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30.第三章五話


 領民に重税を課し、豪華絢爛な生活を送っていたことで有名だったマソン伯爵家。しかし一家の欲深さは収入を遥かに上回る勢いで加速していき、帳簿の改竄、賄賂など、不正が当たり前となった。更にはあちこちに借金までするようになり、そして返済能力がないばかりに、いよいよ首が回らなくなったのである。財産は差し押さえられ、数々の不正の発覚により伯爵と夫人、その他関わったものたちは逮捕された。


 マソン伯爵は所有していたヴォリュス山を担保に、サルドゥ子爵からも借金をしていた。その借金が返されることはなかったため、ヴォリュス山は現在サルドゥ子爵が所有している。

 しかし、その山はほとんど不動産としての価値がない山である。生えている木は建築や家財道具の材料には向かないものなので林業は成り立たず、住宅を建てるにも向いていない土地。加えて、雑な管理で荒れ放題。

 サルドゥ子爵は山の特性をまともに調査することなく担保として受け入れ、マソン伯爵に高い利子でお金を貸した。結果的に使い道のない山が手に入っただけで採算は取れず、少しでも損失を補填しようと、なるべく高く山を売るためにオークションでの売買を決めたのだ。


「お目当ての山は普通の山というか、だいぶ問題のある山だったと思うが……」


 ユベール公爵領に移り住んでから約二週間。オークション会場に向かう列車の一室で、ベルティーユとリュシアーゼルは向かい合っていた。

 オークションにはリュシアーゼルも同行すると言って聞かなかったので、一緒に参加することになったのだ。


 ベルティーユがどの山を購入するつもりなのかを話したので、先ほどのリュシアーゼルの言葉が出てきたのである。

 ベルティーユがリュシアーゼルから借りた小切手の額は、少し高い山が買える程度。ヴォリュス山は最低限の価値しかないような山なので、彼の疑問はもっともだ。


「マソン伯爵もサルドゥ子爵も、ろくに山の調査ができない無能な方々でありがたいです。十分な賃金を支払っているとは思えませんし、調査隊にやる気がなかったのでしょうね」


 声音は穏やかながらも辛辣な物言いは、私利私欲に溺れた者たちへの軽蔑が顕著に表れていた。

 自分たちの豪奢な生活のために領民を蔑ろにし、不正に手を出したマソン伯爵。悪徳高利貸しのサルドゥ子爵。――そして、時間が戻る前にヴォリュス山を購入した者。ベルティーユは彼らが入手できるはずだったものを奪うためにオークションに参加する。


「オークションに興味はなくとも、なんだかんだで楽しみになってきました」

「何か他に欲しいものが出品されていたら買おう」

「リュシアーゼル様、お忘れですか? 甘やかしすぎはよくありません」


 そんな会話を繰り広げながら、オークションが開かれる街に到着した。

 今回のオークションはそれほど大規模ではないけれど、参加者の中には富裕層の姿も多い。つまり貴族がいる。

 ベルティーユはつばの広い帽子で顔が多少は見えにくくなっているけれど、リュシアーゼルはそのご尊顔が丸出しだ。


「あれはユベール公爵では?」


 オークションが開催される建物の近くで案の定気づかれてしまい、そんな声が聞こえてきて周囲のざわつきが次第に大きくなり、あっという間に注目の的になる。


「ということは、隣の女性はラスペード侯爵令嬢か?」

「レジェ伯爵家の養子になったと聞いたぞ」


 必然的に、ベルティーユの正体にも気づかれてしまった。

 急な婚約で渦中の人となっている男女だ。避けることのできない流れであり、容易に想像ができていた。


「変装すべきだったか」


 リュシアーゼルが鬱陶しそうに零す。


「外でも仲良しアピールをしたほうが想い合っている婚約者の信憑性が増す、と仰ったのはリュシアーゼル様ですよ」


 リュシアーゼルと腕を絡めて歩いているベルティーユは、婚約者との距離をもう少し詰める。


「ついでに、呪いに苦しむ甥を置いてデートをすることで評判も落ちて一石二鳥だとも仰っていましたね」


 その狙いどおり、嘲っている表情の者たちが多い。ずいぶん楽しそうである。ただの軽蔑ではなく嘲笑というところが貴族らしい。


「まあ、このデートはテオフィル様のためでもありますけれど」


 そして、ベルティーユのためでもある。


「――リュシアーゼル様!」


 意外にも特に話しかけられることなく、建物に入り、廊下を進み、オークション会場の入り口の前についたところで。二人は女性の声に歩みを止めた。

 声がしたほうを確認すると、初老の男性と若い女性――ベルティーユより少し年上くらいの少女が、こちらに歩いてきていた。


「お久しぶりです」

「ああ」


 頬を仄かに赤く染めながら、嬉々として少女はリュシアーゼルに挨拶をする。一方のリュシアーゼルは素っ気ない返事だったのに、少女は気にならないようだ。

 礼儀を守っていない振る舞いは、リュシアーゼル相手であれば許されるという慢心から来るものだろう。


「リュシアーゼル様がいらっしゃるなんて、お父様について来て正解でしたわ」

「そうか」

「何をお目当てにご参加を? よろしければわたくしからプレゼントさせてくださいませ」

「こらこら、失礼だぞ」


 男性が少女を止める。

 二人は親子だ。トスチヴァン伯爵とその娘。ユベール公爵領の隣がトスチヴァン伯爵領なので、リュシアーゼルとは付き合いが長いらしい。


「申し訳ございません、公爵。娘は公爵にお会いできたことが嬉しいようで」


 トスチヴァン伯爵令嬢は、リュシアーゼルに恋心を抱いている。隠そうともしていないし、ここまでわざとベルティーユに触れていないのは明白だ。

 トスチヴァン伯爵も、娘とリュシアーゼルの結婚を望んでいる。王家さえも顔色を窺うユベール公爵家を逃したくないのは当然で、こちらもベルティーユが視界に映っていないような態度が露骨だ。


(気を引きたいのでしょうけれど)


 ベルティーユは婚約者を一瞥する。


「厳しく教育し直すことが必要なようだな」


 彼は冷然と、トスチヴァン伯爵と娘にそう告げた。すると親子はびくりと肩を揺らし、目を見開く。


「リュ、リュシアーゼル様?」

「名前で呼ぶことは許していないと何度も注意しているのに改める気配がないのは、ご令嬢の記憶力の問題なのか? 婚約者がよからぬ誤解をしたらどうしてくれるんだ。デートの邪魔をするな」


 うんざりしたため息を吐いたリュシアーゼルは、ベルティーユを優しく引っ張るようにオークション会場に立ち入り、親子を放置するのだった。


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