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番外編:乙女と好漢と花畑

なんとなく思いついて

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の設定でのワンシーンになります。

 どこまでも広がる花畑は、野放図で統制などなくとも十分に美しかった。


 区画を無視して咲き誇る黄色いヒマワリは、夏の盛りの太陽を浴び、胸を張るように天へ青々とした茎を伸ばし、微笑みのような黄色い花弁を目一杯広げる。


 たとえどんな有様になろうと、花の美しさは変わらなかった。


 「どうせなら、ここであの格好したお前を見たかったなぁ」


 「どの格好ですか。具体的に言ってもらわないとわかりませんよ、先輩」


 そんな花畑を小高い丘の上から眺める異質な影が二つあった。見上げるほどの長駆を誇る美男と、儚さすら感じる矮躯の乙女。


 「ほら、一度だけ着てきたことあっただろ。あの白いワンピース。一年の夏だっけ」


 「ああ、そんなこともありましたね」


 肩が触れるほどの距離で花畑を眺める年若い二人は、状況のみを見るのであればカップルのようでもあった。ただ、お互いが隣に居るのに慣れきった雰囲気はカップルというよりも更に砕けたものを感じさせる。


 「なんでアレもっかい着て来なかったんだ? 似合ってたのに」


 「それはですね、心のない男性から「お前、ソレ着て非常口に立ってるとまるっきり心霊ホラーだぞ」との評価を頂いたからですよ」


 砕けた口調、慣れた会話。何をするでもなく風にそよぐ花畑を見つめる二人の間には、どこか弛緩した空気が流れていた。


 「何? なんて不届き者だ、俺の可愛い後輩に対して。名前を言え、今度あったら頭蓋に弾丸をねじ込んでやる」


 憤りながらも懐に手をねじ込み、タバコのパッケージを手にする男。しかし、タバコのフィルターを咥えた唇は、言葉と裏腹に楽しそうな笑みに歪んでいた。


 「先輩、こっち向いてください」


 「ん? どうした後輩。いいか? そんな空気読めないヤローを気遣うことは……」


 声が言うままに首を巡らせた男。されど、彼の視界が捉えたのは見慣れた矮躯の乙女ではなく……。


 黒々とした銃口を覗かせる拳銃であった。


 「……どうした後輩」


 ぱちくりと男性なのにぱっちりした二重の瞳を瞬かせる彼。冗談でも銃口を人に向けてはならないとスポーツを通して叩き込まれている己と同じで、乙女もそんなことを軽々にはしないと思っていたから驚きは尚大きい。

しかして、銃口と同じ冷えた黒い瞳は、軽々でもなければ冗談でもないぞと静かに物語っていた。


 「いえ、先輩の手間を省こうかと」


 「は?」


 「いえ、ですから“そんな空気読めないヤロー”の額に、私自ら9mmをブチ込んでやろうかと思っただけですよ」


 沈黙。風が吹き、ヒマワリが揺れる音だけが数秒世界を包み込む。


 「……そマ?」


 「手前の吐いた唾も覚えてないんですか」


 矮躯の乙女は嘆息し、小さな手にもしっかり馴染んでいたP230を懐に戻した。真っ白なワンピースとは似ても似つかない、無骨な革ジャンの内側へ。


 二人の立ち姿が異質なのは、観光地としても成り立ちそうな見事な花畑の中で完全武装していることであった。


 男はジーンズにジャケットとタクティカルベストというPMCのような出で立ちをしており、乙女は女性用の革ジャンと厚手のカーゴパンツ──それで尚も袖と裾は余っていたが──を着込んでチェストリグを着込んでいた。


 乙女の手には小柄で優美な自動拳銃が。男の背にはスリングでダブルバレルの無骨な猟銃が担われている。ここが紛争地かなにかであればさほど違和感は感じまいが、少し視線を巡らせれば見つかる北海道の住所が刻まれたひまわり畑の看板が事態を否定する。


 日本の北端にあるささやかな観光地。その地にあまりに不釣り合いな二人は、しかして釣り合うようになってしまった現実を引き連れて立っていた。


 「その日の夕方、部活の終わりにそうこぼしたのをお忘れで? 長い黒髪に白いワンピース、ええ、ホラーですみませんでしたね」


 「えーと……その……」


 「私もこれで乙女ですから。そのような感想をこぼされれば傷つきもするし、もうこれ着るのやめようという気にもなりますよ。ただ先に階段を降りて振り向いただけなのに、そのような発言を浴びせられればタンスの奥にしまいこんで当然でしょう」


 実に乙女らしいことをいい、彼女はもともと掛かっていた安全装置のセレクターをいじった。発射位置に持っていき、軽やかに振り返ってこなれたダブルスタンスに構え直す。


 「まぁ、汚したくないので、仮に見つけても着られませんけど」


 そして、引き金が絞られた。


 乾いた銃声が二発。ついで、湿った肉の塊が地面に崩れ落ちる音が一つ。


 弾丸に頭部を砕かれて倒れ伏したのは、心霊ホラーではなくパニックホラーの代名詞。くされ果て命をなくしてなおも這い回る亡骸。壊れた世界の法の下、安穏と眠ることを忘れた死者たちの一人だ。


 「今、心霊ホラーとゾンビホラーのコラボだな、とか失礼なこと考えたでしょう」


 「いや、そこまで考えてねぇよ!? ちょっと卑屈になりすぎてないか!?」


 日本の北、かつては避暑観光地として愛された試練の大地で、まばらな死者の群れを背に二人は軽口を交わす。乙女は鉄面皮を維持したままへそを曲げ、普段は笑みを貼り付けた美男が珍しく困ったように眉根を寄せる。姿と状況を異質に染めて、しかして会話のみは常のまま、何処か狂った二人は花畑へ一歩を踏み出した。


 「俺はだな、この風景にならあのワンピースが映えただろうなぁと思ってだな」


 「で、後輩をいちびるためだけにわざわざ北の果まで来たんですか? カニもじゃがバターも大好きですけど」


 「だから、そうじゃなくてだな!? あ、わかった! ラベンダーか! ラベンダーだな!? 実はそっちのが好みだったな?」


 機嫌をとろうとする男を置いて、乙女は丘の麓で雑に止められたキャンピングカーへ足を向けた。空色の車体のキャンピングカーは、黄色い花畑に似合っている。ただの観光でこれに乗って、ここに来られたらよかったのに。


 そして、白いワンピースが着られるほど平和だったら良かったのにと内心で思いながら…………。

また書いては消し、書いては消しを繰り返していたので箸休めがてらの思いつきです。

犯罪臭い絵面再び。


設定はそのまま逆転させているので、少女は葬列に送られるのが似合う白い肌で無機質な感じなので、和ホラーみたいという評価は間違いではないはず。

そして、自殺願望じみた他殺願望を持つ先輩は、きっと銃を突きつけられた瞬間はかつて無いほど興奮s(ry

あとがきで全てをぶっ壊していくスタイル。

いえ、ちょっと疲れていたんです。


いつも感想ありがとうございます。大変励みになります。

Twitterの方もフォローしていただいてありがとうございました。

あんまりつぶやいていませんが、もう少しこまめに進捗報告をしようと思いますので、よかったらたまにつっついてやってください。

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