾く。屋根や壁になるために生まれてきたような葉っぱである。
ディス〇バリーチャンネルのサバイバル物や、サバイバル本にも必ず紹介されている。現代でも、東南アジアなどでは現役バリバリで建材として使用されている。
丁寧に回収したヤシの葉を重ねると、蔓で縛ってまとめる。引っ越し先は、あらかじめ選定しておいた場所がある。
川の近くは便利だが、発見されるリスクもあがる。人間は水なしでは生きられない。俺を追跡するときは水場を中心に追跡するはず。
森を
居住地に向いていそうな場所はすでに選定済みだ。マイホーム崩壊の悲劇は、早く場所を移せという神からの啓示だと思っておこう。
もっとも、あの神様なら、
わずかな荷物とヤシの葉を担いで目的地へと移動する。
川からゆっくり歩いて、体感で10分ぐらいの場所が引越し予定の場所だ。
水場から近すぎず遠すぎず。開けているが、木々が生い茂り周りからは見えない。なだらかな傾斜が付いており水はけも良い。
ふはははは、われながら完璧な場所ではないか。ここに大野人帝国を築く! まぁ、冗談だ。そんな大層な物を作る気はないが、住み心地のいい家にはしたい。
荷物を降ろして作業を始める。まずは整地だ。石を丁寧に拾い、木の根を無理やり掘り返し、踏みしめてある程度平らにする。
切り株を掘り返すのは重労働だ。地球でも、開拓作業などの障害となっていた。しかし、ここは異世界。
レベルで強化されたフィジカルと、てこの原理パワーで無理やり掘り出した。最初からある程度開けていたため、作業は簡単に終わった。
次は材料集めだ。家の場所を隠すために近くの木々を伐採したりはできないので、多少面倒だが少しはなれた場所で木を切り倒す。いや、蹴り倒す。
「えいしゃおらー」「しゃーんなろー」「おうしゃい!」「あぁーさぁい」
気配察知でモンスターの気配を警戒しながら、今まで聞いたことのある、『癖が強いんじゃー』な掛け声を言いながら木を蹴り折る。
領軍に追われている。モンスターを引き寄せる危険もある。だけど、あえてアホなことをしている。
気配察知で油断なく警戒しているし、いつ襲われてもいいように心の備えはしてある。用心をしながらアホなことをやっている。
矛盾しているようだが、追われているからとビクビク過ごしては心が持たない。空元気でも良いからエンジョイしなくてはだめだ。
これからの不安だとか、ゴンズたちと離れ離れになったこととか、鬱になりそうなことを、なるべく考えないようにしないと……。
孤独という魔物に、パクっと心を喰われちまう。
ゴブリンだらけの森。おそらく聖域の森を彷徨っていたときはやばかった。ゴリゴリに心を削られて壊れる寸前だった。
油断はいけないが、警戒しすぎも良くない。
キャンプに来たぜ、ひゃっほい! ぐらいの感覚でいて丁度いい。どうせ夜になると、孤独と不安が押し寄せてくるのだから。
適当な数の木を蹴り折ると、蔓で縛り肩に担ぐ。そして気付いた。木々が邪魔で通れねぇ! 泣く泣くバラシ、一本ずつ運んだ。
木の太さは大人の腕ぐらいなので重さはたいしたことがない。木を持ち上げ、小走りで建設予定地へと走る。
レベルアップで強化されたフィジカルは本当にすごい。たいした時間もかからず、すべての木を建設予定地へと運んだ。
地球ならこれだけで一日がかりだったろうな。いやーレベルアップってすばらしい! 次の素材は石。なるべくなだらかでソコソコのサイズを川から拾う。
うーん、一個ずつ運ぶのは効率が悪いな、背負子的な物があれば良いんだが。竹があれば竹籠とか作れるんだけどなぁ。ここら辺には生えてないようだ。
蔓を編んで作ってもいいが時間が掛かる。やはり一個ずつ運ぶしかない。山の環境に慣れる練習だと思えばいいか。これも鍛錬だと思うことにしよう。
川から建設予定地までは、これからも多く移動する。痕跡が残り追跡されないように、少し遠回りのルートで向かう。
家が完成した後も、川にはお世話になる。なるべく痕跡を残さないように、遠回りしたり、木の上を移動したりした。気分は忍者でゴザル! ニンニン。
木の上を移動しているときに、気配察知でクレイ・ボアを発見。木から飛び降り、石でドタマをかち割った。
「プギャアアアア」
やべぇ、忍者じゃなくて野人丸出しだ。
クレイ・ボアの死体を担いで川へと戻り、解体を済ます。解体したクレイ・ボアを
その後ルートを変え、何度も石を運んだ。
ある程度、素材はそろった。後は家の形状と壁を決めないとな。広さで言えば四隅に柱を立てて三角の屋根をつくればスペースは広くなる。
だけど構造が複雑になるし、必要な素材も増える。
雨の日と寝るだけの場所だし、長く住むわけじゃないからな。簡単なハの字住宅でいいか。
壁は虫の侵入を防げる土壁か、通気性抜群の蔓をすだれのようにしたやつか。お手軽簡単、ヤシの葉を重ねたシンプルなやつか。
うーん、とりあえずヤシで! 住んでみて不便だったら考えよう。マイホーム崩壊してるからな。とりあえず、夜になる前に寝床を完成させないと。
ヤシは背の高い木というイメージがある。
ここのヤシは品種が違うのか、育ちきる前なのか。人の身長ほどの高さで、結構な数が生えている。そのヤシから、大きな葉が大量に取れる。
俺は拠点から少しはなれた場所で、大量のヤシの葉を採取した。
これだけあれば、元マイホームから回収したヤシの葉と合わせて十分な数になったと思う。俺はヤシの葉を担いで拠点へと戻った。
まずは骨組みを組む。ハの字に木を合わせて、腰蓑の木の繊維を編んで作った紐で縛る。それを二つ用意して、土に埋めて固定する。
二つのハの字の頂点に横向きに木を置いて縛る。横向きに縛った木に立てかけるように木を左右から並べて紐で縛る。
ハの字がいくつも並んだ木の枠ができたところで、横向きに木の蔓を通す。蔓は長い物だと10メートルを超えているので、簡単に集められた。
木の枠組みと蔓にヤシの葉を下から上に向かって重ねていく。鎧張りのように重ねることで、雨の進入を防ぐ。
丁寧にヤシを重ね、外壁の部分は粗方完成した。
後は排水のための溝を家の周りに掘る。雨が降ってきても溝に水がたまり、地面に傾斜が付いているため、家には水が入らない。
屋根の部分は手が届かないので、作業が大変なのだが、レベルアップのおかげで強化されたフィジカルのおかげで、楽に作業できた。
屋根の部分は、ジャンプで余裕でした。
屋根が風で飛ばないように、木で作った錘を載せる。これで家の完成だ。後は拾ってきた石でカマドを作り、木材でベッドを作れば完璧である。
昔、竹を使って竪穴式住居を作ったときは数日かかった。仮とはいえ、風雨を凌げる建物を作るというのは、それだけ労力を使う。
今回は、異世界で強化された肉体のおかげで簡単に作れた。後は仕上げを残すのみ。普段なら煙で燻すのだが、煙は目立つので居場所がばれてしまう。
苦肉の策として、
濃い茶色をした、めちゃくちゃオーガニック臭漂う、雨上がりの森の匂い濃縮汁の完成である。
霧吹きなどないので、口に含み、悪役レスラーのようにブフーと吐き出す。
「ぐえぇ、森くせえええええ」
強烈なオーガニック臭に思わずえずくが仕方がない。半泣きになりながら、唾液交じりの防虫汁を新居にぶちまいた。
効果があるのか分からないが、あると信じよう。
ちゃちゃっとカマドを作り、四角の枠に半分に割った木の断面をならべた雑なベッドを作る。これで内装や家具は完璧だ。
空はオレンジ色に染まっている。もう夕方か、夜になる前に川に沈めてあるボアを回収しないと。
回収した獲物をナイフで削ぎ切りながら、生のまま食べる。うーん、おいしいけどやっぱり火を通したい。
煙を出さないとしたら炭か……。
でも作るときに大量の煙がでるからなぁ。とりあえず今日は、マイホームでしっかり体を休めよう。食事を終えた俺はベッドに横になった。
うん、狭くて硬くて角の部分が肉に食い込む。だめだこりゃ。でも地面で直接寝るのは良くないってベ〇さんも言ってたしなぁ。
そんなことを考えながら眠れぬ夜を過ごす。
闇に研ぎ澄まされた五感が、敏感に反応して眠れない。
気配察知に引っかかるモンスター。餌になってしまった生物の断末魔の悲鳴。風に乗って流れてくる血の匂い。
モンスターだらけの場所で寝るには、俺の精神は繊細すぎる。
モンスターの気配に怯え、眠れぬ夜を過ごしていると、ネガティブなことばかりが浮かんでくる。
ゴンズたちとの突然の別れ。追跡者の恐怖。幸せだった時間を破壊した貴族への怒り。様々な思いが浮かんでは消え、グルグルと俺の頭を廻る。
強烈な恐怖、身を焦がす怒り、自分すらも対象に入れた破壊衝動。
貴族を殴り山へ逃げ込んだ俺は、精神的に追い込まれていた。貴族を殴ってから一週間。俺はまともに寝れていなかった。
「ダメだ、眠れねぇ」
そうつぶやいた俺は、黒鋼のナイフを掴み森へと歩き出す。今夜は新月なのか、月明かりがない。
自分の足元すら見えない闇。恐怖心が湧き出てくる。
人間は情報の8割を視覚に頼っているという。闇に包まれるということは、周囲の状況を2割しか理解できないということだ。
人が本能的に闇を恐れるのも無理はない。
気配察知を全開にして、五感を研ぎ澄ます。気配隠蔽を使い、闇に溶け込む。嗅覚を頼りにハーブを摘み、体に匂いを移す。
暗闇でモンスターと戦うなんて正気じゃない。だがいい機会だ、この山の暗闇と友達になるとしよう。
気配察知に