37.第三章十二話(リュシアーゼル)
魔道具を発見した場合、基本的には国に届け出ることが義務となっている。希少で歴史的価値があるためということはもちろん、危険な魔道具の可能性もあるので国が管理するのだ。有用なものであれば公共事業に使用されたりもする。
しかし、発見した魔道具を隠し持つ者がいるのが現状である。好奇心ゆえに所持をしているだけならそれほど害にはならないけれど、魔道具の性質を理解せずに使おうとして魔道具が暴発する事件がごく稀に起こるのだ。
更にたちが悪いのは、犯罪に利用する者だろう。
魔法使いが生まれなくなった時代では、魔道具は扱うのが非常に危険なものでありながら、超常現象を起こす便利な武器でもあるというわけだ。ほとんど防ぎようのない攻撃手段として用いられる。
今回テオフィルに使われた魔道具も、そのような違法所持のものだろう。
報告を終えたオルガには、テオフィルのそばについているよう言いつけて戻ってもらった。リュシアーゼルは地下牢へと続く階段を降りていく。
個人の邸の地下牢など、警察という組織ができた今ではほとんど使われることがない。リュシアーゼル自身、この階段を降りる日が来るとは思っていなかった。
階段を降り切って顔を上げると、牢の前に邸内の警備を担当する者たちが二人、険しい表情で立っていた。リュシアーゼルに気づいた彼らはさっと頭を下げる。
リュシアーゼルは無言で歩み寄り、牢の中に視線をやった。
両手足を縛られて座っている使用人――いや、元使用人。若い男だ。ここで働き始めて二年ほどだっただろうか。特に問題行動は確認されておらず、仕事には真面目に取り組んでいた男だったと記憶している。
男の頬は腫れていた。取り押さえる時か、尋問のためか、警備の誰かが殴ったのだろう。
その男の目がリュシアーゼルを捉えて、ニタリと不気味に笑う。
「公爵様、ようやくご到着ですか」
憤慨に顔を染めているリュシアーゼル相手に恐怖するでもなく、笑ったのだ。
牢の中に入ったリュシアーゼルは男の胸ぐらを掴み上げた。息苦しいのか男がぐっと眉を寄せるけれど、この男の呼吸に配慮する必要は微塵もない。
「あの腕輪は魔道具だな。今すぐ外せ」
「こっわいなぁ」
ヘラヘラした笑みはリュシアーゼルの神経を逆撫でする。
「いいんですか、こんなとこに俺をぶち込んで。公爵様ともあろうお方が私刑に走る気で?」
「無論、そのうち軍に引き渡す。魔道具の入手経路を判明しなければいけないからな。――それまではお前の言うとおりだ」
私刑は犯罪である。しかし、公爵であるリュシアーゼルにはその事実を握りつぶす力がある。
「私は公爵だからな。これほど権力に感謝する日もそうそう来ないだろう」
褒められた権力の使い方ではないし、嫌厭されることだけれど、そんなのはどうでもいい。テオフィルを救うためならなんだってする。
「あれを外せ」
「必死だなぁ。そんなにあのお坊っちゃまが大切なんですか? あいつさえいなきゃ、公爵位はそのままあんたのものなのに」
「私は公爵という地位には興味がない」
凄んでもやはり男は怯まない。命が惜しくないのだろう。殺されても構わないと、そんなふうに思っているようだ。
この手のタイプから情報を聞き出すのは苦労すると、リュシアーゼルは知っている。焦りが募り、手に力が入る。
「無駄話で時間を稼ぐのはやめろ」
「別に時間稼ぎのつもりはねぇよ」
こちらを見下すように偉そうに顎を上げた男は、愉快そうに口角を上げた。
「俺は優しいんだ。あの魔道具について教えてやるよ、公爵様」
尊大な態度は気に食わないけれど、魔道具について話すというのなら止める理由はなかった。
「お察しのとおりだとは思うが、あの魔道具は呪うためのもんだ。箱と腕輪、二つで一つのセットなのさ。箱には呪いたい相手の体の一部を入れて、腕輪は本人につける。それで呪いが発動する」
二つで一つの魔道具は、それほど強力な効果を及ぼす代物であると考えられる。
「腕輪をしてるほうの腕に薄ら黒斑ができてる頃だろ? あれが一年かけてゆっくり全身に広まって、長く苦しみながら死ぬ」
この男の言葉を信じるなら、今すぐにテオフィルが死ぬことはない。けれどそれは、安心できるということでは決してなかった。時間がいくらあっても解呪できなければ意味がない。
腕輪を下手に外そうとすると呪いが強まるおそれがある。迂闊に触れることができない以上、解呪方法を聞き出すか、解呪の魔道具を手に入れなければならない。そして、後者は現実的ではない。
「魔道具を止めろ」
「そんなことするわけねぇだろ」
男が要求を受け入れるわけもなくそう言い放ったので、リュシアーゼルは男の体を押すように胸ぐらから手を離した。男は「ぐっ」と呻きながら床に倒れる。投げ出された手を、リュシアーゼルは軽く踏んだ。
「私は慈悲深くないぞ」
「拷問するなら好きにしろ。俺は何されてもしゃべんねぇ」
案の定、脅しに屈しない。嘲笑すら浮かべる余裕さがある。
「あんたの甥は、一年後に死ぬんだ。一年ずっと苦痛に苛まれて命を落とす。何もできない自分の無力さをせいぜい思い知るんだな!」
吐き捨てた男は宣言どおり、何をされても何も吐かなかった。
そして翌日、地下牢の中で死んでいた。自殺だった。
手がかりを、失ってしまった。
ベッドで眠っているテオフィルの顔を眺めながら、リュシアーゼルは悔しさに震えていた。
呪いにはムラがあるようで、今は症状が落ち着いており、テオフィルはようやくまともに眠れている。しかし、全身の痛みや倦怠感、熱といったものが、またいつテオフィルの身を襲うかわからない。その恐怖が常に付き纏っているはずだ。
「――くそ」
死んだ男が望んだように、リュシアーゼルは己の無力さに心底腹が立っていた。
今回のことは、あの男が一人で企てたこととは思えない。わかっているのに、手がかりがない。
男の口振りからして、憎悪の対象はリュシアーゼルのようだった。あの男の企みに気づけずこの邸に置き続けたことも重なって、テオフィルはこんなにも苦しんでいる。リュシアーゼルのせいで。
(なんとしてでも)
必ず助ける。そう決意して必死に調査をしても手がかりは何もなく、時間だけが過ぎていった。
聡いテオフィルがリュシアーゼルを拒絶するようになるのに、十分すぎる時間だった。
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