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俺たちの未来に

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


豚司祭が呪文を唱える。

鬼のように痛い。

俺はその夜、涙で枕を濡らした。

孔明先生、あなたと肩を並べましたな。

 値段が高いとは聞いていたけど、こんなに高いとは。そりゃ冒険者のほとんどがレベル15でくすぶるわけだ。


 貴族や大商人が利益を固めてるから、貧富の差がえげつないとは聞いていた。しかし、想像以上だった。鉄の次の武器がこの値段とは……。


 俺の全財産を注ぎ込んでも、剥ぎ取り用のナイフか材料が中途半端に余ったので作りました。といった感じの中途半端な長さの剣しか買えない。


 ボーナス握り締めて憧れの高級腕時計を買いにきたら、庶民向けの最低ランクモデル以外手も足も出ない値段だったって感じだろうか。


 命を預ける武器だから変にケチって死にたくない。黒鋼は諦めて、武器屋の親父に鍛冶職人への紹介状を書いてもらう。


 3通、別々の鍛冶屋に紹介状を書いてもらった。全部の鍛冶屋で10本だけ棒手裏剣を注文する。尖端が尖った鉄の棒なのにぼったくられた。


 機械などないので職人の腕、やる気でぜんぜんクオリティが変わってくる。棒手裏剣は単純な作りをしているが、長さ、重さ、重心などで使用感が変わる。


 いちいちすべての棒手裏剣のクセなんて覚えてられないし、とっさに投げることもある。3人の職人になるべく同じになるように製作を依頼した。


 一番、品質にばらつきがなかった鍛冶工房に量産を依頼しようと思う。特注品ってめちゃくちゃぼったくられる。ただの尖った棒に高い金取りやがって。


 しかし困った、黒鋼の武器があんなに高いとは。軽自動車ぐらいの感覚だと思っていたら高級車だった。


 棒手裏剣もお高いし先は長いなぁ……。せっかくテンションがあがったのに現状維持か、どうすっぺかなぁ。


 大金は手に入れたが、現状を変えられるほどの金額ではなかった。しばらくはこのままの生活が続きそうだ。


 そんなことを考えていると、急にすばらしいアイディアが思い浮かんだ。


 孔明先生、貴方と肩を並べる日は近いらしい。自分の頭脳が恐ろしいぜ。はーっはっはっは!


 心の中で自画自賛しつつ、高笑いを上げていると宿に着いた。ちょうどゴンズだちがギルド酒場で酒を飲んでいたので、俺は食い物を注文して席に座る。


 雑談に参加しながら、ゴンズの酔いが回り機嫌が良くなるのを待った。ゴンズが良い感じに出来上がってきたので話を切り出す。


「ゴンズの兄貴。アル、キモン、ちょっと大事な話があるんでさぁ」

「ああん! なんだヤジン。大事な話ってのは」

「ふむ、大事な話ね」

「……」


 キモンは言葉を発さずコクンと首を振った。


「兄貴たち、レベルの壁を越えてみねぇかい?」


 俺がそう言うと、パーティーメンバーの顔が変わった。緊張感が高まり空気がピリ付く。


「おめぇ、本気でいってんのか?」

「本気でさぁ」

「武器はどうすんだよ、そんな金ねぇぞ。黒鋼武器なしでなんて俺様でも無理だ。おめぇ、冗談でしたじゃすまさねぇぞ」


 レベルの壁が越えられずくすぶっていたゴンズにはデリケートな話題だったらしく、目が()わっていた。


 俺は冒険者8人に襲撃されたこと、ゴブリンの集落へ逃げ込んだらうまい具合に同士討ちが始まって、大量の武器を手に入れたことを話した。


 ゴンズとキモンは驚いていたが、アルは情報を衛兵、スラムや町の住人から得ていたのだろう。表情を変えていなかった。


「ヤジン、おめぇが大儲けしたのは分かった。それでも4人分の黒鋼武器を買うには足りねぇだろ?」

「1人分にもなりやせん」

「てめぇ、俺様をからかってんのか!」


 興奮したゴンズが机をドンと叩く。


 昼過ぎの中途半端な時間だったので客は少なかったが、ゴンズがキレたのを見てそそくさと店を出ていった。


 別に秘密ってわけじゃないが、聞いてる人間が少ないほうが都合がいい。意図せず、人払いになった。分かりやすくキレてくれたゴンズに感謝する。


「ゴンズ落ち着け。それでヤジン、何か考えがあるんだろう?」


 アルがゴンズを治めてくれた。さすが猛獣使いと影で呼ばれているだけのことはある。


「黒鋼の武器を買うには足りやせんが、かなりの金を手に入れやした。もう少しためれば黒鋼の武器も買えやす」

「一本だけあったってしょうがねぇじゃねぇか!」

「いやいや、むしろ一本以外たいして必要じゃねぇんでさ」

「ああん? どういう意味だそりゃ」

「俺たちのパーティーで破壊力のある武器は、ゴンズの兄貴の斧しかありやせん」


 ゴンズがポカンとしていると、アルは何かに気付いた表情をした。


「そうか! ヤジンは斥候、メインの武器はナイフで攻撃力が低い。俺は守備的に戦い、敵を引き付けて戦いをコントロールする役目だ。俺も攻撃力が低い。キモンは弓で急所を狙う。目などの急所なら普通に鉄でも刺さる。俺たちのパーティーは、攻撃のほとんどをゴンズに任せている。無理に全員分そろえなくても、ゴンズの分さえ用意すればいいのか!」

「そのとおりでさぁ」

「つまりどういうことなんだ?」


 ゴンズが首をかしげて聞いてくる。


「ゴンズの兄貴が黒鋼の武器を装備すりゃ、格が4のモンスターでも一発ってことでさぁ」

「なるほど、俺様の一撃が決まれば他のやつらが攻撃するまでもねぇ。だから、黒鋼武器は俺様の武器だけで良いってことだな」

「そのとおりでさぁ」

「わけのわからねぇこと話してねぇで、最初からそういえってんだ。俺様にまかせな、一撃でぶっ殺してやるぜ。がーっはっはっは」


 ゴンズは上機嫌でエールをがぶ飲みしだした。その気になってくれたらしい。


 ゴンズはやる気だが、パーティーの頭脳、アルはどうかな? そう思っていると、アルが話しかけてきた。


「ヤジン、よく気が付いたな」

「普通ならこんな作戦、無理だけど、ゴンズの兄貴は基礎値は突出してるからね」

「俺たちのパーティーはゴンズ以外の攻撃力が低い。無理して黒鋼装備をそろえても、どれだけ効果があるか分からないか……」

「それだけじゃなく、レベルの壁を越えれば5級冒険者になれる。5級以降は依頼料もグンと上がる。すぐに全員分の黒鋼装備も買えるようになるよ」

「レベルの壁を越えるには高いリスクがある。だが俺も……。いや、俺たちもいつまでもこの町でくすぶっていられないか……。『レベルの壁を越える』とっくの昔にあきらめたと思ったのにな。俺らしくもない、血がたぎってきたよ」

「細かい話をあとでしようぜ。とりあえず乾杯だ! 俺様たちの未来に!」

「「「俺たちの未来に!」」」


 こうして俺たちは、レベルの壁を越えるために格4のモンスター。文字通り格上のモンスターと戦うことを決めた。

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