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突き立てられた刃

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「かかって来いよ」

そう、中二病である。

相手の胸に、頭突きを叩き付けた。

地面に肉片交じりの赤い花が咲いた。

スラムで肉を食べなくて良かった。

 俺はスラムの出口へと歩く。法が通用しないスラムでは一切油断できない。周囲を警戒しながら、足早に出口を目指す。


 無秩序に立てられたボロ屋が立ち並び、本来は広い道幅だったであろう道を侵食している。


 糞尿まみれの不衛生な場所ではないが、謎の頭陀ずだ袋が通路の角に積み重なっていたりする。その袋からは、赤い液体が滲み出ていた。


 スラムは一見閑散としているが、常に誰かの視線を感じる。隙を見せた瞬間、襲いかかってきそうだ。


 無秩序に立てられた建物のせいで視界が悪く、狭いスラムは襲撃を防ぎにくい。気配察位を全開にて、神経を張り詰めながら歩く。


 まるで、モンスターが密集している森を歩いているような緊張感だった。


 強敵との戦いで心身ともに疲弊している。この状態で、スラムを警戒しながら移動するのは辛い。


 早くスラムを抜けて、一息付きたい。


 しばらくスラムを歩き、ようやくスラムの出口に近付いてきた。


 スラムと町の境界線に近付くほど治安は良くなり、町並みも綺麗になる。スラムの一等地だ。


 町の境界線には商店もあり、町の住人も買い物に利用していたりする。一見平和だが、そこはスラム。物取りなどの対処は、自分でしなくてはならない。


 その分掘り出し物、簡単にいえば盗品が安く買える。


 スラムと町の境界線付近は、盗品の売買で賑わっている。俺は雑踏の中、油断せずにスラムを出た。


 ふぅ、と息を吐く。スラムは妙な緊張感があって苦手だ。得意な人なんて滅多にいないだろうが……。


 そう思いながら冒険者ギルドへ向かおうとした俺に、身なりの小汚い男が話しかけてきた。


「だんな、だんな、ちょっとお話がありやす。ちょっと来てくだせぇ」


 ゴンズたちと会話してるときの俺みたいなしゃべり方するなぁ。そんな風に考えながら近付く。


 気配は1人分。背も低く、とても弱そうに見える。なにより戦う人間特有の空気を感じない。


 俺は呼ばれた男に近付いていく。


「だんな、お耳を拝借」


 そう言うと男は、俺の耳に内緒話をするように口を近付けた。


 男は左手で俺の肩を掴む。右手には、いつの間にかナイフが握られていた。


 間に合わない!! 俺は腹筋に力を入れると、即座に反撃に出た。


「がああああああ」


 ドスっと腹にナイフが刺さる衝撃を感じた。それと同時に、近くにあった相手の鼻に噛み付いた。


 ゴリっと嫌な感触と音が口内から聞こえた。男は予想外の反撃に驚き、ナイフを手放し距離を取る。


 俺は噛み切った相手の鼻をゴリゴリと咀嚼(そしゃく)しながら唾液と混ぜる。


 距離を取った相手が袖に手を入れた。飛び道具か! その動きを見た俺は、口の中にあった男の鼻と唾液の混じった物をぶっと吐き出す。


 自分の血液と肉片の目潰しをくらった男は動きが止まる。その隙を突いて、俺は踏み込みながら金的を蹴り上げた。


 ぐちゅ、やわらかい物がつぶれる感覚が足の甲に伝わる。


「ぎゃああああああ」


 男は叫び声を上げながら股間を押さえ、膝を着き悶絶した。


「せりゃあああ」


 延髄に手刀を落とす。バキリと相手の延髄に手刀が減り込んだ。男はブルリと体を震わせると、そのまま倒れ動かなくなった。


 気配察知を全開にして周囲を探る。人の反応はあるが、俺を狙っているような怪しげな人物は察知できない。


 それでも早くこの場から離れたほうがいい。傷の治療もしなくては。


 俺は男の死体をあさる。硬貨の入った袋と、袖に仕込まれていた暗器を素早く回収する。暗器は棒手裏剣のような金属の棒だった。


 回収した棒手裏剣から、かすかな刺激臭を感じた。その瞬間、ぞくりと背筋に冷たい物が走る。


 まさか毒? ナイフにも? まずい、刺されてから2.3分は経っている。俺は荷物を回収した後、クレイアーヌさんの診療所へとすぐに向かった。


 革鎧のお陰でナイフはそこまで深く刺さっていないようだが、自分の腹にナイフが生えている光景はなかなか破壊力がある。


 幸い診療所まではそんなに遠くない。そう思い歩いていると、突然ナイフが刺さった場所から焼けるような痛みが走った。


 刺されてすぐに効果が出なかった。毒は棒手裏剣にしか塗っていなかったのでは? そう思ったが、ナイフにも塗ってあったらしい。


 全身が熱い、刺された部分が焼けるように痛む、体もうまく動かなくなってきた。それでも歩く、死にたくなかったら歩くしかない。


 比較的安全な町だが、倒れたら身包みを剥がれてスラムに投げ入れられちまう。死体も残らないなんてごめんだ。


 目が霞む、周りの景色もよく分からなくなってきた。クソ、油断した。まさかスラムから出た、普通の町中で襲われるとは……。


 このまま終わりなのか……死にたくねぇ。刺されたところがいてぇ、体がうごかねぇ。


 チクショウ、死んでたまるか。足を動かせ! 顔を上げろ! 自分が何処を歩いているのかも良く分からない。それでも歩き続ける。


 ドサっと音がした。気にせず歩き続けようとするが足が動かない。俺が倒れた音か……倒れた拍子にナイフが深く刺さらなくて良かった。


 歩けないなら這って進むだけだ。地面に爪を立て進む。診療所に行かなければ。あぁ、ゴンズ、アル、キモン、そして村娘。もう一度会いたいなぁ。

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