<< 前へ次へ >>  更新
57/139

プロローグ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


残りの金をばら撒きながら走る。

毛むくじゃら、いや、モフモフだ。

そうか、匂いか!

結局全裸で大自然じゃねぇか!!

 貴族を殴り山に逃亡してから1週間が経った。


 かなり山の奥まで逃げたことと、犬系獣人の匂いによる追跡をかわしたことで、追跡部隊は完全に俺を見失っている。


 初日以来、追跡者の気配は全くない。


 食料に不安があったが、人が立ち入らない山奥は獣系モンスターの楽園と化しており、生肉食べ放題って感じだった。


 特に、クレイボアの上位種である、大泥猪(ビッグ・クレイボア)がとてもおいしい。肉が美味いといわれているクレイボアの上位種で、格3のモンスターだ。


 ただでさえ美味いと言われている肉が、格の上昇により魔素(マナ)味が増していてヤバイ。元の肉がうまいので、格4の岩蜥蜴(ロック・リザード)に匹敵する美味さだった。


 俺は今、川辺の岩に腰掛ながら、薄切りにした大泥猪(ビッグ・クレイボア)肝臓(レバー)に少しだけ塩を振り掛けている。


 本当はもう少し厚切りにしたかったが、寄生虫をチェックするために薄切りにしている。


 ゴマ油があれば完璧なのにな。そんな風に思いながら生肝臓(レバー)を口に入れた。


 舌に感じる、しっとりプルプルとした柔らかい感触。歯を通すとサクリと歯切れ良く肉が噛み切れる。口いっぱいに広がる旨味と、ほのかな甘み。そして脳をしびれさす様な魔素(マナ)味の深い味わい。


 俺は目をつぶり、ゆっくり咀嚼しながら恍惚の表情を浮かべた。感動のあまり口から言葉が漏れる。


「マ、マナミィィイ」


 さっき仕留めたばかりの新鮮な肝臓(レバー)は、俺を旨味と魔素(マナ)味の渦へと誘う。


「旨味と魔素(マナ)味の鳴門海峡やぁあああ」


 美食によってもたらされた脳内麻薬の洪水は、俺の脳を脳汁まみれにさせ、完全にアホの子へと変えていた。


 新鮮な生肝臓(レバー)に舌鼓を打ち終えると、俺は川に沈めてある大泥猪(ビッグ・クレイボア)を見る。


 川が近かったので、完璧な処置ができた。低温熟成できないのが悲しいが、この肉も俺を幸せにしてくれるだろう。


 狩りで仕留めた獲物は血抜きをする。誰でも知っている常識だが、血抜きの意味を正確に理解している人は少ない。


 実は血抜きだけしても、多少マシになるぐらいであまり意味がない。


 血生臭いという言葉があるように、血はたしかに匂いの原因になる。だけど、処理の悪い肉の嫌な匂いは、血が直接の原因ではない。


 鼻血が逆流して口に入ったことがある人は分かると思う。そのとき、鉄臭いと感じても、まずい肉を食べたときの嫌な臭いは感じなかったはずだ。


 ブラッドソーセージや血のゼリーを使ったお粥。血をめぐらせ味を良くしたうっ血鳥なんて物もある。


 これらの食材はゲテモノというより、普通の食材として扱われている。


 血が肉の嫌な臭いの原因になるなら、こんな食材は出回らないはずだ。なら、なぜ血抜きをするのか? それは雑菌が繁殖する栄養になるからだ。


 『血は完全食』なんていわれるぐらい栄養が豊富だ。その栄養を使って雑菌が繁殖してしまう。嫌な臭いは、繁殖した雑菌が原因なのだ。雑な言い方をすれば、生乾きの雑巾の臭いと同じようなものだ。


 猟師は獲物を仕留めた後、内臓と血を抜くと川に沈める。


 なぜかというと、雑菌が繁殖しやすい25~35度より獲物の温度を下げ、雑菌の繁殖を防ぐためだ。


 血を抜くのは、雑菌に繁殖するための餌を与えないためであり、血抜きをしても冷やすという処理をしないと、雑菌が繁殖してしまう。


 なので猟師は、血抜きより川に入れて肉を冷やすことを優先する。


 自分の仕留めた獲物で料理を作っているジビエ専門の料理店の店主は、獲物が水場に行くまでひたすら追跡してから仕留めるそうだ。


 血が臭いから肉が悪くなるのではなく、血を栄養にして雑菌が繁殖するから血を抜くのだ。血を抜くという行為には意外と深い意味がある。


 俺も初めて聞いたときは驚いたものだ。


 もっとも、獲物のサイズ、気温、解体環境などで変わるので、毎回川に沈めるのが正解でもないんだけどね。


 川に沈めてある大泥猪(ビッグ・クレイボア)を見ながら、そんなことをボーっと考えていた。


 現実逃避の時間は終わりだ。まだ作業が残っている。灰色狼(グレイ・ウルフ)の解体をしなければいけない。


 少し前、気配察知に灰色狼(グレイ・ウルフ)を捕捉したのだが、どうせなら拠点の近くで倒したほうが処理が楽だと思い、接近するまで待っていた。


 油断はできない相手だったが、上位種もいない5体だけ。レベルの壁を越え、黒鋼武器を所持している俺の敵ではなかった。


 順調に相手の数を減らしていると、気配察知に新たな反応があった。大泥猪(ビッグ・クレイボア)の乱入である。


 灰色狼(グレイ・ウルフ)の数も減っている。乱入した大泥猪(ビッグ・クレイボア)もそこまで脅威には感じなかった。


 むしろうまい肉が食えると喜んだ。だけど、大泥猪(ビッグ・クレイボア)は俺ではなく、灰色狼(グレイ・ウルフ)に突進。そのまま俺の拠点に突っ込み破壊した。


 俺のマイホームが! 俺は涙目になりながら残りの灰色狼(グレイ・ウルフ)大泥猪(ビッグ・クレイボア)を仕留め、自宅崩壊のショックから現実逃避するために生肝臓(レバー)を食べていた。


 いつまでも黄昏たそがれてはいられない。いい機会だと思って拠点を移そう。灰色狼(グレイ・ウルフ)の毛皮を丁寧に剥ぎながら、俺は崩壊したマイホームを見てため息をついた。

<< 前へ次へ >>目次  更新