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追跡者

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


俺のレベルは15で停滞している。

レベルが上がらなくても、いくらでも強くなれる。

俺は初めて、異世界に来たことを感謝した。

神様ありがとう。俺、この世界で強く生きます。

 スキルに使われるのではなく、スキルを使いこなし身をゆだねる。体の操作をスキルに任せることで、俺は強くなった。


 俺の空手は、技術レベルがひとつ上にあがった。だけど、上の技術の入り口に到達しただけだ。ここからが本番。


 普通はやらないが、あえてスキルを発動しないようにすることもできる。


 スキルを発動していない状態でも、鍛錬を繰り返す。スキルがない状態でも、同じ動きができるように、体に動きを刻み付けていく。


 もしかしたらスキル封じという技があるかも知れない。ダンジョンなどでスキルが使えなくなるトラップがあるかも知れない。


 最悪の事態には備えておくべきだ。


 それに、最適な体の動きは空手の技しか反応してくれない。空手以外の攻撃は、呼吸法などで身体能力の恩恵は受けられるが、動きの補助はないのだ。


 空手スキルで、自分の体格にあった最適な動きを覚えた。


 その身体操作を空手以外の技術に当てはめてることで、ボクシングといった別ジャンルの技術でも、明らかに動きが変わった。


 空手スキルという最高の先生がいる。分からなくなったら、スキルを発動すればいい。最適な動きを、文字通り体に教えてくれる。


 俺は空手が好きだし、空手に誇りを持っている。だけど、一部の人みたいに空手最強! なんて盲信することはない。


 どのような技術でも一長一短。シチュエーションによって、効果的な技は変わる。空手以外の技も、地球で学んだ俺の大切な技術だ。




 日々更新されていく、体の使い方と技術。ボクシングのコンビネーションブローを高速で繰り出しながら、上達していく快感に俺はすっかりやられていた。


 朝は簡単な採取に出かける。そのまま森の中で鍛錬して、夜は畑の片隅で鍛錬をする。


 体を動かし続けているせいか、食事の量が増えた。今はほとんど稼ぎがないので地味に痛い。



 あれから一週間がたった。ゴンズたちはまだまだ、働く気はなさそうだ。


『宵越しの金は持たねぇ』という気質の冒険者なので、金に困るまでは働かないのだろう。


 いつものように畑の片隅で鍛錬を続けていると、あれから進化し続けている気配察知が嫌な気配を捕らえた。


 ゴンズが、娼婦を冒険者ギルドの宿に連れ込んだのだ。いつものことなので気にも留めていなかった。


 しかし、進化した気配察知が、ゴンズがどのようなプレイを娼婦としているのか察知出来るようになってしまったのだ。


 ゴンズは体がでかいので分かりやすい、別人だと思い込むこともできない。


 巨体を生かしたダイナミックな体位と、激しい腰の動きを察知して相手の女性は大丈夫か? と心配になってしまった。


 いかん! 全く鍛錬に集中できない。気が散る状態でも普段通り動く鍛錬だ! そう自分に言い聞かせたが無理だった。


 休息も必要だと自分に言い訳し、部屋に帰る。気配察知の範囲を自分付近に狭め、眠りについた。


 パーティーメンバーの夜のスパーリングを察知してしまった俺、は微妙なテンションで目覚める。柔軟体操をしてから、いつものように簡単な採取依頼を受ける。


 気配隠蔽を発動して森へと向かう。気配察知が、冒険者ギルドから出た俺を追跡している3人組の気配を捕らえ続けていた。


 気配隠蔽は、自分の気配を周囲に溶け込ませるスキルだ。自分の一部が景色に溶け込むような不思議な感覚がある。


 周囲に気配を溶け込ませて、自分の気配を文字通り隠蔽するのだ。しかし、最初からマークされていると効果を発揮できない。


 周囲に溶け込もうにも、俺だけを集中して見られているのだから溶け込みようがない。そうなると、スキルの効果も発揮されない。


 偶然、同じ方向に目的地がある。その可能性もあるので、歩くペースを変えてみた。しかし、相手は一定の間隔をキープして付いてくる。


 完全に尾行されている。


 最近浮かれて警戒心が緩くなってきていた。俺は歩きながら反省する。


 毎日、同じ時間に同じ場所に行く斥候職のチビ。最近大金を稼いだパーティーの腰巾着。


 さぞかし美味しい獲物に見えることだろう。


 冒険者が宵越しの金を持たないのは、ターゲットにされないようにするという意味もあるのか。そう思った。


 ゴンズたちは派手に金を使っているが、俺は酒場で騒いだり娼婦をはべらしたりもしていない。


 その分、食事に大金を使っているので下手したらゴンズたちより金遣いが荒い。ただ、はたから見たら溜め込んでいるように見えるのかもしれない。


 森に入ると3人組が距離を詰めてきた。俺は一定の距離を保つためにペースを上げる。


 森の中域、ナール草を採取しているぐらいの深度へ相手を誘導する。


 ここら辺まで来ると、森に全く人の手が入っていない。間伐されていない森は、木々が生い茂り、日光を遮っている。


 そのため薄暗く、足元も木の根や石などでデコボコしていて歩きにくい。


 森生活が長かった俺にはお馴染みの環境だが、3人組は動きにくいだろう。冒険者といえど、この環境ではパフォーマンスを発揮しにくい。


 ゲームで言うなら、環境補正で俺にプラス効果。相手にマイナス効果といったところだろうか。


 明らかに怪しいので、問答無用で攻撃しても良いとは思う。


 ただ、異世界で揉まれたとはいえ、しっかり道徳教育を受けた元日本人として、いきなり攻撃するのは躊躇(ためら)われる。


 木の陰に隠れて3人組の接近を待つ。ある程度近づいてきたところで、木の陰から3人組の前にでた。


「お前ら、俺に何か用か?」


 俺がそう尋ねると、3人組はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら言った。


「寄生虫の斥候野郎が調子に乗っているみたいだからよ、ちょっと躾けてやろうと思ってな」

「ついでに授業料も頂くぜ」

「断ってもいいんだぜ、最弱の斥候職が俺たち3人に勝てるならよ」


 ゴンズのパーティーメンバーに手を出したら後が怖い。


 だから、俺をここで殺すつもりなのは容易に想像できた。死人に口無し、死ねばゴンズに告げ口はできない。


 銀行もない。宿の荷物は盗まれる。こんな治安だと、貴重品は身に付けて管理するしかない。


 俺を殺して身包みを剥げば、溜め込んでいる金を頂戴できると思っているのだろう。


 気に入らない。治安が悪いのだから強盗ぐらいは出るだろう。隙を見せた俺にも責任はあるかもしれない。


 だが、そんなことはどうでもいい。こいつらの顔が気に入らない。何の覚悟もないニヤニヤとした薄汚い顔だった。


 突然だが、俺の好きなボクサーは敬虔なクリスチャンだ。クリスチャンなのに人を殴るのか? とも思うが、人間は矛盾を抱えて生きる生き物だ。


 とても同じ人間とは思えない動きをする、超一流ボクサーの人間くさい部分が見えて俺は好きだ。そのボクサーが言っていた。


 私は試合前に神に祈る、自分と相手の身に『不幸』が降りかからないように。そしてリングに上がり覚悟を決める。


 自分の身に『不幸』が降りかかることを、相手を『不幸』にしてしまうことを。


 簡単に言えば、殺す覚悟と殺される覚悟をしているということだ。その精神性が素晴らしい。命のやり取りはフェアじゃなければいけない。


 殺そうとするのだから殺されてもしかたない。その覚悟がある相手なら、殺されても仕方ないと諦めが付く。


 しかし、こいつらはだめだ。何の覚悟も無く、一方的に相手の命を奪おうとしている。


 こんなやつらに殺されたら死んでも死にきれない。


 俺は覚悟を決める。


 相手は村人の自警団や引退した騎士ではなく、現役の冒険者だ。おそらく同じ15レベル。相手は3人、全く油断できない。


 だが逃げるわけにもいかない。


 逃げればこいつらの口から、無様に逃げたと噂が広がり舐められる。そして、俺を食い物にしようと冒険者が群がってくるだろう。


 四六時中ゴンズたちといれるわけじゃない。アルも依頼以外は自分で対処しろと言っていた。


 この森でこいつらを始末する。冒険者稼業は、舐められたらおしまいだ。

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