前へ次へ
53/81

番外編:乙女と好漢と……

Twitterで呟いていた小ネタです

 甲高い目覚ましのアラームが質素な和室に鳴り響いた。


 薄い煎餅布団が敷かれた和室は、文机と本棚に衣装箪笥が一棹あるだけの酷く殺風景な佇まいであり、そこだけを見ればまるで客間のようであった。


 しかし、この部屋にはきちんと主人がおり、常の生活を送る場として認識され使われている。その主が、寝床に頭まですっぽり収まってアラームに手を伸ばした人物だ。


 ほっそりとした手は白く、パーツ一つ一つが小ぶりながらも長く整っている。爪は短く丁寧に切りそろえられ、飾り気は見られないがシンプルであるが故の清潔さを感じられた。


 ふらふらと頼りない動作で手は彷徨い、数度の空振りを経て、やっとのことで古めかしい上部にベルを備えた目覚まし時計を叩くことに成功する。


 目覚まし時計は抗議するように甲高い金属音を響かせながら倒れ込み、その序でに開けっ放しであった後部から電池をはみ出させて活動を停止する。このまま放っておけば、明日は目覚ましがならずに酷い目に遭うことであろう。


 しかし、寝床の主は低血圧気味の布団を寝床から引っ張り出すのに必死なようで、全く気付くそぶりも無い。真冬の冷え込む外気に痩身を晒す方が、頭の大部分を占めていた。


 ずるりと、一昔前のホラー映画じみた動作で体が布団から引きずり出された。最初に出てくるのは、寝癖で絡んだぬばたまの長髪。乱れたそれは、梳って丁寧に整えたなら実に見栄えのすることであろう。


 そして、髪の間から覗くのは切れ長の瞳……その瞳は、酷く濁っていた。ブラウンの虹彩は、光の当たり具合によっては淀んだ泥沼のような色に映る。まるで、瞳の奥から覗く精神や人間性を透かしたかのように。


 ついで、女性にしても矮躯と言える、細く儚い藍色の寝間着に包まれた体が冬の冷え切った空気に浸された。血の気が感じられない白い肌が粟立ち、体が反射的に震えを帯びる。


 されど、彼女は震える体に鞭を打って立ち上がり、鬱陶しく顔に張り付いた髪の毛を払って衣装箪笥に向かう。目覚ましが鳴ったと言うことは、さっさと起きて出かける支度をせねばらないからだ。


 「……一限は英語だったか」


 心底憂鬱そうに呟いて、黒髪の少女は寝間着のボタンに手を伸ばした…………。











 女性の身支度は長い物と相場が決まっている。実際、彼女の母親の準備は長く、顔を作るのに半時間ほどを要する。


 それと比べたら、一〇分と掛からず何もかもを終える自分は、世間一般から見たらどうなのだろうか。玄関の靴箱に据えられた姿見を覗き、能面のような無表情を貼り付けた己を見つめながら乙女は考えた。


 細くちょっとした衝撃で折れそうな矮躯は、女性らしいラインとは無縁なように見えて起伏は一応備えられてある。腰もくびれており、長い手足は紛れもなく女性のそれ。烏の濡れ羽色をした光沢のあるワンピースが妙に映える体型だ。


 細身のカーディガンを合わせて着ているのだが、シンプルな組み合わせと構造故に着込むのに数分とかからない。その上、彼女は装身具も身に纏っていないので、服装の支度は本当にそれで終いなのだ。


 後は気分で帽子を被るが、それも玄関のフックから降ろすだけなので時間は取らない。


 じぃと自分を見つめ返す顔も、優美さや華やかさからは無縁の造詣だ。面長ですっきりした輪郭には、小さくシャープな部品が可も無く不可も無くのバランスで配されている。


 切れ長の怜悧な瞳に形の整った鼻と、真一文字に結ばれた薄めの唇。表情らしい表情が一切浮かばない顔は、何処か生気が欠けていた。


 醜くはないが、美しくもない。女性らしい一種の魅力こそあれど、本当にこれといった特徴の無い顔である。


 むしろ、女性らしさと雰囲気の暗さのせいで陰鬱にすら映るだろう。化粧っ気が欠片も無い顔には、皮膚の色味しか映っていないのだから。


 これで紅でもさせば少しは違うのかも知れないが、彼女が塗っているのは冬でも日焼けする弱い肌を護るためのファンデーションのみである。華の女子大生を名乗るには、余りにも素っ気ない。


 確かにナチュラルメイクというのは流行っているが、それはあくまでメイクをしていないように見える自然さを演出するというだけで、実際は他の化粧と変わらない。


 ノーメイクとナチュラルメイクは全く違うのだ。にもかかわらず、そこそこ見られる当たり、彼女は彼女で磨けば随分と変わるのかも知れない。


 だが、今の黒単色の装いと陰鬱な雰囲気は、葬儀の参列者を連想させる。いや、むしろ肌の白さも相まって、瞑目して棺に収まっていてもおかしくない風情であった。


 愛想など全く見いだせない顔を見つめ、彼女は納得したように頷く。外見など、他人が見て不快にならねばよいとしか思っていないのだ。可も無く不可も無く、記憶に残らないくらいでも生きていくのには差し障りが無いのである。


 身だしなみに乱れが無い事を確認すると、彼女は納得したのかキャンバス地のトートバッグを手に取り、黒くヒールに低いパンプスに小さな足をねじ込んだ。


 そして、聞こえぬだろうが居間に居るであろう両親に声を掛ける。行ってきますと…………。











 大きな大学の最寄り駅がある路線は、朝方は大変混み合う物だ。一限目に出席しようとする学生と通勤客がぶつかり合い、その乗車率は目を覆いたくなるほど酷い物となる。


 すし詰め、とはよくいったものだ。寿司の折りのように電車には隙間無く乗客が押し込められ、必死に潰されまいと乗客は自分のスペースを護ることに腐心する。


 ならば、せめてリュックサックくらいは降ろして足の間に置くなりしろ、と怒鳴りたくなるも、全く気にしないで背負った者が多い車内は人と荷が押し合いへし合いして実に狭苦しい。


 この環境は、矮躯の乙女には酷く辛いものがあった。小さな彼女は、普通に突っ立っていたら平均的な成人男性の鳩尾に頭が届くか届かないか位しか上背が無い。


 その上、体格に見合った膂力しか持たぬ彼女には、腕で他人を押してスペースを確保することさえ出来ない。今は、何処ぞの阿呆が背負ったままにしたリュックに顔を押さえつけられて、死んだ魚のような目を更に濁らせている。


 余裕を持って大学に行こうとした結果が、この様だ。とはいえ、遅らせると講義室に入るのがギリギリとなり余裕が無くなるし、何より小テスト前の見直しができなくなる。となると、これを耐えるしかないのだが……やはり、耐えがたい物というのは何処にでもある。


 圧力に負けて首が変な方向を向き始めるに至り、淀んだ目がより暗くなり、何か世界でも滅ばないかな、とか言い出しそうな風情を醸し出し始めた頃、電車が止まった。


 小さな駅で僅かに人がおり、それ以上に人が乗ってきて圧力が増す。こんな事が、後幾度か続いてからやっとのことで大学にたどり着ける。


 いっそ、親に頭を下げて下宿させてもらおうかと彼女が投げやりに考えつつ、より増してきた人の圧力に縮こまって耐えようとした時、不意に圧力が弱まった。


 「はいはい御免よおにーさん、アンタのリュックがこの子の顔面潰してんだよ」


 見上げれば、長躯の男が無粋なリュックの持ち主を押しのけている所だった。


 「よう、後輩。おはようさん」


 「……おはよう御座います」


 文字通り見上げるほどの長躯を誇る男性は、目を惹く外見をしていた。すっと通った瞳が特徴の、甘いマスクと形容して何ら差し支えの無い美貌が猥雑な電車の中で輝く。


 世の中には、この顔に微笑まれたいがためだけにどんな事でもしでかす女がごまんと居ることだろう。笑顔を独占するためなら、様々な物を差し出せる女も中には居るはずだ。


 「ちょっと移動しようぜ。はいよ、御免よ御免よっと」


 乙女に肩に手を回した長身の男は、片手で人混みをかき分けてドアの際まで進んでいく。多少鬱陶しそうにされつつも、すし詰めの絶妙な間を縫っていく彼が妨害されることはなく、乙女は暫く開くことの無い側の扉に背を預けることとなった。


 そして、彼は人混みと彼女の間に壁として立ち、片手をドアについて圧力を受け止める。見事なまでに紳士然とした対応であり、それでいて諄くも恩着せがましくも無い態度は、一般の子女であれば好感を抱かざるを得ない完璧なものであった。


 されど、乙女の目は普段通り曇ったまま。人形のガラス玉で作られた目の方が、幾らか感情を読み取りやすそうな目には何の色も浮かんでいなかった。


 少し前に流行った、いわゆる壁ドンの体勢に近いというのに彼女もまた自然体だ。肌が上気することも無く、抑揚のない声は色の無い言葉を吐き出す。どちらかと言えば可愛らしい声なのだが、此処まで抑揚がないと返って不気味ですらある。


 「ありがとう御座います、先輩。あと少しで首を痛める所でした」


 「いいってことよ後輩。見かけたら、先輩として多少は役だってやらんとな」


 しかし、爽やかな偉丈夫は男性にしては整いすぎた黒髪を揺らしながら微笑みで答えた。何が楽しいのか分からないが、常に浮かべている笑みは嫌味もなにもなく、ただ快だけを浮かべている……ように見える。


 乙女は、ちょっとした居心地の悪さに小さな体を軽く竦めさせる。彼女は、サークルの先輩であるこの男性が少し気になっているのだ。


 無論、艶っぽいことではない。違和感というよりも、何かを感じるものがあるのだ。


 何とも無しに覚える、同類の臭いを。


 「どした?」


 「いえ、特になにも」


 笑顔から目を背け、乙女は体の向きを入れ替えて流れゆく車窓の風景に目をやった。少なくとも、今気にすべき内容ではないからだ。


 そして、多分今後も。


 微かなコロンと煙草の香りと供として、あまり心地よいとは言えない時間は過ぎ去っていく…………。











 「ねぇ、これありがとう! 凄く助かったよ!!」


 「どういたしまして」


 配布されたレジュメに日付を振りながらファイルに纏めていた乙女に、俄にテンションの高い声が掛けられた。


 声の主は、濃い化粧と大学生の間で麻疹のように流行する奇抜なファッションを纏った女の物だ。似たような女性が二人ほど彼女の後ろに立っており、暇そうに携帯を弄っている。


 そして、少女は差し出されたUSBメモリを受け取った。中には、彼女がラップトップで取った講義ノートのデータが詰められている。学期末試験に備え、欠席した分のノートを貸してくれと請われて提供した物であった。


 「ほんと見やすくて凄かったよ~超助かっちゃった。私がとったのより見やすくってさ、もう教授よりもそっちに教えて貰いたいと思うくらいでさ!」


 「いえ、板書に教授の説明を書き加えただけなので、そんなに大したものではありませんよ」


 謙遜しつつ、乙女は荷を纏めてトートバックに放り込む。最低限の荷を詰め込まれた、飾り気の無いトートバックには大凡女らしい物は見つからない。それだけなら、男女どちらの持ち物か区別がつかぬほどだ。


 普通、こういった厭世的な態度と外見は、人を遠ざけるのだが、以外にも彼女は人付き合いが良かった。この三人からもノートを搾取されるような関係ではなく、同じサークルということもあって相応の人付き合いがある。


 「あたしも見せて貰ったから、飯くらい奢るよ? パンケーキでも食べにいかない?」


 つまらなそうにスマホを操作していた一人が、目線をやることなくそういった。データとはいえ、又貸しするのは如何な物か、と思うもレジュメのコピーをコピーすることなど、大学生の間では日常茶飯事だ。これもその延長に過ぎないと思い、乙女は殊更問いただそうともせず、その誘いを有り難く受けた。


 大学生に本当に大事なのは、人付き合いの維持だ。確かに当人の学力、勤勉さは大事ではあるが、それは多少欠格しようとも学生生活は成り立つものである。


 代返、レジュメの提供、ノートの共有。これらが幾らかの人付き合いによって補填されることにより、例え1セメスターの出席日数が半数を割った所で単位は取得可能だ。


 こと文系学部においてその傾向は顕著であり、大抵の大学がそういう風に出来ている。試験とは、要するに私見を問うのでは無く講義で見聞きした内容をどれほど覚えているかを問う物なのだから。


 論述問題であっても似たような物だ。講義の間で教えられたことを、どのように噛み砕いて説明できるかを問われているに過ぎない。結局、論文でも認めるのでないかぎりは、思考停止をした所で大学生はやれるのである。


 だからこそ、この無愛想に見える仏頂面の乙女は人付き合いを大事にはする。現代社会でそこそこに生きて、そこそこに生き抜くのに必要だからだ。


 彼女には、強迫観念染みた信念がある。ただ生きていたい。そう強く願い、そうあり続ける為に努力できるような信念が。これもまた、その一環に過ぎない。


 連れ立って講義室を出て、最近出来たというパンケーキの店に向かう四人。少女は一歩だけ間合いを置き、話題に適当な相づちと感想を言いながらも心は躍っていた。甘い物が好きだから、生クリームたっぷりのパンケーキとやらが楽しみでしょうがないのだろう。


 こういう時は、面倒だと感じることが多くとも、女である我が身に乙女は感謝する。男なら、あんな雰囲気の店には顔を出しづらかっただろうから。


 女であれば、己のように見た目が暗かろうと甘味を提供する場に一人で行っても然程目立たない。精々、友人の居ない寂しい奴と思われるか、友人を誘うための下調べと思われるかのどちらかだ。


 男性のようにクスクスとした冷笑に晒されたり、妙な居心地の悪さに体を縮こまらせる必要がない。これがどれほど幸せなことか。女の身では完全には理解できぬだろうが、彼女にはとても重要なことではあった。


 「よう、後輩ども、どうした?」


 どんなパンケーキを頼もうかと密かに心を躍らせていた女の背に聞き慣れた声が投げかけられた。丁度、今朝聞いた声だ。


 「あっ、せんぱーい! こんにちは!」


 「何してるんですかぁ?」


 声に反応して振り返れば、想像通りの人物が立っていた。甘いマスクと力強さを感じられるしなやかな体躯、そして女性受けの良さそうな笑み。


 人気のある先輩に声をかけられて、三人は一層テンションを上げ、彼の元へと駆け寄っていく。対して、乙女はパンケーキへの思いに水を差されたようで無愛想に磨きが掛かっていた。


 軽く会釈するに留め、三人を挟んで十分な距離を取って近寄ろうとはしない。


 そんな彼女を見ても、男は別段不快そうにすることもなく三人と会話を続けている。


 無愛想に振る舞うことが多いが、別に乙女は彼の事を嫌ってはいない。むしろ、人間としては好感を覚えなくもない。


 彼は面倒見も良いし、先輩として仰ぐに過不足のない好漢だ。愛嬌もへったくれも無い女であっても、無碍に扱わないだけの懐の広さも兼ね備えている。


 それでいて女を喰い漁ったりするわけでも無いので、むしろ欠点を論う方が難しい部類の人間だ。


 だが、気になるのだ。引っかかる違和感に、感じる何かの臭いに。ついつい目で追ってしまったり、近くに居ると気になったりはするが……人間関係的な意味でお近づきになりたいかと問われれば、迷い無く首を横に振ったであろう。


 だが、それならば感じる違和感は何に由来するのだろうか?


 同類の臭い、とはいうものの、彼からは乙女が自任する究極的な利己主義の臭いはしない。自分が絶対に生きていたい、死にたくないと生存を中心に置く、現代では異質な利己とは違う。


 少なくとも彼は自分より社交的だし、利他的とまではいかないまでも親切だ。多く居る後輩に気を遣ってやり、何かしら便宜を図ってみたりと骨を折っている所を知っている。


 なればこそ、ここまで女性からの興味を集めて尚、同じ男性からも反感を抱かれずに好かれているのだろうが。


 要素だけ見れば、異常者と言われても何の反論もできない自分とは似ても似つかぬ好感だ。生きていくためであれば、他人どころか血縁であってもためらわずに殺せるだろうなという確信を持つ自分とは。


 しかし、それでも感じるのだ。奇妙な何かを。繋がりのような物を。


 「おうい、どうした後輩」


 目の前で手を振られ、乙女は驚きに体を跳ね上げさせた。黒髪が水面のように波打ち、小さな体が瞬間的に震えを帯びる。


 男に間近で覗き込まれていた。淀んだ目に大きな瞳が映り込んでいる。そこに映るのは、淀んだ沼のような黒……。


 はっとして、少女は男の顔を見上げた。今見た物をはっきり確認しようとして。しかれども、彼の目には濁った色は見いだせなかった。普通の目だ。鏡で毎朝毎夜目にする自分の目とは、違う色。


 「大丈夫か?」


 「……いえ、何でもありません」


 「そうか、ならいい。行くぞ」


 唐突に言われ、乙女は首を傾げた。他の三人を見やれば、男の手を取ったりして楽しそうにしているので、いつの間にやら一緒に食べに行く流れになったのだろう。


 とまれ、おいて行かれない程度の速度で追従しながら彼女は考えた。あれは見間違いだったのだろうかと。目を覗き込まれたせいで、反射した自分の目が見えたのだろうかと。


 しかし、どれだけ前を行く男の後頭部を見つめても答えは出なかった。彼女としても、そんな錯覚のような思いつきで声をかけ、敢えて自分の印象を悪くしようとも思えなかったのか、口を開くことも無かった。


 ただ、この後食べたパンケーキは酷く味気なく、どんな味だったのかを正確には思い出すことができなかったとか…………。











 「なんてことがあったのを思い出した」


 「何ですか、藪から棒に」


 古ぼけた蒼い車体が特徴の、狭い日本には似つかわしくない中型キャンピングカーの座席に背を預けた男がそんなことを口にした。


 助手席で拳銃を弄くっていた小柄な乙女は、38スペシャルをガンオイルの臭いが染みついた指先で丁寧にシリンダーへ装填しつつ首を傾げる。


 道連れが唐突に訳の分からない事を言うのには慣れているが、流石に話の前段階を全てすっ飛ばして話されても何の事か分からない。


 「いやなに、後輩にも可愛い時期があったもんだとな? 先輩に見つめられて驚くような可愛げは、今時貴重だぜ?」


 パワーステアリングという上等な物が備わって尚、馬鹿みたいに重い大型車のハンドルを巧みに操りながら、伸び放題の髪を襟足でくくった男は楽しそうに嘯く。


 しかし、助手席の乙女も大した物で、軽口には軽口で答えてみせた。


 「それは、一体どこの虚数空間でねつ造された過去ですか?」


 「お前な……そこは、私は何時だって可愛いですが何か? くらい言えよ……女として」


 「可愛げが無い事くらい自認していますが何か?」


 貼り付けた鉄面皮を動かすことも無く、弾丸を五発詰めたシリンダーは手首のスナップだけで定位置へ戻された。甲高く小気味よい金属音が鳴り響き、鉄の殺意が本分を果たせる状況に至ったことを報せる。


 「愛想が何のが可愛らしい所……とも言えなくはないかもな」


 「変な趣味ですね」


 たった数キログラムの負荷を引き金にかけるだけで人間を殺傷しうる鋼に、恋人へ贈るような手つきでの愛撫をしつつ乙女は言った。鈍く輝く本体には、無機質な汚泥がたまったような瞳が反射している。


 「そうか? 俺は割と、当たりを引いたと思ってるんだが。こと現状においては最大のな」


 口の端を吊り上げる皮肉気な笑みを作って、男は眼前の異形を睨め付けながら車を止めた。


 フロントガラスの向こうに覗く、車道を塞ぐ廃車と彷徨く人影。しかして、それらは決して尋常の存在では無かった。


 腐れた皮膚、零れる臓物、白濁した眼球に腐敗と酸化が進んだどす黒い血液。明らかに生者ならざる存在が、世界の理に逆らって歩いている。


 折れた足で、捻れた腕で、傷口を覗かせる肩で。餓えの呻きを上げながら、まるで生者に恨み言を吐きかけるように躙り寄る。


 「それで口説いているつもりなら、臍で茶が沸かせますね」


 「言うなちんちくりん」


 「黙れ木偶の坊」


 互いに悪態をつきながら、二人はバンダナを深く顔に巻き付けながらウィンタースポーツ用のゴーグルを身につける。そして、それぞれ愛用の武器を手に取った。


 少女は銃口の先端に無理矢理ナイフを取り付けたエアライフルを。男は、血錆びで赤黒く染まった鉈と、金鋸で銃身を無理矢理切り詰めたソウンオフのショットガンを。


 「俺のはモデル体型って言うんだよ、世間じゃな」


 「世間の皆様は、そのモデル体型を御消耗のようですが? なら私は省エネなんです」


 悪罵を零し続けながら、対照的な二人は乱暴にドアを開けて街路へ飛び出した。車体の大きさ故に通れる道が制限される、生活の根拠を何とかこの先へと運び、生を繋ぐために。


 ある一部においては相似しつつ、それでいて絶対に異なる二者は「くたばれ」と呟いて引き金を引いた。


 果たしてそれは、誰に宛てた言葉であったのか…………。

性別反転Ver。黒ワンピースの小柄な乙女と、身長190cm近いイケメンの図。これあれだ、良くある何となく良いなと思っていた子がイケメンにたらし込まれるNTRゲーだ


ただ、性別が反転したら立場が一緒になるかと言われると違うと思うので、二人のノリも青年と女の時とは少し違います。


Twitterでの誤字報告・感想、ありがとうございます。励みになります。次は本編をきちんと進めるので、今暫しお待ち下さい。

前へ次へ目次