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愚かな選択

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「ぬおりゃああああ」

驚異的なパワーですべてを破壊するゴンズ。

広い視野と的確な指示で戦いを支配するアル。

矢で眼を正確にに射抜く、凄腕のキモン。

ロック・クリフ最強のパーティーはすごかった。

あれから順調に冒険者として活動を続けている。しかし、お金が一向に貯まらない。理由は食事に金が掛かり過ぎることだ。


 この世界の食糧事情を大まかに説明すると、貴族は税で物納された小麦を食べている。


 平民はたまの贅沢に小麦を、後は大麦や雑穀。それとジャガイモっぽい芋を主食にしている。


 モンスターのはびこる世界なので、家畜を飼う難易度が高い。


 牧場はそれなりのスペースが必要だ。それに、家畜目当てでモンスターがやってくるので、広い範囲を防衛する必要がある。


 村で鳥や豚を少数飼育する方法もある。ただ、家畜目当てにゴブリンの襲撃などを誘発する恐れがある。小さな村にはリスクがでかい。


 当然、肉として市場にでる量は少ない。家畜の肉は、貴族向けの高級食材として出回っているのみだ。


 平民は狩りで取れた野生動物、モンスターの肉を食べる。モンスターの襲撃を防衛しながら家畜を育てるより、モンスターの領域に入って肉を得る方が楽でリスクが少ないからだ。


 モンスター肉は、牧場で育てられた家畜よりは安い。それでも値が張る。そして、野菜はもっと高い。


 基本的に、畑では税のために麦を育てている。野菜は、各家庭で消費する少量だけを栽培するのが普通だ。足の早い野菜などは市場にもめったに出ない。


 あまりにも野菜を食べないと病気になる。そのことは広く知られており、たまに食べる薬のような感覚で、みな食している。


 冒険者ギルドの酒場は、裏に家庭菜園がある。そこで取れた野菜を食べられるが、とても高価だ。


 栄養バランス、必要なたんぱく質、カロリーなどを考えて食事をすると、ものすごくお金が掛かる。


 俺がいつも食べているメニューはアル(いわ)く、お貴族様の食卓だそうだ。


 しかし、こちとら体が資本の冒険者。毎日うすいスープとカチカチの雑穀パンじゃ体が持たない。


 料理に使う香辛料も高価で、料理が割高になるのに拍車をかけている。


 生産地なので他の国よりは安いが、メガド帝国の商人に高く売れる。そのため、需要に供給が追い付いていないそうだ。


 食事に大金をかける俺を見ても、アルたちは何も言わなかった。ほとんどの冒険者は酒と女にはまるが、たまに食事に夢中になるやつもいるらしい。


 村ではよっぽどまずい飯ばかり食べていたんだな……と言われた。おいしい物を食べたいってのは確かにあるけど、日本に比べたら微妙だ。


 値段の高い料理も、洗練されていなくてまずい。おいしいのはステーキぐらいのものだ。


 ドレッシングはひどい味だし、野菜も品種改良されていないので青臭かったり苦かったりする。


 食事にこだわるのは体のためだ。現代日本の知識があるので、バランスの良い食事が大切なことぐらい分かる。


 薬師と治癒魔法が、病気をどの程度治療できるかわからない。健康に気を使うに越したことはないだろう。



 ロック・クリフで、俺のようなアジア系フェイスを見たことがない。容姿が特徴的なので、村長殺しで衛兵が動き出したらすぐに見つかってしまう。


 俺がまだ逮捕されていないのはなぜだろうか? 情報がまだ届いていない、厄介者が死んだと割り切っている、などなど。他にも色々理由は考えられるが、衛兵が俺を逮捕しにこない以上、大丈夫なのだろう。


 一応用心のために、服の裏地に色々縫い付けてある。塩、香辛料、金など、生活に必要な最低限は備えている。


 生命の維持に必要な塩。食事を美味しくしてくれ、高額で換金できる香辛料。文明では最強の変換素材、金。これさえ服に縫い付けておけば、体ひとつで逃げてもどうにでもなるだろう。



 思ったよりも金が貯まらないことに焦りを覚えるが、成るようにしか成らない。衛兵が村長殺しの犯人を捜している感じもしない。今は冒険者としての腕を磨こう。



 あれから、ゴンズたちと何度か依頼をこなした。ゴンズたちとの連携もスムーズに取れるようになってきた。


 ようやく、冒険者としての活動にもなれてきた。そんなとき、アルがひとつの依頼を持ってきた。


 俺が最初に受けた依頼、灰色狼(グレイ・ウルフ)の討伐依頼だった。灰色狼(グレイ・ウルフ)は厄介なため、普通の冒険者は複数のパーティーで当たる。


 だけど、ゴンズたちは1パーティーで依頼をこなせるので報酬がでかくなる。一度成功した依頼と同じ内容ということで、全員一致で依頼を受けた。


 野営を一日挟んだ後、村に着いた。村長に話を聞き、森へと向かう。時間がループしているんじゃないか? そう思うほど、前と同じ展開だった。


 これはあれだな、フラグが立ったな。前と同じと思わせといて、ドラゴンとかが襲ってくるパターンだ。


 そんなアホな妄想をしながら、目的地の森へと歩いた。


 町でも、気配察知と気配隠蔽を常時全開にして、絡まれないように気配を消して生活をしている。そのお陰で、頭の中で変な妄想をしながら索敵できている。


 スキルを使い続けた結果、常時発動状態を無意識にできるようになった。発動したスキルから入ってくる情報も、重要な情報以外自然と無視できるようになった。


 今では、寝ているときですら発動している。


 人間、必要に迫られると嫌でも覚えるもんだね。お陰で、町で絡まれたことは一度もない。


 ただ、気配隠蔽を解除し忘れたまま、店員に話しかけたらびっくりされたことはある。


 びっくりしすぎて、いきなり殴りかかってきたときは俺もびっくりした。さすが異世界。接客もパンチが利いている。


 普通、客に殴りかかったら平謝りだと思うんだけど、逆切れしたのには驚いた。びっくりさせた俺が悪いんだそうだ。異世界の店員はワイルドすぎるぜ。



 前と同じように、自生していたハーブで匂いを消す。痕跡をたどり、灰色狼(グレイ・ウルフ)を追跡する。


 発見した灰色狼(グレイ・ウルフ)は、住処などに固まっているのではなく、一定の間隔に広がってあたりを警戒していた。


 数は5体。事前の情報と同じだった。いったんゴンズたちのもとに帰って情報を伝える。


 話し合った結果、もうひとつの斥候と呼ばれる底辺がやる囮、あれをやると俺自ら立候補した。


 森が開けた広場の様な場所があるので、野生動物の血を使って灰色狼(グレイ・ウルフ)をおびき寄せて誘導する。


 森は木が密集しており薄暗い、そんな場所で灰色狼(グレイ・ウルフ)と戦うのはリスクが高いと思ったのだ。


 ゴンズたちは最初は難色を示していたが、森歩きには自信がある。絶対に安全に気を付けてやるから俺を信じてくれ。そう言って説得すると、渋々納得してくれた。


 正直、ガサツなゴンズをつれて森に入ってばれない自信がなかった。他のモンスターなら大丈夫なのだが、灰色狼(グレイ・ウルフ)は索敵能力が高い。


 あらかじめ捕まえておいたリスの首を切り、血を撒いて灰色狼(グレイ・ウルフ)をおびき寄せる。


 血の匂いに誘われた灰色狼(グレイ・ウルフ)が、こちらに迫ってくるのを気配察知で感知した。ある程度引き付けて、ゴンズたちの待つ場所へと走る。


 森を走るのには自信があったのだが、さすが狼型のモンスターだ。予想以上に足が早い。俺は灰色狼(グレイ・ウルフ)に追われながらひたすら走る。


 やばい、このままじゃ尻をかじられる! 鬱蒼と茂る森は視界が悪く、木の根などででこぼこしている。それに、落ち葉で滑りやすい。


 俺以外の冒険者だと、この速度で走れないと思う。囮役としての斥候は、寿命が短そうである。


 灰色狼(グレイ・ウルフ)にゴンズたちの匂いを察知されないよう、かなり離れた位置から誘き寄せた。もっと近くても良かったかもしれない。


 ゴンズたちの消臭もしている。もっと近くても察知されなかった気がする。ちょっと見通しが甘かったと反省した。


 予定よりもギリギリで森を抜けた俺は、ゴンズたちに叫んだ。


灰色狼(グレイ・ウルフ)がすぐにきやす、攻撃準備を」


 俺がそう叫んだ直後に、森から灰色狼(グレイ・ウルフ)が飛び出す。飛び出した灰色狼(グレイ・ウルフ)に矢が刺さった。油断せずに備えていたらしい。


 洞窟と違い、相手の進行方向を制限できない。前より時間はかかりそうだが、ゴンズたちは戦いを優勢に進めていた。


 5体中2体を仕留め、灰色狼(グレイ・ウルフ)は残り3体になっていた。


 あっさり片付きそうだな。フラグ回避成功、そう思っていると気配探知に反応があった。


 1・2・5・7・10! まずい。


「ゴンズの兄貴! 新手が森から来る。数は10体だ!!」

「10体だぁ! どうなってやがんだちくしょう!」

「アル、退却するか?」

「無理だキモン。こいつらを仕留めてからじゃないと逃げられない」


 まずいことになった。さっきまで反応はなかったはずなのに……斥候である俺のミスだ。ゴンズたちを見捨てて逃げるか? 俺は迷った。


 甘い考えは捨てろ、自分の命を第一に考えるんだ。悪魔がそうささやく。一瞬迷った俺は、ゴンズたちが戦っている灰色狼(グレイ・ウルフ)へと走り出した。


 この事態は、俺のミスが原因だ。


 ここでゴンズたちを見捨てるなんてだせぇまねしたら、俺は一生、自分を誇れない。


 愚かな選択だと自分でも思う。俺が突っ込んでいっても、俺を囮にしてゴンズたちが逃げるかもしれない。それでも逃げるという選択肢はなかった。


 俺は死への恐怖をねじ伏せるように、雄叫びを上げながら灰色狼(グレイ・ウルフ)へ突撃する。

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