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41.第四章二話


 翌日、報告があるということでリュシアーゼルの執務室に呼ばれたベルティーユは、彼と向き合っていた。

 二人の間にあるテーブルにはベルティーユの好きな菓子類が並べられており、紅茶もある。用意したメイドはすでに退室していて二人きりの空間だ。

 遠慮なく紅茶を味わったベルティーユに、リュシアーゼルが話を切り出した。


「ヴォリュス山で見つかった財宝だが、今日中に邸の宝物庫にすべて運べそうだ」

「ありがとうございます」


 ヴォリュス山の調査をした際に護衛を担当していた者たちが、発見した財宝の運搬を担ってくれている。護衛として雇われている彼らの本来の業務内容には含まれていないのにありがたいことだ。リュシアーゼルから出されている給与とは別に、ベルティーユからも報酬を渡そうと考えている。


「すぐに換金するか?」

「そうですね、山の管理費に充てたいですし。返済期限はまだ先ですが、リュシアーゼル様からの借金の分も」


 決めている返済期限まではひと月以上あり、債権者のリュシアーゼルも金銭的に困っているわけではないので、早急な返済の必要はない。しかし、こういうことは早めに片付けておいたほうが安心だ。期限を二ヶ月にしたのも、念のために長めにとっておいただけである。


「返済なら宝石一つ程度でも構わないが」


 そう提案したリュシアーゼルは、ベルティーユが借りた金額には到底届かないような小さな宝石を選ぶつもりであろうことが察せた。必ず返済するとベルティーユが言い張っているためか、せめてもの抵抗手段としての提案のようだ。


「そこはきっちりしておきたいのです」

「……」


 案の定、リュシアーゼルは不服そうにこちらを見つめてくる。

 テオフィルの呪いの解呪に成功してから、リュシアーゼルのベルティーユへの甘やかしはより顕著になっているように思う。

 彼は呪いの件の黒幕捜査で忙しくしており、一緒に過ごす時間は決して多いわけではないのだけれど、不便なことはないか、要望があれば遠慮なく言えと、事あるごとに確認する。ジャンヌを通しても確認作業が入る。二人きりや、他に人がいてもオルガなど契約について承知している者だけの場合、つまり演技の必要がない時でも、常にベルティーユを丁重に扱い、優雅に完璧にエスコートしてくれるのだ。


(その点は私がユベールに来てから一貫しているけれど、明らかに過剰になっているのよね)


 若い女性の行方不明事件の情報提供への感謝、ベルティーユが家族や婚約者から冷遇されていた事実への同情、そしてテオフィルの命を救う可能性が高いという期待。それらが合わさって元からとても丁寧な対応をされていたのが、テオフィルの件の期待が満たされたことで更に数段上がっているのが身に染みている。勘違いではないはずだ。


(前回はどうだったのかしら)


 時間が戻る前、一時的に彼の婚約者の座についていたトスチヴァン伯爵令嬢にも、このように甘い態度をとっていたのだろうか。オークション会場で彼女を邪険にしていた姿を思い出すと、あまり想像ができない。


「ところで、ヴォリュス山の管理については問題ありませんか?」


 ベルティーユが話を変えて笑顔で問うと、リュシアーゼルはため息を吐き、ソファーの背もたれに上体を預けた。


「ユベール商会が責任を持って管理する」

「引き受けていただけるのですね、よかったです」


 山をベルティーユ一人で管理などできるはずもないので、当然委託になる。信頼できるところはと言えばやはりユベールなので、リュシアーゼルが経営しているユベール商会に任せることにしたのだ。


「ニフィ木の樹液や葉の取引もよろしくお願いしますね。東方の国には本当に驚くほど高値で売れますから楽しみです」

「ああ。最大限に利益を出すことに尽力する。契約書はまた後日」

「はい」


 ベルティーユがご機嫌にニコニコしていると、リュシアーゼルはテーブルの端に置いていたトレーに載っている白い封筒をベルティーユの前に置いた。


「こちらは?」

「サルドゥ子爵からだ」


 封筒を持って裏を確認すると、確かに差出人はサルドゥ子爵――ヴォリュス山の前の持ち主である悪徳高利貸しとなっていた。


「内容は想像できますね」

「そうだな。私が開けよう」


 リュシアーゼルに封筒を渡すと、慣れた手つきでペーパーナイフを使って開封してくれた。その封筒をお礼を告げて改めて受け取り、手紙を取り出して内容に目を通す。

 要約すると、ヴォリュス山を売ったのは間違いだ、返してほしいという、なんとも身勝手極まりないことが書かれていた。


「予想どおりすぎて面白みがありませんね」


 面白さを求めているわけではないけれど、もっと貴族らしい、大人らしいやり方をできないものなのだろうか。十四歳の小娘相手ならどうとでも言いくるめられると思い上がっている可能性も否定できない。


「私も読んでも?」

「ええ、どうぞ」


 リュシアーゼルも手紙を読み、「厚かましいな」と吐き捨てるように言う。まったくもって同感である。


 ヴォリュス山の価値を知らなかったサルドゥ子爵がこのような要求をしてきたのは、トスチヴァン伯爵がベルティーユたちへの腹いせで、サルドゥ子爵に入れ知恵したからだろう。

 ヴォリュス山のニフィ木が金のなる木だと知ったからには、お金が大好きなサルドゥ子爵が取り戻したいと考えるのも当然ではあるものの、選択している手がおかしすぎる。いや、悪質な手段で利益を得ている高利貸しなのだから、むしろサルドゥ子爵の感覚では正しく当たり前のことと言えるのかもしれない。


 時間が戻る前も同じような噂を聞いた。トスチヴァン伯爵がニフィ木で多大な利益を出すと、サルドゥ子爵が難癖をつけていたと。甘すぎる調査でヴォリュス山に価値がないと決めつけて売ったのは自分なのに、サルドゥ子爵はそういう人間なのだ。


 しかし、サルドゥ子爵にとっては不幸なことに、今回は相手が悪すぎる。

 山の所有者はベルティーユだけれど、ベルティーユはリュシアーゼルの婚約者で、オークション会場にはリュシアーゼルもいた。ユベール公爵家相手に直接喧嘩を売ったようなものだとサルドゥ子爵は理解しているのだろうか。

 ベルティーユもリュシアーゼルも、脅しに屈するような弱さは持っていない。権力を使って脅すことが容易なほうの立場にいるのだから、サルドゥ子爵など脅威でもなんでもないのだ。


「無視したところで強行突破で接触してきそうな方ですから、早めに対処しますね」

「いや、こちらで済ませる」


 対策は考えていたので実行するだけだと思っていたら、リュシアーゼルが引き受けると言い出した。


「お忙しいでしょう」

「これくらいはさせてくれ」

「ですが」

「私は貴女の平穏な生活を守るという契約だ。これはその範疇だろう」


 そのとおりである。勝ち誇ったようなリュシアーゼルの表情に、ベルティーユは思わず笑ってしまった。契約を上手く使われている。


「ふふ、わかりました。ではお任せします」

「ああ」


 リュシアーゼルは満足げに口角を上げるのだった。



  ◇◇◇


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