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そりゃスキルも生えるわ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


生きている、俺は生きている。

この世界で野人として生きている。

「私の作った解毒薬と解毒薬のレシピです」

「ありがとう、誰にも言わないよ」

「約束ですよ」

刺されたわき腹より、胸がチクリと痛んだ。

 冒険者ギルドに着くと、酒場で大量の肉料理を注文した。腹の傷は塞がったが、まだ少し痛む。回復を早めるためにも、たんぱく質の補給は必要だ。


 運ばれてきた肉料理をもりもり食べていると、ゴンズたちが娼婦をはべらせてギルド酒場へと入ってきた。


「おう! ヤジンじゃねぇか。最近見なかったが、女のところにでもしけこんでやがったか?」

「そんな良いものじゃねぇですよ、ちょいと毒付きのナイフで腹を刺されやしてね。診療所に入院してたんでさぁ」

「毒か、ありゃ厄介だよな。俺様も何度か死に掛けたぜ」


 そう言ってゴンズは、がっはっはと笑った。笑い事じゃねぇだろ、毒だぞ毒! なにあるあるネタみたいな対応してんだよ。


 小国家群の冒険者、やばすぎるだろ。ワイルドすぎる冒険者あるあるに辟易としていると、アルが話しかけてきた。


「ヤジン、毒付きのナイフで襲ってきた奴ってどんな奴だった?」

「物乞いみたいな、小汚い格好した奴でした。俺の腹にナイフを刺すとき、殺気の欠片もかんじやせんでしたぜ」

「それは物乞いカッツォだな。裏の世界じゃ有名な暗殺者だ」

「暗殺者? そんなのに襲われる覚えはねぇんですが……」

「小遣い稼ぎに狙われたんだろうな。この前の依頼で儲かったからな、俺たちが羽振りが良いって噂が流れている」


 おいおい、小遣い稼ぎで人にナイフぶっ刺すなよ。しかも毒付きとか洒落にならねぇだろ、あの野郎……。


 スラムで戦った冒険者、物乞いカッツォと裏の匂いの濃い相手が続いた。知らないうちにスラムのボスを怒らせてしまい、命を狙われている。


 そんな事態になっていたらまずいと思ったが、小遣い稼ぎかよ。


 そりゃ、チビの斥候職が大金持ってるとなりゃ襲いたくもなるか。それで実際に襲ってくるのが恐ろしい。


 冒険者ってマジでやばいのしかいねぇな。腰蓑装備して毛皮の服を着たウガウガ系原始人でも、もう少し人殺しに躊躇ちゅうちょすんぞ。


 あれ? 最近、その格好の人物を見た気が、う、頭が……。俺は文明人、そんな格好するはずがない。




 まだ昼間だというのに、ゴンズたちは娼婦と二階へ向かっていた。なんとうらやま……じゃない、けしからん。


 大量の肉を食い終わると、俺はひとり寂しく自分の部屋へと向かう。部屋に入り、荷物の整理を開始した。


 物乞いカッツォから奪った棒手裏剣に毒が塗ってあったはずだ。しかし、刺激臭がしない。クレイアーヌさんが毒を洗浄したのだろうか。


 革鎧と服は、ナイフで刺されたせいで穴が開いていた。買いなおしだ。治療費とあわせると、ほとんど儲けなしだな。


 品質の良いナイフと棒手裏剣が手に入ったし、結果的にはプラスか。人をぶっ殺して、殺されかけてナイフと棒手裏剣ね。割に合わないにもほどが有る。


 だが、割に合うとしたらどうだろう? 返り討ちにした奴らの装備が、いい値段で売れた。そのことに喜びを感じている部分はある。


 依頼をこなして報酬を手にするより、弱そうな奴ぶっ殺して金を奪ったほうが、はるかに楽で儲かる。合理的といえば合理的だ。


 だけど、人として越えちゃいけないラインだと思う。


 攻撃されたら返り討ちにする。倒した冒険者の装備も売って金に変える。人道主義を気取って食い物にされるつもりはない。


 だが、俺から金目的で人を殺すようになったらおしまいだ。手軽に大金を稼げるようにはなるが、長生きはできないだろう。


 でも、山賊を皆殺しにして、アジトのお宝をがっぽり頂くってロマンあるよな。


 相手が悪党ならいいということにするか? 自分の中で明確なルールを決めておかないと心が病みそうだ。


 そんなことを考えながらベッドで横になっていると、眠気が襲ってきた。食べてすぐに寝るのは良くないが、睡魔に勝てそうもない。俺はゆっくり目を閉じた。





 昼に寝たせいで夜中に目が覚める。腹の傷はかなり良くなっていたが、皮膚が突っ張る感じがしてまだ少し痛む。


 傷の様子を確認して、包帯をまきなおそう。


 包帯を解き、傷薬を塗る。清潔な布を当て、包帯を巻きなおす。このファンタジー傷薬の効き目、すごいよな。地球に持って帰ることができたら、大金持ちになれそうだ。


 しかし、暇だな……。怪我がなければ、畑で鍛錬するんだがな。そうだ、良いことを思いついた。


 俺は革鎧を壁に固定すると、棒手裏剣を投げる。怪我の負担が掛からないように、腕と手首のスナップだけで投げている。それでも結構な威力がでる。


 後で的を書いた板を用意しよう。


 俺はダーツ感覚で棒手裏剣を投げる。投げ終わったら回収して投げるを繰り返す。


 結構、投擲がばらけるなぁ。意外と難しい。投擲系のスキルとかあるんだろうか? 手裏剣術、投擲術、狙撃、思いつく限りはそのぐらいかな。


 そのうちどれかを習得できるといいんだけど。あるのかしらないけど。


 夢中で投げていたら、革鎧を突き破って後ろの壁に当たっていたようだ。突然壁を叩かれた。


「おい! カツンカツンうるせぇぞ!」

「あ、すいません」


 こっちの世界でも壁ドン(ロマンチックじゃないほう)ってあるんだな、ふと地球のことを思い出した。


 最初に転生したときは、生きるのに精一杯で余裕がなかった。いつの間にか地球のことを考えなくなっていた。


 そして、森での生活に余裕ができると、今度は地球のことばかり考えていた。


 ゴンズたち仲間ができたからだろうか? 空手スキルに喜びを覚えたからだろうか? 心に余裕ができたんだろう。久しぶりに地球のことを思い出した。


 もう地球には戻れない。俺はこの世界で生きていくしかない。そのためには、この世界に適応しないといけない。


 最低限の倫理観を維持しながら、殺伐とした世界を生き抜く。言葉にすれば単純だが、人の心ってのは複雑だ。


 一人殺せば二人目からは慣れる。なんて話を物語なんかでよく見る。実際に殺人へのハードルは下がる。だけど、二人目からは何も感じないなんてのは嘘だ。


 死に掛けたときに見た悪夢。


 自覚していなかったけど、人を殺すという行為に強いストレスを感じていたのかもしれない。


 人を殺しているのに罰を受けていない。その罪悪感が悪夢に形を変えて現れた。


 相手も俺を殺そうとしたんだ。お互い様だと、うまく割り切らないと……。このままだと、闇堕ちしてしまいそうだ。


 そうなると、称号にある『怪物』になってしまう。怪物は人の社会では生きられない。俺が文明的な生活をするためにも、『人間』のままでいなければ。


 思考の海から意識を引き上げる。長時間シリアスなことを考えると、ろくなことにならない。




 しかし、暇だな。棒手裏剣ダーツも隣人に怒られてできない。コンビニやネットが恋しい。日本なら深夜でも暇を潰すことができたのに。


 そういえば結構な時間、ステータスを確認していなかった。


「ステータスオープン」


レベル

15


スキル

空手

毒耐性

麻痺耐性

気配察知

気配隠蔽


称号

新種のゴブリン

怪物

M字ハゲ進行中


 毒・麻痺耐性スキルが生えてる! 毒草と麻痺草煮詰めたやつ、体内に直でぶち込まれたからな。そりゃスキルも生えるわ。


 このスキルがどれくらい有用なのか知らないけど、このスキルと村娘に貰った解毒薬があれば毒なんて恐くないぜ。


 あれ? なんかフラグっぽい。やばい、毒はもうこりごりだ。

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