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57.第五章八話


 魔道具はとても希少な物で、魔法に馴染みがない現代の人々にとっては危険性も高く、ほとんど国が管理している。発見した場合は国への報告義務があるけれど、報告せず違法にコレクションしている者が一定数存在するというのは誰もが知るところだ。

 しかし、メニューブックに記されている魔道具の一覧を見れば、コレクターだとしても異常な数を所有していることが一目瞭然である。この魔道具の所有者一族は、何代にもわたって二十個以上もの魔道具を収集してきたのだ。どれほどの年月や労力、金銭を費やしたのか、執念深さが窺える。

 更に驚くべきは、現在の所有者はコレクションしているだけでなく、多額の金銭を受け取って魔道具を貸すこともしているらしいことだ。だからこうして一覧がメニューと称して存在している。


「魔道具を他者に貸すだなんて、所有者はよっぽど懐が広いのね」


 何も知らないリュシアーゼルとシメオンに説明することも兼ねてそんなことを零すと、バーテンダーが「そうですね」と相槌を打つ。

 違法に所持している魔道具をわざわざ見せつけては、軍などに通報されるリスク、他のコレクターや金目当ての泥棒から狙われるリスクが高まる。それなのにこうして他人が手に取れるようにしているのだから酔狂だ。

 まあ、ここにいるのは不特定多数の者ではなく、魔道具の所有者やホテルのオーナーによって選ばれた者たちなので、大きな心配はないのだろう。


「けれど、なんだかどれもパッとしないわ」


 ベルティーユはメニューブックをめくりながら、期待はずれでがっかりだとため息を吐いて見せた。

 メニューブックには魔道具の効果などの詳細が載っているのだけれど、ここにあるのは照明、コンロ、幻影を映し出す、物を浮かせるなどの、便利道具やちょっとした不思議体験ができる程度のものだ。


(まあ、わかってはいたけれど)


 それでも魔道具という希少価値から、手に入るわけではなくとも、大金と引き換えにでも使用してみたいと手を出す者が少なくはないらしい。お金を持て余している一部の富裕層の道楽である。


「どのようなものをお探しですか?」

「そうねぇ……」


 バーテンダーに訊かれて、ベルティーユはもったいぶるように考えているふりをする。実際にはすでに決めてから来ているのだ。


「例えば、顔を変えてしまうような魔道具はないの?」

「顔をでございますか」

「誰だって理想の顔ってあるでしょう? もちろん今のままでもわたくしは美しいのだけれど、自分の顔を変えてみたいわ。年齢を重ねたらしわが出てくるのでしょうし、それをなくすことが可能なら、いくらでもお金をかける価値はあるわね」


 期待に声を弾ませているのを装えば、バーテンダーは疑うことなく話してくれる。


「以前はございましたが、魔石の魔力がかなり減ってしまい使用回数が限られてきたので、現在貸し出しは行っておりません」

「あら、そうなの? どうしても?」

「はい」

「実物を見せてもらうだけでもいいのだけれど」

「所有者様のご意向でそのようなこともできず……申し訳ございません」

「残念ね」


 またもため息を吐く。それから再び考える素振りをした。


「そういえば、最近噂になってるわよね。ユベール公爵家の後継者が呪われたって。あれは利用できるのかしら」


 シメオンが一瞬動揺したけれど、幸いバーテンダーは気づかなかったようだ。この三人組で一番立場が上なのは真ん中の女性だとこれまでの会話のペースから察して、ベルティーユに集中している。大外れだけれど、ベルティーユが狙ったとおりの勘違いだ。


「呪いの魔道具は貸し出し用のメニューブックには載っておりません」

「それはそうよね。特に希少な効果の魔道具は誰かに使わせるより、自分で好きなように使いたいのが普通だもの」

「どなたか呪いたい相手がいらっしゃるのですか?」

「彼らが無駄に顔がよくて、女が寄ってきて仕方ないのよ」


 ベルティーユが両隣の男性陣に言及すると、バーテンダーは「なるほど」と頷く。


「それは困りますね」

「ええ。わたくしのものに手を出そうだなんて身の程知らずには痛い目に合ってもらおうと思ったのだけれど、使えないのなら呪いは諦めるしかなさそうね。火を放って顔を火傷させるとか、氷漬けにするとか、相手に害を与えるものはあるのかしら」

「攻撃性の高いものは過去に戦闘などで使用されていることが多く、発見されているのはすでに使えないものばかりです。今回ユベール公爵家の後継者に使用された魔道具も、唯一の呪いの魔道具なのだとか」

「全然いいものがないじゃない。つまらないわね」

「申し訳ございません」


 明らかにテンションが下がったように声を落とすと、バーテンダーが頭を下げた。ベルティーユは傲慢な態度で、メニューブックを見ながら投げやり気味に続ける。


「他には……瞬間移動ができるものや、――病を治すようなものは?」

「そちらは魔法時代でも使い手が少ない魔法だったそうですし、世界中でも発見されたのは一、二個程度なので……」


 そのとおりだ。病を治癒する魔法はそもそも珍しいので、魔道具も圧倒的に少ない。


「まあ、あったとしても教えてくれないわよね」

「いえ、決してそのようなことではございません。一応、病を治す魔道具に関してはあるにはあるのですが、すでに魔力が切れてしまっていて使えないとのことなのです」


 ベルティーユの気分を害してはいけないと弁明するバーテンダーに視線をやる。


「仲介役とはいえ詳しいのね。所有者が所有しているすべての魔道具を貴方たちに教えているとは考えづらいのに」

「そうですね。他の者は知らないことなのですが、私は所有者様のご子息と個人的に親しくしておりますので色々と知る機会がありまして」

(そうだと思ったわ)


 だからこそ、彼が対応してくれるであろう席を選んだのだ。実際に会ったことがあるわけではないので、記憶にある特徴と合致するバーテンダーに目をつけたのである。


「お客様がお美しいので、特別にお教えいたしました」

「あら、ありがとう」


 仮面で隠れているのに、美しいだなんてお世辞である。おだてれば機嫌が良くなるタイプだと判断したのだろう。

 慣れているという態度でお礼を言って、ベルティーユはメニューブックを閉じた。


「今回はやめておくわ。今後新しいものが入ったら教えてちょうだい」

「かしこまりました」


 メニューブックをバーテンダーに渡す。――と。


「おや。新しいお客様ですね」


 後ろから声がかかり、ベルティーユたちは振り返った。そこには、鼻から上が覆われている仮面をつけている男性が立っていた。


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