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油断

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


岩蜥蜴(ロック・リザード)の焼肉だ。

うまい、うますぎる。

ロック・クリフの町に戻ると、入り口は大騒ぎになった。

光り輝く宝石は、強欲な者を引き付ける。

 冒険者ギルドの二階にある、宿の部屋で俺は目を覚ます。ズキンと頭に痛みが走り、胃がムカムカする。


 二日酔いだなこりゃ。


 二日酔いに痛む頭を抱えながら階段を下り、裏の井戸になんとかたどり着く。ふらつく体で何とか井戸水を汲み、水に喉を鳴らす。


 ふぅ、生き返る。


 水を多めに飲み、裏の畑のいつもの場所でストレッチをして体をほぐす。うっすらと汗をかき、温まった体がほぐれたころ、二日酔いはかなりましになった。


 昼間から大騒ぎをしたので、俺は夕方ごろには潰れてしまった。長い時間寝ていたようだ。今は早朝、うっすら太陽が昇り始めたころだ。


 太陽が昇り始め、コバルトブルーの空がオレンジに染まり始める。美しい景色だった。景色に感動していると、腹がグーとなった。


 花より団子、景色より朝飯だ。ギルド酒場に入ると、そこは死屍累々。タダ飯とタダ酒をたらふく食った人たちが、床でいびきをかいていた。


 厨房に向かうと、ギルド酒場の親父がぶっ倒れていた。駄目だこりゃ。俺は食材を見繕うと、火をおこしスープを作る。


 スープが完成すると、スープの匂いに釣られ、酒場の床で死んでいた奴らが目を覚ました。冒険者は二階の宿へ、一般人はそれぞれ自宅と職場へと帰っていく。


 俺はパンとスープを食べ食器を洗うと、厨房で寝ている親父を叩き起こす。


 店がひどいことになっているから、起きて掃除しやがれ。と親父に水の入ったコップを渡しながら言う。


 親父は嫌そうな顔をしながらコップをひったくるように受け取り、水を一気飲みした。そして、ブツブツ言いながら掃除を始めた。


 ギルド酒場の掃除が終わるころ、ゴンズ、アル、キモンが二階から降りてきた。俺はゴンズたちと挨拶をかわす。


 二日酔いのゴンズたちに水を渡し、他愛の無い話をしているときだった。


 気配察知に大勢の気配を察知した。気配の持ち主たちはギルドへ向かってくる。


 嫌な予感がしたが、平和ボケしていた俺は反応が遅れる。ゴンズたちに集団が酒場に向かってくると話していると、衛兵たちが酒場になだれ込んできた。


 ギルドの入り口を塞ぐように、衛兵が隊列を組んだ。俺たちの間に緊張が走る。


 この町の冒険者はみなスネに傷を持っている。タイミング的には俺たちが目当てだと思うが、別人かもしれない。


 そんな平和ボケした希望的観測をしていると、ギルドの買取カウンターにいる男がニヤニヤとこちらを見ていた。


 その瞬間、俺とアルは表情を歪める。


 岩蜥蜴(ロック・リザード)の岩は、格4モンスターから取れる素材の中ではそこまで高価ではない。それでも一般の感覚からすれば大金になる。


 そして格4のモンスターを倒したということは、黒鋼の武器をパーティーメンバー分持っているということだ。


 俺たちの場合はゴンズの分だけだが、普通は人数分揃えていると思うだろう。


 一般人にとっては大金である。貴族にとっても、いい小遣い稼ぎになるのだ。ニヤニヤと笑っている買取カウンターの男が俺たちの情報を貴族に売ったのだろう。


 自分が貰える分け前を想像して、笑いが止まらないといった感じだ。


 ゴンズとキモンは状況を理解していないのか、衛兵たちに注意を払ってはいるが、自分たちがターゲットにされていると気付いていないようだった。


 アルは小さな声で言った。


「貴族に目を付けられた」


 ゴンズとキモンが目を見開き、顔を歪めた。


 動きが早すぎる。たった一日でこれだけの動きができるのだろうか? もしかしたら俺はマークされていたのかもしれない。


 村長を殺した犯人を俺だと断定しながら、下手に反撃されて被害が出るのを嫌い、冒険者同士で殺しあってくたばってくれればいい。


 そのぐらいに思い、放置していたのではないか?


 王都から領主が帰ってきて、俺の捕縛命令を気まぐれに出す可能性を考え、いつでも動けるように準備だけはしていたのではないか?


 マークしていた獲物が大金を手に入れた。欲に狩られた貴族が俺を捕まえるために動いたのではないのだろうか?


 俺の被害妄想かもしれない。後ろで偉そうにしている、無能丸出しの豚貴族がそこまで段取り良く動けるはずが無い。


 怠惰なこの町の衛兵たちが、冒険者一人をいつでも捕縛できるようにまじめに準備したとも思えない。それでも、俺のせいでこの状況が生まれたかもしれない。


 そう思ったら無理だった。俺のせいでゴンズたちに何かあったら、そう考えたら無理だった。


 ゴンズたちも叩けば埃が出る身だ。いや、権力者なら罪状などいくらでもでっち上げられる。選択肢はひとつしかなかった。


「ゴンズ、アル、キモン。俺が囮になる。あいつらの気をそらしてる間に、壁をぶち抜いて逃げてくれ」

「囮になるっていっても、どうするんだよヤジン?」

「後ろにいる豚貴族をぶっ飛ばす」

「貴族をぶっ飛ばすってヤジン、お前……」


 貴族と教会が長年、平民にかけてきた呪い。貴族という、魔法を使い高レベルである恐ろしい存在。神の使徒の子孫であり、使徒その物という気高き存在。


 平民には不可侵であり、貴族を害するという禁忌は犯せない。ゴンズのような荒くれ者ですら考えもしない。


 貴族に目を付けられた平民は、ただ頭をたれ慈悲にすがるしかないのだ。


 しかし、俺は違う。人類は平等であるという綺麗事を、幼少期から教育されてきた異世界育ちの人間だ。


 この世界で貴族と教会が長い年月を掛け作り上げた、呪いに掛かっていない唯一の平民。


 ゴンズとキモンは不安そうな目で俺を見ていた。だが、アルは違う。おそらく貴族階級か、それに準ずる地位にいたのだろう。


 ゴンズやキモンほど、貴族を神聖視はしていないかった。


 それでも、貴族の持つ権力の厄介さは俺たちの誰よりも理解している。アルは少し目をつぶった後、俺に拳を向けてきた。


「またな、ヤジン」

「あぁ、別れは言わない。命があれば、またどこかで会おう」


 貴族を害すれば、たとえ逃げても執拗に追跡される。国外へ逃げれば大丈夫かもしれないが、すべての街道は封鎖され、逃亡は容易ではないだろう。


 囮である俺が同行すれば意味が無い。どこか国外で合流先を決めていても、どちらかが捕まり拷問されれば合流場所がばれてしまう。


 俺が囮をやる以上、この先一緒に行動するという選択肢はない。


 たとえ俺が捕まったとしてもゴンズたちの居場所を知らなければ、ゴンズたちは安全に国外へ逃げられる確率があがる。囮になるということは、そういうことだ。


 俺はアルと拳を合わせる。すると、ゴンズがそこに拳を合わせてきた。


「最初、出会ったときは、チビの寄生虫野郎だと思ったが、貴族をぶっ飛ばすだと? おめぇとんでもねぇヤツだな」

「ゴンズの兄貴ほどじゃないさ」


 俺は下っ端しゃべりを止め、ゴンズとも拳を合わせる。するとキモンも俺に拳を合わせてきた。


「俺たちパーティーの斥候職はお前だけだ。またいつかパーティーを組もう」

「ありがとう、キモン。必ずまた組もう」


 俺はキモンとも拳を合わせる。俺たちは全員で拳を合わせグッと力を込めた。


 俺たちが拳を合わせている間、衛兵の一人が羊皮紙に書かれた俺たちの罪状とやらをベラベラと喋っていたが、俺達は誰も聞いていなかった。


 俺はスッと立ち上がる。敵意も殺意も全く見せず、煮えたぎるような激情を押さえ、スタスタと衛兵たちへと歩いていく。


 衛兵たちはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。


 貴族が同行している以上、平民は逆らわない。おそらく、俺が自首するからパーティーメンバーは助けてくれ。と懇願するとでも思っているのだろう。


 その必死の頼みを踏みにじる。最高の快感だろう。他人を虐げ、自分の自尊心を満足させ、優越感に浸る。


 しかし、そんな未来は待ってはいない。貴様らは貴族を守れず、恐ろしい処罰を下されるだろう。そのニヤニヤした面を絶望に変えてやる。


 俺はそう思いながら、感情を一切ださず、硬貨の入った袋から一掴み硬貨を握る。何だ? 買収か? 衛兵たちが鼻で笑っている。


 俺は投擲スキルを意識し、ニヤニヤと笑っていた買取カウンターの男に全力で投げつける。


 投げられた数枚の硬貨が、散弾銃の弾丸のように飛び散りながら男の顔面を破壊した。


 衛兵たちが視線を買い取りカウンターの男に向けた瞬間、俺は飛び上がる。


 膝のバネを使い、つま先で地面を蹴り、立ったままの体勢をなるべく変えず、優しくふわりとジャンプした。


 人間は速く突っ込んでくる物にはすばやく、攻撃的に反応できる。だが優しくふわりと飛んでくると思わず受け止めてしまう。


 下投げで優しく放られた物をとっさに殴り返す人間はほとんどいない。思わず受け止めてしまうのだ。


 衛兵は油断をしていた。余所見をしていたところにふわりと飛び上がられ、思わず動きが止まってしまう。


 俺は衛兵の肩に乗ると、体重が掛かりきる前に、ふわりとまた飛んだ。


 別の衛兵の肩に着地し、同じようにふわりと飛び上がる。すると目の前にはポカンとした顔の豚貴族。


 俺は落下しながら右腕を引き絞り、渾身の右打ち下ろしを、豚貴族の鼻にぶち込んだ。


「ぶぎゃあ」


 豚貴族は悲鳴を上げ倒れこむ。


 固い。人間の、しかも柔らかい鼻を殴ったとは思えない感触が拳に伝わってくる。レベルが高いのだろう。


 しかし戦闘経験が無く、痛みに耐性が無いようだ。無様な声を上げ、鼻を押さえのた打ち回っていた。


 誰もが言葉を失っていた。


 貴族が殴られた。平民に……。それも底辺である冒険者に殴られた。この世界の住人には有り得ない光景だった。


 静まり返ったギルド酒場に、豚貴族の悲鳴だけが響いている。


 ハッとしたアルがゴンズの肩を叩くと、ゴンズがギルドの壁を体当たりでぶち抜く。それを見た俺は全力で走り、その場から逃走した。

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