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35.第三章十話


 なんとも言えない空気が流れる。それはそうだろう。現代では滅多にお目にかかれない古代魔法文字で書かれていたのが、魔法などまったく関係なさそうな内容だったのだから。拍子抜けにもほどがある。

 リュシアーゼルも護衛たちもぽかんとしており、ベルティーユは戸惑いながらも先を読み進めた。


「『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の、動物は、なんでしょう』『同じ年、同じ月、同じ日に、同じ親から生まれた、兄弟、なのに、双子じゃない。どうしてでしょう』……えっと、その後もなぞなぞやクイズですね」

「意味がわからん」

「同感です」


 なぞなぞやクイズであることは理解できる。しかし、それがなぜここに刻まれているのか、理由がまさに謎だ。そのせいで不安な気持ちが湧き出てくる。


「私の解読が間違っているのでしょうか……。それとも、暗号か何かでしょうか」

「ここまできちんと意味が通じているのだから、解読は間違いではないと思いたいな。暗号という可能性はありそうではあるが……」


 なぞなぞやクイズそのものが暗号なのか、答えが暗号なのか、両方を組み合わせて解くのか。逆行前にはそこまでの詳細は新聞等で取り上げられていなかったのでわからないけれど、ひとまず時間がかかりそうな覚悟をしながら最後まで読もうと目を通していくと。


「あ」

「どうした?」

「最後から数えて三段目だけなぞなぞではないようで、『赤と青を入れ替えろ』と書かれています」


 なぞなぞでもクイズでもない文章はまともなはずなのに、この中に並んでいると異質に思えた。


「赤と青……」


 呟いたリュシアーゼルが視線を上げ、ベルティーユや護衛もその視線の先を見る。

 石造りの扉には左に赤い石、右に青い石が埋め込まれている。

 刻まれている文言はそれを指しているのだろうと推測したリュシアーゼルが、二つを外して入れ替えた。すると、ゴゴゴと地面が振動し、音が響き、扉が自動で開く。


「開いたな」

「開きましたね、あっさり」

「これだけか」

「そのようですね」


 あのなぞなぞはなんだったのだろうかと、口には出さなかったものの、心の中の声が一致したのを皆が感じた。

 気持ちを切り替えて護衛二人が先に扉の奥へと立ち入り、ベルティーユたちが後に続く。


「これは」


 扉と同じく石材が使用されたその空間は、奥へと導くように両脇に柱が並んでおり、柱の松明に勝手に火がついて明るくなった。おそらく扉と同じように魔法によるものだろう。

 奥のほうにある二段上がった高さの床に、金貨や宝石類が無造作に置かれているのが見える。ベルティーユ以外がその光景に驚愕していた。


 トスチヴァン伯爵がこの場所を見つけた逆行前。どれほどの量の財宝が発見されたかは公開されていなかったものの、彼はあまり多くはなかったと発言していた。

 しかし、今目の前にある量から考えて、換金すれば一生は遊んで暮らせそうなほど価値がありそうだ。


「この土地は遥か昔、名のある魔法使いの所領だったという記録が残っています。財宝はその魔法使いの隠し財産とでも呼べばいいのでしょうね」


 記録は未来で国王から教えてもらった話である。この場所が発見されたことがきっかけで、第二王子の婚約者だったベルティーユにも開示された。


「魔法使いの隠し財産……」

「返済すると言ったでしょう?」


 この山の所有者はベルティーユだ。つまり、この財宝もベルティーユのものになるということ。

 これだけの財宝があれば、ヴォリュス山を購入するために借りたお金を返済しても、離婚後の生活費には一切困らない。そう納得せざるを得ないだろう。


「貴女はなぜ、この場所のことを……」

「秘密ですよ。きっと、これから先もずっと」


 にっこりと笑顔で答えたベルティーユは、財宝が乱雑に積まれている場所まで歩いてしゃがみ込んだ。剥き出しの財宝に囲まれている宝箱があり、気になったのだ。

 鍵はかかっていないようで、ベルティーユはそっと蓋を開ける。

 宝箱の中身は書物だった。たった一冊だ。それしか入っていない。てっきり解呪の魔道具が保管されていると思っていたのに外れてしまった。


 丁重に書物を持ち上げて開いてみると、それが日記であることがわかった。魔法用の古代魔法文字ではなく、ただの古代文字で書かれている。


『最近、娘がなぞなぞというものにハマっているようだ。新しく雇った娘付きの侍女から教わったらしい。彼女は物知りで、妻にも気に入られている。娘も妻も彼女と話している時のほうが楽しそうで寂しい』

『娘が私より侍女の方が好きだと言っていた。寂しい。私の娘の心を奪うとは、なんと忌々しい侍女だろうか。寂しい』


 たまたま開いたページに愚痴が集中していただけなのか、寂しいという言葉が目立った。日記の持ち主である魔法使いは、娘と妻にとても深い愛情があったようだ。


(なるほど……。扉のあれは、家族への愛情の表れなのかしら)


 娘との思い出を扉に残したのだろう。なぜなぞなぞを選択したのかは正直なところ理解不能だけれど、この場所を作った魔法使いにとってはとても大切だったということだ。

 パラパラとページをめくっていって、ベルティーユは気になったところでページを止めた。


『私が出かけている間に、私を敵視する魔法使いが娘に呪いをかけようとしたらしい。それを庇った侍女が呪いを受けてしまった。彼女のことは気に食わないが、娘の命の恩人だ。私がヤツへの対処を誤り、恨みを買ったせいでこのような状況になったのだ。必ず助けなければ――……』


 侍女が娘の代わりに呪いを請け負ってしまった。

 それで魔法使いは、自ら解呪の魔道具を作成したようだ。


 ベルティーユは積み上げられた財宝を確認していく。見覚えのある手のひらサイズのそれらを取って立ち上がり、リュシアーゼルに差し出した。


「どうぞ、リュシアーゼル様」

「……これが魔道具なのか?」

「はい。解呪の魔道具です」


 手にのせられた魔道具を見ながら、リュシアーゼルは息を呑んだ。



  ◇◇◇


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