鬼に金棒、ゴンズに黒鋼斧
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
値段が高いとは聞いていたけど、こんなに高いとは。
孔明先生。貴方と肩を並べる日は近いらしい。
「兄貴たち、レベルの壁を越えてみねぇかい?」
「「「俺たちの未来に!」」」
レベル15の壁を越える。言葉にすれば一言だけなのだが、その行為には様々な意味が込められている。
7~8割の冒険者が、レベル15の壁を越えられずくすぶっていると言われている。
少国家群の人々が冒険者になる経緯は様々だが、みな共通して志すのがレベル15の壁を越えることだ。
冒険者ギルドに貢献し、なおかつレベル20に到達すると5級冒険者になれる。選ばれし一部の者だけが到達するランク。
5級からが本物の冒険者といわれ、地位、名誉、金が手に入る。
幼い頃、本の物語に出てくる英雄たちに憧れ冒険者を志す者。口減らしに村から追い出され、復讐を胸に成り上がりを決意する者。貴族の三男に生まれ恵まれた環境で立身出世を目指し冒険者になる者。
冒険者にはひとりひとりに物語がある。誰もが夢を見て冒険者になり、そのほとんどが現実に押しつぶされレベル15を彷徨う。こんなはずじゃなかった、俺ならもっとやれたはず、アイツが裏切らなければ。
そんな思いを抱えたままくすぶっている冒険者たちはみな、このままではいけない、レベルの壁を越えなければと心の中では思い続けている。
そして、ゴンズたちパーティーはくすぶり続けていた胸の奥にある想いが再び燃え上がった。
くすぶっていた火種が、希望という燃料を得て激しく燃え上がっているのだ。
レベルの壁を越えようと話してから、ゴンズたちは変わった。鍛錬をし、酒も女もほどほどにしながらハイペースで依頼をこなしていく。
ベテランだけあって、
アルは依頼をこなしながら、ターゲットとなる格4のモンスターの情報収集に余念がない。
キモンはいつもどおり、無口でマイペースだが気合が入っているのがわかる。
俺も彼らに置いていかれないよう、必死に技術を磨く。
気配察知や気配隠蔽を常時発動させ、棒手裏剣の練習をこなし、肩の様子を見ながら空手の技術に磨きをかける。
メンバーの中で一番変わったのはゴンズだった。すぐれた基礎値を持ちながら、レベル15でくすぶり続けた男。
アルに出会うまで、様々な人間にだまされ、その力を利用され、傷付き、やさぐれた男は別人のように真面目になった。
最近では、獲物をただ斧で叩き切るだけでなく、毛皮を傷つけないように首をへし折るなど、金になる殺し方を考え行動している。
いつもイライラしていた厄介なゴンズは姿を消し、頭が悪いなりに何が最善なのかを模索している、真面目で不器用な男がそこにいた。
昔のゴンズはこうだったのかもな、そう思った。頭が悪く不器用なゴンズは、何度も騙されて人を信じられなくなり攻撃的になったのかもしれない。
今のゴンズを心の中で、劇場版ゴンズと呼ぶことにしよう。
レベルの壁を越えると決めてから一ヶ月が経った。倹約しながらハイペースで依頼をこなし、俺の金とあわせてようやくゴンズの斧が買えた。
このまますぐレベルの壁を越えるためのモンスターを倒すのではなく、ゴンズの武器慣らしや剥ぎ取り用ナイフの購入もある。
剥ぎ取り用ナイフも黒鋼製なのでお高い、まだしばらくは金稼ぎだ。
剥ぎ取り用といっても、小さなナイフではなく、ごついハンティングナイフで硬い皮膚を切り裂いたり、骨の関節を砕いて切り離すために分厚く重い。
まだしばらくかかるかな? と思っていたが、ゴンズと黒鋼製の斧のおかげでかなりのペースで金が稼げた。
格3モンスターの中で最強と言われている、
圧倒的な防御力と凶暴性から、冒険者殺しと恐れられているモンスターだ。毛皮と分厚い筋肉は刃を通さず、並の冒険者では傷をつけることもできない。
そして、狂乱の名が示す通り、とにかく凶暴なのだ。
動くものが目に入れば襲って食う。シンプルだが空腹時以外でも襲ってくる。まるで生き物すべてを憎んでいるかのように。
一度狙われると、とことん追いかけてくる。
そんな
毛皮は貴族の間で人気があり、高値で取引されている。内臓も薬の材料や錬金素材として人気があり、こちらも高値で売れる。
格3のモンスターだが、レベル15の壁を越えた5級以上の冒険者が狙う獲物だ。
それでも格4のモンスターよりは倒しやすいため、一攫千金を狙った冒険者が挑み次々に命を落としている。
俺たちパーティーは、その
匂いを消し、痕跡を探り、
ぶち切れた
作戦は単純だ。俺が誘導してゴンズたちが仕留める。獲物をどこまでも追跡する習性は、おびき寄せるには持ってこいだ。
しかし、怖い。
地球の熊に比べて常識はずれにデカイとかはないのだが、血走った目が怖い。やはりモンスターなんだと改めて実感した。
毛皮の上からでもわかる、盛り上がった筋肉。地球の熊にくらべ、でかくて凶悪な牙。とにかく恐ろしい。
俺は恐怖をねじ伏せながら走り続ける。
待ち伏せポイントに近付き、俺はあえて移動速度を落とす。速度を落とすことで、
もう少しで追いつかれるというところで、俺は急に方向転換する。曲がった先は急な下り坂。熊は前足が短いので、下り坂が苦手だ。
物語だと異世界の熊は腕が6本あるとか、普通では考えられないフォルムのイメージだった。幸い、
そのため、前世の知識を生かして作戦を立てることができたのだ。
急に下り坂になったことで驚いた
小熊ならかわいいのだが
「うおおりぃぃぃやぁああああ」
ゴンズの掛け声と共に、黒鋼の斧が振り下ろされる。ドズンという音が響き、地面が揺れ自分の体が宙に浮き上がる映像を想像してしまうほどの一撃だった。
防御力に優れているといわれ、普通の攻撃なら傷ひとつ付けられないといわれている
ゴンズの基礎値が高いとは思っていたが、ハンパない。
ゴンズは嬉しそうに笑いながら、今までの武器と違って本気で叩き付けても壊れねぇ、こいつはすげぇぜとはしゃいでいた。
ゴンズの斧は、でかくて無骨で頑丈そうな斧だった。あの斧でもゴンズは手加減して使っていたらしい。
ゴンズさんハンパねぇっす。
この
鬼に金棒、ゴンズに黒鋼斧といった感じで、ガンガン金になるモンスターを倒し、黒鋼の剥ぎ取りナイフはあっさり買えてしまった。
購入した黒鋼のナイフは俺が持つことになった。剥ぎ取りはキモンもするが、基本は俺の仕事だ。切れ味バツグンの黒鋼のナイフは、効率的に剥ぎ取りができる。
ふふふ、俺もついに黒鋼武器を手に入れたぞ。
新しい装備にテンションがったが、盗難の可能性に気付いた瞬間、周囲の人間全員が泥棒に見えてきた。
新しい