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下っ端の美学

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


裁縫スキルを取得する日も近いかもしれない。

リア充オーラ全開の男女4人組みが、ギルド酒場へとやって来た。

馬鹿が、やりやがった!

ゴンズがキレすぎて無表情になってんじゃねぇか!

 面倒ごとを押し付けられる下っ端の悲哀を我が身に感じながら、小僧へと近付いていく。


「な、なんだ、お前! 何か文句でもあるのか!」


 舐められない様に、精一杯虚勢を張っている。その姿が逆に滑稽で、余計に舐められるとなぜ気付かないのか……。


 某奇妙な冒険の主人公のようにやれやれだぜ、とニヒルに決めたかったが、今の俺は下っ端ポジション。


 下っ端なりの行動で、下っ端っぽく小僧を黙らせますか。


 俺は薄ら笑いを浮かべたまま、小僧へと近付いていく。小僧は俺が間近に入っているのに、ろくに警戒もしていない。


 揉めてる相手が接近しているのに、なぜここまで無警戒でいられるんだ? 今まで殺されなかったのが奇跡だな。


 俺は小僧の呼吸を読むと、息を吸う瞬間に掌底で水月をトンと押した。インパクトの瞬間、手首を曲げ、掌底を押し出すように動かし、衝撃を内部に伝播させる。


 はたから見れば、手のひらで軽く押しただけにしか見えなかったはずだ。実際、青あざすらできないような軽い打撃だ。


 しかし、俺の掌底はリア充にダメージを与えていた。


 酸素を補給しようとした瞬間、横隔膜のポンプ運動を止められる。体の機能のズレと酸素を補給できない苦しみ。


 水月に集中している神経からの、言い表せない内臓から上ってくるような不快感を伴う痛み。


 味わったことのない苦痛に小僧は負け、腹を押さえてうずくまってしまう。


 俺はうずくまった小僧の口元に耳を持っていくと、みえみえの下手糞な演技を始める。


「え? 先輩冒険者であり、見るからに王者の風格を伴っている冒険王様に怒鳴られて、ビビリ過ぎて訳が分からなくなり言い返してしまったって? お詫びに酒をおごります? わりぃな小僧」


 そう言うと、俺は小僧の懐から硬貨の入った袋を取り出す。もちろん小僧は絶賛悶絶中なので、一言もしゃべっていない。


 袋の中身を見ると、結構な金額が入っていた。クレイ・ボアの報酬だけじゃ、ここまでの金額にならない。


 装備も、初心者の割には中古じゃなく新品を装備している。どこかのボンボンか? 貴族の庶子やでかい商家の息子だったら殺したらまずいかもな。


 そんなことを考えながら、袋から銀貨を数枚握るとテーブルに放り投げる。そして、袋の方を持ってゴンズたちの下へと向かう。


 握った銀貨ではなく、袋を持っていったのを見て、小僧のパーティーメンバーの男は、そっちを持ってくのかよ! と驚きの表情を浮かべていた。


 女二人はゴミでも見るような冷たい目で俺を睨んでいた。『我々の業界ではご褒美です』と言える(へき)ならよかったのだが、俺は違う。ゴリゴリ精神を削られた。


 ちゃうんや! ワイは小僧の命すくったんやで! 堪忍してーな、そんな目でワイをみんといてぇな! 心の中で、なぜか関西弁になりながら必死に言い訳をしていた。





 ここからが勝負だ、俺のゴマすり力が試される。現状、ゴンズが小僧を殺す邪魔をした形になっている。下手をしたら、斧の標的が俺になる危険性がある。


 一方的にやられるつもりはないが、敵に回すにはリスクが高すぎる相手だ。


 高速回転しろ俺の脳みそ! 回れベロ! 俺はこのゴマすりにすべてを掛ける!! ゴンズの琴線に触れてくれ。心に刺されぇえええええ。


「兄貴ほどの大物が、あんな雑魚相手にわざわざ出張る必要ありやせんぜ。身の程知らずの雑魚はあっしに任せて、大物らしくどんと構えていてくだせぇ」


 見方を変えれば、注意をしたとも取られかねないリスキーなゴマすり。だが、俺はこのヨイショに掛けていた。


 いつだったか、ゴンズが言っていた。大物がふんぞり返っていて、下っ端が処理をする。自分で動こうとしない大貴族のような奴は気に入らない。


 そう語っていたが、ゴンズの表情から強がりだと思った。


 自分がそうありたいのに、平民だから貴族のようになれない。スラムのボスのようにカリスマがないから手下ができない。


 憧れているが、自分では届かない。そのコンプレックスの裏返しが、あのセリフだったと思う。


 違っていたら、ゴンズと戦う可能性がある。もちろんパーティーメンバーとして認められた今、問答無用で殺しに来る可能性は低いだろう。


 だが、相手はゴンズだ。脊髄が反射してから脳が物事を考えるでお馴染みのゴンズさんだ。気が付いたら斧で頭割っていたでお馴染みのゴンズさんだ。


 油断は一切できない。


 俺がゴンズたちのいるテーブルに着くと、ゴンズは腕を組み、口をへの字に曲げ、機嫌の悪そうな空気を出そうとしていた。


 しかし、俺にはお見通しだ。


 眉毛がへにょっと下にさがっている。どうやら俺のゴマすりは心に刺さってくれたらしい。


「おう、ヤジン。お前がカタつけたってんなら、俺はもう何も言わねぇ」


 そう言いながらすでに機嫌が良さそうだ。大丈夫かゴンズ、ちょろい、ちょろすぎる。おじさん、少し心配です。


「小僧がわびに渡してきた金でパーッとやりやしょう。親父! 一番高い酒もってこい!」


 このまま酒に酔わせてうやむやにするに限る。しかしゴンズはツンデレだな。


 かわいい金髪ツインテールのツンデレならご褒美だが、ムキムキスキンヘッドのツンデレとか需要がねぇよ。


 ゴンズの切れやすさは問題だが、俺にとってはある意味癒しだ。俺がちょっとおだてると嬉しそうにニヤニヤとご機嫌になる。


 嘘や裏切りが当たり前で、パーティーメンバーすら信用できないような町、ロック・クリフ。


 何も信じられない町で、ゴンズのような裏表のない人間は貴重だと思う。


 凶暴なので取り巻きは少ないが、意外とみんなに愛されている。機嫌が悪い時は分かりやすく機嫌が悪いので、近付かなければいいから楽なのだ。


 それに、親分肌なのか気前が良い。稼いだら周りにおごったりもする。


 自分が金を巻き上げてる相手が、依頼をしくじって酒場で凹んだりすると、自分が巻き上げた以上の金額をおごったりするらしい。


 俺は経験していないが、依頼を失敗すると、それは惨めな気持ちになるそうだ。収入がないどころか、違約金を取られ、掛けた時間も経費も戻ってはこない。


 酒場で自棄酒を飲みたいが、金がないからそれもできない。そんな時におごると言われても、ここはロック・クリフだ。


 自分たちを罠にはめようとしているんじゃないか? そう疑ってしまう。ところが、ゴンズは違う。裏表などない人間なので、遠慮なくご馳走になれる。


 凹んでいるときに優しくされると、人間は弱いものだ。ゴンズに金を巻き上げられているのに、何故か憎めなくなるらしい。


 ゴンズのカツアゲには副次効果もある。


 昔、ゴンズが金を巻き上げていた冒険者を、別の冒険者が殺して装備を奪った。


 ゴンズは俺の小遣いを運んでくる人間を殺しやがってと、そのパーティーを皆殺しにした。相手は四人だったので、ゴンズも無傷とはいかなかった。


 それでも、一人で同じレベルの相手を四人殺したのだ。ゴンズの戦闘力の高さが、冒険者の間で広く知れ渡った。


 似たようなことが数回あり、ゴンズの強さが広まると共に、ゴンズがカツアゲしている人間には手を出さないという暗黙の了解ができた。


 ゴンズに金を巻き上げられているが、同時に守られてもいるのだ。このシステムのおかげで、地元出身の冒険者もある程度の数は一人前になる。


 よそから来た、犯罪者崩れの冒険者にカモにされずにすむからだ。


 もちろん、モンスターに殺されたり、ゴンズに気付かれないように殺されている奴もいるだろう。


 それでもかなりの抑止力になる。


 ゴンズに金を巻き上げられていたときは恨んでいても、冒険者として生き残りその事実に気付くと、ゴンズに感謝する。


 安全を金で買うとなると、ゴンズに巻き上げられる金どころではないからだ。そうやって一定数の地元出身の新人が生き残り、自分の村から出てきた後輩などの面倒を見ている。


 地元出身の人間がひとりもいないという事態は、冒険者ギルドとしても、冒険者自身にとっても良くない。


 ゴンズはある意味、治安維持に貢献しているといえなくもないのだ。もちろん本人にそんな自覚はない。


 おそらく、アルがうまいことコントロールしているのだろう。


 めんどくさいと思うことも多いが、俺はこの憎めないツンデレハゲマッチョを結構気に入っている。


 アルとは一番話すし、色々なことを教えてもらっている。正直良くしてもらっていると思うが、常に何か策謀しているので心から信用できない。


 キモンは何を考えているかのさっぱり分からない。朴訥ぼくとつなだけで、いい人間なんだと思うが、正直不気味だ。


 二人に比べるとゴンズは楽でいい。少なくとも、俺を殺そうとするときは正面から来るだろう。弓での狙撃や、策略で不意を突かれるよりはマシだ。


 金を貯めて、すぐに町を離れるつもりだった。だが、予想以上に小国家群は危険地帯だった。もう少し知識と経験を積んでからじゃないと迂闊に動けない。


 今後、アルたちのような人材に出会えることはないだろう。しっかり知識と経験を積んで一人でも生きていける力を蓄えねば。




 黒目黒髪でアジア系のっぺりフェイス。いくら新種のゴブリンモードだったとしても、これだけ特徴的なのだから衛兵が俺を捕まえようと思ったらすでに動いているだろう。


 訴え自体がなかったか、先々代の庶子など、どうでも良かったのか。俺を捕まえようとしている気配すらない。


 まだこの町にいても大丈夫だろう。このまま付き合いが進み、アルとキモンが信用できるほどお互いの理解が深まったら、このままここで冒険者を続けるのもありかもしれない。






 なんとかうまく収められた。公衆の面前で喧嘩を売られたゴンズはあの小僧に対して何らかのアクション、つまり他の冒険者に舐められないようにきっちり実力を示す必要があった。


 ただ、ゴンズがそれをやると確実に相手は死ぬ。ゴンズが出るまでもない雑魚だった。俺がゴマをするためにでしゃばった。という形がベストだ。


 ほんの少し()でただけで悶絶するような雑魚に、いちいちゴンズが構っていられないという構図を作る必要があった。


 俺がイキってゴンズの溜飲が下がるまであの小僧をぼこっていたら、寄生野郎が調子に乗りやがってと憎悪(ヘイト)が俺に集中していただろうが、少し撫でただけだしな。


 いやーなんとかうまくいった。良かった良かった。





 そんな風に思っていた時期が俺にもありましたとさ。


 なぜこうなった……。


 俺は今、森で冒険者八人に追い掛け回されている。気配察知が逃走方向にゴブリンのでかい群れの反応を伝えてくる。


 前門のゴブ、後門の冒険者。俺は何を間違えた。

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