スキルの可能性
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その瞬間、俺は頭に落雷が落ちたような衝撃に襲われた。
だれもが目指す『武の極致』と言えるだろう。
スキルは行動を最適化してくれる。
演舞を繰り返す俺を、月明かりが照らしていた。
明け方まで畑で技を試していた俺は、興奮を抑えられずにいた。脳内麻薬が大量に出ているのか、眠気など感じない。
達人だけが使える高等技術や奥義と呼ばれる技を自在に使用できることに気付いてからは楽しくてしょうがない。
こうなるともうだめだ、もっと技を使いたい。その誘惑に勝てない。俺はギルドの依頼票から、簡単な採取依頼を選ぶ。
ギルド職員の厳ついおやじに手続きを頼み、木札を受け取る。
依頼を受けて木札をもらっておかないと、長い行列に並んだ上入市税をとられるハメになる。採取はそのために受けた。
早々に採取を終わらせて、誰もいない森で技を試したい。スキップをして歩きたいぐらいのルンルン気分で、俺は森へと向かった。
心置きなく技を練習できるよう、先に採取を済ませておく。採取するのはナール草という傷薬の原材料で、冒険者テンプレのひとつ、薬草採取である。
村娘とロック・クリフへ向かい旅をしているとき、沈黙が怖かった俺はとにかく村娘に話しかけた。
その会話の中で薬草の知識を教わった。
傷薬の材料、解毒薬の材料、痺れ薬の材料。ミーガン伯爵領に自生している薬草で、使えそうな物の知識を教わった。
普通、薬草の知識なんて弟子にしか教えないのになぁ……。
外で活動しているときに、何かあっても大丈夫なよう教えてくれたのかもしれない。
薬草の採取ができれば最低限の生活はできるだろうし、出先で怪我をしたり毒を食らったりしても治療できるように、という村娘の優しさだったのだと思う。
胸が温かい気持ちになり、チクリと痛んだ。我ながら女々しい。
軽く頭を振り、雑念を振り払う。森に入れば、そこはモンスターの領域。余計なことを考えていられるほど俺は強くない。
ナール草は水辺に生えている。水を飲みに来たモンスターと鉢合わせする危険がある為、一般人が採取するにはリスクが高い。
薬草採取は、直接モンスターと戦わない。そのため、新人冒険者が森に慣れながら生活費を稼ぐために依頼を受けることが多い。初心者御用達の依頼だ。
しかし、たまたま森の奥からやってきた強力なモンスターが水を求め、水辺で鉢合わせすることがある。
そういった不幸に見舞われ、帰ってこなかった新人も多い。
ほんわかとした、初心者用の依頼。そういったイメージとはかけ離れた、まさに命懸けの仕事だ。
俺は気配隠蔽を使い、気配察知を全開にしてモンスターを避ける。川を見つけ、上流へと
川を遡り、広大な森の中間部分までやってきた。ここまで奥に入る冒険者はめったにいない。
森の浅い部分では採り尽くされ、姿が見えなかったナール草を発見した。とりすぎて枯渇しないように、半分だけ持っていくことにする。
根っこも含め、丸ごと掘り出す。根っこを水で湿らせた布で包み、傷がつかないように丁寧にしまう。
採取依頼が完了した俺は、森の浅い場所に戻る。周囲に人の気配がないことを確認、技の練習を開始する。
何となく、体がスムーズに動くな。スキルの恩恵をその程度に考えていた。だけど、スキルの効果は広く、できることも多かった。
俺はスキルに頼りきったり、スキルに使われるのではなく、スキルに身をゆだねてみることにした。
目をつぶり、意識を自分の肉体と気配察知に集中する。目をつぶったまま、空手の型を開始する。
頭の中に思い描く動きを、スキルの力を借りてトレースしていく。目をつぶったことで、他の感覚が研ぎ澄まされて行く。
頬をなでる風。踏みしめる大地の感触。森の木々の匂いに混じる獣の匂い。気配察知に辛うじて引っかかるような、小動物が動く音。
気配察知を全力で発動しながら、視覚以外の五感を研ぎ澄ます。
気配察知でおぼろげに存在がわかる生物の輪郭を、肌で、鼻で、舌で、耳で肉付けしていく。
自らの肉体の動きを感じながら、型を変化させていく。型はあくまでも基礎。実際は、複数の敵を想定して作られたものだ。
型のお約束どおりに相手が動くはずがない。頭の中でリアルに敵を想像する。敵の仕掛けてきた攻撃の種類によって型を変化させて対応していく。
型はあくまでも型だ。『かたち』を重視しすぎて本質を見失ってはいけない。戦いは相手によって変化する。その変化を視野に入れて型をやるべきなのだ。
研ぎ澄まされた、視覚以外の五感と気配察知。型を使ったシャドーボクシング。処理すべき情報が多すぎて、脳が悲鳴をあげる。
頭痛をこらえながら、この状況に体を最適化させ、スキルに身をゆだねる。
行動の判断を下すのはあくまでも自分だが、複雑な動きを体にさせる処理を、スキルに任せてしまう。
どのくらい動いていたのだろうか? 疲労がピークに達した俺は動くのを止め、ゆっくり目を開く。
気配察知が変化していた。
おぼろげにそこに生物が存在する。そのぐらいしか分からなかった気配察知スキルだが、輪郭がわかるようになっていた。
視覚以外の五感を使い、情報を集め相手の姿かたちを捕らえる。その作業を、スキルが自然と行ってくれる。
何も考えずにスキルを意識するだけで、気配だけでなく相手の輪郭まで理解できるようになった。
気配察知で入ってくる周辺環境の膨大な情報をスキルに任せることで処理し、複雑な身体操作によって掛かる脳への負担を空手スキルで処理する。
俺は気配察知で周辺状況を確認しながら複雑な身体操作を行い、処理に余裕ができた脳で状況判断を冷静に行えるようになったのだ。
俺のレベルは15で停滞している。レベルが停滞したことで、実戦経験を積んだという分かりにくい成長以外、成長要素がないと知らずに決め付けていた。
この世界の住人がそうであるからと、異世界から来た異物である俺が、素直にそれを受け入れていたのだ。
空手スキルの効果範囲を広さを知り、俺はそのことに気付いた。レベルが上がらなくても、いくらでも強くなれる。
俺は喜びに震えていた。
おそらく、大量のアドレナリンと脳内麻薬が体を駆け巡っていることだろう。
そして思い出した。自分がなぜ空手が好きだったのかを。
前にできなかったことができるようになる、自分が強くなったことを実感する。それが楽しかった。たまらなく好きだった。
俺は初めて、異世界に来たことを感謝した。
スキルの力を借りてのことだ、人によっては邪道と言うかもしれない。俺はそれでも良かった。
初めて空手を習い始めたあの頃のように、空手が楽しくてしょうがない。
神様ありがとう、俺を異世界に連れてきてくれて。神様ありがとう、空手というスキルを作ってくれて。
神様ありがとう。俺、この世界で強く生きます。