エピローグ
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「貴族に目を付けられた」
「貴族をぶっ飛ばすってヤジン、お前……」
渾身の右打ち下ろしを、豚貴族の鼻にぶち込んだ。
俺は全力で走り、その場から逃走した。
冒険者ギルドから飛び出した俺は、ロック・クリフのメインストリートへと向かう。メインストリートは人でごった返していた。
俺はフードを被り、大声を上げる。
「祝いだ、祝いだ! めでたい、めでたい、お祝いだ! 金をばら撒くぞ、金貨もあるぞー!」
俺は硬貨を入れている革袋から金貨を一枚抜き出すと、服の内ポケットにしまう。そして、残りの金をばら撒きながら走る。
メインストリートはパニックになり、みなが我先にと地面の硬貨を拾う。金を撒き終えた俺は、硬貨を拾うフリをしてしゃがみ、民衆にまぎれる。
俺を追いかけてきた衛兵がパニック状態の民衆に引っかかっている間に、こっそり騒ぎから抜け出しスラムへと向かった。
ロック・クリフの外壁は町の象徴だ。平和になり、役目を終えたが町の象徴として維持され続けてきた。
それでも老朽化が激しく、管理の行き届いていない部分はボロボロだ。
スラムでも特にひどい地域がある。下水などが崩壊し、悪臭が漂よっている。スラムの底辺といえる場所だ。
疫病が発生したら地区ごと燃やすために、延焼しないようにぐるりと囲むように空白地帯がある。スラムでも最低の場所。
そこの外壁はメンテナンスなどされていない。
建材代わりにと、外壁の補強パーツや、外壁の岩自体が引っぺがされ、スラムの住人の手によって崩壊寸前だった。
衛兵に追われたときに備えて、逃走経路はあらかじめ考えていた。俺は走った勢いそのままに、スラムの壁に体当たりをする。
かつては難攻不落の要塞といわれたロック・クリフ。その外壁はいとも容易く崩壊し、俺は外へと飛び出した。
俺はそのまま、国境地帯の山へと向かう。
木々が生い茂った山は、俺の得意のフィールドだ。ほとぼりが冷めるまで山に潜伏し、山越えルートで国外へと脱出する。
衛兵は完全に俺を見失ったらしく、追ってくる様子はない。それでも俺は走り続けた。山に入り、野営の準備を始める。
岩の窪みに木を立て掛け、リンツーと呼ばれている簡易な寝床を作る。木に葉っぱをツタで固定する。
自然に見えるように気をつけながら葉っぱを付け、木の枝とツタを編みこんで作った。入り口のフタにも、同じ加工を施していく。
野生動物などを撮影するカメラマンがよく使う、カモフラージュを施した簡易小屋だ。
害虫避けに煙でいぶしたいが、煙でばれるといけない。火は熾せない。虫刺されはキツイが我慢するしかない。
気配隠蔽と気配察知を維持しながら横になる。体力を回復させないと……。完全に気は抜けないが、
まさか、貴族に目を付けられるとは……。いや、想定できる事態だった。レベルの壁を越えたことで浮かれすぎていた。
悔しさと怒りがこみ上げてくる。この怒りは強欲な貴族に対する怒りだろうか? それとも愚かな自分への怒りだろうか。
ゆっくり深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。今の俺は感情に振り回されているほど余裕はない。生きるための思考をしなければ。
不幸中の幸いか、装備はそろっている。旅装束のまま宴会に突入し、そのまま酔っ払って眠った。武器などの装備もそのままだった。
フード付きの外套を装備していたお陰で特徴的な顔を隠し、民衆に紛れることもできた。町からスムーズに逃走できたことで、今の余裕が生まれている。
この世界の人間は金髪が多い。森で金髪は非常に目立つ。そのため、斥候職や狩人の着る服にはフード付きの物が多い。
それに嬉しいのがナイフの存在だ。黒鋼のナイフはもちろん、細かな解体用の小さな鉄のナイフもかなり重宝する。
サバイバル生活では、ナイフがあるかないかで、難易度がずいぶん違う。前のサバイバル生活より、かなり楽になりそうだ。
何よりでかいのが塩の存在だ。栄養的にも、味に関する精神的な部分においても、塩は貴重だ。
何かあったときのために、服の裏地やポケットに複数仕込んである。万が一のための備えだったが、実際役に立つ日が来るとは……。
思考が脱線するのを感じながらウトウトしていると、気配察知に反応があった。馬鹿な! 早すぎる。追跡技術にすぐれた狩人でも同行しているのだろうか?
そう考えていると、気配察知に次々と反応がある。なんて人数だ……。俺はフタをそっとどかすと、音を立てないようにその場から離れた。
追跡技術にすぐれた狩人をかく乱するために、枝をわざと折ったり、不自然な足跡と付けたりしながら移動する。
しかし、一直線に俺を追ってきている。恐ろしいほどの追跡技術だ、何かスキルでもあるのか? 夜になっても追跡の手は一切緩まなかった。
夜が明けた。俺はまだ追跡されている。一晩中逃げるのは体力的にもしんどいが、それより精神がゴリゴリ削られる。
暗闇の中、気配察知でモンスターを避け、衛兵から逃げ続けるのはかなりのプレッシャーだった。
モンスターを、追跡している衛兵に当たるように誘導したりもした。
しかし、人数の多さと、冒険者とは違う、兵士としての集団の強さを発揮し、あっという間に片付けていた。
追い詰められた俺は、姿を見られるリスクを覚悟で高い木に登り、追跡者たちを視認した。
夜に追跡されたときの明かりの多さから、かなりの人数が山狩りに投入されていると思っていた。
しかし、こんなにも大規模な部隊が投入されているとは夢にも思わなかった。
衛兵ではなく、ミーガン伯爵の私兵。領軍が投入されていた。貴族を害するということは、こういうことかと改めて思った。
高い斥候技術を持っているのも納得だった。そして改めて思った。この国を脱出さえすれば安全になる確率が高い。
貴族は面子を何よりも大事にする。冒険者の舐められたら終わりという考え方と同じだが、貴族のそれは冒険者の物とは違い、異質で重い。
冒険者の面子は自分の命だけだ。
だが貴族の面子は自分たちの一族、領地に暮らす領民、面子を守るために流した先祖の血。そのすべてがかかっている。
面子を守るためなら労力をいとわない。
だが、貴族という特権階級独特の縛りがある。面子を傷付けられた相手への報復にも、それなりの形が求められる。
暗殺者に殺させるなんていうのは下の下だ。ほかの貴族たちに品がないと馬鹿にされ、余計に面子を傷つける。
俺が別の国に逃げた場合、その国に協力を依頼する。これも面子が潰れるし、かわりにどんな要求をされるかわからない。
憎くて仕方がない、ばれないように暗殺者を送ろう。そう考える貴族もいると思う。ただその場合は成功率が高く、失敗しても依頼人をしゃべらない超一流の暗殺者。もしくは貴族の中でも、権力が特に強い家だけが持つ、お抱えの暗殺者一族に頼むしかない。
俺の殴った貴族はおそらく、領主の遠い親戚か何かの、辛うじて貴族に引っかかるような木っ端貴族だ。
領主一族は宮廷闘争に忙しい。
有能な親族は共に王都にいるとアルが言っていた。領地を運営している代官への圧力のために、無能な親族を残していると思われる。
そんなやつがわざわざ、冒険者一人殺すのに大金を払い超一流の暗殺者を雇うはずがない。そんな金も伝手もないはずだ。
だから自分たちの領内で捕まえるしかない。それでなりふり構わず大人数を投入して山狩りをしているのだろう。
そんなことを考えながら追跡部隊を見ていると、隊列の先頭に風変わりな人間がいた。なんだ? 毛むくじゃら、いや、モフモフだ。
そうか、獣人だ! ケモ度は5段階評価で3と言ったところか。人間にケモ耳と尻尾が付いた感じではなく、獣が人間ぽくなり二足歩行している感じだ。
やべぇ! モフモフしてぇ!! 落ち着け俺、そんな場合じゃない。
おそらくモフモフの正体は、かつてこの地方を支配していた蛮族と呼ばれている存在。犬系の獣人だ。
戦争に負け、殺されるか奴隷になったと聞いていたが、その子孫だろうか? 犬系の獣人は、地面に鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅いでいた。
そうか、匂いか! 痕跡でかく乱しようとしても意味がないはずだ。相手は俺の匂いを追跡していたのだ。
それに気付いた俺は、木からすばやく下りる。痕跡など気にせず一気に走り、距離を稼いた。
ある程度距離を離したら川を探す。木に登り、上から川を探す。見つからなければ地形から予測する。
川を発見すると、しばらく川の中を濡れるのもいとわずバシャバシャと歩く。これでかなり匂いで追跡しづらくなったはずだ。
しばらく歩き、ふぅと息を吐く。一息つくと、俺は覚悟を決める。
俺は服を脱ぎ、一枚一枚、石に括り付けてブン投げる。俺の匂いの付いた衣服をあらゆる方向にブン投げた。
これでかなりかく乱できたはずだ。
全裸になった俺は、体を綺麗に洗う。金貨を運ぶために口にいれ、全身に泥を塗る。解体したときの残り香があるかもしれないのでナイフにも泥を塗った。
後でしっかりメンテナンスしないと。
全裸で泥まみれ。口に金貨。手に塩の革袋とナイフが二本。もはや野人でも蛮族でもない不思議な状態になった俺は、木々の生い茂る山の奥へと走り出した。
森の次は山かよ、ちくしょー! 結局全裸で大自然じゃねぇか!!
あの性格の悪い神様は、俺に文明的な暮らしをさせるつもりがないらしい。