スラムのボス
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「引っかかりやがったなバーカ」
「尻でもくらいやがれ!」
「な……てめぇ、待ちやがれ!」
頭部を潰された全裸の死体が三体、森に残されるだけだ。
俺は今、3人分の装備を抱えながらスラムを歩いている。3人分の装備を持っている男など、怪しいにもほどがある。
門を通るときも不安だった。
アルは大丈夫だと言っていたが、それでも心配だった。結局、俺の心配は杞憂に終わった。何事もなく、普通に門を通された。
死んだ仲間の装備を冒険者が持って帰ってくることはよくあるらしい。それが明らかに仲間の装備ではなくても、衛兵は止めないそうだ。
衛兵は冒険者同士の揉め事は不介入。死んだ仲間の装備ということで処理されてしまう。死に損、殺され損だとアルは言っていた。
他にも、ロック・クリフの冒険者たちには特殊なルール、暗黙の了解が存在する。正式に仲間と認められた後に、アルが教えてくれた。
そのルールのひとつが『死んだ仲間の装備』はスラムの買取屋で売ること。という決まりがある。
町で売るより安く買い叩かれるが、その後の揉め事を防止してくれるという。もちろん方便で、実際は何もしない。
殺された仲間の復讐に冒険者が動いても、スラムは関与しない。
そういう名目で冒険者から利益を毟り取っているだけだ。だが、無視して町の武防具屋に売りに行くと、ある日突然、行方不明になるそうだ。
スラムを仕切っている奴らが、ルールを守らない奴を見せしめに処分しているのだとか。
そんなマネをして、気性の荒い冒険者たちは黙っているのか? そう
なにそれ怖い。
なんでスラムがそんな戦力抱えてんの? 普通、雑魚のチンピラとか、働けなくなった弱い人とかの集まりじゃないの? アルに
数年前にメガド帝国から、今のボスがやってきて変わったらしい。
メガド帝国でも有名な裏ギルド(地球のマフィアみたいなものだと思う)の幹部だった男が、権力争いに負けてロック・クリフまで逃げてきたそうだ。
権力争いに負けて都落ちした負け犬。男がロック・クリフに来たとき、多くの人はそう思った。
調子に乗った冒険者やチンピラが、男を馬鹿にしたり、罵声を浴びせても男は何も言わなかった。顔色ひとつ変えず、無視してその場を去ったそうだ。
反撃をしなかったことで、周りの人間は男を舐め、男に対して舐めた態度を取っていた。
それから数日後、男を馬鹿にしていた人間はすべて行方不明になった。荒くれ者の冒険者、チンピラ、商人、役人でさえ姿を消した。
死体も殺された証拠も出ず、男を馬鹿にした多くの人間がたった数日で忽然と姿を消したのだ。
いつの間にかスラムは男に支配されていた。スラムにいくつか在った勢力のトップが、全員行方不明になった。残った奴らは皆、男の傘下に入った。
役人を殺されて怒った代官が、衛兵をスラムに派遣した。しかし、どれだけ探しても男の姿が見つからない。
男を捜索している衛兵の隊長が、家族ごと行方不明になった。後任者も同じように、家族ごと行方不明になった。
誰も男を捜索する部隊に参加しなくなった。捜査は難航した。領主が王都から戻ったとき、男は姿を現し領主に面会を求めた。
話し合いの結果、協定が結ばれた。犯罪者は引き渡すこと、決まった額をスラムから領主へ毎年払うことが決まった。
その代わり、スラムは領の法が適用外になることが決まった。スラムはスラムのルールで動く。たとえ衛兵であろうと、スラムに足を一歩踏み入れれば身の安全は保障されない。
結果だけ見れば、町を切り取られたようなものだ。それでも領主は、税も取れないスラムから金が入ってくるだけで良いと思ったのだろう。
『税として』ではなく、領主に直接金を払う。という部分が効いたのだと思う。国に報告しなくてもいい、出所が追跡できない金。
王都での権力争いにはさぞ役に立つことだろう。男と揉めたくないという部分もあったのかもしれない。
殺すのではなく、一切の痕跡を残さず消すというのは恐ろしく難しい。それを短時間で、どんな立場の相手でも確実に実行した男は、言葉でなく行動で、自分を舐めた相手がどうなるのかを示した。
この町で男に逆らう人間は一人もいない。
誰もが思い知った。メガド帝国という人族最大の国。そこで、誰もが恐れる有名な裏ギルドの幹部まで上り詰めた。
たとえ権力争いに負けて逃げ出したとしても、恐ろしい実力を持っていると……。ロック・クリフの住人は、恐怖と共に心に刻んだ。
領主との会談以来、スラムのボスは表舞台から姿を消した。共にメガド帝国から渡ってきた、数人の部下に仕事を任せ、姿を消している。
メガド帝国の裏ギルドから送られてくる、刺客を避けるためだと言われている。その情報も噂の域を出ない。
その話をアルから聞いた俺は、絶対にスラムのボスには逆らわないと心に決めた。ルールに従いスラムの買取屋へ装備を持ち込む。
買い叩かれると言っても、町の武防具屋より1割か2割安い程度だ。買取価格に関しては、ごねたりはしない。行方不明は嫌だからな。
俺を襲った冒険者の装備は、かなり良い値段で売れた。やはり武器は元値が高い分、いい値段で売れる。
ここ1週間、ちまちまと採取依頼をしてきた。その報酬1週間分を足した額ですら、今稼いだ金の足元にも及ばない。
金を受け取り、想像以上の金額を見て喜んだ。だけど、人を3人殺して手にした金、命の値段だと思うと、ひどく安く思えた。
俺はなんとも言えない気持ちになった。
正当防衛とはいえ、殺人の結果手にした金。人を殺して装備を奪い、売り飛ばした。その金で喜ぶのはダメなんじゃないか? そう思った。
ロック・クリフの冒険者はそうやって生きている。下手をしたら、自分が全裸の死体になり、森で死体を食われていたかもしれない。
甘い考えは捨てろ! 変な同情心や甘さを出したら、簡単に食い物にされる。俺は自分に、強くそう言い聞かせた。
俺は冒険者ギルドに戻り、アルに襲撃されたことを告げた。
返り討ちにしたこと、スラムの買取屋で装備を売ってきたことを話すと、あっさりした感じで言われた。
「そうか、死ななくて良かったな」
これがロック・クリフで活動する冒険者の感覚なのだろう。あまりにもあっさりとした答えに俺は唖然としてしまった。
俺が衝撃を受けて固まっていると、ゴンズが言った。
「襲ってきた奴、返り討ちにして装備うっぱらってきたんだろ? おめぇ、あぶく銭持ってんな」
ゴンズはそう言うと、ニヤリと笑った。
この野郎、俺が命がけで稼いだ金にたかるつもりか! なんて野郎だ、このダイナミック腰振り野郎め! そう思った。
罵声のひとつも浴びせたくなったが、言った瞬間頭に斧が飛んでくる。俺は言葉を飲み込み、ぐっと我慢した。
改めて考えれば悪くない。なんていうか、この微妙な金をみんなで使って共犯者にしたかった。
何度も襲撃されたくないが、ロック・クリフで冒険者をやっている限り同じようなことがまた起きる。
やがては俺も慣れ、殺して奪った装備を売った金に何も感じなくなるのかもしれない。でも今は違う。この安すぎる命の値段を、1人で背負うのは辛かった。
「みんな、あぶく銭が入ったからパーッとやってくだせぇ。俺がおごりやすぜ」
「おぉ、ヤジンわかってんじゃねぇか!」
胸の中にあったモヤモヤが少しでもまぎれるように、俺はゴンズたちと馬鹿騒ぎをした。