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スラムの肉料理

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


冒険者は様々な副業をしている。

冒険者は短絡的に人を殺す。

あっけないほど簡単に人の命が消費され、補充されていく。

狙われなくなるには力を示し続けるしかない。

俺は深くため息をついた。

「かかってこいよ」


 人気のないスラムの路地裏で、俺は人差し指を曲げながら相手を挑発する。そう、中二病である。


 素面(しらふ)で殺し合いができるほどタフじゃない。物語の主人公のように振る舞い現実感を薄くしている。


 実際、かなり恥ずかしかったのだが、相手は特にリアクションもせず剣を抜いた。


 相手は剣を抜いた後、正眼に構えたまま動かない。俺は構えもせず、歩きながら雑に間合いを詰める。


 一見無造作に見えるが、足をなるべく浮かさないようにし、重心を揺らさないように歩く。


 相手の剣が届くギリギリまで歩いたが、相手は攻撃を仕掛けてこない。俺は歩くのを止め、ゆっくりと構える。


 素手なので、こちらの方が間合いが狭い。距離を詰める必要がある。この世界の剣術スキルは、攻撃を受け流す技術がない。


 正確には使っている人を見たことがない。意識してスキルに取り込むか、スキルなしで使うしかないのかもしれない。


 剣術スキルの防御は、大きく分けて二パターン。盾か剣で受け止める、体ごとかわす、このふたつだ。


 相手の攻撃を受け流し体勢を崩し、その隙を突く。といったやり取りがないため、攻撃を仕掛ける方のリスクが少ない。


 そういった攻防になれた冒険者たちは、間合いに入るとすぐに攻撃してくる。


 俺はその習性を利用して戦っていた。わざと剣が届くギリギリの間合いまで接近して、相手の攻撃を誘発させる。


 攻撃を避けて一気に間合いを詰め、反撃に出る。そのパターンで武器を持った相手に対処していた。


 多くの冒険者はスキルに戦闘を丸投げし、思考を放棄している奴が多い。


 今俺と対峙している男は、間合いに入っても攻撃をしてこない。不用意に攻撃をしてこない男は、明らかに対人戦に慣れている。


 回避行動を取っても避けにくい、必殺の間合い。そこまで獲物が進入してくるのを、じっと待っている。


 基礎値の低そうなチビが武器も持たずにいるというのに、全く油断をしていない。モンスターより人を殺す事になれた、裏の匂いがする相手だった。


 ジリジリと間合いを詰めると、詰めた分だけ相手が下がる。相手が大きく間合いを詰め、剣の最も力を発揮する間合いに入ろうとする。


 俺は相手が詰めた分、後ろに下がる。間合いの削りあい、ミリ単位の攻防。汗が吹き出る。肌がピリつく。


 狭い路地を利用して、少しずつ相手を壁際へと追い詰める。相手は壁際に追い詰められてから、はっと気付いた。


 相手も集中しすぎて視野が狭くなっていたのだろう。


 間合いの削り合いができる時点で、この世界では相当異質だ。それでも経験が足りていなかったようだ。


 日本にはレベルなどないので、極端な身体能力差がない状態で練習を積むことができる。


 同程度の相手と、スパーリングや試合で命を掛けずに技術を磨く。そんな練習は積んでいない。


 実戦で自分に近いレベルの相手と何度も戦い、修羅場を潜って生き抜いてきたからこそ身に付いた技術なんだと思う。


 間合いの削りあい、この世界には重要視されていない技術だ。その技術が自然と身に付いている。相手の男は余程、ハードな人生を送ってきたのだろう。


 命懸けではないが、普段の組手などで間合いの削り合いを磨いてきた。その経験の差で、相手を壁際まで追い詰めることができた。


 ギリギリの間合いからフェイントをひとつ掛け、後ろの腰に挿してあったナイフを右手で逆手に抜きながら、相手へと飛び込んだ。


 飛び込みに合わせて相手が剣を振るう。俺は右手に持ったナイフで剣の軌道をそらし、受け流した。


 壁に追い詰められても表情を変えなかった相手が、驚きの表情を浮かべる。基本、剣術スキルに受け流しは存在しない。


 受け流しという技術を使ったことに驚いたのだろう。


 レベルアップで強化された身体能力と、スキルによって放たれたわかりやすい剣の軌道。それらの条件がそろったことで、なんとか受け流すことができた。


 安物の剥ぎ取り用ナイフは、受け流しの衝撃に耐えきれず、嫌な音を立ててひび割れた。


 剣を受け流しながら一気に懐に飛び込み、ダメになったナイフを捨てる。左の突きを相手に打ち込もうとした瞬間、相手は逆に間合いをつめ距離を潰してきた。


 密着することで攻撃の間合いを潰す。ボクシングでいうクリンチに近い行動だった。対処としてはうまいと思ったが、焦ったのか詰めが甘い。


 肩で体当たりをするか、両手で抱きつくか。距離を詰めるだけじゃなく、その後の行動も重要だ。ただ単に接近するだけなら対処はできる。


 俺は距離を詰めてくる相手の胸に、頭突きを叩き付けた。


「せりゃあ」


 ゴズっと鈍い音が響く。革鎧を押し潰し、その奥の胸骨にダメージを与えた、手応え? 頭応え? があった。


 グゥとうめき声を上げ、相手の動きが止まる。俺は相手の胸に頭を押し付けたまま壁へと押し込み、脇腹へ両手でボディフックを連打する。


 壁に相手の体を埋めるように、体を押し付けながら腹へ連打をする。スラムのぼろい壁が、男越しの衝撃で悲鳴を上げ、ひび割れる。


 筋肉の薄い脇腹を殴られた痛みと、内臓にダメージが行く不快感に耐えられなくなった男が、頭を下に下げる。


 相手が頭を下げた事でわずかにスペースができる。そのスペースに肘を折り畳みながら、擦り上げるように手を突き上げる。


 右の掌底が、男の顎をカチ上げた。それと同時に、左手で相手の右手首を掴む。


 カチ上げで棒立ちになった足を内側から跳ね上げて、踵を自分の後ろに跳ね上げる感じで相手を投げる。


 顎を押すことで加速させ、足を刈る動作と共に足を振り上げることで上体が前につんのめる勢いを追加する。変則の内股に近い状態だ。


 相手の体が『死に体』になった状態で、後頭部を地面に叩き付ける。叩き付けられた頭が弾け、パッと地面に肉片交じりの赤い花が咲いた。


 強敵だったが、経験の差でなんとか勝つことができた。アドレナリンが溢れ、手が震えてくる。今日も生き残ることができた……。



 自分が作り出したグロテスクな死体を見ながら装備を剥ぎ取る。罪悪感は感じない。立場が逆だったとしてもおかしくない状況だったからだ。


 こうやって、この世界に順応していくのかもしれない。


 装備を買取屋に持っていく。男の剣はかなりの業物だったらしく、良い値段で売れた。


 死体はスラムに放置しておく。死体は金になるので、放置が推奨されている。


 スラム=劣悪な環境というイメージだ。たしかに、スラムの一部は下水などが崩壊して悪臭を放っている。


 だが、多くの部分は町と同じで綺麗だ。


 道端に死体が転がっている……なんてこともない。スラムのイメージは、餓死した子供の死体なんかが転がっていて世紀末! 末法の世!! なんてイメージだったが、ロック・クリフのスラムは違った。


 死体は金になるので放置されず、すぐに回収されるそうだ。町の人間も死体の処理にこまったらスラムに投げ込んでしまう。


 死体は金に換えられ骨も残らない。


 町の人間は死体を処理できる、スラムの人間は死体で金が儲かる、Win-Winの関係だ。ただし、腐乱死体はダメらしい。疫病を運ぶからだ。ルールを破ると行方不明になる。


 以前、アルにスラムを案内してもらったとき、屋台で安い肉の串焼きを見つけた。食費に金が掛かっていた俺は、多少衛生のことに目をつぶってでも、安くたんぱく質が補給できるならアリじゃないか? そう思った。


 アルに尋ねたところ、スラムの肉は絶対に食べるなと言われた。そのときは、余程衛生的にやばいのだろう、そう思った。実際はもっと恐ろしい理由だった。


 スラムの死体は金に変わる。髪の毛はかつらに、骨は焼かれて骨粉として肥料や錬金術の低級素材として売られる。


 そして肉は……。スラムで肉を食べなくて良かった。

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