66.第六章三話(リュシアーゼル)
リュシアーゼルはアロイス、シメオンと共に軍事施設を訪れていた。リュシアーゼルだけ応接室のソファーに腰掛け、軍側の責任者と向き合っている。
「呪いの件も含め、ドルレアク公爵家首謀のクーデター関連の詳細は秘匿されることになりそうです」
「予想どおりだな」
責任者からの言葉に、リュシアーゼルはそう零した。
リュシアーゼルとしては不服ではあるけれど、ドルレアク公爵家のクーデターがどれほど国内に混乱を招くのか、それを考慮した判断であることは理解できる。
仕方がないと割り切る冷静さも時には必要だ。綺麗事だけでは、国は成り立たない。
真実を公表したとして、当主マリヴォンヌの支持者が彼女は嵌められた、陰謀だと反発する可能性は非常に高いのだ。それほどドルレアク女公爵の熱狂的な信者は国内に多い。
(国民のために熱心な活動をしてきた人間がクーデターに加担していたなど、そう簡単に信じられることではないからな)
姪の殺害を企てていたことも、禁忌とされている死者蘇生を行おうとしていたことも。きっと国民の大半が信じようとしないだろう。
「関係者には徹底的な口止めをお願いします」
「ああ、承知した」
おそらくベルティーユもこの結果は予想していたはずだ。受け入れざるを得ないとはいえ、やはり歯痒い。
「しかし、関わっている貴族……議席を持つ者がそれなりにいるはずだが」
「別の罪をでっち上げて名目を作るなり、なんとかするしかありませんね」
責任者は疲れたようなため息を吐く。
クーデターそのものを握り潰すから犯人たちを解放する、なんてことはありえない。当然、本来の罪に相応しい罰を受けさせるべく、別の罪が作り上げられることになる。それか、秘密裏に消すという選択もある。
ここから先は国の仕事だ。リュシアーゼルが手を貸すようなことはほとんどない。
この事件は、終わった。
話し合いを終え、リュシアーゼルたちは馬車に乗って帰路についた。
「これで一息つけますね」
「そうだな……」
「休暇、お願いしますね」
「わかっている」
過重労働を強いていたことは十分に自覚しているので、約束どおりアロイスには休暇をやるつもりだ。
リュシアーゼルの返答に満足げにしたアロイスは、隣のシメオンに視線をやった。
「ずいぶん深刻そうな顔してるね」
「……気にするな」
シメオンは何かを考え込むように眉間にしわを寄せている。その理由はリュシアーゼルもアロイスも大方の予想がついている。
「一応解決だけど、やっぱりまだ気になることは残ってるよね。ベルティーユ様がどこからクーデターの情報を入手したのかとか」
ドルレアク公爵家が身内のベルティーユに計画を話した、という可能性はない。ベルティーユも彼らの標的だったのだから。
となると、何かきっかけがあったのか、ベルティーユは自らクーデターに気づいたということだ。
情報源について教えるつもりはないようだけれど、その理由はなんなのだろうか。
「ユベールの敵になることはなさそうだから、まあいいのかな」
「……甘いな」
険しい表情のままのシメオンにアロイスが「そう?」と聞き返すと、シメオンは黙り込んだ。それほど時間はかけず、シメオンは己の中の葛藤と決着をつけるだろう。
それより、リュシアーゼルにはベルティーユに関して引っ掛かっていることが他にもある。
仮面舞踏会に参加した際、ベルティーユがバーテンダーから話を聞き出すために口にした魔道具。
テオフィルに使われた呪いの魔道具についてはもちろん、相手に害を与える類いの魔道具の確認は、捜査を進めているリュシアーゼルたちに魔道具の反撃等の危険性はそれほど高くないことを示すため。顔を変える魔道具は、実際に使用人として潜り込んだ実行犯が使ったもの。そして、バスチアンの気を引くために話題にしたのは、血縁関係を調べる魔道具。
どれも意味があった。それなら――。
『他には……瞬間移動ができるものや、――病を治すようなものは?』
あれにも、明確な理由があるのかもしれない。
(すべて事件に関わっている魔道具を出しては不審がられると思い、あえて適当に興味があるふりをしたのか、――もしくは本当に、彼女が望んでいるものなのか)
瞬間移動の魔道具、病を治す魔道具。その片方、もしくは両方を、ベルティーユが欲している可能性がある。
邸に戻ったリュシアーゼルは、自室に向かう途中でテオフィルに会った。リュシアーゼルを見つけたテオフィルは顔を綻ばせて駆け寄ってくる。
「叔父上、お帰りなさい」
「ただいま」
邸の中をテオフィルが自由に歩いている。それだけのことがどれほど嬉しいか。
呪いのことで距離を置いていた間に敬語を使われるようになってしまったけれど、それも早々に戻り、昔のようにリュシアーゼルに接してくれている。ベルティーユの手助けがなければ未だに犯人を捕らえることもできていなかったであろう情けない叔父なのに、失望することもなく。
早熟とはいえまだ八歳のテオフィルにすべてを説明するわけにもいかず、犯人が無事に捕まったこと以外は詳しく話すこともできない。事情があるのだと察してくれる聡明さがありがたい。
「今時間ある?」
「どうした?」
「とっても大事なミッションの話をしたいんだ」
「ミッション?」
廊下で話すのはだめだと言うので、二人でリュシアーゼルの自室に向かった。自室で聞かされた内容に、リュシアーゼルも真剣な顔つきになる。
「――なるほど。確かにそれは重大ミッションだな」
最重要任務と言っていい。
リュシアーゼルも同じように認識していると知り、テオフィルが目を輝かせる。
「でしょ?」
「私もどうするべきか悩んでいたことだ。協力して必ず成功させよう。しかしテオ、あまり無理はするなよ。自分が病み上がりだということを忘れるな」
「うん、わかってるよ」
こうして、ユベール公爵家ではとある計画がテオフィル主導で進められることとなった。
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