トゥロン02
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「まるで世界の境界線だな」
モン〇ンだと金冠サイズって感じだな。
俺は絶対に許さない! 絶対にだ!!
パピーにはパピーのルールがある。
カトーリ村ではVIP扱いだった。怪我が治るまで、魚介類に舌鼓を打ちながらぐーたらと過ごした。
めちゃくちゃリフレッシュしたが、少したるんだ気がする。大物もとれたことだし、しばらく森で過ごすのもいいかもしれない。
トゥロンは大都市だ。海千山千の冒険者、権力を持った豪商、裏社会の住人など、人と金が集まる場所にはやべぇ奴も集まってくる。
感覚を極限まで研ぎ澄ませておかないと、あっさり殺されてしまう。小国家群でトップランクと言われているレベル25の人間。
メルゴを倒したが、アイツは漁師だった。戦いのプロじゃない。対人戦になれたレベル25なら手も足もでなかったと思う。
俺は雑魚じゃないが、そこまで強くもない。捕食者に狙われる小動物のように、常に緊張感を持っていないと、あっさり食われちまう。
だからといって、トゥロンを避けることはできない。レベルが20に達したので、冒険者ランクをあげる手続きをしたい。
冒険者ランク6と5では扱いが全く違う。冒険者ランク5ならそれなりに一目置かれる存在になる。
門番に露骨に賄賂を要求されたり、勘違いした雑魚に装備を奪うという目的で命を狙われるリスクは減るはずだ。
よそ者を露骨に嫌う田舎の住人でも、ランク5になると対応が変わる。ある程度の信頼と『逆らったら確実に殺される』という証明になる。
田舎の村でレベル20を超えた冒険者と戦える存在など普通はいない。下手に不興を買えば、村人皆殺しなんてこともありえるのだ。
そこまでする人間はめったにいないが、その気になればできる存在だと認識するだけで対応は変わる。冒険者ランクを上げるだけで、旅の快適さが変わってくる。
ランクを上げるためには、レベル証明が必要になる。レベルの確認ができる
かつて、迷宮都市マリベルで発見された
それでも、ダンジョンでしか入手できないため数が少ない。なので、大都市の教会にしか設置されていない。
近隣にあるでかい都市はグラバースとトゥロンだが、トラブルを起こしたグラバースには戻れない。
トゥロンが危険な大都市だとしても、グラバースに戻るよりはましだ。
それに、帝国文化が流れ込んだ小国家群でもっとも文明的な町。そう呼ばれているトゥロンには興味がある。
娯楽や料理の文化が発達しているだろうし、交易都市としてあらゆる物が町に集まる。
様々な装備、魔法具、洗練された料理、娯楽、風呂、美しい女性。あらゆる誘惑がそこにはある。
人里離れたモンスターの領域で、パピーとスローライフを楽しむのも悪くない。だが、文明への渇望が捨てきれない。
娯楽は後回しにしても、装備は調えたい。精神的な癒やしのためにも美味しい料理が食べたい。
装備はゲイリーとメルゴにボロボロにされた。メルゴの汚物にも汚染されてしまった。
適切な処理ができないので、革鎧を丸洗いできない。革製品は水洗いした後、適切な処理を施さないと硬質化してしまう。
動きやすさ、静音性を高めるために、柔らかく加工してある革鎧が駄目になる危険性がある。
から拭き、消臭、磨き。革の負担にならないように徹底的にクリーニングしたが、イメージがこびりついているせいか臭く感じる。金を稼いで新しい革鎧を買わなければいけない。
静音性を重視した革の加工となると、腕のいい職人に依頼する必要がある。
腕のいい職人は大抵大都市に工房を構えている。いい装備を求めたいなら、必然的に大都市に行くことになる。
足の甲を痛めたことで、金属で補強した靴の購入も視野に入ってきた。
聖域の森にいたときは、ある程度レベルが上がるまで自作の
森を探索するにつれ、草鞋の強度不足に悩み、エスパドリーユを作った。
エスパドリーユは本来
糸をより合わせて縄を作り、縄をぐるぐると巻いて靴底にする。あとはスリッパのように
縄を巻いた後の形成が大変だった。ガチガチに固めれば安定すると思ったのだが、なかなかうまく行かず、
丁寧に肉をそぎ取った皮を二日ほど川に浸す。毛を丁寧にむしり、皮のプルプルした部分だけにする。
あとは煮て、
適当に草を編んだ物で
野人生活で足の裏がカチカチになり、レベルが上がって頑丈になった。もう裸足の方がいいんじゃね? となり、履き物はお役御免になった。
田舎の村だと、半数の人が裸足だ。俺が裸足でも特に違和感はなかった。だが、ロック・クリフに入ると事情が変わった。
裸足の人間はスラムにしかいない。平民は草鞋を履いていたし、身なりのいい人物は木靴、革靴を履いていた。
俺は町中を移動するときは草鞋を履き、町の外に出ると裸足になった。町の市場に行くと、内職で子供が作った形の悪い草鞋が捨て値で販売されている。
それを購入して、使い捨てのように贅沢に使っていた。突然戦闘になったとき、すぐに脱げる草鞋はとても便利だった。
履いたままで戦うと、強度不足で踏み込んだ瞬間崩壊する。足下が滑る原因にもなるので、あくまでも人間社会に溶け込むために履いていた。
気配察知で敵を察知すると、スラムに移動して、草鞋を脱ぎ、相手を殺す。装備を回収して買取屋に行き、その金を使って市場で草鞋を買う。
今思えば、ロック・クリフで人を殺すたびに草鞋を買っていた。奇妙なルーチンワークだ。
俺が冒険者たちに舐められたのは、草鞋を履いていたことも関係していると思う。装備もまともに買えない、もしくは足下の大切さを自覚していないアホだと思われていた。
冒険者は鉄板などで補強された、頑丈なブーツを履いている。スネまであり、スネも鉄板で保護しているブーツも多い。
確かに防御力は上がる。それを履いて蹴りを出せば威力も出るかもしれない。だけど、森での移動には向いていない。
足首をガチガチに固定されてしまう。転んで捻挫をしたりすることはなくなるが、足首を柔らかく使い、衝撃を逃がしたり、でこぼこの地面に柔軟に対応することができなくなる。
鉄板が入っていて重量があるため、足音も大きくなる。自分の足跡もくっきり残ってしまう。
足跡を追跡するのは人間だけじゃない。
斥候職として単独で行動しているときに、頭の良いリーダーが率いる
蹴り技に関してもブーツは良くない。足首が固定されているため、しなりが利かない。
倒れた相手を踏み潰すのには向いているが、蹴り技を出すのに向いていない。
ブーツではなく、足首を固定しない鉄板入りの靴を使う方法もある。だが、鉄板入りの靴を履くと、蹴り方が全然違ってくる。
鉄板入りの靴で蹴るときは、先端の重さを生かした蹴り方になる。
先端が重いと加速がつき、威力が出る。だが、空振りしたときの隙は大きくなり、体勢が崩れやすくなる。足に負担も掛かる。
蹴り方のバリエーションも減り、足の指先を使った蹴りも使えなくなる。伝統派空手の蹴り方、スナップを利かせて折りたたんだ膝から先の部分をふくらはぎの筋肉を使って蹴る。という蹴り方と相性が悪い。
先端の重みで振り抜くという蹴り方は威力は出るが、モーションがでかく、フィニッシュでの蹴りしか使えない。
足の短い俺にとって、蹴り技は『フィニッシュ用のとっておき』ではなく、パンチの間合いでも出せる、相手の防御をかいくぐるバリエーションのひとつとして使用している。
パンチで顔面を意識させて、ロー。ローを意識させてハイ。三日月蹴りで肝臓を狙う。踵で足の指を踏み潰す。
パンチとの組み合わせ、もしくはパンチを意識させ、意表を突いた蹴りでダメージを与える。そういった立ち回りを意識している。
それに、蹴りと一言でいっても様々なバリエーションがあり、選択肢の数だけ相手の防御を
思い切り振り回して叩き付ける。コンパクトモーションでタイミングを合わせて引っ掛ける。スナップを利かせてパンと
鉄板入りの靴を使用すると、重さで振り抜く、先端を加速させて叩き付けるといった蹴り方に限定されてしまう。
蹴りのバリエーションという利点を消してまで、鉄板入りの靴による威力の向上を求めなかった。斥候職として、空手家として、鉄板入りの靴に価値を見いだせなかった。
だが、今回の負傷で考えが変わった。これからも格上の人間と戦う可能性がある。人間より頑丈なモンスターに蹴りを入れることもある。
地球の安全靴のような、単純な鉄板で補強した靴なら選択肢には入らない。しかし、この世界は地球とは違い、モンスター素材がある。
もしかしたら、隠密性、強度、柔軟性を両立できるかもしれない。
金は掛かるだろうが、裸足が一番良いという固定概念は捨てるべきだ。装備の充実は生存に直結する。
トゥロンは小国家群でもっとも栄えていると言われる町だ。
もしかしたらドワーフの職人などがいて、俺には想像もつかない方法で俺の望む装備を制作してくれるかもしれない。
装備の充実という点においても、立ち寄る必要がある。
美味しい料理。精神的な癒やしについても、トゥロンには期待している。
小国家群の料理の味付けは、塩とちょっとした香草。そんな感じのよく言えば素材の味を生かした調理が多い。
地球の料理のように、うま味を幾層にも重ね、見た目、香り、食感などの総合的な美味しさを追求した料理が存在しない。
うま味は、イノシン酸とグルタミン酸のように、相乗効果でうま味が何倍にもなる。
鰹出汁と昆布。鰹出汁と醤油。うま味成分は基本的に複数を掛け合わせることで人間の味覚に美味しいと感じさせる。
複数の素材と手間を掛けて、味を高める必要がある。高ランクのモンスターを倒せば適当に焼いて食べてもうまい
メガド帝国からの文化の流入。あらゆる物資が集まる交易都市。
俺に唯一残された楽しみ。美食が封じられたと思ったときの絶望は半端じゃなかった。しかし、希望が残されていた。
地球にいた頃は
日本人が発見し、世界に発信されたUMAMI。そして、この世界に堕とされて以来、渇望してやまない甘味。
甘味は、某TV番組で刑務所から出所して、一番最初に食べた物ランキング堂々の1位に選ばれた魅惑の味。
危険な猪の生
砂糖を使ったスイーツなど食べたら……。想像するだけで涎が溢れてくる。
文明的と言われているトゥロンなら料理も洗練されているはずだ。
幾層にも重ねられたうま味。美しく彩られた料理。食欲をそそる香り。素晴らしい景色。デザートの甘味。
地球の一流レストランとまでは行かなくても、料理を栄養補給ではなく、文化や娯楽の一部として捉えた『料理』が食べられるはずだ。
これだけトゥロンの町に行く理由がある。たとえ危険だとわかっていても行かざるを得ない。
危険な都会に行く、そのために森で神経を研ぎ澄ます。
皮肉な話だが、森で研ぎ澄まされた野性的な感覚。それこそが、都会にいる敵に対して、俺が優位性を確保する重要な要素になる。
刃を研ぐように感覚を研ぎ澄ます。半分人で半分獣。野人としての純度を高め、大都市を生き抜く。
強い決意を胸に、俺は再び自然へと帰った。
読者の皆様のおかげで、野人転生も100話を迎えることができました。
ありがとうございます。
100話目ということで、何か派手なお話を書きたかったのですが、どうやっても不自然な展開になるため、いつも通りの投稿とさせて頂きました。
その代わり、野人転生ガラクタ置き場というSSなどを別に投稿する場所に、100話記念のSSを投稿しました。
本編の鉄板入りの靴をなぜ履かないのか? という地味な話とは違い、派手なお話になっています。
広告バナーの下にあるリンクから飛べますので、読んで頂けたら嬉しいです。