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復讐者の貌

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


ヒュンと俺の近くをを矢が通り抜ける。

「クソ! どうなってやがる」

狩りから帰ってきたら、人間に集落を荒らされていた。

許せないよな。存分に暴れてくれ、ホブゴブリン。

 体力を回復しながら、思考を廻らす。リスクの回避を考えるなら、このまま撤退すれば良い。


 理性がそうしろと訴えかけている。だが感情が納得しない。狩りの獲物のように散々追い掛け回された。


 気に入らない。ろくに仕返しもできないまま逃げるのは気に入らない。


 それにチャンスだ。冒険者八人分の装備、大金になる。ゴブリンと冒険者が殺しあっている。うまいこと介入して、漁夫の利を狙いたい。


 しかし、リスクが高い。ゴブリンには人間ということで狙われるだろうし、冒険者も俺を殺そうとしている。


 最悪、ふたつの勢力から攻められる危険がある。


 このまま逃げるべきか、漁夫の利を狙うべきか。欲に目が眩んだ冒険者は長生きできない。だが、肝心なところでイモ引く冒険者も長生きはできない。


 冒険者が一人でも生き残ったら、俺の情報が広がってしまう。森での戦闘が得意なこと、気配察知、気配隠蔽、棒手裏剣の情報。


 油断した相手だからこそ、効果を発揮するものばかりだ。対策を取られると、俺の生存率はグンと下がってしまう。


 冒険者たちを全滅させたい。だが、ゴブリンが生き残りすぎると、俺がゴブリンに殺されてしまう。


 どうしたらいいんだ。俺は頭を抱えた。


 ええい! 脳筋(バカ)の考え休むに似たり。しばらくは体力を回復させつつ様子見だ。展開によって対応を変えれば良い。


 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応って奴だ。


 散々迷った挙句、様子を見て決めるという結論に達した。俺は体力を回復しつつ、介入するタイミングを測りながら、少しずつ森伝いに移動していく。




「何でこんなところにゴブリンの集落がありやがる」

「しらねぇよ、ぼやいてないで手を動かせ!」

「おらぁ! ゴブリンの分際でなめんじゃねぇ」


 数が多いとはいえ所詮(しょせん)はゴブリン。レベル15に達した冒険者を相手にするには力が足りない。


 冒険者の数は残り六人。俺の追跡で体力を使い、棒手裏剣や投石で怪我をしているが、戦えないような大怪我は負っていない。


 冒険者たちは、ホブゴブリンが到着する前に、戦っていたゴブリンたちを仕留めた。ほんの一呼吸分だけ気を抜くと、瞬時に戦闘モードに入り、ホブゴブリンたちに対抗するために陣形を組んだ。


 ロック・クリフで冒険者をやっているだけのことはある。戦いなれている、切り替えも早い。体調がベストとは言えない状態でも、しっかりと動いている。


 ゴブリンたちと乱戦しているときに、ホブゴブたちが突っ込めたのなら、ゴブリンたちにも勝機はあった。


 無茶苦茶な乱闘になったなら、ホブゴブたちにも勝ち目はあっただろう。しかし、こうなると厳しいか? そう思いながら観察を続ける。


 ホブゴブたちが到着したとき、すでに冒険者と戦っていたゴブリンが殺された後だった。


 冒険者とゴブリンたちが戦闘している場所に急いで向かってきたようだが、すでに遅かった。村は荒らされ、仲間たちは打ち倒されている。


 ホブゴブリンは仲間たちの亡骸に目を向けた後、静かに背中のバスタードソードを抜いた。俺はホブゴブリンの表情に目を引き付けられた。


 人間離れした顔をしているので分かりにくいが、怒りと悲しみを凝縮したような表情。そう、復讐者の貌をしていた。


「ぐぎゃあああああごおおおおお」


 悲鳴、怒号、どちらとも取れる凄絶な声だった。ゴブリンの集落。そう、集落を築き、集団生活をするほどの知性はあるのだ。


 人間と同じように、同族の死に怒りと悲しみを感じてもおかしくはない。


 俺が前に出会ったホブゴブリンは、手下のゴブリンなどゴミのように扱っていた。気まぐれに殺してもなんとも思っていない感じだった。


 モンスターなんてそんな物だと思っていたが、個体差があるのかも知れない。


 同族を殺されたホブゴブリンは怒りに打ち震えていた。ホブゴブリンも人間と同じとは限らないが、怒りは戦いに多くの恩恵をもたらす。


 冷静さを失う。という、でかいデメリットはある。それと同時に、大きなメリットもある。


 アドレナリンの大量分泌による痛みの鈍化と止血効果。肉体のリミッター解除。そして何より、死への恐怖を消してくれる。


 勝負の行方が分からなくなってきた。戦いが拮抗すればするほど、俺に良い流れが来る。がんばれホブゴブリン。


 ホブゴブリンたちが冒険者たちへと雄たけびを上げて突っ込んでいく。それを待ち構える冒険者たち。


 ホブゴブリンは強敵だ、それでもレベル15の冒険者なら、かなりのリスクはあるが一人で倒せる。二人なら比較的安全に、三人なら楽勝と言われている。


 冒険者は三人でホブゴブリンを足止めしつつ、ほかのメンバーが雑魚ゴブリンを倒すのを待つ作戦の様だ。


 レベル15の冒険者三人とゴブリン9体。いくらホブゴブリンが頑張っても、ゴブリン陣営は勝てない。


 そのとき、冒険者に動揺が広がった。ゴブリンに別働隊がいて、冒険者に挟撃を仕掛けたのだ。


 俺は気配察知で気付いていたが、ホブゴブリンに気を取られた冒険者たちは、対処が遅れてパニックになっていた。


「ゴブリンが挟撃だと! いや、ただのゴブリンだけじゃない。上位種がいるぞ!」

「ウォーリアとメイジがいるぞ」

「メイジだって! めったに見かけない上位種じゃねぇか」

「上位進化種のホブゴブリンに上位種のウォーリアとメイジだと、何だこの集落は」


 ゴブリンメイジだと! 魔法のあるファンタジー世界なのに、今まで魔法を見たことがなかった。ついに魔法が見られる!


 緊迫した状況だというのに、俺はドキドキを抑えられずにいた。


 しかし、この集落のゴブリンはすごいな。ここまででかい群に当たったことはないが、ゴブリンなら何度も戦っている。


 殺しても殺しても湧いてくるしぶといイメージはあるが、基本頭が悪く、数の優位性を生かしたり複雑な作戦をこなしたりできるイメージがなかった。


 しかし、この集落のゴブリンたちは違う。


 ホブゴブリンが冒険者たちの気を引き、その隙にゴブリンウォーリアとゴブリンメイジが別働隊を率いて挟撃を仕掛けた。



 バックアタックを食らった、弓をメイン武器とする後衛の冒険者は二人。そのうちの一人は、あわててサブウエポンの短剣に持ち替え応戦していた。


 冒険者たちの体調がベストなら対処できたかもしれない。しかし、俺を追跡するのに体力を使い、俺の嫌がらせで傷を負っている。


 不意打ちで浮足立った冒険者たちは、このまま一気にやられるかと思った。しかし、そうはならなかった。


 リーダーらしき男が、冒険者たちを一喝する。


 冷静さを取り戻した冒険者たちに、リーダーはすばやく指示を出す。リーダーの行動で、崩れかけた態勢を立て直した。


 熱い戦いだ。オラわくわくすっぞ! 気配察知で周囲を警戒はしているが、エンターテイメントを見る感覚で冒険者とゴブリンの戦いを観察していた。


 態勢を立て直した冒険者たちは、ホブゴブリンの相手を二人に減らして、一人を後衛のほうへ回す。


 バックアタックをくらった後衛の一人が、不慣れな短剣でなんとかゴブリンウォーリアを抑える。もう一人が弓でゴブリンメイジを牽制。


 弓! この野郎!! 魔法の邪魔すんな! ビール片手に野球選手にヤジを飛ばすおっさんのように、俺は心の中でヤジを飛ばす。


 ホブゴブリンの相手から後衛に回った冒険者が、雑魚ゴブリンをさばき切れず、弓を使っていた冒険者にゴブリンが襲い掛かる。


 弓を持っていた冒険者は弓を捨て、サブウエポンの短剣でゴブリンを斬り殺した。


 後衛の援護に回った冒険者と弓を捨てた冒険者が雑魚ゴブリンの相手をしている間に、フリーになったメイジが魔法を放つ。


 ソフトボールぐらいの大きさの炎の玉が、ゴブリンウォーリアと切り結んでいた冒険者に向かって、そこそこの速度で飛んでいく。


 あれがファイアーボールなのか?


 使い慣れた弓とは違う短剣で、なんとかゴブリンウォーリアの攻撃を凌いでた冒険者。ゴブリンとの攻防に精一杯で、周囲を警戒する余裕などない。


 自分に接近する炎の玉に、気付くのが遅れた。


 回避不能と判断したのか、左手の手甲で防ごうとする。ボンという小さな破裂音の後、小規模の爆発が起こった。


 爆発が冒険者の腕を赤く焼いた。


 あれ? 思ったよりショボイ。ゴブリンの魔法だからか? まぁ、ショボイとは言えダメージは甚大だ。


 左手はかなりの火傷を負っているだろう。この世界はスキルがあるので、体が動く限り戦える。しかし、痛みで切れる集中力はどうしようもない。


 冒険者なので、それなりに痛みには強いと思う。だが斬られたり殴られたりには慣れていても、火傷の痛みには慣れていない。


 普通の痛みではなく、火傷特有の痛みがある。


 サブウエポンで何とかゴブリンウォーリアの攻撃を凌いでいた冒険者だが、火傷の影響で動きが極端に悪くなった。


 火傷を負った冒険者は剣を避けきれず、大きく体勢を崩す。ゴブリンウォーリアの剣が、体勢を崩した冒険者の首筋に吸い込まれた。


 冒険者は首から大量の血を流すと、そのまま地面に倒れこんだ。


 冒険者はこれで五人。しかし、冒険者の方も雑魚のゴブリンの数をかなり減らしてる。別働隊の雑魚ゴブリンはすでに全滅。


 前衛から援護に回った冒険者は、ゴブリンウォーリアと戦う。弓使いは弓を拾い、ゴブリンメイジを狙う。


 前衛の方は二人がホブゴブリンの猛攻を何とかかわしながら時間を稼ぎ、冒険者のリーダーが雑魚ゴブリンの数を着実に減らしている。


 膠着状態。もしくは、冒険者が若干有利か? そう思っていると、事態が大きく動いた。


 数の少なくなった雑魚ゴブリンが、一斉に冒険者のリーダーに襲い掛かる。


 このリーダーはポジショニングがうまく、複数の相手に囲まれないように、相手の攻撃できる範囲を限定するように動いていた。


 ゴブリンたちが一斉に動いても対処はできる。そう思っていたようだが、ゴブリンたちの狙いは別にあった。


 先頭のゴブリンが、リーダーに斬り殺される。それでも、ゴブリンたちは動きを止めない。


 そして、そのままリーダーを無視して、ホブゴブリンと戦っている冒険者へと突っ込んでいった。


 あわててリーダーが後ろからゴブリンを切り捨てる。


 それでも2体のゴブリンが仕留め切れず突破されてしまう。突破したゴブリンは、それぞれ別の冒険者へと突撃していく。


 ホブゴブリンと戦っていた冒険者たちは、少しあせったが所詮(しょせん)ゴブリン。ホブゴブリンの攻撃をさばきながらでも対処できる。そう考えていた。


 突撃してきたゴブリンを斬り捨て、ホブゴブリンへと意識を向けようとした、そのときだった。


 斬り捨てられたゴブリンはまだ生きており、瀕死の体で冒険者の足にしがみ付く。冒険者は舌打ちをした後、足にしがみ付いているゴブリンに剣を突き刺した。


 そして視線を上げると、剣を振り上げたホブゴブリンが目に映った。


「あっ」


 気の抜けた声を出した冒険者の首が宙を舞う。冒険者の足にしがみ付いていたゴブリンは、その様子を見届け、満足そうな顔をして息絶えた。


 冒険者の首を刎ねたホブゴブリンの背中をもう一人の冒険者が切り付ける。背中をバッサリいっている。


 斬った冒険者はかなりの手応えだっただろう。仲間は殺されたが、そのおかげでホブゴブリンは隙だらけだった。


 冒険者の頭に勝利が()ぎる。


 背中を斬られたホブゴブリンは、何事も無かったかのように振り返り、力強く剣を振るった。


「なに!」


 反応が遅れた冒険者の悲鳴が響いた。


「うぎゃあああ。腕が、俺の腕が」


 傷口を押さえながら、地面を転がる冒険者。


 その冒険者を無視するように、ホブゴブリンは冒険者のリーダーに向かって剣を構えた。


 雑魚のゴブリンは全滅。ゴブリン側の生き残りはウォーリア、メイジ、ホブゴブリン。冒険者の生き残りは三人。


 三対三。戦いは最終局面へと向かっていた。

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