冒険者の副業
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スラムは領の法が適応されず、スラムのルールで動く。
「そうか、死ななくて良かったな」
この安すぎる命の値段を、1人で背負うのは辛かった。
俺はゴンズたちと馬鹿騒ぎをした。
ゴンズたちと馬鹿騒ぎした翌日はゆっくりと休んだ。次の日、また森へと出かける。
ほとぼりが冷めるまでおとなしくしていようと思ったが、時間をかけても事態が沈静化することはなさそうだ。
宿にこもっていても仕方ない。トラブルが避けられないのなら、トラブルになっても対処できる実力をつけるしかない。
俺は簡単な採取依頼を受け、森で鍛錬を続けた。
今日もギルドの酒場では、昼間から冒険者が酒を飲み騒いでいる。ろくに働きもせず、いいご身分だ。
冒険者の稼ぎは、一般人に比べると多い。ただ、毎日のように昼間から酒を飲める。そんな金は、冒険者といえども簡単に稼げない。
ロック・クリフ最強といわれているゴンズパーティーと違い、ほかの冒険者はそこまで金を稼げていないはすだ。
なのに、昼間から働きもせず酒を飲んでいる。なぜそんなことが可能なのか? それは副業をしているからだ。
冒険者は様々な副業をしている。人様に言えないような汚れ仕事をやっている奴も多い。スラムとの兼ね合いもあるが、そっち方面での需要も冒険者には多い。
ロック・クリフの冒険者の副業としてまともな部類に入る仕事は『ポン引き』である。『ポン引き』は古くは
正確には違うのだが、大体似たようなものだ。
女性を暴力や快楽で支配し売春をさせ、その上前をハネて生活する者のことを『ポン引き』と言う。
ヒモと呼ばれている、一人の女性に経済的に依存している人間とは違い、複数の女性を支配し売春をさせている。規模の小さい売春組織の元締めといった感じだ。
女性に適した客を見つけてきたり、トラブルを起こした客に対処したりする対価として上前を頂く、といった建前になっている。
実際は暴力や薬漬けにして快楽で縛るなどの行為をして、自分から逃げられないようにした女性に体を売らせ上前をハネる最低の仕事だ。
客とのトラブルも多く、暴力沙汰になることが多い。そのため、腕っ節の強い冒険者が『ポン引き』になることが多い。
見栄えの良い冒険者が甘い言葉で女性を
聞いただけで反吐が出そうになるが、これでもロック・クリフの冒険者がやっている副業としてはまともな部類だ。
最小単位でも組織を運営しようとするには、最低限の頭の良さが必要だ。スラムと揉めないように周囲に気を配ったり、女性を管理したりする能力がいる。
そういう頭が回る人間は、最低限でも場を乱さないようにルールを守って生きている。
しかし、よそから流れてきた犯罪者くずれの冒険者たちは違う。まともな教育も受けていない、倫理観の欠如した冒険者は短絡的に人を殺す。
殺して金を奪う。頭を使わず、楽に金を稼げる方法だ。そういう、場を乱す冒険者は長生きできない。
スラムのボスを怒らせたり、他の冒険者に殺されたりするからだ。
ただ、始末されるまでに何人も殺して金を稼ぐ。殺された方はたまったもんじゃない。
大抵は、村から町に出てきた新人が食い物にされる。彼らは口減らしとして、村から町へと追いやられた人間だ。
村から出たこともない人間が多く、犯罪者崩れの冒険者にはいいカモだ。
シンプルに殺されて装備を奪われたり、女性なら襲われて非合法奴隷として売り払われたりする。
そうやって派手に荒稼ぎした連中は、別の冒険者に目をつけられる。罠にはめられて借金奴隷にされたり、自分たちが殺されて金や装備を奪われたりする。
ロック・クリフには、どこからこんなに人が流れてくるんだ? と思うほど犯罪者くずれの冒険者や食い詰めた農民が集まり、食い物にされて姿を消していく。
あっけないほど簡単に人の命が消費され、補充されていく。冒険者ギルドの酒場で昼間から酒を飲んでいる面子も、ころころと入れ替わる。
中には、長く生き残っている連中もいる。
悪知恵の働く、海千山千の
そんなことが頻繁に起こる、恐ろしい町だ。
ロック・クリフでは、かなり良心的なパーティーだと思うゴンズたちも、恐らく小国家郡の冒険者の基準がぶっ飛んでいるだけで、リーガム王国やメガド帝国の冒険者に比べればヤバイと思う。
ゴンズはシンプルに人を殺しすぎる。頭に来た、こいつ殺そう。頭の中でそう思っていても、実際に相手の頭に斧を叩きつける人間はなかなかいない。
そんなゴンズの副業はカツアゲだ。目に付いた景気の良さそうな冒険者や気の弱そうな新人冒険者から金を巻き上げる。
最初に見たときは驚いた。初対面の同業者に掛けた第一声がすごかった。
「おい、金目の物をだせ!」
これだ。調子はどうだ? とか、ここいらじゃ見ない顔だな? とかではなく『金目の物をだせ』である。
逆らった瞬間、頭に斧! こんな生き方をしていれば、普通はすぐに殺される。ところがゴンズは、それを通してしまう強さがある。
ゴンズが気に入らないと、何人もの冒険者がゴンズに挑み、例外なく殺されて装備を金に換えられた。
ゴンズは強いが頭は悪い。毒、ハニートラップなどを使った暗殺なら殺せるかも知れない。だがそれを防ぐ男がいる。アルだ。
アルの副業はコンサルタント、もちろんまともな内容じゃない。
法の抜け道、考えもしなかった相手を効果的に脅迫する方法。金を貰い、そういった方法を教えている。
職業柄、スラムにも太いパイプがある。そのため、自然と情報が集まる。ゴンズに危害を加えようとしても、どこからか情報が漏れ、アルにばれてしまう。
アルの情報網からうまく逃れ、ゴンズに毒を飲ませようとしても、猟師のキモンが狩りで鍛えられた感覚で毒を察知してしまう。
無味無臭の毒もあるらしいが、モンスター
非常に高価なため、冒険者1人殺すために使われることはない。
キモンは副業というか、金に困ったらソロで出かけ弓で獣を狩る。という、実に猟師らしい金の稼ぎ方をしている。
スキルを加味してもキモンの弓の腕は桁外れらしく、すばやく動く獲物でも毛皮に傷がつかないように仕留められる。
そのため、酒を飲む小遣いぐらいなら困らないそうだ。
キモンは無口で無骨な雰囲気と圧倒的な弓の腕前から、絡まれることは少ない。本人も人とあまり関わろうとしないため、標的にされることは稀だ。
それでも過去に、キモンをターゲットにした奴らがいた。アルが事前に情報をキャッチしており、森に誘い込み、罠と弓で全員を返り討ちにしたそうだ。
6人相手に、傷ひとつ負っていないキモンが大量の装備を抱えて町に戻ってきた。それを見た冒険者たちは、キモンを狙うことを諦めた。
キモンにはお気に入りの娼婦がいる。痩せていて幸の薄そうな、お世辞に美人とは言えない陰気な娼婦だ。
ある客がその娼婦に暴力を振るった。冒険者だったその客は、ギルドの酒場で馬鹿騒ぎしていたところ、矢で頭を打ち抜かれた。
白昼堂々、ギルド酒場で相手を射殺したキモン。その姿を見て、誰もが理解した。
無口で、こちらから仕掛けなければ人畜無害だと思っていた男は、間違いなくヤバイ奴だと。
ゴンズたちに危害を加えようとした人間は、片っ端から返り討ちに遭った。そのうち、誰もゴンズたちに逆らわなくなった。
たまに何も知らない流れ者がゴンズに喧嘩を売り、頭を斧で叩き割られている。
結局、狙われなくなるには力を示し続けるしかない。アルは、俺にもそれを求めている。
ゴンズたちが怖いから俺に手を出さないのではなく、俺が怖いから手を出さない。そう他の冒険者に思わせなければいけないのだ。
この町の冒険者は早いサイクルで入れ替わり、常に獲物を探し続けている。ほとぼりが冷めるまで、なんてのは通用しない。
この町に流れ着いた冒険者が、最初に危険な相手を確認したとき、ゴンズたちと一緒に俺の名前が出るようにしなければ、結局狙われ続けるのだ。
それを理解した俺は、せめて戦うなら自分の有利な森の中でと思い、今日も森へと鍛錬に出かける。
3人が返り討ちに遭ったばかりなので、すぐに襲われることはなかった。しかし、粘つくような視線をギルドの酒場で浴びせられている。
こいつらの視線が恐怖に変わり、俺と目も合わせなくなるのが先か。俺が獲物として殺されるのが先か。
大金を稼いだことで、冒険者たちに狙われてしまった。心が休まる日は、しばらく来ない。そのことを実感し、俺は深くため息をついた。