16.第二章五話
「甥御様が呪いをかけられたのは確か、三ヶ月ほど前でしたね。呪いに使われた魔道具は保管にも使える装飾が施された箱と腕輪、二つで一つのもの。箱には呪いをかけたい相手の体の一部……例えば髪の毛数本などを入れ、腕輪は本人に身につけさせると発動するタイプ。被呪者は体力を奪われ、体に黒斑ができ、高熱が出て悪夢に魘され、一年もかからぬうちに命を落とすのですよね」
リュシアーゼルとジョルジュが目を見開く。
「甥御様の髪を手に入れて腕輪をつけたのは公爵家で働いていた若い男性の使用人で、牢に入れたものの翌日には死体となって発見されたとか。状況から見て自殺ということですけれど、裏で誰かが糸を引いているのは明らかですね。魔道具を使用人に渡して甥御様を呪わせた者がいるということです。そして、それが誰なのかはまだ判明していない状況」
情報を整理するように淀みなくそこまで話して、ベルティーユは「合っていますか?」と訊ねる。
すると、驚愕で固まっていたリュシアーゼルが警戒心を剥き出しにした。
「魔道具の詳細も犯人についても、ましてや犯人が死んだことも公表していない。どこで知った?」
威圧感のある雰囲気と低い声は、彼が今にもベルティーユに剣を向けたくなるような衝動を抑えていることが窺えた。
「秘密ですわ」
ベルティーユはゆったりと微笑む。
情報は、一度目の人生でベルティーユが王族の婚約者だったからこそ耳に入ってきたものだ。これほどの仔細は表には出なかった。
「そこまで詳しいと自分が犯人だと疑われる可能性は考えなかったのか?」
「もちろん承知しております。誓って私は犯人ではありませんけれど、ここまで話せば、解呪の手立てがある……解呪の魔道具のありかを知っている、という話にも信憑性が出てくるでしょう?」
「持っているわけではないのか」
「奪われては困りますもの」
隙を見せず、情報量も多いベルティーユのほうが、会話の主導権を握っている。それを実感しているからこそリュシアーゼルはもどかしく、しかし確実に情報を手に入れるために冷静であろうと努めているようだった。
ベルティーユが犯人でもそうでないとしても、確実性の高い情報を持っていることは明白で、何か狙いがあることもリュシアーゼルは察している。この交渉が頓挫することは避けたいだろう。
本当ならどんな手段を使っても、ベルティーユが知っていることを全部この場で吐かせたいはずだ。彼は甥をそれほど大切に思っている。今では彼の唯一の家族であり、兄夫婦の忘れ形見でもある少年を。
「もう一つ、信じていただくための情報提供をしたいと思っています。こちらも呪いの件と関わりがありますので、私の情報の正確さを証明することになるかと。いかがですか?」
「……聞かせてくれ」
そっと目を伏せて少し考えてから、リュシアーゼルはベルティーユと目を合わせてそう口にした。
「公爵閣下が魔道具探しを一時的に中断してまで対応にあたっている、若い女性の行方不明事件に関する情報提供です」
最近、国内、特に王都とその周辺の領地で若い女性の行方不明者が増えており、警察は誘拐事件として捜査を進めている。そして、被害者の一人がユベール公爵領の領民だったために、リュシアーゼルも捜査に協力することになり、王都に滞在しているのだ。
一度目の人生で、ベルティーユは新聞でこの事件のことを知った。犯人が誰かも、犯人の目的も覚えている。
駆け落ちや家出など、世の中で行方不明になる者がかならず事件に巻き込まれているとは限らない。事件が起こっている間にも自らの意志で姿を消した若者がいたので、それが捜査の混乱を生んだ。今回の事件の被害者には共通点があるのに、その判明が遅れてしまったのである。
「この事件ですが、被害者は全員、少し癖のある赤茶色の髪を持つ二十歳前後の女性です」
「……黒髪や茶髪もいたはずだが」
「彼女たちはこの事件とは関係のない人たちです。家出など個人的な事情による失踪、もしくは別の事件事故の被害者でしょうから、この事件の被害者リストから省いてください」
「なぜ断言できるんだ?」
「秘密です」
情報源について教える気はないことを隠さず、笑顔で言及をかわす。
「とにかく、被害者にはその共通点があります。被害者の中に赤茶色の髪が多いというのは、捜査関係者も感じ始めていたことかと」
この国では決して珍しくない、むしろありふれた髪色。割合として多くなっても不思議はないけれど、誰かしらは疑問に思っていただろう。
「そして、犯行ペースは大体、半月に一人」
何人目の被害者がいつ攫われたのか、さすがに日付までセットですべてを細かく覚えてはいないけれど、八人目の被害者の日付は覚えている。唯一、ちょうど月末に行方不明になったのだ。双子の兄たちが六月生まれで二十歳になったばかりの頃だったので、それも記憶に残る要因の一つだったのだろう。
そして今日は、六月二十九日。次の犯行は明日だ。それが、ベルティーユが今日どうしてもここを訪れたかった理由の一つでもある。
「――犯人は捜査を担当しているコラン警部です」
「……なんだと?」
リュシアーゼルの目が見開かれる。
驚くのも当然だろう。人攫いの犯人が捜査を取り仕切っている警察の人間だなんて、そう簡単に信じられることではない。だからこそ、前回の人生ではこの事実が明らかになると新聞で長い期間、大々的に扱われた。
「早急に彼に監視をつけることをおすすめしますわ。犯行ペースを考慮すると、数日以内に再び女性を攫う可能性は高いですから」
「その言葉に責任は持てるのか?」
「私は知っていることをお話ししているだけです」
少々険しい表情になったリュシアーゼルだったけれど、それほど時間をかけずに決断を下した。
「ジョルジュ」
「手配いたします」
リュシアーゼルが名前を呼んだだけでその意図を汲み取ったらしいジョルジュが、一礼して部屋を後にする。可能性の一つとして、ベルティーユの言葉をひとまずは信じてくれるようだ。
「犯人が本当に警部なら、なぜ警察に情報提供をしなかったのかは理解できる。甥の呪いと関係があるということは、警部が黒幕なのか?」
「それはコラン警部が捕らえられたらわかることかと」
決定的なことは告げなかったけれど、リュシアーゼルは軽く頭を下げた。
「情報提供、感謝する」
感謝を向けられて、ベルティーユは瞬きをする。
「まだ警部が犯人だとは確定しておりませんけれど」
「貴女の言葉に虚言はない。この目で見て、そう感じた」
真摯な眼差しだ。紫の双眸から敵意に近い色が消えている。
「隠していることはかなりありそうだがな」
「……ふふ、確かに。警戒心は解かないことをおすすめしますわ」
打算があって、ベルティーユは彼に情報を与えた。純粋な善意ではないので、ただありがたがられるだけでは居心地が悪いだろう。少し疑われているくらいがちょうどいい。
「それで、貴女が見返りとして求めているものが何かを教えてほしい。テオ……甥のためなら、私のすべてをかけて貴女が望むことを叶えると誓う」
「言質はとりましたよ?」
「ああ」
リュシアーゼルが真摯に頷くので、ベルティーユはとびっきり綺麗な笑顔を見せて言った。
「――私と結婚してください、閣下」