59.第五章十話
「あの数の魔道具を違法に所有している事例は今までありません。危険な場所にリュシアーゼル様を連れ出すなど、何を企んでおられるのですか?」
バザーヌホテルを後にしたベルティーユたちは馬車に乗り、来る時と同様に尾行がないか気をつけながら駅に向かっていた。その馬車の中でベルティーユにそう問いかけたのはシメオンだ。
「シメオン」
「いいのです、リュシアーゼル様」
リュシアーゼルが鋭い声を放つので、ベルティーユはそれを止めた。
VIPルームでの会話から、テオフィルを呪った黒幕が魔道具を貴族たちに貸しているコレクターだということは、ほぼ確実だと二人とも察しただろう。
ベルティーユは明らかにその情報を引き出すために会話を繰り広げていた。シメオンが警戒するのは当然の流れだ。
「すべての魔道具があのホテルに置かれているわけではないわ。それに、攻撃性のある物はないと言っていたでしょう?」
「それを信じるほど馬鹿ではありません」
「そう言われても、本当のことなのよ。魔道具の攻撃を受ける危険性がないのなら、何かあってもリュシアーゼル様とシメオン卿が対応できると思って参加したの」
時間が戻る前、コレクターやVIPルームの利用者は逮捕されたし、魔道具はすべて押収された。その資料を見る機会があったので、ベルティーユは危険な魔道具がテオフィルに使われた物以外はないと知っていたのだ。
ただ、その事実を証明するすべはないので、言葉で説明を尽くすしかない。
懐疑的なシメオンとは別のことが引っかかっているのか、リュシアーゼルは難しい顔をしている。
「事前に説明がなかったのは」
「私の同行をリュシアーゼル様が反対なさるのではないかと思いまして」
「当然だ」
即座に肯定するリュシアーゼルに、ベルティーユは首を傾げた。
「あの方の正体に気づいていらっしゃるのに、まだ私を敵とは見なさないのですね」
リュシアーゼルは表情を変えず、じっとベルティーユを見つめている。そこに疑いの色が一切ないことが、ベルティーユには不思議でならなかった。
「あの方とは、声をかけてきた年配の男性のことですか?」
「ええ」
そう訊いてきたシメオンは、男性が誰なのか気づいていない。もしかすると面識がないのだろうか。
そんな彼に、リュシアーゼルが男性の正体を告げる。
「あれはバスチアン・トマ・ドルレアク。――ドルレアク女公爵の夫だ」
シメオンは目を見開いて驚きを露わにする。
リュシアーゼルの言うとおりだ。つまりあの男性は、ベルティーユにとっては伯母の夫である。完全に身内なのだ。
一連の黒幕としてドルレアク家の縁者が疑われている状況で、あの場にドルレアク女公爵の配偶者がいた。その意味がわからないはずがない。
「コレクターと親しいと言っていたが、コレクターもドルレアク公爵夫君のことだな。ベルティーユの嘘の魔道具の話に食いついていたし、財力的にも魔道具の収集には困らないはずだ」
その推測は正しい。コレクターはバスチアンである。
腕を組んだリュシアーゼルは、拳に力が入っているようだった。テオフィルを呪った黒幕が判明したのだから、憎悪が滲み出ていてもおかしくはない。
「問題は、代々続いてきたであろう魔道具の収集をドルレアクがしているのか、それともあの男の実家である侯爵家がしているのかだな」
「伯父様を逮捕すればどちらもスムーズに調べることができます。ドルレアク家は公爵家、それも王家の血が濃い家ですから、確実な証拠がなければ捜査は難しいですものね。伯父様のご実家の侯爵家も王家と懇意にしている家ですし」
どちらも由緒正しい名家なので、何代にもわたって魔道具を違法に所有していたとなると大事である。
「こちらはリュシアーゼル様がご活用ください」
ベルティーユはバスチアンから渡されたカードを差し出した。
「きっと魔道具の取引にはご本人が直接出向いてくださるでしょう。伯父様を捕らえれば、言い逃れのできない名分ができあがります」
魔道具の取引は犯罪。問答無用で現行犯逮捕ができる。
(遭遇してしまったのは驚いたけれど、結果的にはよかったわ)
バスチアンは仮面舞踏会に毎回参加するわけではないらしい。邂逅できたことで偽の魔道具の情報で釣ることに成功したので、いい計算違いだった。
「ありがとう」
リュシアーゼルはベルティーユからカードを受け取り、自嘲するような笑みを浮かべる。
「新顔を探るために声をかけたということは、アロイスが招待状を入手した経路も調べられるだろうし、そちらからも接触できるな。これで取り逃すわけにはいかないが……ここまでお膳立てされていると情けない。私の力不足を痛感させられる」
「そのようなことはありませんよ」
慰めでもなんでもない。これはただの本心だ。
(だって、本来ならリュシアーゼル様が自力で彼らを捕まえているのだもの)
時間が戻る前、多数の魔道具の違法所持などの証拠を掴んで彼らを逮捕したのは、他でもないリュシアーゼルたちだ。それでも、テオフィルを呪うことに使われた魔道具を止めることはできなかった。一度発動すると解呪の魔道具を使用しなければ解呪できない仕組みだったからである。
そのため、リュシアーゼルはトスチヴァン家が発見した解呪の魔道具に縋るしかなかったのだ。
「――リュシアーゼル様」
ベルティーユが以前のことを思い出していると、シメオンの声が馬車の中に響いた。シメオンの射るような視線は、リュシアーゼルではなくベルティーユに向けられている。
「ドルレアクの関与が確実である以上、ベルティーユ様への疑いもますます強くなるかと思うのですが」
リュシアーゼルは眉間にしわを作り、ベルティーユは目を瞬かせた。シメオンは更に付け加える。
「情報提供も、罪から逃れようとしている可能性が高いのではありませんか?」
「……確かに、自分が助かりたいから共犯者を売っている可能性はあるものね」
好意的とは真逆の眼差しに怯えることなく、ベルティーユはゆったりと微笑む。
「リュシアーゼル様がご希望であれば、常に監視をつけていただいても別に構いませんよ? どうせ外出は控えるつもりですし、特に不便ということもありません」
「……さすがに、そうしないわけにもいかないだろうな」
リュシアーゼルがため息を吐いた。
ユベール公爵邸に戻り、湯浴みを済ませ、ベルティーユはベッドに横たわっていた。
(疲れたわ)
今日は思っていた以上に緊張していたようで、ベッドに身を預けた途端、疲労感が押し寄せてきた。しかし眠気はまだなく、ベルティーユはただぼーっとする。
『病を治す魔道具に関してはあるにはあるのですが――』
ふと、バーテンダーの言葉が思い浮かんだ。
伯父が所有している魔道具については資料で知っていた。病を治す魔道具があることも、それが使えないことも。だから、期待していたわけではない。ただきちんと確かめたかった。
『お嬢様の病は――』
今度は医者の言葉が過る。ベルティーユの不調が病によるものだと判明した、ミノリがベルティーユに憑依していた頃の記憶だ。
ベルティーユの病は世界中でも症例が少なく、原因は不明、治療法もないと医者は言っていた。治すにはおそらく魔法しか手立てがない。そして、魔道具はただでさえ数が多くないのに、病を治す魔道具となると更に数が限られるうえ、その有用性からすでに使用済みで魔力切れでしか発見されていない。魔道具に頼るのは現実的ではないのだ。
(まあ、それが私の運命ということなのでしょうね)
十七歳で散る命。ミノリの力で多少は生かされても、そう長くは持たない。
理解している。期待していない。時間が戻り、こうしてまた生きていることが奇跡であって、奇跡はそう何度も起こらないから奇跡なのである。
現実は残酷だと、ベルティーユは知っている。
(――伯母様たちも、もう一度この世の厳しさを思い知るといいわ)
ベルティーユはそっと目を閉じた。
◇◇◇