50.第五章一話(リュシアーゼル)
リュシアーゼルはとある街に出向いていた。殺害された商人の移動経路を詳しく調べていたアロイスから、黒幕に繋がるかもしれないものを発見したと報告があったからだ。
その街は殺害される前日まで商人が滞在していたことがアロイスの調べで確認されており、商人が利用した宿の部屋にメモが隠されていたという。警察にはまだ話していないそうだ。
リュシアーゼルとアロイスは人気のない街外れの空き家で落ち合った。そして、リュシアーゼルはアロイスから小さなメモを見せられる。
紙の切れ端に書かれており、急いでいたのか走り書きのメモだ。商人が残したものだろうとアロイスは見ているらしい。
「保険だな」
リュシアーゼルが抱いた感想に、アロイスも賛同する。
「自分が消される可能性を想定して証拠を残したのでしょうね。ただで殺されるつもりはなかったということか、もしくはあえて無関係の者に目を向けさせるための偽の証拠かもしれません」
裏切りに裏切りで返したか、裏切られてもなお忠誠心を見せたか。定かではないけれど、前者のほうが可能性としては高そうである。
「どちらにしろ、大物だ」
メモの内容はシンプルで、『D』と『公爵』のみだった。
単純に考えて、この二つをくっつけてDから始まる公爵家を指していると捉えるのが妥当だろうか。そうだとするなら、該当する家は一つだけだ。
ドルレアク公爵家。数代前に王女が降嫁した家であり、――ベルティーユの亡くなった母親の実家でもある。
「まあこれで、疑わしいベルティーユ様と黒幕候補が繋がっちゃいましたね。シメオンが聞いたらどんな反応をするか目に浮かびます」
アロイスの言うとおり、ベルティーユと黒幕候補には血縁という繋がりが発覚してしまった。疑惑を確定事項と見做すべき要素が増えたのだ。
解呪の魔道具の一件でベルティーユを疑っているシメオンは、このことを知ればやはりなと納得するだろう。
「ベルティーユと話したことに加えてこのメモを見て、お前の見解は?」
アロイスはすでに一度、ベルティーユとの顔合わせを済ませている。ただ、少しの時間ですぐに捜査に戻ったので、実際に会ってどう思ったのか、リュシアーゼルはまだ感想を聞いていない。
そのため第一印象も加味で訊ねると、アロイスは「うーん」と考え込む。
「商人の背後にいる者とテオフィル様を呪った黒幕が同一人物という前提で進めていいんですよね?」
「とりあえずな」
「ベルティーユ様は……リュシアーゼル様も感じたと思いますけど、あえて疑われるような言動をしていらっしゃるように見受けられました。そういう点は、黒幕の挑発的な部分に重なるところがあると思います」
商人殺害に偽装工作がなかったことで黒幕の性格を挑発的だと仮定しているので、アロイスの言葉も理解できる。
「シメオンの推理も捨てきれない、というのはありますね。ただ、動機が不明すぎます。ベルティーユ様と……ドルレアク公爵家もそうですけど、これまでユベールと関わりがほとんどありませんでしたし。まあドルレアク公爵家に関しては、ユベールを目障りに思っている可能性はなくもないですかね」
同じ公爵家だけれど、二つの家は交流が皆無に等しく、政敵でもない。ユベール公爵家は技術の発展に貢献してきた実績が評価されており、中枢の政治にはほぼ絡んでいないながらも強い権力を維持しているという、独特の立ち位置にあるからだ。
一方のドルレアク公爵家は、始まりが王家の血筋であり、血が濃くなりすぎないように調整しながら度々王家と婚姻を結んでいる。政治的な面においても、議会での存在感は並大抵ではない。
ドルレアク公爵家の現在の当主は女性だ。貴族の女性当主がかなり少数派の中、爵位が一番上である公爵家の女性当主というのは、女性の社会進出に強い追い風を吹かせている。彼女の政策も女性や平民、これまで弱い立場にいた者たちの権利を拡大していくものなので、国民からの人望も厚い。
ドルレアク女公爵の評判や人柄を考慮すると、黒幕とは考えづらい。――が、絶対にありえないとは断言できない。
表の顔と裏の顔を持つ人間など、珍しくないのだから。
「ベルティーユ様にお訊きします? ドルレアク家の者が黒幕ですかって」
「素直に教えてくれるかはわからないが、一応な」
ドルレアク公爵家の者が黒幕だったとして、ベルティーユにとっては身内にあたるので庇うこともありえる。しかし、ベルティーユと実家の関係性を知っているリュシアーゼルとしては、ドルレアク公爵家とベルティーユの仲についても疑問があった。
平穏な生活を送るためにリュシアーゼルと契約したベルティーユ。ドルレアク公爵家との仲が良好なら、そちらを真っ先に頼るのではないだろうか。リュシアーゼルに近づいたのがドルレアク公爵家の意向で、ベルティーユが従っただけの可能性は否定できないけれど……。
(彼女はそんな性格か?)
自問して、違う、とすぐに答えが出る。
リュシアーゼルの見る目がなくあの少女に騙されているのなら、この自問自答は無意味だ。それでも直感は揺らがない。
仮にベルティーユが黒幕について答えてくれなかったとして、それはドルレアク公爵家を庇うことが目的ではないだろう。
「ひとまず、この証拠どうします?」
アロイスはメモを見つめながらそう訊ねる。
「ドルレアク公爵家の者が黒幕だとしたら、警察に提出しても証拠を消されるかもしれないな」
「ですよね、こっちで保管しておくほうがよさそうな気がします。警察との捜査協力も今まで以上に慎重にならないと」
アロイスはメモを丁寧にハンカチで包んでポケットに入れた。
元から、黒幕は貴族だろうと踏んでいた。予想外の大物が出てきたので、更に気を引き締めなければならない。
「あ。リュシアーゼル様、これどうぞ」
アロイスが別のものを懐から取り出し、リュシアーゼルに差し出す。
「用意できましたよ、仮面舞踏会の招待状」
「ああ、助かる」
リュシアーゼルはそれを受け取った。相変わらず仕事ができる幼なじみでありがたい。
「ほぼ貴族の集まりですからね。招待客はかなり厳選されてるみたいで、入手するの苦労しましたよ。商人のほうの捜査もしてるっていうのに過重労働ですよ、過重労働。特別手当は弾んでくださいね。あと、この件が落ち着いたらしっかり休暇もらいますから」
「もちろんそのつもりだ。頼りにしている分普段からあれこれ頼みすぎているからな、手当も休暇もたっぷりやる。楽しみにしておけ」
要求があっさり過ぎるほど簡単に通ってしまったので、アロイスは意外そうな表情を浮かべた。そして、愉快そうに笑う。
「せっかくですから、休暇中にベルティーユ様をお誘いして外出するのもいいかもしれませんね。昔のリュシアーゼル様のこととかお話ししたら盛り上がると思いません?」
「調子に乗るな」
じろりと、リュシアーゼルは幼なじみを睨んだ。
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