尻でもくらいやがれ!
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
完全に尾行されている。
「お前ら俺に何かようか?」
「調子に乗ってるからちょっと躾けてやろうと思ってな」
冒険者家業は舐められたおしまいだ。
嫌らしい薄ら笑いを浮かべた三人組に向かって、俺は言った。
「町から尾行していたのは知ってたぜ、まんまと罠に掛かりやがったな」
「なんだと!」
「ゴンズの兄貴! やっちゃってください!!」
「ゴンズだと!!」
俺が三人組の後ろ側に声を掛けると、三人組はあわてて後ろを振り返る。その隙に俺は走り出していた。
「引っかかりやがったなバーカ」
俺がそう言いながら走り出すと、後ろを向いていた三人組があわてて俺を追いかける。こっちの世界で通じるのかは知らないが、俺は走りながら自分の尻をペシペシと叩いた。
「尻でもくらいやがれ!」
「な……てめぇ、待ちやがれ!」
俺の挑発に引っかかった三人組は、顔に青筋立て、怒鳴りながら追いかけてくる。しばらく走ると三人組がばらけてきた。
同じレベルでも装備の重さや基礎値が違う。その差で俺を追いかけている三人組の距離が少しずつ離れだした。
ちょくちょく挑発をはさみながら森の中を走る。すると、一番後ろの男が木の根に足を取られる。
バランスを崩した男は、顔面から地面に突っ込むように転倒した。
残りの二人は気付かない。その二人も、距離が離れている。俺は大きな木の後ろに隠れ、気配隠蔽を使った。
気配察知を使い、走ってくる相手の位置を確認。木の前を通る瞬間、
喉仏に
前を走っていた仲間の動きが急に止まり、後ろから追いかけてきた冒険者が急ブレーキを掛けた。しかし、全力疾走の勢いは止められず衝突する。
俺はぶつかって重なっている冒険者を、まとめてサイドキックで蹴り飛ばす。空手の突き刺すような横蹴りではなく、香港のアクションスターが使っていたステップインして足の裏で吹き飛ばす蹴り方だ。
「せいやぁ!」
俺の気合の掛け声と共に胸を足裏で蹴り飛ばされた冒険者は、後ろから追いかけてきた冒険者を巻き込みながら、絡まるように倒れた。
後ろから追いかけてきた冒険者は、仲間とぶつかってバランスが崩れたところを蹴り飛ばされ、後ろに倒れこむ。
上に覆いかぶさった仲間が喉をやられ、呼吸ができずに苦しくて暴れる。絡まったまま激しく動く仲間に邪魔をされ、うまく立てない。
その隙に、仲間の下敷きになって倒れている冒険者の膝を踵で踏み壊した。うぎゃーと悲鳴が森に響く。
転倒して遅れていた三人目が到着、剣を抜いた。俺は、喉と膝をやられた冒険者はすぐに動けないと判断して、三人目に向かって走り出す。
速度を6割に抑えて相手に向かう。剣のほうが、素手より間合いが遠い。剣の間合いに入り、相手が袈裟切りで斬りつけてくる。
その瞬間、俺は急加速し速度を上げる。さらに右足を踏み込み、サウスポーにスイッチしながら前進することでさらに距離を詰める。
剣の間合いの内側に入りながら左の拳を引き絞る。左の拳をわき腹に引き絞ると、自然と腰が回転し右腕が内側に回る。
この勢いを利用して受けをすると内受け(流派によっては外受け)なのだが、今回は受けに使わず腕を内側に持ってくる。
腰が内側に回転するエネルギーを腰の粘りでため、左の拳が引き絞り終わった後、内側に流れてきた右手の手のひらを相手側に向け、小指の方に傾ける。
すると手首に窪みができる。その状態で腰にためていたエネルギーを解放しながら、膝のバネを使い勢いをプラス、パンと胸を張るようにして右腕を外側にはじくように外受け(流派によっては内受け)をする。
振り下ろす腕を手首の窪みに引っ掛けながらはじくように外側へと流す。受けが終わり、相手の攻撃が横に外れると同時に、ふわりとやさしく引っ掛けていた手首を支点に相手の腕を掴む。
剣を振り切り、勢いと剣の重さで重心が前によっている。スキルの効果でバランスが崩れないように体幹で支えているが、重みが前に集中している。
掴んだ腕を斜め前に引っ張ると前に寄っていた重心がさらに前のめりになり、相手はバランスを崩して前につんのめるように前傾姿勢になる。
その状態で、掴んだ腕を引き絞り相手を引っ張った。右手を引き絞ると腰が回転し、自然と左腕が前にでる。
後ろ足で地面を蹴り、関節と筋肉を連動させ加速させながら腰の回転で自然に前にでた左拳を伸ばす。
地面を蹴ることで前に生まれる推進力を、前足の右足で踏ん張ってブレーキを掛ける。すると上半身が前につんのめるように体重が移動する。
体幹を使い上体がつんのめらないように支え、正しい姿勢をキープしながら、上体に乗った体重を拳の先へとうまく乗せる。
関節の連動による加速と体重移動が完璧に合致した左の上段突きが、引っ張られ体勢を崩した冒険者の
引っ張られ、前のめりにこちらに向かってきた冒険者に、カウンター気味に拳が突き刺さる。
インパクトの瞬間、
貫通力を伴った衝撃は、人中の裏側にある延髄。そこにある神経の束をずたずたに引き裂き、冒険者の命を刈り取った。
気配察知で周りを確認しながら、膝を踏み折った冒険者へと向かう。膝を砕かれながらも、仲間の下敷き状態から抜け出していた。
剣を支えに立ち上がり逃げ出そうとしていたが、膝の痛みで思うように動けずにいるようだ。
その横で喉に
喉仏が腫れ、気道を完璧に塞いでいる。そのうち窒息して死ぬだろう。俺は警戒しながら膝を砕いた冒険者へと近付く。
「な、なぁアンタ。もうアンタにゃ逆らわねぇ、金だって渡す。頼むから命だけは助けてくれ」
膝を砕かれた冒険者が命乞いをする。俺は無言でそいつを眺めた後、森の中へと入っていく。しばらくすると、膝を砕かれた冒険者が独り言を言った。
「へ、俺(の事)を見逃すとは甘チャンだな。今度こそぶっ殺しぐがっ」
俺は森から拾ってきた石を冒険者に投げつけた。頭を狙ったが腹に当たったようだ。革鎧であまりダメージが入っていない。
それから俺は石を投げ続けた。石の形が一定ではないため、狙ったところにうまく投げられない。
全力の投球から、コントロール重視の投球に変更する。
プロ野球選手の様々なピッチングフォームを解析する番組を思い出しながら、投げ方をいろいろと試してみる。
セットポジションの方が安定するな。そんなことを考えながら森から石を投げ続けた。
冒険者の男は、石が体にぶつかる度に「ぐご、ぎゃ」と声を上げていたが、さっき側頭部に石が当たってから声を上げなくなった。
動かなくなった後も石を投げ付け、完全に反応がなくなってから近付く。こいつは最後まで剣を放さなかった。
蹴り倒されても、膝を踏み砕かれても、石をぶつけられてもだ。
俺は
この冒険者は違う。油断した事で無様な姿をさらしたが、最後まで武器は手放さなかった。
最近、冒険者になった俺とは違う。常に同業者に狙われるロック・クリフで、冒険者として生き抜いてきた男だ。
油断はできない。片足でも、剣術スキルはその状態でベストな攻撃を繰り出す。それに、なにか奥の手があるかもしれない。
不用意に近付くべきじゃない。
残酷だとは思ったが、自分の命には代えられない。近付かないで殺せるなら、それに越したことはない。
喉を潰された冒険者は意識を失っていた。まだ生きているようなので、慎重に近付き頭を踏み砕く。
気配察知で、他の冒険者やモンスターの気配を探る。幸い近くに反応はない。血の匂いでモンスターが寄ってこないよう、冒険者の身包みを素早く剥ぐ。
アンデッドにならないように、全員の頭を踏み潰す。
冒険者の死体に手を合わせようとして止めた。自分で殺しておいて、冥福を祈るなんておかしい。
死体はモンスターが処理してくれるだろう。俺が立ち去った後は、頭部を潰された全裸の死体が三体、森に残されるだけだ。
モンスターの餌が少し増えただけ……ただそれだけだ。俺は冒険者たちの荷物を担ぎ、町へと向かった。
用語解説
手刀の内側、人差し指の側面の部分を
腕を横から振り回すようにして、相手に叩き付けるのが
伝統派空手には珍しい横からの攻撃。
フックと違い、腕全体を振り回し、前腕をインパクトまで脱力させる。
映画などでは、フックのような横からの攻撃を、相手の上腕二頭筋を押えて防御している。
手の甲、
手の指先を下に向けると、手首の骨がポコッと出る。
ポコッとでた部分を
攻撃、受けどちらにも使われる。
奇襲や拳では近く肘では遠い微妙な距離、怪我で拳が握れないときなどに使われる。