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番外編 青年と少女と聖夜

番外編です 時系列は青年が快癒した直後くらいです

 「主はっ、来まーせりーっと」


 何処かすっとぼけた調子で歌いながら、長躯の少女は缶詰のフルーツを開封しボウルにシロップと共に色鮮やかな蜜柑をぶちまけた。甘ったるい砂糖の香りと、薄まってほんの僅かにしか感じられない柑橘類の香りが辺りに漂う。


 「ま、今更来られても困るんだけどね」


 口の端をつり上げる歪な笑みを作り、人懐っこい大型犬を連想させる風貌の少女は蜜柑をシロップから掬い上げていく。シロップは後でフルーツポンチを作るので取っておいた。


 少女が居るのは彼女達が立て籠もっているホームセンターの二階部分、元々は電化製品の量販店が入っていた大型店舗の一角。そこには本来商品であったハズの電化製品やら、一階のホームセンターから持ってこられたキッチン台などが整然と並べられている。


 この場所は彼等のコミュニティの調理場だ。調理場、と言っても水場は下にあるので、ここで行うのはごく希に使う電気製品を用いた調理や保存食の作成程度で、一番使う頻度が多い調理場ではない。精々、談話スペースとなっている直ぐ隣に饗する簡単な食事を作るための場所だ。


 だが、今そこは非常に賑やかだった。少女以外にも大勢の女性が並び、何やら忙しそうに作業をしていた。


 ある者は鳥を解体し、ある者はパンの生地を捏ねている。俎板の上で包丁が楽しそうにタップダンスを刻み、ボウルの中でケーキの生地とステンレスのステアーが激しくチークダンスを踊る。


 キッチンの片隅では珍しく燃料式の発電機が喧しく動き、それ以上に騒がしく女達が姦しやかに調理をしつつ雑談に興じていた。みな、動きやすい装いに身を包み、一様にエプロンを装備していた。


 少女も同じだ。少し前に駄目になった愛用のフライトジャケットの代わりに来ていた革ジャンを何処かへ脱ぎ去り、男物のドレスシャツの上に長尺のエプロンを身につけている。そのエプロンは真っ白の生地で作られ、何故か毛筆の勢いある書体で【一撃必殺】と書されていた。


 余熱されるオーブン。大出血で開けられた貴重なフルーツ缶詰に小麦粉と、多数のケーキパッドやクッキー型。そう、クリスマス会の準備、その真っ直中だ。


 クリスマス、かの世界宗教ことキリスト教の祝祭であり、救世主たる神の子ジーザス・クライストの降臨を祝う日だ。本家本元欧州においては最も特別な祝祭であり、一ヶ月も前から準備を始め、粛々と祝う特別な日である。


 が、日本のそれは商業主義に毒された製菓業界や玩具業界、あとその他諸々の利権と陰謀が絡んだ、宗教色は一割にも満たない単なるお祭りである。


 明確にカソリックである事を掲げている日本人は全体から見れば少なく、この日は大半の家族にとってチキンとケーキを食べてプレゼントを贈り合うだけの日だ。これが、少し年齢が上がれば仲間と馬鹿をやるか、恋人と夜の街にしけ込む日に変わる。


 多くの日本人がこの日を祝っていたが、今はもう日本は、いや、世界はかつての状況にない。祝う余裕はなく、むしろ、これが最後の審判だというのならば剰りにも酷くはないかと神に抗議するような有様だ。少なくとも、祝うような状態でも雰囲気でも無い。


 それでも子供達にとってクリスマスは神の子の祝祭などではなく、無意味に親が優しくなって美味しい御馳走が出て来て、何処から収益を得ているかも分からない真っ赤な聖人がプレゼントを振りまくだけの楽しい日に過ぎない。それを全く無かった事にする、というのは酷な話だ。


 それに、祝い事はコミュニティのガス抜きに最適だ。誰だって常にふさぎ込んで気を張っていては疲れて駄目になる。それなら、適度に羽目を外して遊んだ方が賢いのだ。このような切迫した状況ならば尚のことである。


 そんな訳で、このコミュニティでは子を持つ親たちの発案と自警団の承認もあってクリスマス会が挙行される運びとなっていた。今は準備を進めている訳だ。


 女達は久しぶりに主婦の武装に身を包み、子供達は談話スペースから遠巻きに母親達の勇姿を眺めている。親が居る子も、子供だけで保護されて親の居ない子も、一切の例外無しに目を輝かせて準備を焼け付くように眺めている。


 男の大人達も、それぞれの持ち場でそれぞれの仕事をしながらもクリスマスの事が心の片隅にあった。要は、みんな楽しい行事に餓えていたのだ。


 「おうおう、視線が焼けるようだねぇ」


 見慣れた四人組から注がれる視線を浴びながら、少女は家庭菜園から詰まれてきたプチトマトの蔕を取り半分にカットしていた。イチゴなんぞ手に入れようも無いので、後でケーキのトッピングにするのだ。


 子供達は聞かされたらさぞかし疑問に思うだろうが、今日のケーキはトマトのケーキだそうだ。女達の中に、菓子作りを趣味にしていた者が居て、これならば彩りもあって美味しいだろう、という事で決められたメニューである。


 危なげも無く包丁を振るい、プチトマトを小器用にカットしていく少女も軽く首を傾げるメニューだが、生地にもクリームにもトマトが練り込んであって、これが絶妙に甘くて美味しいと発案者は語っていた。


 聞いた事は無いが、美味いというのなら美味いのだろう。そう思いながら、少女は崩すこと無くトマトを薄くスライスし、円形のまま固めて置いた。これを添える時にそっとズラして置けば、段々の形になって見栄えが良くなる。


 こう見えて少女は割と料理も出来る。親が厳しかったのもあるが、母親が女の子だからといって花嫁修業に近い内容で色々と仕込んだのだ。とはいえ、本人は割と所では無く面倒くさがりの気があったので、ここでその手腕が発揮されることは無かったし、部屋も魔窟と化しているのだが。


 しかし、本意がそこに無いとしても皮肉過ぎやしないか、と少女は内心で嗤った。


 神の子キリストは人の罪を贖う溜めに十字架を背負ってゴルゴダに上った。しかし今、人は苦しみに塗れて少しずつ腐るような環境で活かされている。希望も展望も無く、ただ神が嫌った今日を生きるだけの獣のように。


 これが罰だというのならば、キリストは何故人の罪を一時だけ贖ったのか。その脇腹に槍を突き立てられて死んだのか。そして何故、神は人が増える事を良しとしたのか。その結末がこれなら、あんまりではないか。


 人の数が増えすぎて、一人一人が侵して人類に糊塗する罪が増えすぎた結果がこれだというのなら、キリストの贖いに何の意味があるのだろう。


「We all, like sheep, have gone astray,each of us has turned to his own way;and the LORD has laid on him the iniquity of us all.」


 包丁に付着した、仄かに癖のあるトマトの汁を拭ってから少女は朗々と詩を吟じるよな調子で小さく聖句を口ずさんだ。


 聖句はイザヤ書の五三章六節だ。我等は皆、羊の如くあり、各々が好いた方へ散らばった。されども、主は我等全てに咎を追わせた。


 全く、その通りだとしたら酷い話じゃないか、と少女は嗤う。そして、それをおっかぶる自分は溜まったものじゃない。


 何処かで小さなクリスマスソングが歌われていた。料理に興じる女の一人が、小刻みに身体を動かしながら楽しそうに歌っているのだ。こんな楽しい気分で料理をしながら歌を口ずさめるなんて何時ぶりだろうと、噛み締めるかのように。


 それは有名なクリスマスソングだ。いずれ来る神と神の子を称える聖歌。日本語で歌われるそれは、御世辞にも上手とは言えないが楽しそうに跳ねる歌声は誰も彼もを楽しそうにさせる。


 女の歌に誰かが乗った。デュエットは間も無くトリオとなり、トリオはカルテットへと移り、やがてカルテットを飛ばして大合唱へと変わる。十数人の女達が、調子もリズムもバラバラにクリスマスソングを口ずさむ。誰も彼もが、外の腐れた世界と日々の苦しみを振り払うように笑顔で歌っている。


 子供達も、楽しそうに歌い始めた。歌詞を知らないからか節だけ合わせて適当に歌っている子供も居た。喧噪は膨れあがり、大勢が何も無かったかのように幸せそうに笑っている。


 少女は、いつも通りの笑みを浮かべながら自らも喧噪の一つとなった。ここで自分一人だけが歌わないのは不自然だ。彼女の身につけた処世術が、それを良しとしない。


 ただ、口から吐き出す歌詞にありったけの自嘲と皮肉を込めて朗々と一節を歌い上げる。


 嗚呼、主は来ませり…………。











 日もとっぷりと沈んだ後、ショッピングセンターの屋上で二人の男が煙草を吹かしていた。一人は着古してくたくたの野戦服を着込んだ無精髭の壮年男性。もう一人は、丁寧に髭をそり小綺麗な見た目を必死に維持した、コミュニティの構成員からはエコーとの愛称で呼ばれるダッフルコートの男だ。


 二人とも、何やら細かい印字が施された煙草を咥えている。その煙草は、素材が悪いせいか、それとも柔らかいせいかは分からないが、酷く縒れて景気の悪い煙を上げていた。


 「いいんすか、おやっさん。下に混ざってこないで」


 男は煙を一つ吸い込んで、端整な顔を不機嫌そうに歪めてから呼気を吐き出し言った。不機嫌なのは馬鹿みたいに寒い中で短機関銃をぶら下げながら見張りについている事もあるが、大半は雑味が多く葉が湿気った煙草の香気が絶望的に不味かった事から来ている。


 「いいんだよ、俺は。祝う相手も居ないし、祝いたい気分でもない」


 おやっさんとの愛称を受ける壮年男性も苦々しげに顔を歪めて煙を吐き出した。銘柄としては違う葉を巻いているのだが、こちらも似たような味わいだったらしい。


 「……それに、トマトも嫌いだしな」


 ぼそっと零された台詞にエコーは思わず噎せた後で、盛大に笑い始めた。とはいえ、大声を出すと周囲に響いて死体を刺激するので、必死に声を噛み殺してだが。それでも、身体を捩って自分の足を何度も叩いておもしろさだけはこれでもか、と言うように表現していた。


 「お前な……」


 「くふふ、ひー、おもしれぇ……ああ、ごめんおやっさん。何かもう、言い方と表情がツボ過ぎて……」


 暫く笑って尚エコーの笑いは途絶えない。どうやら彼の笑いのツボに嵌まってしまったらしい。おやっさんは心の底から不快そうに渋面を作ると、未だにうっすらと雪が残った床に煙草を放り捨て、ブーツの底で踏みにじって消してしまった。


 おやっさんは、トマトが苦手だった。あの、かみ潰した時に大量の汁気と柔らかな中身が飛び出してくる食感。それに相まって滲み出してくる特有の青臭さが駄目なのだ。子供の頃、誰かの「虫の卵みたい」という感想が未だに心の何処かに残っていて、トマトを更に気味の悪い物にしてしまっている事もあった。


 自分の弱点を盛大に笑われて気分の良い人間は居るまい。少なくともおやっさんはそうだった。憎々しげにヤニの混じった唾を吐き捨ててから、二本目の煙草を咥える。


 火を灯して煙を深く吸い込むが、その時に軽く噎せる。煙が変な所に入ったのではない、一緒に吸い込んだ呼気が冷たすぎたのだ。


 「くそっ……笑われるわ寒いわ良い事ないなクソめ」


 こんな事ならば、見張りなど買って出るのでは無かった。そう内心で毒づきながら、改めておやっさんは煙草を吹かす。


 すると、漸くツボから復帰したのか、エコーが呼吸を整えながらおやっさんの肩を叩く。


 「いやいや、すんませんおやっさん。機嫌直して下さいよ」


 肩に手を置いて、顔を覗き込むエコーの顔はにやけて目尻に涙が浮かんでいた。ますます眉に皺が寄った。


 「ほんと、悪かったっすから。ほら、こんなんありますよ。寒いから丁度いいじゃないっすか」


 何かと思って見てみると、エコーはダッフルコートの内ポケットから酒を取り出していた。カップ酒を二つだ。それは、使い捨てカイロに包まれていたからか半端なぬる燗になっていた。


 思わず目を剥くおやっさんだったが、少し考えてから深々と溜息を吐き……一本受け取った。


 自分より十以上も若い餓鬼に笑いものにされた上、下でみんなは温かく騒いでいるのに自分はこんな寒い所で立ち呆けだ。酒でも呑まないとやってられない。


 金属が捲れ上がる甲高い音を立ててカップ酒が開かれ、おやっさんは一息に半分ほどを煽った。


 「おお、良い飲みっぷり」


 そう言いつつ、エコーも一息で中身を半ばまで空ける。舌に刺すアルコールの刺激は強く、鼻から抜けていく香気は米の風味を帯びた柔らかな物だが酷く安っぽい。半端に温いせいかか、日本酒特有のすっきりした後味は無く、まったりと甘さが口に残る。


 おやっさんは安酒でも、こうやって呑めば悪くない、そう思いながらアルコール臭い呼気を吐き出した。


 ふと上を見上げると、月が綺麗に輝いている。酷い目にあっている自分を馬鹿にしているようだなと感じつつ、おやっさんは更に一口カップ酒を啜って呟いた。


 「月が綺麗だな……」


 「えっ、それって……俺、そっちの気はありませんよ?」


 ちげぇよ! という叫びが屋上に響き渡った。


 かの文豪も、はた迷惑な訳をしたものだ。そろそろ我慢の限界に達したのか、おやっさんはエコーの頭を渾身の力を込めてひっ叩いた…………。











 「なぁ、カノン。月が綺麗だぞ」


 町外れの農道の真ん中に大きなキャンピングカーが停まっていた。そのキャンピングカーには、元も青い地金が見えない程に装甲板んが溶接されており、装甲車のような様相を呈していた。


 そんなキャンピングカーの屋根に一人の青年と犬が居た。小柄で陰鬱な雰囲気を纏った死んだ目の青年と、静かに佇む黒銀の毛並みも艶やかなシベリアンハスキーだ。


 青年は片手にずんぐりとした瓶を持ち、燃料を蓄えてあるジェリ缶に腰を降ろして待宵月を眺めている。ほの白い月は、地上の光が無いからか一際煌々と輝いていた。最早、空に輝く彼等の光を妨げる騒がしい光が地上から投げかけられることは無い。昔なら見られないような星空を見上げつつ、青年は瓶の包装を破いた。


 それはシャンパンだった。ドン・ペリニヨン、シャンパンの王様と呼ばれ高級銘柄の代名詞。その中でも更に高価な事で知られるロゼだ。前の世ならば青年が何があっても手にしよう筈も無いこの酒は、言うまでも無く何処から持って来たかも忘れた略奪品である。


 コルクの封印を引っぺがし一息に引き抜くと、封入されていた炭酸が解放され、夜道に景気よく弾けて響き渡った。他に何の音もない場所で、コルクが飛ぶ音は嫌に反響し何時までも耳に残る。だが、青年はそんな事を一切気にする事無く、何故かシャンパングラスではなくワイングラスにシャンパンを注ぎ入れた。


 グラスに注がれた淡い緋色に泡立つアルコールを月の光に晒して、暫し恍惚と眺めた後で青年は一口飲み込む。そして、堪能するように口の中で軽く転がした後で飲み込み……。


 「うん、分からん」


 と実直な感想を零した。


 酒好きが聞いたら青筋を立てて激怒しそうな台詞ではあるのだが、青年としては酒飲みでもなければ趣味人でもないので仕方がないのだ。酒の味も分からないのだから、値段の有り難みと外見の綺麗さ以外に評価の下しようも無い。呑んだところで、変な苦みと甘さに風味が目立つアルコールとしか感じなかった。


 それはさておくとして、何で態々こんな物を引っ張り出して空けたのかというと、雰囲気に浸りたくなったのと前の同居人の忘れ形見の処理目的であった。この大きな瓶は備蓄物資を蓄えている木箱で矢鱈とスペースを占有しており、邪魔なことこの上なかったので、この際に処分することにしたのである。


 青年も元は大学生だ。付き合いでアルコールをあおる事はあったが、あの女は好きこのんでグビグビと馬鹿ほどに煽っていた。それこそ、この女の胃はビア樽か何かなのではなかと思わせられるほどに。


 その呑みっぷりは、まだ女が車に居た頃も変わらなかった。何処からか目が飛び出るほどに高い酒をかっぱらってきては夜な夜な煙草と共に煽っていたものだ。


 何だ噛んだ言いつつ空けたグラスに追加を注ぎつつ、青年はふと、まだ自分にも過去を偲びながらしんみり酒を飲む程度の人間臭さはあったのか、と何処か人ごとのような感想を抱いた。


 鼻から小さな笑い声を零し、旨さも分からない液体を煽り続ける。得られるのは舌が伝えてくる不味いという感覚と、脳に帯びるアルコールの酩酊。脳の活動を鈍化させる退廃的な慰撫に身を委ねて気持ちよく眠る為に青年はシャンパンを更に二杯程干した。


 青年はアルコールに強い耐性がある方でもないので、酒量もそこそこに酔いが回り始める。カノンの頭を撫でながら、アルコールで呆け始めた頭で考えていると、小さな音が聞こえた。草をかき分けるような音だ。


 その音の方向を見やり、月明かりに浮かび上がるうっすらとした外見を観察する。ふらふら足取りもおろそかなそれは、まごう事なき死体だ。腐汁で汚れたタイトな女性用のスーツが朧気に分かる。


 長い髪の死人。拗くれて骨が飛び出した足を無理矢理地面に突き立てて、それはゆっくりゆっくりと近づいてきていた。


 青年は目を眇める。聞こえる筈の無い誰かの声が聞こえたような気がした。


 「ふふ……」


 本当に珍しく、笑いが口の端から音となって零れ出た。歪な奇妙な笑いを浮かべる事は多いが、純粋に顔を綻ばせるのは久しぶりだった。


 青年は腰のホルスターからM360を抜き放つ。安全装置を外して撃鉄を引き起こし……そこで動きを止める。


 暫しの逡巡の後、青年はグラスにシャンパンを注いだ。グラスをカノンの隣に置いてやる。死体に警戒して身を起こしていたカノンは、それを見て首を傾げるも声を上げさえしない。分からないなら黙っている、それが彼女の処世術だ。吠え声を上げるのは、人間相手に威嚇する時か、危険を知らせる時だけと彼女は決めている。


 そんなカノンを他所に、青年は捩れた人差し指を保護する包帯に包まれた右手に瓶を持ち、左手にだらんと拳銃を保持する。立ち上がって縁に立つ頃には、死体は姿を詳細に観察出来る程の位置に接近していた。


 死体を数秒観察した後に、そっと目を閉じ……瓶を放り投げる。


 薄く緑色を帯びた瓶は虚空に弧を描いて飛んでいき、やがて重力に引かれて落下し、硬い路面と熱い抱擁を交わす。しかし、それは死への飛翔だ。シャンパンの瓶は盛大に砕けて薄桃色の酒をぶちまける。その幾ばくかは、死体にも飛沫となって降りかかった。


 そして、銃声が響き渡る。


 砕かれた頭、崩れ落ちる身体。脳裏に残る残響。青年は月明かりに照らされ、在るべき姿に戻った死体へ小さく呟いてから身を背ける。


 「メリークリスマス」


 最後に一杯取っておいたシャンパンを一機に煽ると、同じようにグラスを高々と放り投げてから車内に戻った。カノンも、上る時は青年に抱えられてだが、降りる時は軽やかに跳躍して車内に滑り込む。


 天窓が閉まった数秒後、遠くでグラスが虚し音を立てて砕けた…………。

 いつも通り私です。そんな訳でクリスマスですね。前回は夢だったので、今回はしんみりとそれぞれのクリスマスです。何となく思い立って三時間で仕上げました。流石に、クリスマスに知人とSkypeで毒吐いてるだけではつまらなかったので。


 本編には何ら関係ありません。何時も感想や誤字のご指摘ありがとうございます。近い内に纏めてフィードバックしたいと思って居ます。大変励みになっているのでありがとうございます。


 追記:年内にもう一回くらいってのは、これではありません。これは急造の突発ですから……。

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