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閑話 私の名はアルブレヒト 07

 商人を殺したことで、私は生き物を傷付けられるようになった。ただ、攻撃に関してはゴンズに任せた方が確実だ。


 私は守備的に戦い、状況を操作することで、ゴンズがなるべく1対1で戦えるように環境を整える。幾度も二人で戦うことで、自然と作り上げられた形だった。


 戦いが安定したことで、危険を感じること無く金を稼げるようになった。そうなると、町から町へと流浪することに疲れを感じる。


 私は安定を求めた。


 どこかの町に拠点を定め、地に足を付けて暮らしたい。町を移動するたびに、安全を確保する労力が必要になる。


 その町独自のルール。逆らってはいけない権力者。裏の住人の勢力分布。複雑に絡み合った情報をから対策を練り、安全を確保する。


 そして、理解力の乏しいゴンズに対策をしっかり理解させる。町を移動すると、その作業を毎回しなければならない。


 これはかなりの労力を要する。


 しっかりとした拠点を定め、人脈を広げ、情報網を構築する。そうすることで、依頼外での死亡のリスクは最小限にできる。


 小国家群の冒険者の死因は、討伐依頼の失敗より人間に殺される方が圧倒的に多い。特にゴンズは敵を作りやすい。


 誰かがゴンズを殺そうとしても、対処できるように環境を整えたかった。


 私はゴンズに、どこか拠点を定め定住したいことを伝えた。ゴンズも放浪するのは飽きたらしく、あっさりと同意してくれた。


 いくつかの候補の中から、城塞都市ロック・クリフを選んだ。


 ロック・クリフはかなり安定している。急速に勢力を伸ばした新興貴族であるため、領地内に貴族が少ないこと。


 裏の勢力が一本化されており、権力争いなどで突発的なトラブルなどが起きないこと。それらの理由から、比較的安全に過ごせると判断した。


 町の象徴でもある城壁から、城塞都市と呼ばれている。しかし、その実情は交易都市であり、周辺から金や人が流れ込んでいる。


 周囲のモンスターも危険度が少なく、依頼も比較的安全にこなせる。冒険者として定住するには、条件が整っていた。






 ゴンズとロック・クリフに移り、1年が経った。最初の頃は、ゴンズと揉める冒険者や、金目当てに襲撃してくる冒険者など、人との戦いで大変だった。


 しかし、全ての敵対者をゴンズが殺害した。


 ロック・クリフでゴンズに正面から喧嘩を売る人間はほとんどいない。たまに他所から流れてきた冒険者が、何も知らずにゴンズに喧嘩を売るぐらいだ。


 その冒険者も、すぐに死体に変えられている。


 私はこの町に移り住んでから、人脈作りと諜報網の構築に力を入れた。衛兵隊の副隊長の娘を篭絡し、捜査情報を流してもらう。


 その情報をスラムを支配している組織に流し、人脈を作った。


 官僚時代の知識を生かし、法の抜け道や合法スレスレの取引のやり方、効率的な人の恐喝方法などを教えた。


 ある程度、信頼関係が築けたとき、組織の効率的な運営や、支配下にある商館などの効率的な管理方法に助言を求められた。


 深入りすると消される可能性があったため、程よい距離を保ちつつ、商務省時代の経験を活かして適切な助言をした。


 私はスラムの組織に、自らの価値を示すことに成功した。それからは、スラムの組織とも良い関係を築けている。


 貴族とは距離を置いている。同業者はゴンズに逆らわないし、裏の組織ともそれなりの関係を築けている。


 対人関係のトラブルは減り、冒険者として安定して稼げるようになった。官僚時代とは比べられないが、一般の平民に比べ、裕福で安定した生活を私は手にした。


 立場的には安定したが、冒険者としては決定的に足りない部分があった。


 斥候技術と遠距離攻撃が無いため、受けられる依頼が限定されてしまう。効率も悪い。新しいパーティーメンバーを入れる必要がある。


 しかし、腕が良く信用できる人間など、すでにどこかのパーティーに所属している。結局、新メンバーを加入できないまま、月日だけが流れていった。


 あるとき、一人の男がロック・クリフにやってきた。弓を背負い、無骨で無口な男はひとりで依頼を受け、綺麗にしとめた獲物を持って帰る。


 凄腕と評判になった男は、色々なパーティーに勧誘されるようになった。


 男は何度かパーティーを組んだが、あまりにも無口な彼を不気味がったり、報酬で揉めたりした。


 それ以来、彼は助力を求められれば参加し、それ以外は一人で獲物を狩る。固定パーティーに所属しない冒険者になった。


 裏切られるのを防ぐために固定パーティーを重要視する、小国家群の冒険者らしくない、少し浮いた存在だった。


 私は慎重に彼の情報を集め、悪い噂が無いことを確認した。その後、ゴンズに提案して、一時的に彼をパーティーに誘った。


 何度か共に依頼をこなし、正式に彼をパーティーに誘った。


 本人は苦手と言っていたが、斥候技術に関して全くの素人である、私やゴンズにくらべ、彼の追跡技術は優れていた。


 そして、弓の腕が圧倒的だった。


 弓術スキルを所持していても、相手は動いてるし、風の影響や矢のクセもある。だが、キモンはどのような状況でも、高い命中精度を誇った。


 優秀な狩人であるキモンの加入で、私たちのパーティーはますます安定した。順調に依頼をこなした私たちは、先を目指すことにした。


 私たちはレベルの壁を越えるため、黒鋼装備を買うための資金を集めた。しかし、なかなかうまくいかない。


 依頼条件を誤魔化す依頼主。悪辣で強かな小国家群の商人たち。私たちは幾度も痛い目に遭い、下手をすれば借金奴隷に落ちるところだったこともある。


 次第にゴンズはやる気をなくし、酒に溺れるようになった。キモンも、趣味が良いとは言えない娼婦に入れあげ、リスクのある仕事を避けるようになった。


 私も安定した日々の中、緩やかに腐っていった。一度依頼をこなせば、一週間は遊んで暮らせる。


 少しだけ働き、酒を飲み、女を抱く。腕が鈍らないように最低限の依頼を受け、金を受け取りまた酒を飲む。


 官僚として鍛えた頭脳は、スラムの組織が儲けるために使われた。そして、その儲けからいくばくかの分前を貰う。


 このまま緩やかに腐り、ゴンズの戦闘能力が低下して誰かに殺される。抑止力を失った私も誰かに殺されるのだろう。


 それでも良いと思った。緩やかに腐っていく日常。ジリジリと焦燥感に身を焦がされながら、退廃的に暮らす毎日。


 日々の甘い猛毒に侵された私は、いつか迎える終焉まで退廃的に暮らすのだと思っていた。


 ある日、一人の男が私の前に現れた。


 特徴的な平べったい顔。冒険者になるには適さない低い身長。誰もが知っているような一般常識すら知らない、僻地からやってきた蛮族。


 その男の名はヤジン。彼は代わり映えのしない日々に変化をもたらし、私が浸っていた甘い猛毒をどこかへと吹き飛ばした。






 冒険者ギルドに入ってきた蛮族は、キョロキョロとあたりを見渡した後、顔をしかめた。


 その表情が気に入らなかったのか、機嫌が悪かったゴンズに絡まれていた。


 運が良ければ金を巻き上げられるだけ。運が悪ければ頭に斧が叩き付けられるだけ。どちらにしても運が悪かったな。


 そう思い、私は冒険者ギルドに入ってきた、チビの蛮族に興味を失った。


 その後、予想外の展開が起きた。チビの蛮族はゴンズを褒め称え、一瞬で彼の機嫌を良くし、懐へと飛び込んでしまった。


 私は驚いた。


 今までに何人もの冒険者がゴンズの機嫌を取ろうと擦り寄ってきたが、知性の欠片もない冒険者たちはただ、『すごい』『さすが』などの単純なほめ言葉しかいえず、すぐにゴンズの機嫌を損ね、斧で頭を叩き割られていた。


 この蛮族は貴族の令嬢に宝石を売る商人のような言い回しで、ゴンズの機嫌を取った。そこにはたしかな知性を感じさせた。


 蛮族、ヤジンと名乗る男が私たちに酒を奢ると言った。冒険者とは思えない知性を感じさせる男。


 私は少し警戒したが、何かの謀略に使うにはこの男の外見は目立ちすぎる。外見に似合わず、元商人なのかもしれない。


 私はヤジンと名乗る男と会話をして、情報を集めることにした。


 話をしていると、彼は図々しくパーティーへの加入を願った。この男は、冒険者になるには身長が低すぎる。ゴンズも難色を示した。


 ところが彼は気配系スキルを取得しているといい出した。


 斥候系スキルは、軍の斥候として訓練を受けた人材のなかでも一握りの優秀な者か、迷宮都市で名の知れた斥候職ぐらいしか取得している者がいない。


 取得の難しいスキルであり、斥候として一流とそれ以外を分ける目安にもなる。


 目の前にいるチビの蛮族が、一流の斥候しか取得していない、気配系スキルを所持しているわけがない。


 どうせ嘘がばれてゴンズに殺されるのだから、時間の無駄だと思った。現に彼はモンスター退治に必要な道具どころか、貨幣価値すら理解していなかった。


 私は時間の無駄だと思いながら、彼の準備を手伝った。


 彼と冒険に出かけ、彼の斥候技術の高さに驚いた。体臭を森に生えているハーブの匂いで偽装するなど想像もしなかった。


 気配系のスキルも実際に持っているらしく、洞窟の中にいるモンスターの数まで察知していた。


 彼を斥候職としてパーティーに加入させ、様子を見ることになった。彼はもしかしたらいい拾い物かもしれない。




 ヤジンと組んでしばらく経ったとき、上位種を含む灰色狼(グレイ・ウルフ)の襲撃があった。一時は死を覚悟したが、戦闘能力が低いと思っていたヤジンの奮戦で何とか切り抜けた。


 彼は粗末な剥ぎ取り用のナイフと素手による攻撃だけで、上位種を含む半数を一人で殺害していた。その外見に反して、戦闘能力も高い。


 身長が低い人間は、筋力や頑強の基礎値が低い傾向にある。だが低い傾向にあるだけで、身長が低くても基礎値が高い人間はいる。


 彼は何度私を驚かせれば気が済むのだろう。間違いなくいい拾い物だった。私たちは、彼を正式にパーティーへ迎え入れた。


 彼が素手で殺した灰色狼(グレイ・ウルフ)リーダーは毛皮に余計な傷が一切なく、いい値段で売れた。さらに、天然物の魔石も手に入った。


 まとまった金を手にした私たちは、ゴンズの怪我もあり、長期休養に入ることにした。そんな中でもヤジンは勤勉だった。


 食べ物に金は使うが、酒は付き合いで少し飲む程度。金にもならない、採取依頼を毎日受け、森へ行っている。


 おそらく斥候としての感覚が鈍らないようにしているのだろう。


 メガド帝国では勤勉を尊ぶ。長年暮らしてきたメガド帝国で培った感覚が、彼に好印象を与えていた。ヤジンは森から帰った後、私との会話をよく求めた。


 知らないことが多すぎるので教えてくれと頭を下げられた。


 ゴンズとキモンは頭脳労働には適さない。ヤジンがそれなりに使えるようになってくれたら、私の負担が減ると思い、酒の肴に色々な知識を教えた。


 彼は乾いた砂が水を吸収するように知識を蓄えた。そして、その度、私に礼を言う。貴重な知識をありがとう。そう言って頭を下げる。


 知識の価値に気付いている冒険者に初めて出会ったかもしれない。私はますますヤジンへの好感度が上がった。


 ヤジンとの会話は、新鮮で私も退屈しなかった。最初はあまりにも常識を知らないことに驚き、次に理解力の高さで驚いた。


 小国家群の冒険者は、恐ろしいほど理解力に乏しい。何度も説明して、半分も理解できれば良い方だ。


 だが、ヤジンは一度説明すれば理解する。疑問に思ったことをすぐに尋ね、答えを聞いて理解する。


 人として、できて当然の行為だが、私は小国家群の冒険者と話して、その当然をできた人物を今までヤジンしかしらない。


 彼と会話をすると安心した。今まで、話せばすぐに理解してくれる相手に囲まれていた。官僚、商人、貴族。


 教育を受けた、考える力を持った人間たちだ。ところが冒険者は長期的な視野を持たず、深く考えることもせず、人の話も理解できない。


 まるで、ゴブリンの群れに放り込まれた気分だった。ゴンズやキモンは仲間として信頼しているが、自分とは違う。


 そうどこかで線を引いていた。


 私からすれば周りが異常なのだが、周りの人間すべてがそうならば、私のほうが異常なのだろう。


 常にどこかで疎外感を覚えていた。いつも孤独だった。


 しかしヤジンがパーティーに入ったおかげで、同じレベルで会話できる人間と会話を楽しめるようになった。


 彼は私に、私たちパーティーに良い変化をもたらし、私の孤独を救ってくれた。彼の外見への差別意識は完全になくなっていた。


 出会ってから日にちは浅いが、彼は私たちの仲間だ。


 そのヤジンがとんでもない話を持ってきた。レベルの壁を越えようと言ってきた。夢物語などではなく、実現可能な計画として話を持ってきたのだ。


 私たちはかつての情熱を取り戻し、必死に依頼をこなした。準備を整え、格4のモンスターへと挑んだ。


 途中まではうまくいっていた。しかし、予想外の行動に出た岩蜥蜴(ロック・リザード)に不意を突かれ、私は危機に陥った。


 するとヤジンが金属の棒を投擲し、岩蜥蜴(ロック・リザード)の目を打ち抜いた。その後、体勢を崩した私をフォローするために、彼は素手で岩蜥蜴(ロック・リザード)へと立ち向かった。


 その姿を見て私は震えた。仲間のために、格上のモンスターと素手で戦う。すばらしいほどの勇気。


 英雄譚に出てくる主人公のようなヤジンの行動に、胸が熱くなった。


 その後、私たちは力を合わせて岩蜥蜴(ロック・リザード)を倒し、レベルの壁を越えた。私たちは喜びを爆発させた。


 ヤジンが作った、岩蜥蜴ロック・リザードの肉を使った焼肉というシンプルな料理は、官僚として様々な美食を経験した私でも驚くほどの美味さだった。


 町へ凱旋し、周辺を巻き込んだ大宴会へと突入した。楽しい、とても楽しい時間だった。そう、とても楽しい時間。










「おい、アル、起きろ!」


 どうやら私はまどろんでいたようだ。


「あぁ、すまないゴンズ。寝てしまった様だね」

「もうすぐ国境だ。何にも起きねぇとは思うが、用心しねぇとな」

「そうか、もうすぐ国外へ出られるのか」

「まったく、こんな状況で寝るなんざ、アルは肝がふてぇな」

「貴族を殴り飛ばしたヤジンほどじゃないさ」

「ちげぇねぇや、がっはっは」


 カタン、カタンと馬車が石畳の凹凸で跳ねる音が聞こえる。どうやら無事、国外へと脱出できそうだ。


 私は馬車に揺られながら、ロック・クリフからここまでの旅を思い返していた。

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