24.第二章十三話
翌朝。食堂を訪れたベルティーユに、ジョルジュが深く頭を下げた。
「ベルティーユ様、本当に、本当にありがとうございます」
感謝を真摯に伝える彼の姿は、一人の祖父としてのものだ。孫が行方不明になっている間、ずっと気が気ではなかっただろう。
昨夜は被害者の女性の休息を優先したこと、もう遅いからと早々に解散になったこともあり、お礼のタイミングがこの場になったらしい。
「お孫様が無事でよかったです。私は知っていることをお話ししただけですから、それを信じて行動してくださったリュシアーゼル様や貴方の決断が、被害者たちを救ったのですよ」
自力で手に入れた情報ではない。ベルティーユは三年後まで生きていた記憶があるだけなのだ。
こんなにも感謝を向けられるべき人間ではないと居心地悪く思っていると、昨日と同じく先に座って新聞を読んでいたリュシアーゼルの声が届く。
「犯人からの報復を恐れ、情報を持っていても口を噤む者はいる。誰だって自分が可愛いものだ。貴女が証言をすると決めたのは英断であり、謙遜は不要だと思う」
確かにそういうことはあるだろうけれど、今回に限っていえばそれは杞憂でしかないことも、ベルティーユは承知しているのだ。コラン警部は終身刑になるので報復の機会などないし、彼の性格的にもありえない。
「私はただ、リュシアーゼル様に庇護してもらうために必要なことだから動いただけですわ。結局は利己的な理由で、たまたま誰かを救う結果に繋がったにすぎません」
「……持ち上げられるのを望んでいないのはよくわかった。ジョルジュ、もう勘弁してやれ」
主人からの命令に、ジョルジュは物足りなさそうにしながらも引き下がった。
「では、現段階で判明していることをお聞かせ願えますか?」
席について、ベルティーユはリュシアーゼルにそう訊く。
まだ事実確認はできていないと前置きをして、リュシアーゼルは話し始めた。
逮捕されたコラン警部は抵抗も黙秘もせず、大人しく犯行の動機を語っているようだ。
コラン警部には娘がいた。赤茶色の少し癖のある髪を持った、溌剌とした少女だったらしい。しかし彼女は二十歳の時、病で息を引き取った。それが五年ほど前のことだ。
妻にも先立たれていたコラン警部は、一人娘を失ってから抜け殻のように色褪せた日々を過ごし、――ある日、偶然知り合った商人からこんな商品があると紹介されて出会ってしまった。死者を蘇らせることができるという魔道具に。
商人曰く、死者の蘇生に必要なのは、同じような見た目の者の命。それも最低十人分だけれど、確実に成功するとは限らない。生贄の人数が多ければ多いほど成功の確率はぐんと上がるとか。
真偽は定かではないものの、コラン警部は娘が生き返るかもしれないという希望に縋った。魔道具を購入し、警察の人間という立場を利用して相手の警戒心を解き、巧みに赤茶色の髪の二十歳前後の女性を誘拐し始めた。また、捜査を混乱させるため、駆け落ちや家出が急増しているというデマを流し、若者たちが実際にそのような行動に走るよう仕向けたのだ。
生贄は生きたまま、まとめて魔道具の糧としなければならないということで、コラン警部は誘拐した女性を監禁していた。だから被害者は全員無事だったのである。
(逆行前に得た情報と相違ないわね)
リュシアーゼルの説明を聞きながら、ベルティーユは記憶と照らし合わせていく。
「魔道具が本物かどうかはこれから調べなければならないが……死者蘇生など、にわかには信じがたいな」
「偽物でしょうね」
「だろうな」
本物の魔道具ではあるらしいけれど、死者蘇生ではなく幻覚を見せるタイプの魔道具だったはずだ。しかも、すでに機能を失っているため使うことができない。
そもそも、死者蘇生の魔法など過去にも存在していない。もちろん記録として残っていないだけということも考えられるけれど、死者蘇生は魔法の禁忌とされており、研究すること自体が重罪だったと魔法関連の書物には記されている。
(それを言えば、時間を戻すこともそうなのだけれど……)
時間に干渉する魔法も禁忌の一つ。しかし、もしもその魔法が存在していたとしたら。時間が戻るなんて魔法でもありえないと思っていたけれど、ベルティーユや世間が知らないだけで、実際には可能なのだとしたら。
(そのような魔道具があったということ?)
あったとして、誰が使ったのか。なぜベルティーユには時間が戻る前の記憶があるのか。
魔道具を使用した者にも、果たして記憶はあるのだろうか。
「――可能性はほぼゼロに近いとわかっていても賭けるほど、コラン警部は心が弱っていたのだろう」
思考の海を揺蕩っていたベルティーユは、リュシアーゼルの声で現実に引き戻される。
時間が戻る前のコラン警部も、十人の生贄を揃えることを達成する前に捕まった。法廷に立った彼は、捕まって安堵したと証言していたという。止まれなくなって進み続けていた彼は、誰かに止めてほしいとも思っていたのだろう。
結果的に被害者全員、大きな怪我もなく生きて助け出されたけれど、逆行前も今回も、彼女たちに消えないトラウマを植え付けた。コラン警部の行いは許されるものではない。
「そこにつけ込んでコラン警部を唆した商人も捕らえたいが、とっくに王都を離れており行方がわからないと、警部はそう言っているそうだ」
「それは事実ですね」
「……ベルティーユの情報と照らし合わせて、その商人が甥の呪いの件の黒幕、あるいは黒幕と繋がっていると見ているが、合っているか?」
「おそらく合っているのではないでしょうか」
曖昧な言い方をするベルティーユに、リュシアーゼルはため息を吐いた。
「なぜ知っているのかと訊いても、貴女は情報源を教えてはくれないのだろうな」
「あら。私は合っていると断言はしていないので、知っていることにはならないかと思うのですけれど」
「……」
散々確信している素振りをしておいて今更何を言っているんだ、と呆れ気味に訴えてくるのは、彼の口ではなく紫の瞳だった。そして、彼は再びため息を零す。
「貴女は得体が知れないが、そばに置いて見張っておくのがよさそうだ」
「まあ。ふふ、酷い仰りよう」
ベルティーユが笑うと、リュシアーゼルは頬杖をついた。
「ともかく、これで貴女の情報が正確であることは証明された。約束どおり、契約を交わす準備に入ろう」
「よろしくお願いしますわ」
それからは、契約の内容についての会話へと移り変わった。
順調に余生への準備が進んでいる。
(あとは……)
金髪碧眼の王子様が、ベルティーユの頭の中に浮かんだ。