<< 前へ次へ >>  更新
21/139

武の極致

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「おお! 魔石だ、しかもかなりでかいぞ」

「大金が手に入ったら働かねぇけどな、がっはっは」

誰がM字ハゲじゃい! 俺じゃい! うわーん。

チクショー絶対幸せになってやる。

 幸せに暮らして、性格の悪い神を悔しがらせる。という志の低い復讐を誓ったが、今すぐ何かできるわけじゃない。


 休息も大事だと自分に言い聞かせ、何気なく手をシュッと振るった。突きというほどしっかりしたものではなく、なんとなくパンチモドキを出した。


 手持ち無沙汰になり、なんとなくシャドウボクシングをしてしまう。格闘技あるあるで何気なく手を振るった。


 ボーっと何気なく手を振るったのだが、強烈な違和感を抱いた。なんだ? 今の感覚は? もう一度手を振るってみる。


 特に違和感はない。意識したから駄目なのか? なるべく頭の中が空っぽになるようにボーっとしながら手を振るう。


 しかし『何も考えないようにしよう』そう考えている時点でうまくいかない。


 なんだったんだ? 気のせいかな? あれから違和感はなかった。勘違いだったかも知れない。そう思ったが、なぜかすごく気になった。


 どうせ暇だしな。そう思い、何度か拳を適当に振るった。特に違和感はない。意地になった俺は、様々な状況で試してみた。


 目をつぶったり、ぐにぐにと変な動きをしながら拳を振るったりした。しかし、変化はなかった。


 むなしくなった俺は、最後に息を止めて適当に手を振るってみた。特に違和感はない。しばらくたち、息を止めるのが限界になった。


 ぶはぁと息を吐き出し、新鮮な酸素を補給する。酸素不足になった体が息を荒らげようとする。


 俺は息が荒くならないように、苦しいと思いながらいつも通りに呼吸する。


 呼吸? そうだ呼吸だ! 気付いた俺は、意識していつもと違う呼吸をする。


 そして、いつもと違う呼吸のまま、適当に手を振るった。


 違和感がある状態になった。これだ! あきらかに動きが悪くなっている。適当に振るったとはいえ拳にキレがない。


 その瞬間、俺は頭に落雷が落ちたような衝撃に襲われた。体の動きが悪くなっている。身体能力に影響がある。


 身体能力に影響があるのは、基礎値とレベル補正、そして……スキル補正。


 アルと雑談をしていたときだ。剣術スキルの身体能力補正はどんな感じなのか聞いたことがある。


 攻撃しようと剣を抜いた瞬間、身体能力が上がると言っていた。ちなみに、納刀したまま柄だけ握っても発動しないらしい。


 慣れていないと、素の状態との差で逆に危険だと話していた。俺のスキル『空手』は武器が発動のトリガーにはならない。空手は素手で戦う技術だからだ。


 なので、突きなどの攻撃を繰り出すときにスキル補正が働いているだと思っていた。スキル補正を実感したこともほとんどない。


 異世界に来て間もないから、スキルレベルが低くて実感できないのだと思っていた。


 それが違っていたとしたら? 発動が実感できないのは常時発動していたからだとしたら? 俺の呼吸は一般の人とは違う呼吸法をしている。


 昔は意識してやっていたが、長年やり続けたことで自然と今の呼吸になっている。これも空手技術のひとつだ。


 人間は呼吸を切り替えるとき、無防備になる。息を吐き切り、息を吸う瞬間、攻撃を仕掛けられると防御がしづらい。


 人間は無意識に色々なことをしている。


 意識はしていないが、脳が『呼吸を切り替えろ』という命令を出したとき、無意識下でも呼吸の処理に意識を持っていかれている。切り替える瞬間、ほんの一瞬だけ意識に隙間ができるのだ。


 素手での攻防は至近距離で行われる、一瞬の隙が命取りになる場合もある。


 なぜ息を吸う瞬間なんだ? 息を吐く瞬間でもいいんじゃないか? そう思うかもしれないがちゃんと意味はある。


 ボクサーはジャブを打つ時、シッと短く息を吐く。トレーニングで重い物を持つ時は息を止める。息を吸いながら攻撃したり、息を吸いながら重い物を持つ人間はいない。


 人間は息を吸いながらだと、肉体のパフォーマンスを完全に発揮できないのだ。意識と肉体の隙をつくには、息を吸う瞬間が攻撃のチャンスというわけだ。


 だから呼吸を読ませないようにする必要がある。


 胸を膨らませるように呼吸すると、リズムで呼吸を読まれる。ハァハァと呼吸音を派手に出すと、音で呼吸を読まれる。


 腹式呼吸で、呼吸音もなるべく立てないようにする技術があるのだ。俺は意識せず、ずっと空手の技術を使っていたことになる。


 呼吸だけじゃない。視線の配り方、歩き方、重心の移動。すべてが体に染み付いた空手の技術だ。


 空手スキルの発動トリガーは、空手の技術を使うこと。そう気付いたとき、俺はすごい衝撃を受けた。


 転生させられ、意識が覚醒した瞬間からすでにスキルは発動していたのだ。レベル1の状態で生き残れたのも、そのお陰かもしれない。


 異世界に来てから、本当の意味で気を抜いたことが無かった。いつも警戒していたし、視線の配り方にも気を付けていた。


 完全に気を抜いた今。ベッドにねっころがり部屋に一人でいる今。視線も重心の移動も関係の無い今だからこそ、呼吸が乱れたときに気付けたのだ。


 呼吸法すら空手の技術としてスキルが発動する。スキルの効果範囲が思った以上に広い。


 これは俺に与えられたチートなのか? それとも空手という、この世界においてイレギュラーな技術をスキル化したからなのか。


 この世界の人間が、スキルを使いこなせていないだけかもしれない。理由はわからない。だが効果範囲が広いということに気付けたのがでかい。


 この世界のスキルはすごい。ある意味、武の極致といえるレベルだ。


 剣術スキルを例に出してみよう。


 剣術スキルは、縦横斜めの8方向と突きの9種類を、任意の場所めがけて放つことができる。使用者がそのときの状態でできる、ベストな動きで技を出せる。


 無駄なく、完璧な太刀筋で攻撃をすることができる。これはすごいことだ。


 武術とは、端的に言えば効率良く人を殺す技術だ。合理的に最短距離、最短時間、最小の労力で命を奪う。突き詰めていけばそこにたどり着く。


 スキルを使用した攻撃は、一切無駄がない。効率的に体を動かし、最高の効率で使用者が求めた場所に、求めた種類の攻撃を繰り出す。


 すごいのはそれだけじゃない。


 スキルは使用者がどのような状態でも最適な太刀筋で攻撃を繰り出せる。戦いの緊張や痛みやで集中力が切れていても、普段どおりに戦える。


 片腕が切り落とされたなら片腕で、足が折れているなら折れている状態で、その時だせるベストな攻撃がだせる。


 これはものすごい脅威だ。


 だれもが目指す『武の極致』と言えるだろう。あきらかな超常の力、人々が神の存在を信じるに足る恐ろしい力だ。


 モンスターに対抗すべく、人間に与えられた神の慈悲。教会ではスキルをそう定義しているらしい。


 事実かはわからないが、重要なのはそこじゃない。


 地球には存在しなかったスキルという能力があり、俺の持っている空手スキルの効果範囲が俺の想像以上だった。


 それが重要だった。


 剣での攻撃が9種類しか無いように、俺もどこかで自分が使える空手技という枠に、スキルを当てはめていた。


 スキルには無限の可能性が秘められている。居ても立ってもいられなくなった俺は、実際に体を動かすことにした。


 俺は気配隠蔽を発動すると、馬鹿騒ぎするゴンズたちの横をすり抜ける。派手に騒ぐゴンズたちに、みんなが気を取られている。


 俺は誰にも気付かれることなく、冒険者ギルドの裏庭に出ることができた。


 ここは野菜を栽培している畑があり、結構広い。何も栽培されていない、畑の隅へと歩く。すでに夜だが、幸い今日は月が明るい。これなら明かりなしでも何とか歩ける。


 みんながまだ寝ている夜明け寸前の時間に、いつも畑の隅で空手の基礎を鍛錬していた。奥まっていて見られにくい場所のため、人に見られるリスクが低いからだ。


 見られても理解はできないだろうが、何があるかわからない。空手の技術はなるべく秘匿しておきたかった。


 月明かりを頼りに、いつもの練習場所へと向かう。練習場所へ到着した俺は、高鳴る胸の鼓動を抑えるよう、空手の息吹をした。


 頭の中で、とある高名な空手家が演武で見せた技をイメージする。


 スキルが反応し体が動く、スッと膝を抜くことで重心が下に下がる。抜いた膝を絶妙なタイミングで戻すことで重心が下がった勢いが膝に溜まる。


 膝に溜まった勢いを膝のバネを使い、腰の回転と共に上半身へと伝える。伝えられたエネルギーを拳に乗せ、手首を返し拳に180度の回転を加えながら突き出す。


 一瞬沈み込んだ以外は、いつも通りの突きに見える。


 だが、実際は違う。落とした重心のエネルギーを横方向に変換することで、筋力に体重の重さを乗せることができる。


 空手の正拳突きは、複雑な身体操作を必要とする。後ろ足を蹴り、前足でブレーキを掛けることで重心を移動する。


 その重心移動に合わせて、筋力を使いながら、各関節でエネルギーを加え、拳が最高速度になるようにする。


 重心の移動と各関節の加速が完璧に噛み合った瞬間、拳が相手に突き刺さる。これが理想だ。


 重心の移動と関節の加速を同時にコントロールし、足から一番離れた拳へと力を伝える。その二つが完璧に噛み合う瞬間に、拳を相手に当てる。


 あくまでも理想だが、それがどれだけ複雑で難易度が高いか……。その複雑な動きに、更に自重の重さをエネルギーに変え拳に乗せる。


 演舞をした高名な空手家は『抜き』とだけ呼んでいた技術。


 実際に試して驚いた。拳にすべての体重が乗ったような不思議な感覚があった。これが達人の住む世界なのか……。


 俺は拳を突き出したまま、感動に震えていた。


 俺なら一生かけて鍛錬して、演武でできるかどうか。そんな、複雑な身体操作だった。スキルを使えば、実戦でこのレベルの技が使える。


 調子に乗った俺は、様々な技を試した。


 演武で見た技、古い文献で見た技、漫画で見た技。片っ端から試した。基準はわからないが、いくつか発動しない技があったが、ほとんどの技は発動した。


 様々な奥義と呼ばれる技を試した俺は、今までと比べ物にならないぐらい空手への理解が深まった。単純な正拳突きすら変わってしまった。


 スキルは行動を最適化してくれる。しかし、使う方の知識が浅いと、浅い状態で最適化されることがわかった。


 空手の正しい重心移動。関節や細かい筋肉の使い方。


 『()め』と呼ばれる、インパクトの瞬間の拳の握りこみ、体幹の引き締め、腕関節の固定。


 すべてが一致した正拳突きは、もはや別物だった。


 俺は空手という武術をまったく理解できていなかったことに恥ずかしさを覚え、自分が学んでいた空手という武術の奥の深さに喜びを覚えた。


 溢れ出る歓喜を抑えられず、俺は様々な技を繰り出す。誰もいない畑の片隅で、俺は研ぎ澄まされていく。


 狂ったように演舞を繰り返す俺を、月明かりが静かに照らしていた。

<< 前へ次へ >>目次  更新