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広がる世界

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


人を殺すことで経験値が入る人に似たナニか。

村娘の姉弟子はこの町では大物なのかもしれない。

「村娘の事、よろしくお願いします」

「なに見てやがんだてめぇ!」

一度なめられるとおしまいだと思った俺は覚悟を決めた。

「なにジロジロ見てやがんだゴラァ!」


 大男が大声を上げて俺を恫喝してくる。俺は覚悟を決めて構えた。


 左手の手のひらを上に向けて胸の前に構える。右手の手のひらを下に向けて胸の前に構える。両手を胸の前で合わせる。


 腰を落とし、前かがみになる。そして、腹の底からグッと力を入れて声を出す。


「へへへ、旦那があまりにも立派なもんで、つい見とれてやした。すいやせん」

「お、おう」


 両手をこすりながら、ヘコヘコと頭を下げる俺。気勢を削がれた大男は、戸惑いながら曖昧な返事を返した。


「いやー全身からあふれ出るオーラというか風格というか。旦那、ただもんじゃありやせんね」

「お、おう。おめーわかってんじゃねぇか、へへへ」


 褒められた大男が、まんざらでもなさそうに頬を指で()いた。


「旦那、お近付きのしるしに一杯おごらせてくだせぇ」

「へへ、おめぇなかなかわかってるじゃねぇか」


 ふっ、俺の必殺GOMASURIが決まったな。この男、チョロい、チョロすぎる。しかし2メートルのおっさんが照れて頬を()いてもぜんぜんかわいくないな。


 男勝りのスポーツ系女子にこそやってほしい動作である。そんなことを考えながら大男のいたテーブルへと向かう。


 テーブルには大男とは別に2人の男がいた。近くに弓を立て掛けている猟師風の男。もうひとりは、目付きの鋭いナイスミドルといった感じで、冒険者にしては身奇麗だった。


 俺に褒められてご機嫌な大男の名前はゴンズ。猟師の方がキモン。ナイスミドルがアルブレヒトという名前だそうだ。


 キモンは無口なのか、話しかけてもコクリとうなずくか首を横に振るだけでめったに話さなかった。嫌われたのかな? と思っていたが普段から無口らしい。


 アルブレヒトの方は、アルと呼んでくれと柔らかな物腰で話をしてくれた。笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。俺を警戒しているのだろう。


 酒が進みある程度打ち解けたところで、ゴンズが馴染みの娼婦と二階へと続く階段へと消えていった。


 酒場は宿屋も兼ねているが、店内は柄の悪い冒険者がたむろしている。一般客は怯えて近付かないので、冒険者以外に宿泊客はいない。


 酔っ払った冒険者が潰れて寝るときか、娼婦としけこむときに使われているようだった。駆け出しの冒険者だと、恐ろしくてこの宿に泊まれない。


 冒険者ギルドの宿屋に泊まったら、一人前の証と言われているそうだ。


 ゴンズが娼婦と二階へ消えていった後、アルと色々な話をした。会話に飢えていたのか、話し合いから俺に探りを入れているのか。


 どちらか分からないが、おかげで色々なことが分かった。


 俺は物々交換が主流で、貨幣経済がほとんど浸透していない、ド田舎の解放奴隷の息子という設定で話をした。


 周囲と違うアジア系の顔立ちを誤魔化すために、奴隷の子孫ということにした。


 最初は奴隷の子孫なんていうと、差別されてやばいかな? と思った。だけど、他に良い言い訳が思いつかなかった。


 しかし、俺の心配は杞憂に終わった。冒険者になるやつのほとんどは、元犯罪者か農地を継げなかった次男三男だ。


 冒険者には、貧しい村の出身が多いらしい。


 貧しい村では不作になると、税を払えない。そのため、家族を奴隷として売ることもある。


 貧しい村の出身なら、家族や親しい友人が奴隷として売られた経験を持っている。奴隷だからと極端に下に見ないそうだ。


 猟師のキモンが、ポツリと言った。


「俺の妹も売られていった」


 そうつぶやき、酒を(あお)った。


 差別されないのは助かるが、話が重い……。地雷を踏んでしまった気がする。


 気を取り直して、アルに普通の人が知っているであろう常識などを聞いた。アルは嫌な顔もせず、丁寧に説明してくれた。


 俺のいるロック・クリフの町は、フォーレスト聖森国という名前の国に所属しているそうだ。エルフの国っぽい名前だなと思った。


 国の北にある聖域の森と呼ばれる森を(よう)する、小国家群最大の国にして盟主と自称している痛い国だそうだ。


 この話をすると、みんな怒るから不快に感じるかもしれないが我慢してくれよ。アルはそう前置きした後で、小国家群の説明をしてくれた。


 小国家群は半島で西と南を海に、東を険しい山脈に、北を聖域の森に囲まれた陸の孤島であり、人族の国の流刑地だったそうだ。


 小国家群の国民は流民の子孫であり、大陸の国から蔑視されている。俺は小国家群出身ではないため、フーンと他人事のように聞き流していた。


 アルは平然としていた俺に戸惑ったが、俺はルーツは奴隷として連れてこられた祖母だから、この国の人たちが犯罪者の子孫でも別に気にしない。と答えたら納得してくれた。


 誰でも、お前たちは犯罪者の子孫だと言われれば切れるだろう。あえてこの話をしたのは、俺の反応を試したのかもしれない。油断できない男だ。


 元々この地には獣人族が住んでおり、流民たちは彼らと協力して暮らしていた。年月を重ね、人族の数が増え力を増した。


 力を増した人族は戦争を仕掛けた。人族は戦争に勝利して、小国家群を支配した。戦争に負けた獣人族のほとんどは、死ぬか奴隷になったそうだ。


 ロック・クリフの町は、蛮族と戦うための砦が元になったと聴いていた。蛮族ってのは、原住民の獣人族だったようだ。


 流刑地で原住民を殺して土地を奪う。オーストラリアみたいだなと俺は思った。


 モフモフを殺すなんて人族許すまじ。一瞬怒りを覚えたが、アルの話に集中することにした。


 小国家群を除くと、人族の国は二つしか無いそうだ。


 西の覇権国家メガド帝国と東の超大国リーガム王国。この二国が周りの国家を吸収して、超巨大国家に成長した。


 人族は超巨大国家として勢力を集中させることに成功。勢力が固まってない他種族を追い出し、大陸の住みやすい地帯を独占しているそうだ。


 人族の住む地域の北にはモンスター天国(ヘヴン)と呼ばれる、高ランクモンスターが住んでいる危険地帯がある。メガド帝国、リーガム王国、両国とも北からのモンスターの進攻に手を焼いているそうだ。


 そのモンスター天国(ヘヴン)を挟んだメガド帝国の反対側に、人族から追い出された獣人族たちが、獣人部族連合という巨大な国家を作った。


 獣人族といっても様々な種類がいるらしく、纏まりが無いため、組織立って人族の国に攻めるということは無いそうだ。


 モンスター天国(ヘヴン)を挟んだリーガム王国の反対側には、ドワーフ王国がある。


 リーガム王国の東側、ドワーフ王国の東側には超巨大山脈があり、山脈の向こう側は人類史上だれも到達したことの無い人類未踏の地が存在する。


 巨大山脈からは、様々な鉱山資源が採れるそうだ。


 エルフはメガドの西にある大森林から引きこもって出てこないそうだ。


 メガド帝国は、何度か大森林に軍を派遣した。寿命が長く、美しいエルフを捕らえるためだったようだ。


 しかし、手痛い反撃を受ける。森でエルフと戦うのは自殺行為らしい。精強と言われているメガド帝国兵が、為す術もなく破れ、森に飲まれた。


 メガド帝国は、その後も侵攻を続けた。しかし、一度も勝利できぬまま今に至るそうだ。今のメガド帝国では、大森林の話はタブーとされている。


 獣人国家連合の北西には、魔人族の国がある。融和魔王国という変わった国名だそうだ。


 魔王の国なのに融和って? そう疑問に思った。魔人族というイメージから、融和なんて平和な言葉が結び付かなかったからだ。


 アルによると、魔人族の国は人類融和を掲げているみたいだ。モンスターという人類共通の敵がいるのに、人類同士で争っている場合ではない。


 そういうスタンスで、あらゆる種族を受け入れているそうだ。他種族同士で恋に落ちたカップル、好奇心旺盛で他種族と交流したいと思った人。そういった人々が多く集まり、国土もかなり広い。


 人族と獣人族が争っていると聞いて、諦めていた獣人モフモフに希望の光が! うひょーとテンションが上がり「すばらしい国ですね」俺がそう言うと、アルはやれやれといった表情で俺に説明してくれた。


 魔人族は、人類の中で最強の種族と言われている。長い寿命、強いフィジカル、膨大な魔力。しかし、繁殖力は弱く、数が極端に少ない。


 どれだけ強くとも、数が少ないと国土を拡張することはできない。そこで多くの他種族を受け入れることで国力を増やし、広い国土を手に入れた。


 ただ、国の要職は魔人族で固められている。魔人族によっては、他種族を見下している者も少なくないそうだ。


 融和を訴えながら、要職を独占し、他種族を見下している。ダブルスタンダードな魔人族は、あらゆる種族から嫌われているみたいだ。


 国土が北のほうにあるため、寒さが厳しい。強靭な肉体を誇る魔人族。毛皮に覆われた種類の獣人族。それ以外の種族は、生活が厳しい。


 パラダイスは存在しなかった、ぐすん。




「少し酔ってきたみたいだ、話が散らかったから小国家群に戻すよ」


 酒が回ってきたのか、赤い顔をしたアルがそう言った。


 小国家群の先祖は、流刑を受けた人たちだった。だが、全員が犯罪者というわけではない。メガド帝国やリーガム王国が拡張していく中で、政治犯や支配した旧王家の連中を皆殺しにすると恨みを買う。


 そこで、温情措置ということで流刑にしたそうだ。しかし、獣人が支配する地域に着の身着のまま放り出すのだ。実際のところは、死刑となんら変わりはない。


 しかし、流刑にされた人々は大国が思っていたよりもタフだった。獣人たちと交流し着実に力を蓄え、逆に征服してしまったのだから。


 人族が半島を支配すると、今まで価値の無かった陸の孤島に価値が生まれた。メガド帝国とリーガム王国の中間に位置する小国家群は、両国の交易の中継地として価値が出た。


 メガド帝国とリーガム王国は戦争状態にあるが、商業は別で商人は金になるなら戦争相手だろうが取引をする。


 強力なモンスターがいるため、沖に出ることはできない。だが、大陸に沿ってなら船を出せる。


 小国家群は、メガド帝国とリーガム王国の交易の中継地点として栄えているのだという。


 俺の今いるフォーレスト聖森国は、国土は小国家群最大だが海に面しておらず、農作物と香辛料以外たいした産物も無い。


 国土が最大なのも、たまたま険しい山脈が国境線の代わりになっているだけで、自力で切り取ったものではない。


 なのに、なぜ盟主を名乗っているかと言うと、メガド帝国の進攻を防いだからだ。と言ってもフォーレスト聖森国が何かをしたわけじゃない。メガド帝国の自滅である。


 そもそも、聖域の森とは何なのか? 遥か昔、人類がいまより栄えていた時代があった。モンスターの支配地域も今よりずっと少なく、人類が大陸の覇者として生活していた時代。


 すべての宗教のすべての教会に神託が降りた。その森に何人たりとも踏み入るべからず。


 神託を無視して森に入った者は、一人も帰ってこなかった。いつしか森は聖域の森と呼ばれるようになった。


 人々は森を恐れ敬い、誰も足を踏み入れようとしなかった。


 時代が進み、人類の衰退期が訪れる。嘆きの時代と呼ばれる、大規模な文明崩壊。人類は絶滅の危機を超え、再び隆盛を迎える。


 その中でも、人族が他種族よりも力を付けた。拡張を続けていたメガド帝国が、不可侵領域である聖域の森に足を踏み入れた。


 メガド帝国は強固な中央集権が進んでおり、宗教のトップである教皇は、メガド帝が任命するほどらしい。


 神の代行者である教皇は、神に最も近い存在とされている。人を超えた超常存在である『神』に次ぐポジションであり、上位者は『神』以外存在しない。


 地球の歴史でも、宗教家は国王を超えた権力を有することがあった。


 しかし、メガド帝は自らを神の依代(よりしろ)現人神(あらひとがみ)であると名乗った。


 メガド帝国では、皇帝が即位すると神になるのだそうだ。儀式を行い神を身に宿すのだという。皇帝が即位すると、それまでの名前を捨て、〇〇代メガド帝という存在になるのだ。


 人を捨て神となるためである。その話を聞いて俺は冷や汗を浮かべた。それやばいやつですやん、絶対かかわりたくねぇ。


 顔に出ていたのか、アルが補足説明をしてくれた。歴代のメガド帝国の皇帝に暗愚は一人もいない。表面上は神の血筋だからと言われているが、実際は失政をしたメガド帝は神の依代(よりしろ)の役目を終え、神に仕えるため天に昇るのだという。


 それって、無能だったら容赦なく殺すってことですやん。極端な中央集権は愚物がトップになった瞬間に崩壊する。それを理解しているのだろう。


 というかアル、帝国に詳しすぎだろ。名前も一人だけドイツっぽいし、気品を感じるし頭も良い。


 元帝国貴族か何かなのだろうか? 気にはなったが、冒険者の過去を尋ねるのはご法度らしい。下手なことを言わないように、口を(つぐ)むとしよう。


 メガドは中央集権が進んでおり、貴族の権力が弱いため、無能な者は容赦なく領地を返還させられる。


 ある程度は見逃されるが、極端な不正なども厳しく処罰される。地域格差はあるが、基本的に治安も良く、一般市民には住みやすいそうだ。


 話を脱線させてすまないと謝罪し、さっきの話の続きをしてもらう。


 メガド帝は、現人神(あらひとがみ)だから神託に逆らっても大丈夫。ということで、聖域の森を突っ切るルートで小国家群に侵攻した。


 船を使って海路から攻めるという手段もあった。しかし、流刑地で交易の中継地点としての価値はあるが、文明度も低い、犯罪者の子孫がいる国を支配するために、莫大なコストが掛かる海路からの船団という手段をとらなかったのだろう。


 それに、聖域の森では貴重な果実や薬草などが採れる。ただ、欲張って森の奥に入った者は、誰一人として帰ってこなかったようだ。


 聖域の森は、聖域として指定されてからかなりの年数が経っており、森が拡張されている。拡張された部分は、聖域ではないので大丈夫なようだ。


 ただ、欲を出して奥に入ると、聖域に侵入してしまい、神罰が下るのだろうと言っていた。


 コストを抑えることと、聖域の森の資源を狙って軍を引き連れて聖域の森に入ったが、誰一人として帰ってこなかった。


 現人神(あらひとがみ)を名乗る皇帝の号令によって進軍した帝国軍が、聖域で神罰を受けて全滅したことで皇帝の求心力が低下し、強引な拡張路線をたどっていたことから各地で反乱が起きた。


 帝国は極端な拡張路線を止め、支配地域の安定に力を注ぐようになった。数世代内政に力を注ぐことで強固な支配体制を築き、今代(こんだい)のメガド帝は蓄えた力をもって、じわりじわりとリーガム王国の領地を侵食していっているそうだ。


 メガド帝国に攻められるはずだったフォーレスト聖森国は、自分たちの祖先を島流しにした憎きメガド帝国を撃退した。


 聖域の森に守られたわれらは神に愛されていると言い出し、今の国名に変えたそうだ。


 聖域の森は両隣の国にも接していて、たまたまフォーレスト聖森国の反対側からメガド帝国が進軍して自滅しただけなのだが、超大国を撃退したと調子に乗りまくったみたいだ。


 フォーレスト聖森国は、西の国から塩を、東の国から鉄をはじめとする鉱石を買っている。そのため、立場が弱い。


 海にも面していないため、メガド帝国とリーガム王国の交易にも噛めていない。経済的にも劣っているのに、盟主と言い張ってプライドだけは高い。


 なので、フォーレスト聖森国は痛い国だと馬鹿にされている。そう、アルは教えてくれた。


 地理や歴史の話を聞いているだけなのだが、とても楽しかった。俺は笑顔を浮かべ、アルに礼を言った。貴重な知識を教えてくれてありがとう。


 そう言われたアルは少しポカンとした後、笑いながらバシバシと俺の背中を叩いた。アルは、しばらく笑ってから言った。


「ヤジン、お前のこと気に入ったよ。今日は良い気分で寝れそうだ」


 そう言うと、アルは二階へと消えていった。


 キモンはある程度飲んだら満足したのか、ゴンズが二階に消えたしばらく後に、お世辞にも美人とはいえない幸の薄そうな娼婦と二階へと消えていった。


 ずっと二人で話していたアルが二階へと消えたので、これでお開きだ。俺は会計を済ますことにした。


 酒場の親父に飲食の代金と、自分の宿泊費を払う。村長から貰った慰謝料の5分の1が消えていた。


 村長から貰った慰謝料は、かなりの額だった。アイツら、ただ酒だからって馬鹿みたいに飲みやがって。


 俺は涙目になりながら、二階へ上がる。


 部屋の中に入り、ドアに(かんぬき)を掛ける。安全を確保した俺は、ふて寝をするためベッドに飛び込んだ。

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