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格が違う

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


こいつの精神力が恐ろしい。

戦いに迷いは不要だ。

心が、魂が、戦うことを諦めていなかった。

心に去来した思いは、戦士に対する尊敬だけだった。

 戦いは終わったが気を抜けない。


 正直、疲労困憊でぶっ倒れそうだがこの場所は危険だ。生き残ったゴブリンたちは森へと逃げたみたいだが、いつ戻ってくるかわからない。


 森の中層なので、厄介なモンスターが現れるとも限らない。なるべく早く、ここを離れたほうがいい。


 冒険者の死体をあさり、水の入った革袋を拝借する。


 温い水を一口飲むと、疲れた体に染み渡った。革袋に入れた水は、革の匂いが水に移りお世辞にも美味しいとはいえない。


 だが、疲れた俺にはうまかった。


 喉を潤すと、頭の傷を洗う。冒険者が持っていた傷薬を傷に塗り込み、これまた冒険者から拝借した綺麗な布で縛る。


 片手だと作業がしにくいが、苦戦しながら何とか縛る。


 どの冒険者も、傷薬と綺麗な布は必ず携帯している。そのため、治療には困らなかった。


 骨折に直接の効果はないが、炎症を抑える効果もあるため、肩にも傷薬を塗る。異世界の傷薬万能すぎるだろ、おかげで助かるけどさ。


 三角巾を作り左腕を吊る。めっちゃ痛かったが、吊るすとかなり楽になった。先にこれやればよかった。


 後悔しながら物資を集めていく。


 点在する冒険者の死体から冒険に使えそうな物、金目の物を頂いていく。防具はかさばる割に武器ほどの高値がつかないので放置しておく。


 レベル15の冒険者で防具に金属鎧を使っている奴はほとんどいない。心臓などの要所に鉄板を当てている防具もあるが、こいつらは装備していないようだ。


 目をドルマークにしながら物資を回収してると、気配察知が動きを(とら)えた。


 ホブゴブリンに片手を切り飛ばされた奴がまだ生きていた。腕を縛り止血をして、死んだふりをしながら息を潜めている。


 安全確認が不十分なまま気を抜いていたことに反省したが、反省は後からできる、そう思い意識を切り替える。


 全滅したと思っていたが、生きているなら丁度良い。なぜ俺を襲ったのか話を聞こう。俺は警戒しながら死んだふりをしている冒険者に近付き話しかける。


「生きてることはわかってる。だが、その傷じゃ助からない。どうして俺を狙ったか話せ、苦しんで死ぬことはない。俺が慈悲の一撃をくれてやる。だから正直に話せ」

「……」


 反応がない。だが、気配察知で生きていることを知っている。残った腕に剣を持ち、不意打ちを狙っていることも。


 安全に遠距離から攻撃しても良いのだが、なぜ狙われたのか知りたかった。襲撃は今回だけなのか、今後も続くのか。


 情報を聞いて判断材料にしたかった。


 死んだふりをしている冒険者に近付くと、剣を振るってくる。


  不意打ちならともかく、きっちりと警戒している状態で、倒れた状態から片手で振るわれた剣など簡単に対処ができた。


 避けるまでもない。剣を振るっている腕を蹴り飛ばす。蹴られた腕が、本来曲がってはいけない角度に曲がり、冒険者が悲鳴を上げる。


 さらに両足の膝を踏み砕き、動けないようにした。


 念のため、冒険者のボディーチェックをする。サブウエポンなのか、剥ぎ取り用なのかわからないが、持っていたナイフを奪っておく。


 痛みに悶絶している冒険者に、さっきと同様の言葉を話すが反応がない。歯を食いしばって黙っている。


 冒険者なのに、異常に義理堅いな。貴族や教会みたいな厄介な勢力に依頼でもされたのか? それとも話したら殺されるとでも思っているのだろうか?


 もう助からないのにな……。


 そんな簡単に死ぬ覚悟はできないか。時間を掛けている暇はない、脅しを掛けるとするか。


「拷問は好きじゃないんだがな、お前が黙っているなら仕方ない」


 そう言うと俺は、冒険者から奪ったナイフを見せ付けるように冒険者の目の前に持ってくる。


 ここでナイフをベロリと舐める。というネタをやりたい衝動に駆られるが、色々台無しなので我慢する。


 俺は、冒険者にナイフを突きつけながら言った。


「お前、歯医者って知ってるか?」





 この世界に歯医者があるのかは知らないが、言葉の響きから恐怖を覚えたのか、それとも早く苦痛から逃れたかったのか。


 脅された冒険者は、震えながら俺を狙った理由について話した。すぐに話してくれてよかった。


 拷問なんてやったことないし、動けない奴をいたぶるのは趣味じゃない。必要に迫られれば躊躇(ちゅうちょ)せずにやる覚悟はあるが、できればやりたくはない。


 死を目の前にして嘘を付くとも思えないが、完全に信じるのも危険だ。それでも冒険者が語った、俺が狙われる理由を聞いて安心した。


 貴族や教会などの厄介な勢力は関わっていなかった。狙われた原因は俺だった。ゴンズに絡まれた小僧を軽く撫でたのが原因だ。


 ゴンズに絡まれた小僧の水月に掌底を打ち込んだ。タイミングだけを合わせて、かるくトンと押し込んで衝撃だけを伝える打ち方で。


 俺は軽く撫でただけで悶絶する雑魚を演出したつもりだったのだが、見ていた冒険者の幾人(いくにん)かは驚愕したらしい。


 技の原理はわからないが、俺の技量が高いことに気付いた。


 いくら駆け出しとはいえ、パーティーでクレイボアを倒せる程度の実力のある人間が、あんなに簡単にやられたりはしない。


 相手を雑魚に見せるつもりだったが、俺の実力を証明した形になってしまった。


 正直、ロック・クリフの冒険者を舐めていた。悪巧みや荒事は得意だが、技術的なことに関しては無知な連中だと決め付けていた。


 小僧だって冒険者の端くれ。あんな簡単に悶絶させると、小僧の弱さより俺の強さが際立ってしまうということを完全に失念していた。


 やはり脳筋(アホ)の考えた作戦である、ズブズブの穴だらけだった。


 俺の実力がばれた。それがなぜ襲撃につながったのか? 雑魚だと思っていたら実は強かった、やばい手を出すのを止めよう。普通ならそう思うだろう。


 しかし、ロック・クリフは普通じゃない。


 俺のそれなりの実力者だとわかったとき、今まで俺の悪い噂を流したり、面白半分にほかの冒険者を(けしか)けたりしていた連中は復讐を恐れた。


 やばい、仕返しされるかもしれない。よし、やられる前に殺してしまおう! そんな理由だそうだ。


 パーティーが合流したのは偶然で、同じ目的だったから協力したらしい。その話を聞いて俺は微妙な表情になった。


 自分の作戦の酷さと、冒険者たちの短絡的過ぎる思考。その両方にダメージを受けていた。


 貴族や教会といった厄介な存在が背後にいなかったことには安心したが、変な精神ダメージを受けてしまった。


 布団に転がってジタバタと悶えたい気分だったが、ここは森の中。それに、俺に萌え属性はないので、そんなことをしても気持ち悪いだけだ。


 冒険者に慈悲の一撃を与え、物資の回収を再開する。ゴブリンの耳は常設依頼なので持っていけば金になるが、はした金なので放置することにする。


 アンデッドにならないように死体を処理しないといけないのだが、そんな余裕はない。怪我が治った後、もう一度様子を見に来ることにしよう。


 ホブゴブリンたちは討伐依頼が出ていない。耳を持っていっても仕方ないが、素材が売れる。


 一部の物語などでは、どんな状況でも討伐料が出るといった作品が多かった。そのため、人類の天敵であるモンスターを倒したらお金が手に入るのだと思っていた。


 しかし、このクソったれな世界は、そんなに甘くはなかった。


 報酬を払う人間がいなければ金は入らない。誰も被害を受けていない、人里から離れたモンスターを倒して、誰が金を払うというのか。


 俺が殺した村長に討伐料を払えと言ったが、あれは間違っていた。


 すまんな村長。


 まぁ俺を殺そうとした時点で、そんな些細なことはどうでもいい。結局、村長の未来は変わらなかった。


 逸れていく思考を戻しながら考える。


 素材を剥ぎ取るのは無理そうだ。ホブゴブリンの死体は、敬意をもって埋葬したい気持ちはある。だけど、早くここを離れたい。


 冒険者の死体から金目の物を頂く。


 ゴブリンの持っていた武器は、ろくに手入れものされていない、さびだらけの武器が多い。地金の値段にしかなりそうにない。


 状態の良かった、ゴブリンウォーリアとホブゴブリンの武器を頂く。金になるのかわからんが、ゴブリンメイジの杖も回収しておく。


 武器だけで11本、重すぎる。しかし、置いていきたくない。


 葛藤しながら冒険者から剥ぎ取った革鎧(レザーアーマー)を、11本の武器に巻き付ける。自分の体が切れないようにするためだ。


 冒険者が持っていたロープで縛り、肩に担げるようにロープを結んでいく。縛り終えると、試しに担いでみる。


 クッソ重い。


 これで町まで行くのか……正直しんどい。体が万全なら何とかなったが、今はぼろぼろだ。


 欲張ると危険だが、儲けは捨てがたい。俺が悩んでいると、気配察知の反応があった。マジかよ! やべぇ。


 森から緑色の毛をした狼が10体飛び出してくる。深森狼(フォレスト・ウルフ)だ。俺が前に戦った灰色狼(グレイ・ウルフ)より強いといわれている狼型のモンスターだ。


 血の匂いに誘われたのか、森の奥地に住むといわれている深森狼(フォレスト・ウルフ)が、俺を囲むようにジリジリと距離を詰める。


 群れのリーダーらしき大きな深森狼(フォレスト・ウルフ)を見たとき、俺は死を予感した。自然と体が震える。


 モンスターには格というものが存在している。


 レベルの壁を破るには、格上の相手を倒す必要がある。レベル15の壁を越えるには、格が4のモンスターを倒さなければならない。


 もともと格というものが観測できていたわけではなく、経験則から分類されたものだ。


 あのモンスターを倒したらレベルの壁が越えられた。だからあのモンスターは格4だ。という形で分類されてきた。


 アルから話を聞いたときには、ふーんと流していたが今ならわかる。文字通り格が違うのだ。生物としての格が違う。


 目がドルマークだった、さっきまでのうきうき気分は吹き飛び絶望が俺を襲う。弱気になる心を奮い立たせ、群れのリーダーを見る。


 群れのリーダーの目を見て、生き残る道筋が急に頭に浮かんだ。


 一口にモンスターといっても様々な種類が存在する。


 生物とみれば血走った目をして片っ端から殺しにくるモンスターもいれば、強い野生動物といったモンスターもいる。


 群れのリーダーの目は、確かな知性を感じさせる目をしていた。


 俺は右手を上げ、自分の体が大きく見えるようにする。それからうなり声を上げ、相手を威嚇した。


「うがああああああ」


 殺気をこめて威嚇をする。ただじゃ殺されねぇぞ! そっちも被害を覚悟しろ!!


 俺の威嚇に群れが殺気立つ。


 俺は警戒しながら、足元にあった冒険者の死体をポイとパスするように投げる。


 深森狼(フォレスト・ウルフ)は冒険者の死体を警戒しながらも、涎をたらしスンスンと匂いを嗅いでいる。


 俺は次々に死体を深森狼(フォレスト・ウルフ)たちにパスする。そわそわしだした深森狼(フォレスト・ウルフ)が、リーダーに目を向ける。


 俺と見つめ合う群れのリーダー。


 胃がキリキリと締め付けられる。それでも目線は外さない。やがて群れのリーダーは、俺から目線を逸らすと冒険者の死体を食べ始めた。


 そうだ、餌はいっぱいある。無理して俺と戦う必要はない。


 野生動物はリスクを回避する。狼は特にその傾向が強く、群れで狩りをする肉食獣の中では、狩りの成功率が低い。


 危険を冒してまで狩りをしない生き物なのだ。


 モンスターから見ると、人間の体はご馳走だ。硬い皮膚や体毛もない食べやすい体。よく塩分を摂取しているため、ほんのり塩味。


 今はそのご馳走がたくさんある。無理をして俺と戦う必要はない。


 ある程度死体を食べた群れのリーダーが軽く吠えると、他の深森狼(フォレスト・ウルフ)たちも死体を食べ始めた。


 俺は警戒しながら、まとめた武器を担ぎゆっくりと離れていく。気が付くと、ゴブリンの集落からかなり歩いた場所だった。


 極度の緊張で、体の疲れ、肩の痛み、武器の重さを忘れていた。急に激しい疲労が押し寄せてくる。


 俺はでかい木を見つけると、武器を木の近くに下ろす。木を登り、ロープで体を縛り付けると、気絶するように眠りについた。

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