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少女と雪とコーヒー

 暇人から少女に変わったのは、彼女ものんびりしていられなくなったからです。


 今回も多分グロくはありません

 薄暗い部屋があった。広さは見渡すほど広いが、二〇人近い男達が詰めているせいで広さを感じられない部屋だ。


 そこは、かつて警備室であったらしく、壁際には幾台ものモニタが備え付けられている。この施設が賑わいを有していた頃は、店内での不正を見逃さぬよう、忙しく監視カメラの映像が映されていたのだろう。


 しかし、今ではモニタの明かりは落とされ、スチールデスクは邪魔だと言わんばかりに脇へと押しやられている。部屋の中央を占拠するのは大きな普通のテーブルで、机上に複数のマグカップや吸い殻を満載した灰皿が鎮座している。


 染みついたヤニとコーヒーの臭い。そして、充満する燻し込めた煙と腐臭。襲いかかる死体よりホームセンターの住人を守るべく集まった男達の牙城に、重い雰囲気が立ち籠めていた。


 男達の視線を一身に浴びるのは、入り口から見てテーブルの奥に立つ壮年の男性だ。僅かに白髪が交じり始めた髪を短く刈り込み、汚れた野戦服を着ている。腰にホルスターを吊している事と、服装より男性が自衛官であると伺えた。


 「先程、武器保管庫の武器と帳簿に書かれている武器の数を照合した結果、ズレが生じている事が判明した。昨日の時点では数に漏れは無かったから、間違い無く数が合わなくなったのは今日だ」


 男の口から重圧と共に吐き出される言葉は、狂った死体から逃れてきた人々が住むコミュニティを揺るがす物だった。現住に管理されるべき銃が持ち出されたというのだ。


 「お、おやっさん、それは何時の事だ?」


 人混みの中の一人が口を開いた。おやっさんと呼ばれた自衛官は、首を振って分からないと答える。


 「今は、その確認の為に皆を呼び集めたんだ。シャワーを先延ばしにしてすまないが、協力を願いたい」


 誰も否とは言わなかった。有無を言わせぬ驚異力が言外に含まれているのもあるのだが、誰もが疑われたくないのだ。今ここで断ったり、姿を消せば暗に実行犯だと吐露するに等しいのだから。


 「陸曹、机の上の物を片付けろ」


 言われて、おやっさんの隣に立っていた同じ野戦服の青年がキビキビと答えて動き始めた。彼はおやっさんの部下であり、分隊からはぐれておやっさんと共にホームセンターに逃げ込んだ自衛官の一人だった。


 机の上が手早く片付けられると、おやっさんは手元に持って居る帳簿を見ながら朗々と物資の数を読み上げ始める。


 「拳銃、ニューナンブが三挺、M360が一挺、P220が四挺、そしてH&KUSPが三四挺。後はベレッタM92Fが一挺。今の所、持ち出しは帳簿の数が正しければP220が全部とH&Kが一四挺、それとM92Fが一挺の筈だ」


 先程まで、自警団は死体の肩付けをしにフェンスの外に出ていた。その為、死体に襲われても対抗できるように全員が一挺ずつ拳銃を携帯している。銃の種類が殆ど統一されているのは、もしもの時に備えてマガジンを共有できるようにするためだ。


 万が一混戦になって誰かが倒れたり、弾が切れても、同じ規格のマガジンであればやりとりができる。それに、USPはフレームがポリマーなので非常に軽量な上、独自構造のおかげでリコイルは非常にマイルドだ。撃ち慣れない人間が扱うのに適している。


 そういった事情もあり、持ち出しの拳銃は全て統一されていた。そして、全員が同じ物を持って居るので、帳簿を付けるのも確認するのも楽なのだ。


 「全員、拳銃を机の上に。マガジンもだ」


 一人一人、抜きやすい位置に持って居た銃を置いていく。角張ったスライドに、左利き用にスイッチできるよう広く取られたエジェクションポートが特徴的な拳銃が次々に並べられた。


 それにはマガジンが二つずつ添えられており、発砲したのか弾が少なくなっている物にはきちんと空薬莢も添えられている。弾の数も確認するため、自警団では使用済み薬莢の回収も義務づけられているからだ。


 一つだけ異彩を放っているのが、少女が愛用する9mm口径の大型軍用拳銃、M92Fだ。丸みを帯びて銃身が一部露出したスライドが特徴の洒落た銃で、イタリアはベレッタ社製の一品である。USPは自衛隊でも使われているが、此方は米軍が採用している品だった。


 少女は使い慣れている事と、弾が一緒なら問題ないだろうとして普段通りM92Fを携行している。ダブルカラムのマガジンに多数の弾丸を飲み込める、実用性重視の頼れる銃だ。


 机上に並んだ拳銃は全部で一九挺。自警団員が携行しているH&KUSPが一四挺に、おやっさん達元自衛官が使っているP220が四挺。最後に、殆ど少女の私物であるM92Fが一挺。持ち出している銃の数は、完全に揃っていた。


 弾丸も規定数であり、途中でふらふら這いだしてきた死体の始末に使われた物だけしか消費されていない。それも、片手の指で余る数だ。数え間違いはあり得なかった。


 数がきちんと揃った事に、全員が安堵した。少なくとも、自警団員の中で盗難をやらかした者は居ない。現時点では、という但し書きが付くのだが。


 「結構。数も弾も合ってるな。だが……」


 おやっさんが言い終える前に、机の上を片付けた陸曹と呼ばれた自衛官とは、また別の自衛官が一番と側面に油性ペンで書かれたカラーケースを机の下から取り出した。拳銃を保管する為に新しく用意された、ホームセンターの商品である。


 蓋が開かれ、その中身が丁寧に並べられていく。中には段ボールで仕切りを作り、一挺一挺が分けられた状態で拳銃が収められていた。この仕切りも、ホームセンターの商品で作った物だ。


 次々と拳銃が取り出され、並べられていくのだが、誰もが眉を顰める結果となった。


 なんと、ニューナンブが二挺とM360が一挺、それにH&Kも一挺足りないのだ。全て同じ箱で管理している訳では無いのだが、無くなっているそれらは、この箱で管理されている物だった。


 「武器保管庫の何処かに落ちていないか、自警団員の寝起きスペース、それと警備室に整備した後で取り忘れた等が無いかと確認はした。だが、何処にも無い。どうしても気になるようなら、後で自分の目で武器保管庫を確認していてくれ」


 俄に場がざわめいた。拳銃が四挺、決して持ち出されてはならないものが、それだけの数で無くなっている。これは由々しき事態であった。


 「緊急時の持ち出しの為にと、金庫を使わなかったのが徒になったな。管理する鍵が増えると紛失の可能性が出てくるし、いざ即応の要がある事態に手間取るから入り口の鍵一つに統一にしたのが不味かった」


 死体が押し寄せて来た時の為、直ぐに銃が持ち出せるように武器保管庫の管理体制は基本的に入り口の鍵と、二四時間の監視だけになっていた。しかし、入り口は一つだけで、監視まで付いたら、普通はそれで十分なのだ。


 変に金庫なんかを導入すれば、管理すべき鍵は増えるし、弾が必要になっても、どの鍵がどの金庫に対応しているか分からなくてまごつく事も考えられる。平時であれば構わないのだが、それでは何時訪れるか分からない火急の際に困るのだ。


 それ故、防犯体制の厳格化よりも、死体が押し寄せてきた時に素早く対応できるような体制が維持されてきた。


 だが、今は保管体勢に対して文句を言ってはいられない。既に拳銃は持ち出されているのだ。今更騒いだ所で、何もかも後の祭りである。


 「幸いにも持ち出された弾丸は少ないようだ。欠損分は38スペシャルが合計で二〇発と、9mmが三〇発という所だな。38スペシャルを使うニューナンブなどが多く持ち出されているのに、弾は9mmの方が多いのは急いで持ち出したからだと俺は思っている」


 弾はゴム印や小物を管理する為のプラスチックケースで管理しており、それらにラベル製造器で作った、弾種を書かれたラベルを貼って見分けている。


 そのケースが一つ丸々無くなっていた。それには38スペシャル、9mm弾と書いてあったのだが、他の箱からあぶれた物を纏めて管理してある端数分の物だ。


 それに、弾丸同士が直接ふれあって劣化しないようにするため、プラスチックケースに入っているバラの弾丸にはエアパッキンが使われている。故に、一箱一箱に詰まっている数は少なかった。


 また、この間確保された大量の9mm弾だが、実はスペースの問題もあり、警備室のロッカーで保管している物もある。武器保管庫はもともと掃除機や洗剤を置いておく為の倉庫だったので、そこまで広くないのだ。


 物を沢山置いて狭くなると、在庫の確認作業に支障を来すために取られた措置だった。


 これも、ロッカーが鍵付きで、簡単には持ち出されないようになっているのだが、此方の数は合っていた。


 時間的余裕があれば、しっかり必要となりそうな弾が沢山入っているケースを選んで持ち出すだろう。それも、可能であれば複数を。


 そして、保管場所の知識があれば、数が少ないケースではなく警備室の弾丸をカートンで持ち去った筈だ。


 にも関わらず、持ち出されたのは半端な数の弾であり、その上USPのマガジンに至っては、無くなっているのは一本だけ。あからさまに、自警団の管理体制や物資の保管状況に対する実情を知らぬ者の犯行であった。


 まだ、不慣れな者を装った自警団員の犯行という線は拭えないが、その可能性は薄いだろう。犯行は今日の午後以降、午前のチェック行こうの物だ。そして、午後からは自警団員は殆ど全員死体の掃除に参加している。


 見張りは雪が降った後は、人手不足を補う為に一人だけになったのだが、それはおやっさんが信頼する元部下の一人だ。銃器を持ち歩ける立場なのに、態々盗み出すことも、若者達に横流しするのも考えられない。


 本来なら、全員平等に疑うべきなのだが、今は法がまかり通っていた平和な時代ではないし、じっくりと調査している暇も術も無い。故に、上位者からの信頼や、普段の行動なども考えて容疑者を絞らなければならなかった。


 そうでないと、調査する人手も時間も無いというのに、無意味に味方を疑って時間を浪費するだけではなく、纏まっていた自警団の結束すら壊しかねない。そうなるなら、意味があるか怪しい身内に嫌疑をかけるような事は慎んだ方が幾分マシだ。


 それに、得てして現実の犯行はつまらない物だ。突発的だったり、衝動的だったりする物が殆どで、念入りに準備された物など殆ど無い。事実は小説より奇なり、という言葉もあるにはあるが、多くの現実はありふれてつまらない物である。珍しい事態だからこそ、記憶に残るだけに過ぎない。


 「一応、万が一、念の為にボディチェックと私物の確認はさせて貰うが、犯人は自警団には居ないだろう。まず間違い無く……我々に不満のある者の反抗だ」


 敢えて明言はしなかったが、誰が怪しいかなど今更考えないでも分かる。此処に集まった皆の中に、全く同じ予想が浮かんでいた。


 いや、最早それは予想というよりも殆ど確定した事実と言っても良いだろう。


 最近、露骨に不満を露わにし、他のコミュニティ参加者を煽り始めた者達。そして、武器保管庫の周辺を彷徨く者達が増えたこと。それらを全て加味すれば、誰が疑わしいかは明白であった。


 自警団は全員、簡単なボディチェックを受け、少ない私物類を見せていくが、拳銃は見つからなかった。普通ならば、私物の中なんて直ぐに見つかりそうな所に隠しておくなんてありえないが、念の為の確認だ。


 とはいえ、相手がそんな間の抜けた事をする阿呆だったなら、武器が持ち出される事も無かっただろう。


 「俺は諸君等を疑っていないし、諸君等も仲間を疑ってなどいないだろう。だから、俺は信じて話を続けさせてもらうぞ」


 ボディチェックが終わると、再び話を始めるおやっさんの言葉を遮る者があった。扉の側に背を預けて立っていた長身の少女であった。


 何が面白いのか分からないが、常に笑みを貼り付けた顔は今も笑みに歪んでいる。彼女は大型犬を連想させる豊かに波打った髪を掻き上げながら、声を上げる。


 「あ、ごめんおやっさん。遮って悪いんだけどさ、小銃とかは盗られてないの?」


 敢えて質問したのは、話題に上らなかったから、という実に単純な理由であった。自警団には多数のMP5も持ち込まれており、おやっさん達が持って居た89式小銃や、少女の愛銃であるM4カービンを含めればかなりの量になる。


 それが話題に上がらないことが不思議だったのだ。


 「小銃には被害は無い。あれも、場所を取るから此処に置いてある物も多いし、武器保管庫に置いてある分は、全部トリガーガードに自転車のワイヤー錠を通して棚に括り付けてあるからな」


 小銃や短機関銃は、一挺で無数の弾丸をばらまける事から閉所での戦闘においては驚異となる。そして、銃身が長い事から弾道安定性も高く、兵器として優秀だ。それ故に、小銃などは一等慎重に管理されていた。


 トリガーガード、引き金を覆う円形の部分に自転車のワイヤー錠を通して固定すれば、易々と持ち出す事は適わない。壁に固定されているラックの支柱に通したともなれば、鍵かワイヤーカッターでも持って居ない限りは不可能だ。


 その二つを用意せず、最も火力の高い武器を持ち出さなかった事も、おやっさんが外部班だと断定した要因の一つだ。もしも騒動を起こしたいか、事態をひっくり返したいならば、まず狙うのは小銃からだろう。


 少女はそれを聞くと、言葉を遮った詫びを言って口を噤んだ。


 彼女が質問した理由は単純だ。使い慣れた愛銃が、預けている間に盗まれていないか心配になっただけである。


 外に出るのなら対集団戦闘に特化した短機関銃を持ちたいと少女が言うと、代わりにM4は預けて行けと言われたので、彼女のM4は武器保管庫に預けられていた。それが安全かどうかが気がかりだったに過ぎない。


 銃器の慣れを覚えるのは時間がかかる。此処に辿り着くまでに命を繋いでくれて、感覚を掴んだ銃器は現状では体の一部に等しい。少女が心配するのも無理からぬ事である。


 おやっさんは咳払いを一つして、何事も無かったかのように話を再開した。自警団員達も、より悪い事態が起こらなかった事に安堵して話に集中する。


 「犯行は恐らく、雪が降り始めて見張りが一人だけになった時だ。理由もある……陸曹、話せ」


 陸曹が一歩前に出て説明を始める。雪の後の保管庫の見張りというのは、彼の事だ。


 「自分は雪が降り始めて人員が抽出された後、一人で武器保管庫の見張りを行っていたのですが、一人になってから五分ほどしてから通りの向こうで騒ぎがありました」


 警備室と武器保管庫は殆ど隣あっており、長い職員専用の廊下の中程に位置している。廊下の先は、片方が二階の売り場に通じており、片方がバックヤードに続いているのだが、騒ぎはバックヤード側の角で起こったそうだ。


 「騒ぎは、喧嘩でした。喧嘩というには一方的過ぎたんですが……若者、あの連中の中の一人が、中学生くらいの少年を殴っていました」


 誰かが小さく舌打ちをし、何処からか悪態が聞こえた。確かに、聞いていて愉快な内容ではない。


 「自分も、扉の前から離れるのは良くないと思ったのですが、流石に止めないと危険だと思って少し持ち場を離れてしまったのです。自分が駆けつけてからも殴り続けたりして、止めるのに少し手間取りました」


 怒鳴りながら柄の悪い男が少年を殴る絵面が簡単に想起された。最近、ともすれば階段の下などの死角で散見される光景だからだ。ストレスが溜まっているからか、暴力的な行動に出る者が少なくない。


 おやっさんが、騒ぎを止めるのにかかった時間はどれだけかと問うと、陸曹は少なく見積もって四分、長く見積もって六分と答えた。


 銃器を全部運び出すには短すぎるが、盗みを働こうと思えば不可能では無い時間。陸曹はふがい無さそうに俯いている。


 こりゃ間違い無いな、と呟くおやっさんに、でも鍵は無くなっていないと自警団員の一人が告げた。確かに、鍵は数が揃っている。


 だが、倉庫の鍵は簡単なシリンダー錠だ。知識とちょっとした道具があれば一分とかからず開けられる。絶対に不可能とは言えない代物なのだ。


 これが、ピッキングが難しいピンシリンダーの錠前で、ピッキング対策も施してあったならば鍵の盗難か複製を疑うが、鍵の質的に可能性は厳重に保管されている鍵の盗難よりもピッキングの可能性の方が高い。


 そういえば、家が鍵屋だったと言っていた奴が居たような気がする、と誰かが言った。気のせいかもしれないし、裏付けになるかもしれないが、今は参考程度だ。


 それに、ネットでちょっと調べれば単純なピッキングのやり方が分かった時だってあるのだ。そんな知識を絶対に誰も知らないとは言い切れない。


 「以上の事から、今回の銃器窃盗事件を外部の犯行と断定する」


 少し、張り詰めた空気が弛緩した。仲間に裏切り者は居ないと分かったのだ。事態は何一つ改善されていないが、より最悪の方向へ転がる事だけは逃れられた。


 「今後、危険な銃器が持ち出されている事もあるので……全員、常時拳銃を携行するように」


 先ほどより大きなざわめきが起こる。今までは警棒などを装備する事があっても、自衛官以外が銃を携行することなど殆ど無かった。あまり武装しては、普通の人々が怯えるからだ。


 だが、今は一般の参加者に配慮するよりも、もしもに備える方が重要だと判断したのだろう。壁に背を預けて笑っている少女も、自分以外にも対応できる人間が増えるので素直に喜んだ。預かり知らぬ所で事が起きて、気付いたら手遅れ、などという事態に発展する可能性が下がったのだ。銃があれば、もしも反乱が起きても対処はしやすい。


 「もちろん、奪われる可能性もあるから、今から自警団員は常に三人一組で動け。寝る時も、飯の時も、糞をひる時も三人一緒だ。闇討ちされて奪われ、銃が減ったら笑えないからな」


 自由が制限されるのも仕方があるまい。不満を言えるような状況ではないし、行動に制限がかかるのは今更だ。しかし、自分はどうなるのだろうかと少女は思った。


 流石に、年頃の女性が男性に張り付いて生活するのは風紀的によろしくあるまい。別に少女は気にしないが、相手の息が詰まるだろう。


 「警備室の常駐人数は五人。武器保管庫前の警備は三人。この三人は何があっても動かんようにする。それと、サブマシンガンの装備も許可する」


 警備を大仰にする意味はある。お前達が何をしたかは分かっているし、二度と同じ事はさせないぞ、という意思表示だ。それに、用心には行きすぎはあってもやりすぎは無い。できる限りの事はするべきだ。


 「警備は絶対に居眠りはするな。三人揃ってなんてのはあり得ないだろうが、絶対にだぞ。トイレに行きたかったら、警備室に詰めている誰かに換わってもらえ。いいか、絶対に銃を奪いやすい状況を作るな」


 全員が首肯しつつ肯定の声を上げた。少女も、気が抜ける間延びした声を上げておく。


 「よし、以上だ。解散、今からシャワーだな。名前を挙げた者は見張りだ。済まないがもう少し我慢してくれ」


 おやっさんを含めた自衛官と、数人の名前が見張りとして呼ばれ、他の自警団員達はシャワーへと向かった。今頃、倉庫でおふくろさんと呼ばれている、善意でコミュニティの雑事を監督する女性が準備を済ませている頃だろう。


 「後でチーム分けをする。その三人が自分の体の一部だと思って動け。何があっても離れるなよ」


 三々五々にシャワーへと向かう自警団達の背中に言葉が浴びせられる。集団行動は軍隊の基本とは言うが、本当に軍隊染みてきている。


 少女もさっさと汚れを落としたいから、ホルスターに銃をねじ込みながら部屋を辞そうとしたが、ふと思いついて立ち止まる。


 「ねぇ、おやっさん。私も三人一組?」


 だったら面倒くさいなぁ、と考えていたが、直ぐにそれは否定された。おやっさんは、お前は一人で良い。普段通りにしてろ、と言って言葉を切る。


 有り難いと言えば有り難いが、少しだけ引っかかる。相手の自主性やライフスタイルを重んじて、好き勝手をさせる甘い人物ではないのに、少女は普段通りの気ままな生活を与えられた。


 これは何故か。


 素早く思考を巡らせながらドアノブに手をかけ、簡単で単純で、そして合理的な帰結に辿り着く。


 「あいあい、囮は任せろー」


 去り際に振り返り、扉の隙間から顔を覗かせて満面の笑みを形作る。普段から浮かべている笑みよりも、一層愉快そうな笑みを。


 おやっさんの顔が歪むのを見ないまま、少女は扉を閉めた…………。











 雪に覆われた町があった。


 大阪では今も雪が降り続いている。少女は使えなくなったフライトジャケットの代わりにフード付きのウインドブレーカーを着込んで屋上に佇んでいた。


 周囲にはうっすらと雪化粧が施され、全てが凝ってしまった空っぽの街も、大きな諍いを内包した張り子の砦も構わず白く染め上げられている。


 うっすらと雪を浴び、何処までも白く塗りつぶされる町並みは、まるで平和だった頃を思い起こさせる。その光景は、とても静かで穏やかだ。


 未だ深々と雪は降り続け、この調子でいけば積雪は十数cm単位まで達するだろう。歩くのが困難になる程の積雪を大阪で見るのは少女にとって初めての事であった。


 クォーターである少女は海外で暮らしていた時期もあるが、大阪に滞在していた期間が一番長い。それでも、これだけの雪を見るのは初めてだ。もしも平和な時に降っていれば、高校の友人達はさぞや喜んだであろう。


 とはいえ、その友人だった者達も、最早雪に喜ぶ事などできないのだろうが。


 フェンス越しに街を眺める少女の後ろはとても賑やかだ。今、この小さなコミュニティに所属している大勢の子供達が全員遊びに出ているのだから当然だろう。


 雪玉を作るために積もった雪が何カ所かに纏められ、小さい雪だるまが林立しているかと思えば、その側では激しい雪玉の投げ合いが行われている。二チームで分かれて行われている雪合戦は、現在男の子が多い入り口側のチームが僅かに優性といった所か。


 屋上で雪遊びに興じている面々には、少女が良く遊び相手になってやっている四人も混ざっている。彼等には借りた物品を返すと共に、街で見つけた玩具屋から集めた玩具も渡してやったので非常に喜ばれた。


 彼等が屋上で遊んでいるのは、如何に安全が確保されつつあるとはいえ、未だ駐車場出遊ぶのは危険だからだ。死体が減って安全になったとはいえ、もしもの為に軽々しく出す訳にはいかない。


 今の駐車場は、バリケードの一部が取り壊され、その前に車を置くことで封鎖されている。新しく出入り口が作られたのだ。


武器が豊富に確保されたので、外に物資を求めて出る事ができるようになったからだ。それなりに物資は残っていても、あればあるだけコミュニティの参加者は安心する。それに、外征の理由になったのも物資の不足からだ。


 安全の為に引きこもっていれば、何れ枯死するし、ここぞとばかりに扇動者共が沸いてきて武器を寄越せと騒ぎ出す。お前達が行かないのなら、俺たちが行くと行って。


 そう言い出される前に、物資を集められるようバリケードが開かれたのだ。


 銃器が盗難に遭ってから今日で丁度一週間になる。少女の腰には今もベレッタM92Fが吊られており、背中にはMP5A5がスリングで背負われている。厳戒状態は発表こそされないものの、未だ自警団の中で持続中だ。


 しかし、何かが起こったという報告は来ていない。荒れていて喧嘩が頻発していたのに、そんな剣呑な雰囲気はなりを潜め、配給の増量されたコミュニティの中は平穏そのものだ。


 状況が改善したから、彼等も満足したのだろう、などと楽観視する者は少なくとも自警団の中には居ない。むしろ、嵐の前の静けさとして警戒を強めている。


 次に何かやらかすとしたら、頼りない武器の補充だろうからと、建材を保管している一角や武器保管庫の周辺は空気が張り詰めている。用も無く近づいたら、自警団員でも警戒される有様である。


 だが、現状を詳しく知らない一般参加者達は幸せそうだ。子供達も、食べ物が美味しいし、お父さん達はみんな機嫌が良くて喧嘩もしなくなったと素直に喜んでいる。


 この幸せと平静が壊れなければ良いのになと、少女は思った。平和であればあるほど、自分は生きて行ける。自分は、まだ生きていたい。


 相手の幸福を喜んで笑うのでは無く、幸福が益になるから笑う。とことん自己中心的で、嫌な生き物だな、そう感じて少女は貼り付けた笑みをそのままに、内心で己に唾を吐いた。


 たまに、こんな他と違う歪な自分の精神が嫌になるが、それでも自分は変われない。いや、もしも変われるとしても変わろうとはしないだろう。その方が楽なのだから。


 どーしよーもねーなぁ、と自嘲気に口の端を歪めると、背後に気配があることに気付いた。そして、何かが投じられようとしている動作も。


 殺気というのは、希に感じ取ることができる。視線や意志というものには、場合によっては無言の圧力が込められており、それに気付いて死を避けられたりする。


 しかし、これはそんな恐ろしい物ではない。それに、気付いた切っ掛けとて、腕を振り上げた際に立った衣擦れなのだ。


 少女はにんまりと笑いながらタイミングを計り、ここだ、と思った所で体を右に倒すと同時に半身になり、背後へと振り返った。


 寸分違わぬ間に鼻先を投射物が、それなりの速度で通り過ぎていき、フェンスにぶつかって散華した。


 それは、手で握り固められた雪玉であった。丁度、子供が掌に収まる大きさの物で、石も何も入っていない極めて優しい物である。


 振り返りきる寸前に、えっ? という言葉が聞こえた。少女には聞き覚えのある声である。


 「……やっべ」


 振り向くと、そこにはトレードマークの坊主頭にニット帽を被り、ダウンジャケットを着た子供が居た。何かを投げるため、腕を振り抜いた体勢で固まっている彼は、少女がよく遊び相手をしてやっている四人の子供達の一人だ。


 「甘いなぁ、私にバックアタック喰らわそうなんて、五年は早い」


 妙に具体的な年数を提示しながら少女は少年に対面し、満面の笑みを浮かべながら腕組みをする。溢れんばかりの輝かしい笑みは、得も言えぬ威圧感を放っていた。


 普段浮かべている笑みよりも口角をつり上げた笑みは、何処か空恐ろしい雰囲気を放っている。何をしようと目論んでいるのか、そして何をされるのか、悪い予感はするのに引き起こされる事態を想像させない複雑な笑みは、少年の胸中に凄まじい恐怖感を想起させる。


 顔面に雪玉をぶつけられるのか、それとも単純に殴られるのか。一番悪いとこまで考えると、逆さ吊りにして屋上に放置されるということも考えられる。


 普通の分別ある大人ならやらないのだろうが、この女ならやりかねない、という思いが少年の中にはあった。本質的には、この少女は面白いことが好きなのだ。


 どちらかと言うと、子供なのである。


 運動して体温が上がっていた為に流れていた汗とは異なる汗が、少年の額を伝って顎から落ちた。ダウンジャケットに付着した汗は、周囲の気温に冷やされて即座に薄い氷を貼るも、尚も絶えぬ嫌な予感に少年の汗は止まる事は無く、むしろ体温が上がって生じる温度差が嫌な怖気をもたらす。


 「さて、どうしてくれようか」


 組まれていた手が解かれ、十指がそれぞれ独立した生命体であるがの如く不規則に蠢動する。


 「ひっ、ごめんなさ……」


 「問答無用!」


 時の首相、犬飼毅が暗殺された時に決行者たる青年将校が放った台詞と同じ文言を叫び、少女はニット帽に包まれた頭を掴むと、ひと思いに雪玉を作る為に集められた雪の塊へと叩き込んだ…………。











少女が少年に執行した刑は極めて優しい物であった。あくまで、本人の中での価値観であるが。


 雪玉を作るため集めた雪の塊に突っ込み、軽く埋める。それだけだ。窒息するほど雪を被せた訳でも無く、長時間閉じ込めた訳でも無い。精々一、二分の短い時間に過ぎない。


 ガソリンスタンドから灯油を取ってこられたので、今は石油ストーブが稼働しているから凍傷を起こす危険も風邪を惹くリスクも少ない。考え無しに動いているように見えるが、少女は少女なりに考えて行動に移している。


 今頃は服を着替えて互いの健闘を称えながら、怖かったね、などと感想を述べつつストーブを囲んでいる筈だ。もしかしたら親が暖かい御茶やお菓子を差し入れているかもしれない。


 かく言う少女は、やり過ぎだとおふくろさんに怒られて屋上に隔離されていた。少女も寒かったのでストーブに当たりたかったが、どうにも恰幅の良い中年女性にきつく睨まれるとおっかなくていられない。少女はすごすごと屋上に退散した。


 今は、苦笑いと共にエコーが差し入れてくれた水筒に入っている暖かいコーヒーを啜っている。折角ストーブを付けているのだからと、湿度を保つついでに置かれた薬缶でお湯が沸いているので、それで入れたのだろう。


 水筒の蓋を兼ねたカップからは、なじみ深いインスタントコーヒーの安っぽい芳香が漂う。雪が降って水問題が解消されたせいで取水制限も緩和されているようだ。


 薬缶に雪を詰めて溶かし、それを覚ましてから濾過器を通す。こうすれば大気中に多く含まれている不純物を取り込んでいる雪であっても安全な飲み水になる。暫くは飲み水に苦労はしそうにない。濾過する役割を与えられた一般参加者達は大変だろうが。


 電波塔の基礎に腰掛けて啜るコーヒーは入れ立てであるのかとても温かい。不用意に口に含めば舌を火傷するほどに。


 どうせならフレッシュとかも持ってきてくれれば良いのにと少女は愚痴ったが、差し入れてくれただけでも有り難いので、これ以上の文句は飲み込んでおくことにする。


 それに、自分が一人で居るのは結構重要な事でもあるのだし。そう思いながら少女は徐にコーヒーの中身を背後にぶちまけた。


 「あっちぃ!?」


 右手に持っていたカップを垂直に振り上げ、肩を通して背後へと飛来するよう計算して投じられた中身は、上手いこと背後に立っていた人間の顔に降りかかったようだ。


 重畳重畳、そう思いながら少女はしゃがんで撓めていた大腿筋を駆動させ、全体の筋肉と連動させつつ跳ね上がる。それは単純に立ち上がるだけでは無く、体を右に振って起立と反転を同時に行う動作だ。


 右からスライドして正面へと変わりゆく背後の光景を見ると、一人の男が顔面を押さえて体を屈めかけ、その背後で突然の反応に驚いたのかもう一人の男が反射的に体を背後へと泳がせていた。


 真逆此処まで上手いこと吊れるなんてねーと意識の中で呟き、右足を踏み込んで振り返る動作に合わせ、足裏が地面をしっかりホールドする瞬間に左脚に地面を蹴らせた。


 日本人離れしてしなやかに長い足は下から上へ跳ね上がる見事な円弧の機動を描き、全身で連結している体の構造に逆らわず、状態を右へと逸らしてやる。


 蹴り脚の踏み出しと、しっかり噛み合った軸足が伝える大地の堅さ、そして、撓るように踊った体が繰り出す脚撃は、褄先に加速度を宿らせ、恐ろしい破壊力を一部も余さず着弾地点で炸裂させる。


 まるで、予めレールでも敷いてあったかの如く顔に熱いコーヒーを浴びて悶えていた男の横っ面に蹴りが突き刺さった。本来ならば、もう少し下にある顎を狙うのだが、どうやら屈んでいるせいで僅かに狙いが逸れたようだ。


 それでも、完璧なフォームで放たれた振り向きざまの左ハイキックは、素晴らしい威力を発揮して見せた。男の体が中心軸を起点に、加えられた衝撃に従い左へと倒れる。その有様はまるで何かの冗談のようであった。


 振り抜いた足先は、股が大きく広がり少女の頭頂部近い所に達している。完璧な蹴りが引き起こした破壊は、少女の脚に痺れを伴って実感を残す。恐らく、首の筋を痛めるか、七本ある首の骨の内何本かをへし折ってしまったかもしれない。


 いっそ見事なリアクションであると称えたくなる勢いで倒れる男。しかして、彼等の接近に少女が気付けたのは偶然では無いし、超生物的なカンが働いたわけでもない。


 単純に、持っていた水筒のカップ、その縁が鏡面加工されたステンレスになっており、角度によっては背後が見えていただけだ。


 ここしばらく、少女は割と真面目に警戒をしており、可能ならば背後も窺えるポジション取りを心がけていた。全て、武器を持って単独行動している自分を狙って来るであろう敵に対しての備えだ。


 しかし、屋上の扉が最近音も無く開けるようになったなと思って居たが、恐らくは屋上で孤立した時に襲撃しようと企てていたからだろう。一々断末魔の軋みを上げられては忍び寄りようが無い。前もって油でもさしておいたのだろう。気の回る連中である。


 とはいえ、その気の回る連中の一人は物理的に半回転させられたのだが。むしろ、倒れるというよりは地面に叩き付けられる、と形容した方が正しい勢いである。


 ちょっとやり過ぎたかな、と思いつつ素早く脚を降ろして体勢を整えようとするが、少女の視界を嫌な物が掠めた。


 たった今蹴り倒した男の背後に立つ、もう一人の男。彼の掌には拳銃が握られていたのだ、正しく盗難被害に遭っていたニューナンブ、その拳銃が。


 左脚が引き戻されるかどうかの間に咄嗟の判断を下した少女は、懐のホルスターからM92Fを抜き放つ。手に馴染んだグリップを握りしめ、反射的に親指でグリップ後部のセーフティーを弾き上げ、感覚に従って狙いを付けた。


 彼我の距離は三m程度だ。ズブの素人なら外す事もある距離だが、死体相手に嫌というほど射撃を繰り返した少女が外す距離ではない。


 今大切なのは距離では無く時間だ。相手は驚いた表紙に体が泳いで銃口を此方に向けられておらず、視線は倒れた仲間に向けているが、驚異である事に違いは無い。


 この距離なら、碌に狙わないで撃っても当たる可能性がある。そして、治療を期待できない現状では一発が致命傷になり得るのだ。


 相手より一秒でも速く狙いを付けて引き金を引き、無力化しなければならない。少女は時間が無限に引き延ばされたような感覚を味わいながら銃口を巡らせた。


 嫌に緩やかな時間の中で、相手も反応して銃口を擡げ始める。狙いは恐らく腹だろう。腕の動きは脚や頭を狙う角度ではない。


 それでも、少女の方が僅かに速かった。銃口が向けられたのは銃を保持している右腕、その前腕部だ。


 銃を直接狙うと壊れるし、暴発や跳弾の危険性がある。それなら、狙うのは前腕部の方が安全だ。


 体が命ずるままに引き金を絞り、くびきから解き放たれた撃鉄が落ちる。雷管を叩かれた弾丸が、その身に湛えた装薬を激発させ、薬室の中で発生した圧倒的な爆圧が弾丸前部の弾頭を押し出すと同時に、機構を発動させてスライドを押し下げ、薬室を露出させる。


 弾丸は旋条が刻まれた銃口の中を回転しながら駆け抜け、余剰圧力が薬莢を外へと押し出す。そして、その事実を認識するよりも速く、音より速く飛翔した弾丸が右手前腕部へと突き刺さった。


 腕を襲うリコイルを膂力で押しとどめ、少女は続けて引き金を引く。念の為のダブルタップ、此方に向けて、偶然であっても弾を放たせてはいけない。


 二発目の弾丸は初弾とは僅かに異なる軌道を描き、男の肘関節へと飛び込んで、骨を削り、柔らな軟骨を削ぎ、筋をめちゃくちゃにかき回した後、軌道を歪めて外側の側面から飛び出していった。


 血がしぶき、拳銃が手からこぼれ落ちる。雪に、冷たい鉄の塊が刺さるように沈み込んだ。恐らく、彼の右腕は二度と使い物にならないであろう。


 いや、最初から使い物にならなくしてやるつもりで撃ったのだ。


 男は射貫かれた肘を押さえ、情けない声を上げながら屋上に転がる。剰りの痛さに絶えかねたのだろう、股間の辺りが滲んで湯気が立っている。失禁したのだ。


 激痛のあまり失禁するのは珍しい事では無いと言う。しかし、それでも少女は油断せずに取り落とされたニューナンブに駆け寄って拾い上げる。ここまでやって初めて、完全に無力化できたと見るべきだ。


 階段の方が騒がしくなるのが聞こえた。それもそうだろう、屋上の方で二発も銃声が響いたのだから、何事かと騒ぎになるのは当然の事だ。


 少女は、その内自警団が来るだろうけど、先に連絡しておくべきかと思い、トランシーバーを取り出して繋げる。選んだ周波数番号は、おやっさんの物だ。


 「もしもーし、おやっさーん」


 くぐもり、変性した声がトランシーバーのスピーカーから響く。音が割れてくぐもっていても、本人の物だと分かる声だった。


 『今のはお前の仕業か?』


 声には驚きや焦りなどの色は見えない。少女を元より囮として使っていたのだ、起こる事が分かっていながら驚く者は居ない。


 「そだよ、無力化しといたから。一人は危ないけど、もう一人は死んでない。銃も一挺回収できたよ」


 暫しの沈黙の後、再びトランシーバーが音を立てる。


 『分かった、救急箱を持って直ぐに行く。死なせないように軽く手当しておけ』


 適当に返事をして、通信を終えると、少女は顔面に蹴りを喰らって倒れている男の肩を掴んで起こしてみたのだが、頭が重力に引かれて体に置いて行かれ、妙な方向へと曲がった。


 どうやら頸椎がねじ切れてしまったようだ。勢いに任せて蹴りすぎたらしい。


 いや、よくよく見れば、顔面もインパクトの場所から奇妙に歪み、目は飛び出すのでは無く陥没している。そして、ブーツには踏み抜き防止の為に靴底と、落下物から護る為につま先に鉄板が入っているのを思い出す。


 そんな物で見事なハイキックを食らった日には、鍛えていない人間の頸椎など簡単にねじ切れよう物である。


 ……まぁ、情報を得るには一人生きてればそれでいいよね! と開き直り、少女はポケットからハンカチ代わりに使っているバンダナを取り出した。これで、痛みで藻掻いている男の脇を縛って血流を止めてやるのだ。直ぐに死にはしないだろうが、失血で死なれると折角の情報が手に入らなくなってしまう。


 「死んでた方がいっそ楽だったかもね」


 此処には赤十字もハーグ陸戦条約も、ましてや拷問禁止条約も無いんだから。傷口を縛り上げながら少女が口の端をつり上げて嗤い、男は痛みも一瞬忘れて喉を鳴らした。


 騒ぎを聞きつけて屋上にやってきた自警団が扉を開いたのは、それと殆ど同時の事である…………。

 長々と待たせて申し訳ありません。私です。一ヶ月ぶりくらいですかね、何だかもう、何時終わるのやら。ちょっと、新しい研究の内容を考えたり、免許教習がそろそろ危なかったり、ゼミが始まって忙しかったりと立て込んでおります。


 今回は前回に続きコミュニティ内での動きでした。ちょっとずつ盛り上がってきた所ですね。とりあえず、もうちょっと早く書き上げられたらいいのですが。


 感想や報告などありがとう御座います。近々、纏めて一気に返事と修正してしまおうと思って居ます。荒い部分が多いので、一話からちょろちょろ修正する予定でもありますけれども、大々的に変更される事は無いのでご安心を。間違い探しのように読み返すのもストレスですから。それでは、次回まで今暫しお待ちください。

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