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閑話 私の名はアルブレヒト 05

 でかい揉め事を起こしたから、この町ともおさらばだな。ゴンズはそう言った。明日、旅支度を整えて別の町へ向かうと言われた。


 私はスラムの買取屋が、何らかの報復措置を取ったときのことを考え、宿の場所を変えることを提案した。


 面倒だから嫌だ。そう駄々をこねるゴンズを何とか説得し、了承を取り付けた。


 私は私物をほとんど持っていなかった。今日手に入れた金を使い、後日買いなおせば良いと思い、そのままゴンズの宿へと向かった。


 ゴンズの荷物を回収、移動をしようと宿を出たときだった。私たちは複数の武装した男たちに囲まれた。思った以上に、買取屋の対応が早い。


 ゴンズの宿の場所もすでに知られていたようだ。ゴンズは色々な意味で目立つ。場所を把握されていて当然だった。


 私が宿の移動を提案したときに、すぐ行動できていれば……。私はゴンズに恨みがましい視線を飛ばした。


 いくらゴンズといえど、正面からこの人数は倒せないだろう。目に見えているだけで4人もいる。


 買取屋のときのような人質もいない。裏口も(ふさ)がれているに違いない。私は生きることを諦めた。


 ゴンズはニヤリと笑い、剣を抜いた。そして私の方を見て、こう言った。


「また金が増えるな。今日はとことん、ついてるぜ」


 私は耳を疑った。この状況で何を言っているんだ? この男は。まさか勝てるとでも思っているのか? それとも何も考えていないのか?


 私が困惑していると、ゴンズは宿を飛び出し男たちに斬り掛かった。自分から囲まれに行ってどうするんだ。あの男、頭は大丈夫か?


「どおりゃあああ」


 ゴンズは肉厚のバスタードソードを両手で持ち、大上段から振り下ろす。


 まさか飛び掛ってくるとは思っていなかった男たちは、驚き反応が遅れているようだった。


 慌てて剣でゴンズの攻撃を防ごうとするが、ゴンズの剛力に押し切られ、剣を砕かれながら頭を叩き潰されていた。


 砕けた剣の欠片がゴンズに飛び散り、細かな傷を顔に作っていたが、ゴンズは目をつぶることすらしなかった。


 残りの男たちがゴンズに斬りかかる。


 ゴンズは一番近い相手に片手で突きを出した。重量のありそうな肉厚のバスタードソードを片手で扱っている。ゴンズは規格外の力を持っているようだ。


 突きを受けた男は、グエと潰された蛙のような声を出して倒れた。


 バスタードソードは頑丈だが切れ味が悪いらしく、突きを受けた部分は刃が刺さらず、打撃を受けたようにへこんでいた。


 隙だらけになったゴンズは背中を切られる。さらにもうひとりが斬りかかる。ゴンズは斬撃を腕で防いだ。


 防具を付けていない腕を剣で斬られてしまった。私はゴンズの腕が切断されると思った。


 しかし、剣はゴンズの腕の筋肉で止まっていた。


 刃は骨にすら到達していないようだった。恐ろしいほどの頑強さ、ゴンズの基礎値はいったいどうなっている?


 ゴンズは腕で刃を止められ、驚愕している男を、斬られた腕で掴む。そして、背中からゴンズを斬り付けた男めがけて投げ付けた。


 剣で斬られた腕を使って人間を投げ飛ばす。ゴンズの常識はずれの行動を目にした私は、驚愕で混乱し、思考が停止してしまった。


 予想外の攻撃を受け、絡まるように倒れている二人に向かい、ゴンズはその巨体では想像できないほど素早く飛びかかる。


 距離を詰め、大上段からバスタードソードを振り下ろした。肉厚のバスタードソードは、重なるように倒れていた二人を同時に叩き潰した。


 目の前で起きた圧倒的な戦いに、私は目を疑った。私は官僚時代に、軍の訓練や将軍の模擬戦を目にする機会があった。


 彼らに比べればレベルも低く、技術も拙い戦いだった。それでもゴンズの戦い方は圧倒的な衝撃を私に与えた。



 ゴンズが男たちを倒した、助かった……。私は命が助かったことに気を抜いてしまった。


 私の視界に影が差す。その方向を見上げると、男が剣を振りかぶり、私を攻撃しようとしていた。


 裏口を見張っていた男たちが異変に気付き、裏口から宿へと侵入したのだろう。私は恐怖から、目をつぶり、体を硬直させ丸まった。


 迂闊(うかつ)にも気を抜いてしまった。自分の愚かさを呪いながら、これから襲い来るであろう、痛みに怯えた。


 ガキン。金属のぶつかる音が聞こえ、私は震えながら身を固めた。しかし、いつまでたっても痛みが来ない。


 私は恐る恐る目を開ける。私に攻撃しようとしていた男は、ゴンズに首を掴まれ片手で吊り上げられていた。


 男は吊り上げられた状態で、ゴンズの顔に剣を振る。ゴンズは首を捻ってかわすが、顔を薄く斬られてしまう。


「てめぇ、いてぇじゃねぇかあああ」


 ゴンズがそう叫びながら、吊り上げていた男を地面に叩き付ける。宿の床はバラバラに砕け、叩き付けられた男の顔が床を貫通し地面に叩き付けられていた。


 ゴンズは叩き付けた男の頭を踏み砕く。そして、いつの間にか斬りかかってきた別の男に、素手で飛び込んだ。


 ゴンズが持っていたバスタードソードが、床に落ちていた。私を攻撃しようとした男に投げ付け、距離を詰めて首を掴んだのかもしれない。


 私はそう推測した。


 素手で相手に飛びかかったゴンズは脇腹を斬られるが、一切気にせず男を抱きかかえる。


「フン!」


 両手で男を抱きかかえたまま、ゴンズが力を入れる。バキリと骨の砕ける音が響き、男は口から血を吐くと動かなくなった。


「大丈夫か? アル」


 私はすぐに返事ができなかった。


 命が助かったことの安堵。そしてゴンズが、自分が不利になるのも(いと)わず、武器を投げ命がけで私を守ってくれたことへの感謝で涙が(にじ)んだ。


 今声を出すと、情けないことに大声を上げて泣いてしまうかもしれない。


 感情では、ゴンズに強い感謝の念を抱いてた。しかし、理性と私の中に渦巻くどす黒い感情が、それを否定する。


 弱っているところに優しくされた。それだけで安易に相手を信用するな。弱ったところをつけ込むなどよくある手口だ。


 私は感情に流されないように気持ちを落ち着けると、心配そうな顔をしている目の前の大男に言った。


「少し驚いたが大丈夫だ、ありがとうゴンズ。それより君の怪我を手当てをしよう」


 私がそう言うと、ゴンズは先にやることがあるといった。


 そして、死体から金目の物を回収しだした。優先順位がおかしいと思うが、彼の判断に従う。


 彼が金目の物を回収している間に、宿の女将に傷を洗い流す水と、綺麗な布を用意するように頼み、金貨を一枚渡す。


 かなり相場より多い額だが、迷惑料と床の修理代を含めると妥当な線だと思う。


 ゴンズは金目の物を回収し終えると、背中の傷は自分では治療できないから頼むと言ってきた。


 背中の傷は致命傷とはいわないが、かなり深い。


 縫ったほうが良いのではないか? そうゴンズに尋ねたが、傷薬を塗れば大丈夫だと言い張るのでその通りに治療した。


 顔に飛び散った剣の破片は抜かずに放置すると、そのまま傷が塞がり肉に埋まってしまう。


 ゴンズは桶の水に映る自分の顔を見ながら、ちまちまと破片を取っていた。


 斬られた背中、わき腹、腕の傷より、細かい破片を取ることを重要視していた。ゴンズなりの不思議なこだわりがあるのかもしれない。


 普通なら、何か深い理由があるのでは? そう思うが、ゴンズのことだ。恐らく大した理由などないのだろう。


 出会ったばかりだが、私なりにゴンズという男を評価した。戦闘能力は一流。頭脳は三流。そして、彼なら少しは信用してもいいかもしれない。



 ゴンズは治療が終わると、ポケットに手を突っ込み、グッと握る。そして、宿屋の机の上にバンと金貨を数枚置いた。


「女将、迷惑料だ。受け取ってくれ。世話になったな、あばよ」


 ゴンズはそう言うと、襲撃者から奪った金品を担ぎ宿屋から出ていった。


「ゴンズ、さっきの金額は明らかに多い。本当に良いのか?」

「おう、迷惑かけちまったからな。床もぶっ壊しちまったしな、がーっはっはっは」


 何が楽しいのか分からないが、ゴンズは楽しそうに高笑いをした。


 そして、ズンズンと歩き出す。どこに向かっているのだろう? とりあえず後を付いていく。


 この道は見覚えがある。あって当然だ、さっき歩いた道なのだから。周囲の建物はドンドンぼろぼろになっていき、悪臭が漂い始める。


 まさか、この男……。


「おう! 店主。舐めたマネしてくれんじゃねぇか」


 ゴンズはスラムの買取屋に踏み込むと、店主を睨み付け殺気を飛ばす。


 ゴンズに振り回された傷を治療したのか、包帯だらけの店主が、顎が外れんばかりに口を開け驚愕している。


 ゴンズは持ってきた襲撃者の武器を、買取所の机の上にドンと置き言った。


「今までの20倍の値段で買いやがれ、それで貸し借りなしだ」

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