<< 前へ次へ >>  更新
15/139

冒険者はつらいよ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「おめぇ斥候がどう言う役割なのか知ってんのか?」

斥候と呼ばれる囮である。

冒険者の底辺、皮肉をこめて斥候と呼ばれているらしい。

暗に雑魚を囮に使い潰す極悪パーティーの皆さんですよね?

俺は、やっちまった、どうしようと頭をかかえた。


「知らなかったとはいえ、すまねぇみんな。ゴンズの兄貴たちみたいな、凄腕冒険者パーティーが囮なんて汚ねぇまねするはずがねぇ」

「凄腕冒険者」


 凄腕冒険者とつぶやいたゴンズの顔が、笑顔に変わっていく。チョロい、チョロすぎる。大丈夫か? ゴンズ。チョロ過ぎて少し心配になってきたぞ。


「囮じゃない、ちゃんとした斥候だっているんでしょう? おれっちにその役目やらしてくだせぇ」

「斥候職もいないわけじゃないが、本物の斥候は退役した軍人、凄腕の狩人が転職したパターンじゃないといないぜ。斥候系のスキルは習得が特に難しいと言われているんだ」


 アルがそう言うと、猟師であるキモンがコクリと頷いた。


「皆さん、お耳を拝借。ここだけの話なんですがね」


 そう言ってみんなの耳を近付けてもらった俺は小声で言った。


「あっし、実は気配察知と気配隠蔽のスキルをもってるんでさぁ」

「なんだって! 本当かよヤジン!!」


 ゴンズが大声で叫ぶ。小声で話すため、みんなで顔を寄せ合っていた。ゴンズの大声で耳がキーンとなる。


 みんなが顔をしかめ、耳を押さえてゴンズを見る。


「お、おう、すまねぇ。でけぇ声だしちまって」


 ゴンズのせいで話の腰が折れてしまった。


 改めて、本当にスキルを持っているのかと聞かれた。気配系のスキルを持っていると答えたが、証明する方法がない。


 俺はとにかく一度、一緒に依頼(クエスト)を受けてくれとゴンズたちに頼み込んだ。ちょくちょくゴンズを煽てると、気を良くしたゴンズが「しかたねぇ、ためしに一回だけつれてってやらぁ」と言った。


 依頼を受けるにあたり、冒険に必要な品物を揃える必要がある。


 しかし、俺は品物の相場がぜんぜんわからない。ぼったくられるのが怖いので、買い物に付き合って欲しい。


 俺のずうずうし過ぎるお願いに嫌な顔をせず、付き合ってやると言ってくれた。意外と面倒見の良い人たちだと思った。


 モンスターと戦うのに、さすがに平服はまずい。ということで、まずは防具を買いに行くことになった。


 平服どころかほぼ全裸に腰蓑(こしみの)一丁で戦ってたんだけどな。でも、ホブゴブと戦ったときは死にかけたし防具は大事だよね。


 武器屋と防具屋は隣接しているが経営者は別らしい。防具屋の親父はゴンズと仲が良いのか楽しそうに話をしていた。接客しろよ防具屋のおやじよ。


 斥候ということで、なるべく動きを阻害しない装備をお願いした。その中から、予算内で選んでもらう。


 猟師のキモンが候補を持ってきて、アルが値段などをみて決める。試着して問題ないようなら、その装備を購入する。


 そうして、俺の異世界初防具が決定した。


 薄い革鎧(レザーアーマー)で、柔らかいため動きを阻害しにくい。


 硬革ハードレザーではないため刃物には弱いが、胸とスネの部分に薄い鉄板が入っており、最低限の防御力は満たしていた。


 着慣れないため少し動きづらいが、なんとかなるレベルだった。アルもしばらく着ていれば馴染むだろうと言った。


 俺は予算が少ないので選択肢が狭い。現役の冒険者の二人が選んだのだから間違いは無いだろう。


 選んだ防具をレジに持っていくと、ゴンズが談笑していた防具屋のおやじに言った。


「おう、こいつは俺様が面倒見ることになったヤジンだ。前途有望な冒険者にサービスしてくれや」


 そう言うと、防具屋のおやじの肩に手を置いた。ミシリと骨の(きし)む音が聞こえる。そのままゴンズは半額以下に負けろと言い出した。


 防具屋のおやじは(きし)む肩に汗を流しながら、さすがにその値段は無理だといった。


「いいじゃねぇか、太っ腹なところを見せろよ」


 ゴンズは笑顔のまま、肩を掴んでいる手にますます力をこめる。


 防具屋のおやじの肩が限界を迎える寸前のところで、アルが止めに入った。ゴンズも頭の良いアルには逆らわないのか、素直に引いた。


 そのままアルが防具屋のおやじに値引き交渉をした。その結果、3割引という破格の値段で買うことができた。


 恐ろしいコンビだ。今までもこうやって交渉事を乗り切ったに違いない。ゴンズの恐ろしいところは『こいつなら本気でやりかねない』という恐怖を相手に抱かせる雰囲気を身にまとっていることだ。


 気に入らねぇから斧で頭叩き割っちまったぜ、やべぇ。返り血を浴びたまま、そんなことを平気で言い出しそうなやばい空気を出している。


 そして、雰囲気だけではなく実際にそれを実行するのだろう。そういえば、俺に絡んできたときも斧を持っていた。


 俺が選択を間違えたら、俺の頭に容赦なくあの斧が叩き込まれていたのだろう。


 グッジョブ俺! 心の中で自分を褒めた。


 ゴンズのやばい空気を察知して防具屋のおやじが混乱している間に、ゴンズを止めて恩を売りながら巧みな話術で交渉を有利に持っていく。


 頼もしすぎるコンビネーションだ。


 ゴンズと談笑していた防具屋のおやじは、親しくしていたわけではなく、無理難題を言われないようにご機嫌を取っていたのだろう。


 そんな感じで、行く店、行く店、値切り倒す。おかげで、俺の少ない予算でもなんと装備一式と消耗品をそろえることができた。


 人の金で馬鹿みたいに飲み食いしやがってと思ったが、割り引かれた金額はおごった金額より多い。とってもステキやん。


 その代わり、買い物をした店の従業員の心証は最悪だろう。粗悪品を掴まされないように気を付けないと……。




 買い物をして気付いたことがある。ほとんどの店員が乗算、除算ができないのだ。


 雑貨屋で4つ傷薬を買った。予備の分も含めて多めに購入したのだが、そのとき違和感に気付いた。


 品物の値段に4をかけるのではなく、足し算を3回やっていたのだ。謎のソロバンぽい道具を使い、毎回足し算をしていた。


 貴族と教会が、知識を独占して広めないようにしている。そう聞いたが、商売をしている人間すら四則演算がまともにできないとは思わなかった。


 文明が発展しないわけだ。貴族たちは、既得権益を守るため、民衆をすべて愚民にしておきたいのだろう。


 失政をしても、その意味すら理解できないなら反乱もおきにくい。アルに「貴族はかなり好き勝手やっている。絶対にかかわるな」と言われたが納得だ。


 やりすぎると増悪ヘイトが溜まって、一揆だの革命だので貴族が殺されると思うのだが、この世界は違うらしい。


 貴族はパワーレべリングでレベルを上げており、魔法も使えるため単純に強い。


 魔法を貴族が独占しているのもでかい。


 科学の知識などろくにない民衆からすれば、魔法という自然現象を操る力は、自然を超越した恐ろしいものに見える。


 この世界の住人は、死があふれている世界のため、親しい人以外の死に極端に無頓着だ。貴族が平民を無礼討ちにしようが、気に留める平民はほとんどいない。


 魔法によって自然を操る貴族は、自然現象を超越した神や精霊の使いとされている。貴族のもたらす死は、自然災害で死んだようなものとして、当事者以外は醒めた目で見ている。


 単純に個体として武力が高く、超常現象としか思えない魔法が使える。さらに、民衆を愚民としておくことで不満を覚えさせないようにしている。


 そして、知識を独占することで、貴族を皆殺しにするような革命を起こさせないようにしている。


 革命などによって貴族を皆殺しにすると、知識層が消えてしまうという事態が起きる。そうなると文明を維持できない。


 何世紀にもわたって、知識、経済、魔法を独占してきた貴族に調教され、おとなしい家畜のような民衆になっているのだろう。


『お貴族様のなさること』みんなそう言って諦めるのだそうだ。だから絶対に貴族にかかわるなとアルが言っていた。


 実際に町に出て実感した。


 数世紀にわたって知識と牙を抜かれた民衆と、既得権益にしがみ付き、モンスターの脅威があるにもかかわらず文明を停滞させている貴族。


 この歪な関係が、貴族の恐ろしさを表していた。貴族とは関わらないと心に誓いながら歩いていると、冒険者ギルドに着いた。


 アルが依頼票を一枚取って俺に見せる。そして、依頼票に書いてある、依頼内容、依頼人、報酬、達成期限などを丁寧に教えてくれた。


 言語がニュアンスで伝わる系チートだったので、文字は読めないかな? そう思っていた。普通に読めたので、少しだけあの性格の悪い神に感謝した。


 ゴンズたちのパーティーで、文字が読めるのはアルだけだ。なので、基本的にアルが依頼を選んでいる。


 ちなみにゴンズは頭が悪く、10以上の数字を数えられない。指の数を超えるからだ。そのことを馬鹿にすると、斧が頭に降ってくるので触れないようにしている。


 冗談で、足の指も使えば20まで数えられる。そう言ったら「いいことを聞いた」といって足の指を動かしていた。


 うまくできないので、がんばって訓練すると言っていた。


 足の指を器用に動かす練習をするぐらいなら、数字と計算覚えろよ。そう思ったが、口に出すと斧が頭に降ってくる。その言葉は、そっと胸にしまっておく。


 奴隷の子孫というカバーストーリーなのに、文字が書けて計算ができる。そのことを不審に思われないように、村長の仕事を手伝っていたといった。


 だが、ここまで平民の知識レベルが低いとは思わなかった。


 町人の知識レベルからいって、知識は相当な武器になる。村長の仕事を手伝っていた。なんて不自然だったか? そう思ったが、アルが勝手にストーリーを作り上げて納得していた。


 俺の母親が奴隷から解放された理由は、村長とデキたから。俺は村長が奴隷である母親に手を出して生まれた子供。だから村長の息子の代になると、父親の浮気相手とその子供である俺につらく当たった。


 貴族などではよくある話らしく、なぜかやさしい顔で肩をポンと叩かれた。


 まぁ、冒険者の過去を詮索するのはご法度らしいので、極端に不自然じゃなきゃいいか。




 アルが選んだクエストは、灰色狼(グレイ・ウルフ)と呼ばれる狼型の討伐だ。魔物が家畜を襲うので退治して欲しい。という依頼だった。


 日帰りできる距離で依頼料も悪くはないらしい。ただ、灰色狼(グレイ・ウルフ)は群れで行動するので、中途半端な実力の冒険者だと返り討ちにあう。


 そのため、依頼が残っていたそうだ。


 おいしい依頼は午前中になくなる。寝るのが遅くても、一度午前中に起きる癖をつけておけと言われた。


 俺は了解したと返事をして、少ない容量の脳みそに必死に叩き込んだ。


 装備はそろった。明日の朝に出発するということだった。


 俺が実際にスキルを持っているのか? ちゃんと斥候として動けるのか? それらの試験だ。


 ついに冒険者デビューか……。期待と不安で胸がドキドキした。


 実際の連携、動きなどは、明日現地に向かいながら話す。その前に、ロック・クリフの冒険者として一番重要なことを教える。


 真剣な表情をしたアルが俺の目をじっと見ながらそう言った。


 俺は姿勢を正し、一言一句聞き漏らさないように集中する。


 小国家群で最も気を付けなければいけないのは、モンスターでも(したた)かな依頼人でもない。同業の冒険者だ。


 アルはそう言った。


 小国家群が他国から蔑視されているのは、犯罪者の子孫だから、それだけじゃない。現在進行形で、小国家群に犯罪者が集まってきているからだ。


 犯罪者があつまる? 巨大な犯罪者組織でもあるのだろうか? 疑問に思ったが、口を出さず大人しく聞くことにした。


 メガド帝国、リーガム王国ともに、上級貴族が治める領地ごとに法律が違うそうだ。貴族の権力が強いリーガム王国は特にそうらしい。


 罪を犯して指名手配されても、別の上級貴族の領地に行けば逃れられる。


 貴族を害するなど、重大な罪を犯さない限りは他領での犯罪は無視される。国中で指名手配され、似顔絵が張り出される。なんてことは滅多にない。


 その領地を治める上級貴族の領地内だけで、指名手配される。


 領地によって法律が違う。更に貴族のメンツなど、ややこしいことになるので、犯罪者の引き渡しなどは行われていない。


 だから、犯罪者は渡り鳥のように居場所を変えながら罪を重ねていく。ひとつのところに留まらず、獲物や仕事を求めて歩き回る冒険者は、犯罪者と相性が良いらしい。


 そして、上級貴族領のほとんどで指名手配をくらい行き場がなくなった犯罪者が、最後に行き着く場所が小国家群なのだという。


 凶暴ですぐ暴れるようなやつは、ゴンズぐらい基礎値に恵まれていない限り、すぐに消されるので問題はない。


 小国家群に流れ着くやつらは、生き残った生粋の犯罪者たちなのだという。


 レベル15の壁を越えず、冒険者として平均的な力しか持たない。それにもかかわらず、国をまたいで犯罪を犯し、元流刑地に逃げ込むまで生き延びた、海千山千の犯罪者たち。


 ほとんどの新人冒険者がそいつらの餌食になり、生き残った新人もそいつらに揉まれ、そいつら以上に(したた)かになっている。


 最初に俺を警戒したのも、別の冒険者の回し者かと思ったらしい。


 ただ、ここらへんでは見かけない外見で、一般常識も知らなすぎる。パーティーに潜り込むには不適格な人間なため、今では疑っていないそうだ。


 たしかに、変わった外見をしていて、基礎値が低そうで、一般常識がないやつ。そんな奴だれもパーティーに入れねぇわな。


 自分で言っていて、少し凹んだ。




 初めて冒険者ギルドに入ったときに感じた、あのやばい空気はそのせいだったのか。腑に落ちた。


 すべての冒険者ギルドがあんな空気だったら、存在自体許されないと思う。


 しかし、同業者が一番危険とかハードモード過ぎる。冒険者ってもっと夢のある仕事だと思っていた。


 世知辛すぎる。冒険者はつらいよ。俺はまだ冒険者デビューもしていないのに……。


 冒険者の残酷な真実に、俺は涙目になった。


<< 前へ次へ >>目次  更新