53.第五章四話
前の話を修正前に読まれた方すみません…!
ベルティーユはまだギリギリ14歳です。
準備を終えたベルティーユもローブを着用し、セットした髪が崩れないように慎重に、目深にフードを被った。仮面はジャンヌが持つトランクに入れてある。
ベルティーユもリュシアーゼルもローブで服装を隠しているのは、馬車までの移動中にどうしても使用人とすれ違うおそれがあるので、二人が仮面舞踏会に参加していたと服装から推測できないようにするためである。ユベール公爵家の使用人たちが仮面舞踏会に参加するはずはないので杞憂で終わるとは思うけれど、念のためだ。
使用人たちには髪色を変えているのはお忍びデートのためだと説明しているので、ローブについても同様の理由だと勝手に察してくれるだろう。
ベルティーユたちは家紋が入っていない質素な馬車で、主に使用人たちが利用する裏門から出発する予定である。出発の数十分前に家紋入りの馬車を表門から出し、記者たちの目をそちらに引きつける作戦だ。
隣街までは馬車で移動し、そこから列車でバザーヌホテルがある街に向かう。二つほど隣の領地なので、馬車だけでの移動は時間がかかりすぎてしまうのだ。向こうの街で使用する馬車は手配済みである。
リュシアーゼルは自身の評判が落ちることを望んではいるけれど、バザーヌホテルの仮面舞踏会に参加したと噂になるのは非常に望ましくない。あまりにもレベルが違いすぎるため、ベルティーユに気持ちがあるという噂を一瞬にして打ち消してしまうのが目に見えているからだ。
それに今回は黒幕に繋がる情報か何かを得られるかもしれない。あちらもリュシアーゼルを警戒しているであろうこともあり、徹底的に隠す方向で動いている。
護衛として同行が決まっているシメオンもフード付きのローブを着用し、ジャンヌも連れてベルティーユとリュシアーゼルは馬車へと向かった。
三人が馬車に乗り込み、ジャンヌは馬車の外から未だに心配が消えていない表情でこちらを見ている。
そんなジャンヌにベルティーユが微笑みかけると、ジャンヌは仕方なさそうに小さく笑った。
「お気をつけくださいね」
「わかってるわ」
「リュシアーゼル様」
「ベルティーユのそばを離れることはないし、他の者に指一本たりとも触れさせるつもりはない」
リュシアーゼルがそう断言すると、安堵と呆れが混ざったような顔でジャンヌが頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
ダミーの馬車が表門から出て二十分ほどが経過し、ベルティーユたちが乗る馬車も予定どおり出発した。尾行されていないか入念に確かめながら隣街へと進んでいく。
カーテンを閉めており外から中を見られることはないため、ベルティーユはフードを取っていた。
「会場ではお名前を呼べませんね」
馬車の中で繰り広げられていたのは、会場でお互いをどう呼ぶかという会話だった。本名で馬鹿正直に呼び合っては、変装や馬車移動の手間など、すべてが無駄になってしまう。
「愛称も安直だから、まったく違う名前にするべきだな」
名前の略称も本来の名前を連想されかねないため避けるべきだと結論づけ、何がいいかと三人で考える。
仮面舞踏会という場では、参加者は適当に仮の名を名乗ったりするものだ。普通にありふれた名前であったり、わざと有名な人物の名前を使ったり、あえて本名を告げて注目を集めたりもする。名乗らないことも珍しくはない。決まりはなく、そういう遊び心も自由な場なのである。
「シメオンはヴァレットでいいだろう。凝っても仕方ないしな」
「承知しました」
リュシアーゼルの提案に、シメオンは不満などなさそうにすぐ頷いた。ベルティーユは「うーん」と首を傾げる。
「でしたら、リュシアーゼル様は旦那様でよろしいですか?」
「…………そう、だな」
「まあ。よろしくありませんか?」
「いや、そういうわけではない。問題ない、ああ」
腕を組んだリュシアーゼルはそう繰り返す。明らかに微妙な顔をしていたけれど、いいと言うのだからまあいいのだろう。
「ベルティーユは……」
リュシアーゼルがベルティーユをじっと見つめながら考え込むので、ベルティーユはにっこりと笑った。
「とりあえず、シメオン卿は私を奥様と呼んでくださいね」
「おっ」
目を見開いたシメオンは、しかしこれは必要なことだと自分に言い聞かせるように小刻みに震えながら、「承知しました」と受け入れた。色々と堪えていることが窺える。
(お嬢様で通すこともできるのに、からかいがいがある人ね)
奥様呼びの衝撃が強すぎて、そこに思考が至っていないのだろうか。
ベルティーユを危険人物かもしれないと疑っている身としては葛藤があるだろうに、ベルティーユの要求を結局は聞き入れてくれるのだから本当に真面目である。それを隠せないところも素直だ。
複雑な表情のシメオンを一瞥したリュシアーゼルは、再びベルティーユを見据えた。
「私は貴女にレディと呼びかけるか」
「そうですね。無難に」
名前ではないけれど無事に呼び方が決まり、シメオンがはっとして「自分もそれでいいのでは?」という顔をしたけれど、ベルティーユが容赦なく黙殺した。
隣街の駅に到着し、三人は列車移動に移った。軽く雨が降っていたため、フードを被ったローブ姿の三人がそれほど目立たなかったのはありがたい。
その後も順調に目的の街に到着し、手配していた馬車でホテルまで向かった。
ホテルの近くまで来ると、ベルティーユはトランクからベール付きのヘッドドレスと仮面を取り出した。
ヘッドドレスのベールは目元までかかるもので、ベルティーユの珍しい灰色の目を隠すためである。仮面の目の部分もレースがついており、よほど近づかなければ目の色がわからないのは確認済みだ。
リュシアーゼルの瞳も紫で珍しいので、仮面の目の部分にメッシュ素材が使われているものを選んでいる。
視界が悪くなるのがデメリットだけれど、背に腹はかえられない。
「私がやろう」
「お願いします」
シメオンと並んで座っていたリュシアーゼルが、ベルティーユの隣に来た。ベルティーユに丁寧に仮面をつけ、ヘッドドレスもつける。リュシアーゼルとシメオンは自身で仮面をつけた。
そして数分後。
「――到着いたしました」
御者からそう告げられ、三人は馬車を降りた。