前へ次へ
43/70

43.第四章四話(リュシアーゼル)


 ベルティーユについての話はひとまず終わりとなり、リュシアーゼルはアロイスに報告を頼んだ。

 彼が仕事で邸を離れていたのは、コラン警部を唆した商人の足取りを調べさせていたからだ。王都から手紙で指示を出したので、会うのは本当に久しぶりなのである。

 こうして戻ってきたということは、何か有益な情報を得たか、もしくは何も進展がなく経過報告に戻ってきたかになる。


「例の商人の足取りを調べていたところ、昨日遺体が発見されました」


 その報告に、リュシアーゼルとシメオンはわずかに瞠目する。


「間違いないのか?」

「王都を離れたあとの目撃情報がいくつかあり、一応の確認は取れていますよ。コラン警部……いえ、コラン殿にも確認を取るそうで、結果はこちらにも報告が来ることになっています」


 事件を起こしたため、コラン警部はすでに警察を解雇されている。警部と付けない呼び方が今は正しい。


「その遺体が本当に例の商人なら、消されたと見るべきだな」

「でしょうね。他殺みたいですし」


 コランが逮捕されたので、顔が知られている商人を裏にいる人物が消したのだろう。自分に辿り着く可能性を少しでも排除するために。


「商人に指示を出していた上の人間がいるかもしれないという情報は確かなようだな」

「となると、その上の人間がテオフィル様の呪いの件の黒幕っていう話も真実の可能性が高くなったね」


 シメオンの言葉にアロイスがそう続く。

 情報提供者がベルティーユであることは隠し、商人と呪いの件の黒幕に繋がりがある可能性があると共有はしていたのだ。


「――これって挑発っぽくないですか?」


 アロイスが疑問を口にすると、シメオンが眉を寄せた。


「自殺の偽装もせず殺害したのは、他に関わっている者がいると誇示しているようにも思える」

「絶対に捕まらないってたかを括ってるっぽいよね。プライド高そうっていうか、愉快犯って感じ」


 その考えは一理ある。慎重に見えて挑発的。黒幕がそのタイプだとしたら――どこかでボロを出してくれそうだ。





 三人での報告会が終わり、シメオンが執務室を後にして通常の業務に戻った。二人になると、アロイスは執務机に手をついて口角を上げる。


「シメオンはベルティーユ様を犯人の一味かもって疑ってるみたいですけど、僕は話聞いてて別のところが引っかかったんですよね」


 悪い笑みで、アロイスは問うた。


「リュシアーゼル様が惚れ込んで第二王子殿下からベルティーユ様を奪ったみたいなことでまとまってますけど、ベルティーユ様が解呪の魔道具の在処をご存じだったから婚約したんじゃないですか?」


 相変わらず鋭い幼なじみだと感心しながら、リュシアーゼルはベルティーユとの契約についてアロイスに話した。手紙で伝えなかったのは、可能性は限りなく低いものの、その手紙を誰かに見られてしまうことを恐れてだ。

 興味深そうに説明を聞き終えたアロイスは、「はーん、なるほど」と顎を撫でる。


「契約関係っていうのはシメオンに話さなくて正解だと思いますね。兄貴分として心配性ですから、絶対に何か裏があるってベルティーユ様を疑ってたでしょうし。まあ今も疑っちゃってますけど」

「そのうち話したいとは思っているんだがな」

「その前に契約終了になりそうですね」


 否定できないので、リュシアーゼルは黙り込んだ。


「で、話を総合すると、契約関係の割には相当大事にしてるみたいじゃないですか」

「恩人だから当然だ」

「ほんとにそれだけですか?」

「同情もないとは言わない」

「はいはい。わかってて違う答えですね」


 アロイスはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。


「それにしても、解呪の魔道具の在処に加え、行方不明者を誘拐してた犯人がコラン殿だったことやテオフィル様が呪われた経緯をご存じだったって、なかなかに怪しさ全開ですね」

「まあな」

「俄然興味が湧いてきました」

「無礼なことはするなよ」

「承知してますよ。リュシアーゼル様の大切な婚約者様ですからね」


 からかうような口調と表情にリュシアーゼルは眉間に薄らとしわを作り、しかし特に不満は告げなかった。


「お前には引き続き捜査に尽力してもらいたい。それと、追加の仕事も頼む」

「リュシアーゼル様のご命令とあらば、このアロイス、なんだってお引き受けいたしますよ」


 アロイスがやけに恭しく頭を下げているのはふざけている証拠だ。


「で、新しい仕事はなんです?」

「バザーヌホテルで開催される一番近い仮面舞踏会の招待状を入手してこい。私だと目立つから難しくてな。変装して私とベルティーユが参加するから、くれぐれもユベールの関係者だと知られないようにしてくれ」


 新しい仕事の内容を伝えると、アロイスはきょとりとした。


「仮面舞踏会の招待状?」

「ああ」

「仮面舞踏会って、ただ純粋に身分を忘れて楽しみましょうってまともなのもあれば、欲望のままに一夜の恋に溺れましょうってやらしいのもあるあれですよね。後者のほうが圧倒的に多くて、バザーヌホテルの仮面舞踏会もそっち方面だって記憶してますよ」

「らしいな。噂で聞いたことがある」

「婚約したてのお二人が、そんなところに参加するんですか?」


 仮面で顔を隠しているからなどと理由をつけ、身分を気にせず火遊びを楽しむ。そのために開催されることが多い仮面舞踏会は、刺激を求める若者や既婚者で溢れている大人の世界だ。

 パートナーを連れて参加しても、お互いに別の者と情熱的な時間を過ごす。政略結婚が多数の上流階級の者たちの息抜きという名目で、そんなことが当たり前に行われている場所である。


 ベルティーユからそこに参加したいので招待状を手に入れてほしいと頼まれた時、リュシアーゼルは自身の耳を疑った。動揺が隠せず、からかわれたのは苦い思い出だ。彼女はやはり年齢を偽っているのではないかと思うほどに容易く遊ばれた。


「彼女の希望だ」


 からかわれた時のことを思い出しながらムスッとして言うと、別の意味でリュシアーゼルが機嫌を損ねていると思ったのか、アロイスはわざとらしくはっと口元を隠す。


「まさか、結婚する前にリュシアーゼル様以外の男を知りたいとか?」

「憐れんだ目を向けるな」

「こんなに顔が良くて体も結構引き締まってるのに、婚約者様からはお気に召してもらえなかったんですね。お可哀想に」

「……殴っていいか?」

「冗談じゃないですか」


 アロイスが「落ち着いてくださいよ」と笑うので、その態度が余計にリュシアーゼルの怒りを上げる。


「よりによって、なんでそんな爛れた仮面舞踏会なんです?」

「ただ参加したいからとしか言われていない」

「……そうなんですね」

「だからその目をやめろ」


 手を出したくなる衝動を抑えるように、リュシアーゼルは腕を組んで椅子の背もたれに背中をつけた。


「ベルティーユのことだ。私を連れていくということは、そこに何か手がかりがあるのだろう」

「手がかりですか? もしかして黒幕の?」

「おそらくな」


 そうとしか考えられないと示すリュシアーゼルに、またアロイスが面白そうに笑みを見せる。


「だいぶ絆されてますね。そんなに信用できる方なんです?」

「信じているというのもあるが、簡単な推測だ」


 出会って間もないとはいえ、ある程度の時間をベルティーユと過ごしたので、彼女がどのような人間なのかはなんとなくわかっているつもりである。


「ベルティーユはのんびりとした平穏な生活を望んでいる。仮面舞踏会は真逆の空間だ。わざわざそのような場に参加するのは必要なことだからだろう」


 ヴォリュス山を購入したオークションのように、何か狙いがあるのは間違いない。


「黒幕の正体をご存じなんですかね、ベルティーユ様は」

「……私はそう思っている」

「だったら教えてくださってもよくないですか? なんで決定的なことを開示してくれないんですかね?」

「さあな」


 婚約者となり、様々な情報をもたらしてくれた美しい少女の顔を、リュシアーゼルは思い浮かべた。


前へ次へ目次