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回復魔法

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「お前、歯医者って知ってるか?」

人里から離れたモンスターを倒して、誰が金を払うというのか。

ただじゃ殺されねぇぞ! そっちも被害を覚悟しろ!!

気絶するように眠りについた。

 木の上で目を覚ますと、体を縛っていたロープを外す。体がバキバキだ。疲労で体がだるい。筋肉痛で全身痛いし、肩は折れててめっちゃ痛い。


 傷薬のおかげで多少炎症は抑えられたが、肩はエグい黒紫に染まっている。折れた骨が神経に触れるのか、鋭い痛みが走る。


 この痛みでよく眠れたものだ。よほど疲れていたのだろう。


 悲鳴を上げる体を無理やり動かし、木から下りると、武器を担ぐ。ずっしりと重みが伝わり、もう動きたくないと弱い気持ちが心を支配する。

  

 一歩も動きたくない、フカフカのベッドで眠りたい。弱気が顔を出す。


 この重みは金の重み! 帰れば俺は成金様だ! 心を無理やりポジティブな方向に持っていき、なんとか歩き出す。


 なんども、荷物を降ろして休みたいという衝動に駆られる。それでも歩く、歩き続ける。一度休めば、再び歩き続ける自信がなかった。


 それに、肩を早く診療所で見てもらいたい。黒紫に染まった肩を見る。後遺症が怖い。早くクレイアーヌさんのところに行かなければ。


 折れそうになる心を支えながら、気配隠蔽と気配察知を駆使してモンスターを避ける。慎重に、だけど足早に町へと向かう。


 今回は何度も死に掛けた。そのせいで生存本能が刺激されたのか、アッチの欲求が半端ない。


 病気が怖かったり、村娘の顔が浮かんだりで、今まで娼婦のお世話になることはなかった。


 しかし、町に帰れば俺は成金様! 高級娼館でハッスルしちゃる!! いつの時代も人を動かすのはエロパワーだ。





 なんとか森を抜け、町へ向かう街道にたどり着いた。通行人がこっちを見てヒソヒソと話している。


 確かに目立つな。ボロボロの男が、革鎧を巻き付けた大量の武器を担いで歩いている。目立つなという方が無理だ。


 いつものように門をくぐろうとすると、衛兵に止められた。


「その武器は何だ!」

「死んだ仲間の武器です」

「そんな大量にか? 貴様、商人で税を誤魔化しているのではあるまいな?」

「このままスラムの買取屋に直行しますよ。なんなら付いてきますか?」


 俺がそう言うと、衛兵はうっと言葉を詰まらせた。衛兵は顔をしかめ、顎で通れとジェスチャーをした。


 正直、イラっとしたが衛兵と揉めてもいいことなどひとつもない。ご機嫌取りに、後でワイロと酒を送る必要があるな。


 無駄な出費だが今の俺は成金! はした金だと自分に言い聞かせ怒りを抑える。スラムの名前を出さなかったらその場で全部没収されていたかもしれない。


 汚職警官なんてのは日本でも珍しくなかったが、異世界だと汚職警官しかいない。まともな衛兵を見たことがない。


 俺が冒険者だから、対応がひどいという理由もあるが。


 提示しろと言われて、クエスト受注を証明する木札を見せながら気付いた。採取依頼の薬草、採取してねぇ!


 違約金を払っても良いのだが、なんとなく負けた気がする。依頼の期限はまだあるので、怪我の様子を見て行けそうなら採取に行こう。


 成金になっても庶民感覚は抜けないな。他の冒険者みたいに宵越しの金はもたねぇ! なんて生き方できれば楽なんだろうけど。


 そんなことを考えながらスラムの買取屋へ向かう。怪我した状態でスラムへ入るのは怖かったが、大量の武器を抱えて町なんぞ歩けない。


 幸い買取屋は複数あり、門の近くにも存在する。


 買取屋で武器を売り、どきどきしながら査定を待っていた。査定が終わりずっしりとした革袋を渡される。


 いつもは裸で金だけ渡されるのだが、大口の顧客に対するサービスだろうか。


 革袋の中身を見ると、金と銀のまばゆい光が俺の目をまぶしく照らした。金貨と銀貨の宝石箱やー! あれ? なんか違うな。


 大金を手にした俺は、テンションがおかしい。自分でも認識しているのに、うまく感情が抑制できない。


 所謂いわゆる最高にハイってやつだ状態に(おちい)っていた。


 おかしなテンションのまま、買取屋を出る。すれ違う人間がすべて泥棒に見えた。俺は恐怖を感じ、足早にスラムを後にする。


 大金を手にすると、みんな泥棒に見える。よくあるネタだが、ロック・クリフの場合洒落にならない。


 みんな泥棒どころか強盗なので、もっとたちがわるい。


 こっちの被害妄想じゃなく、ガチでそうなんだから笑えない。大金を手にして落ち着かないまま、俺は診療所へ向かう。


 診療所に入り、受付のおばちゃんに骨折の治療をしに来たと伝える。おばちゃんは引きつった顔で、椅子に掛けてお待ちくださいと言った。


 ボロボロで血の跡が付いた服、小汚い格好。そりゃ顔も引きつるよな。


 冒険者は小汚い奴らが多い。町の外で寝泊りすることも多いし、身だしなみに気を使う必要もない。


 俺は現代人だったことと、匂いを獲物に察知されないようにするため、頻繁に体を洗っている。


 アジア系で珍しいと見られることはあっても、あんな風に見られたことはない。冒険者の奴らは常にあの視線に耐えてるのか、メンタル強いな。


 治療が終わったら体を綺麗にしたい。というか風呂に入りたい。薪が高いため、貴族ですら風呂にはめったに入れない。


 いくら成金になったとはいえ、風呂は贅沢すぎる。早くレベルと冒険者ランクを上げて、気軽に風呂が入れるほど稼ぎたいものだ。


 ちなみに、住人が森に入って枯れ枝を拾ってくるぐらいならお目こぼしされるが、風呂の燃料になるぐらい堂々と木材を持ち出すと処罰される。


 領主の許可を得た、(きこり)ギルド以外が木材を持ち出すと、財産没収の上に奴隷に落とされる。


 その前に、怒り狂った樵たちに斧で滅多切りにされるらしいが……。


 この世界はあらゆる職業にギルドがあり、がっつり談合しながら既得権益を守っている。


 現代知識で産業革命ワッショイ! だとか、便利グッズ開発で大金持ち!! なんてことはできない。


 この世界の支配者層は変化を望んでいない。


 人族は気候が安定した肥沃な大地をひとりじめにできた。十分めぐまれている。後は権力の座にしがみ続けるだけだ。


 何かの便利グッズを発表したせいで、ギルドの職人が仕事を失ったとしよう。次の日には、俺の死体がスラムで肉料理に早代わりしていることだろう。


 貴族は権力争いをするが、ギルドの重鎮たちは争いや変化を好まない。少しずつでもずっと甘い汁を吸い続けていたいのだ。


 利権と既得権益を、ギルドがガチガチに固めている。その状態で何か発表したとしても、成果を盗まれた後、殺されて終わりだ。


 ラノベを読んでいた人あるあるだと思うが、硝石の作り方、火薬の配合、ポンプの構造、石鹸の作り方、有用な食物、発酵食品、海から効率的に塩を作る方法、銃の構造にいたるまで様々なことを調べ、いつ異世界に飛ばされても大丈夫なように備えるはずだ。


 まぁ、異世界に行ってもいいように備えるというのは冗談にしても、転生物でそういう描写を見るたび、気になってネットで検索したりはするはずだ。


 なんとなくだが、そういう知識を備えていると思う。


 俺も、ラノベテンプレと呼ばれている物は一通り知識がある。ただ、作っても利権に絡んですぐに殺されてしまう。


 革新的な発明品を発表したとしても、木工ギルドか鍛冶ギルドに知識を奪われてから、スラムで肉料理コースになると思う。


 圧倒的な強さを誇る俺TUEEE系主人公。


 もしくは、最初の町に向かう途中に、高貴な方の馬車が襲撃されていて、助けてがっつりコネを作る。しかも貴族は良い人。


 なんてパターン以外、現代知識なんて何の役にもたたない。自分の生活を楽にしようと使っても、誰かに見られて噂になった時点で終わりだ。


 大丈夫そうなのは料理ぐらいだが、揚げ物は油が高いし、マヨネーズも卵が貴重だし、生卵の殺菌方法が思いつかない。


 マヨネーズは酸性が強く、サルモネラ菌などが増殖しないといわれているが、製造段階で混入する菌が少ないか無菌だから大丈夫なだけだ。


 最初からがっつり汚染されてれば増殖しなくてもアウトだ。


 酸性を高めるために酢の量を増やせば、ある程度ましになるかもしれないが、まずくなったら意味がない。


 もともと脳筋(アホ)の俺には、現代知識で金儲けはハードルが高すぎる。地道にレベルを上げ、冒険者のランクを上げて稼ぐしかない。


 今日手に入れた金を投資して、さらに強くなる。


 そんな決意を固めながら、診療所の椅子に座り、一人気合を入れている俺はかなり挙動不審だったらしく、危うく衛兵を呼ばれるところだった。


 診察室に入るなり、クレイアーヌさんに叱られた。


 小汚い格好でころころと表情を変え、拳を握って何かを決意した顔になる。あまりにも挙動不審で、周囲の客が怯えるから止めろと言われた。


 クレイアーヌさんが、知っている奴だから大丈夫と言わなかったら、俺は今頃衛兵にドナドナされていたかもしれない。


 次やったら出入り禁止といわれて、俺は半泣きになりながらあやまった。大金を手に入れて、テンションがおかしくなった影響がまだ続いてるらしい。


 自分で自覚がないのが一番怖いよね。


 体はボロボロだし、待っている時間がしんどい。現実逃避気味に、ちょっと思考の海に身を投げ出しただけなのに不審者扱いとは、冒険者は底辺すぎるぜ。


 自分の挙動不審を棚に上げながら、心の中で職業のせいにしておく。


 ボーっとそんなこと考えているうちに、クレイアーヌさんが頭の怪我や細かな傷などを治療してくれた。


 骨折は治療に時間が掛かる。薬草で炎症を抑え、整骨で骨の形を整えたら、教会で治療してもらったほうがいいと言われた。


 高額な寄付を要求されるが、回復魔法で治してくれるらしい。テンプレの教会で回復魔法である。


 幸い、プチ成金になった。治療費は払えると思うが、教会には関わりたくない。嫌だなーと思っていると顔に出ていたらしく、クレイアーヌさんが教えてくれた。


「小国家郡や辺境と呼ばれる地域の方が教会としてはマシだから安心しな」

「どういう意味ですか?」


 小国家郡や辺境に派遣される神父は、権力争いに負けて牙を抜かれた負け犬か、清貧を心がけすぎて、周りに煙たがられた人がほとんどらしい。


 権力争いに負けた奴は、牙を抜かれている。ちんけな悪事しかはたらかない。清貧を心がけている人は、堅苦しくて狂信者だが基本は善人だそうだ。


 教会の影響力の強い場所は、貴族でもうかつに手出しできないらしく、神父は腐りきってるらしい。


 そういった場所に比べれば、小国家群の教会はかなりマシだそうだ。


 金を出して、何を言われても口答えさえしなければ大丈夫。だから、小国家郡の教会は安心できると言われた。


 いや、ぜんぜん安心できねぇよ。教会の闇が深すぎるよ。もう黒いとか言うレベルじゃなくて、タールのような黒くてドロっとしたやつだよ。


 教会には逆らわないようにしようと心に決めた俺は、クレイアーヌさんに整骨を依頼するが、今は腫れているから無理だといわれた。


 少し値段は張るが、効き目の強い薬がある。それを使って腫れを治し、明日整骨。その後、教会で回復魔法を受け、変な風に癒着していないか確認。


 正常に骨がくっついていることが確認できたら、また教会で回復魔法を受ける。


 何で教会の回復魔法が2回あるんだろう? そう思い尋ねた。


 教会の言い分では、骨折は治すのにかなり魔力を使う。一気に治すとほかの人の治療ができなくなるので、2回に分けるのだそうだ。


 クレイアーヌさんは、2回分の金がほしいだけだと思うけどね。そう言って笑っていた。


 変な風に癒着したらどうするんですか? そう尋ねると、クレイアーヌさんはニヤリと笑いながら、綺麗に骨を折るのは得意なんだ、そう言った。


 綺麗に骨が繋がりますように。

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