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青年とロープとナイフ

 若干のグロ描写……そこまででもないかなぁ。一方的な暴力が苦手な方はスキップした方が良いかもしれません。

 痛みがあった。焼け付くような痛みが脳髄を駆け巡っている。脳が自己を覚醒させると同時に、苦痛だけを感覚器が与えてきた。


 主な痛みの根源は三つ。一つは、左の二の腕に感じる局部的ながらも深い場所に根を持つ灼けるような苦痛だ。


 もう一つは、右手の先端より感じる鈍痛。苦痛と形容するよりも、痺れるような感覚に近い痛み。感覚が遠く失せ、熱を持っている。微動させると、鋭い痛みが返ってきた。


 そして、最後に大きいのは後頭部より響いてくる断続的かつ鈍い痛みだ。これは、恐らく打撲だろう。しかし、体中に酷い痺れを感じたりはしないので、脳に致命的な損傷は来していないと思われる。だが、大きな瘤くらいは覚悟しておくべきであろう。


 痛みだけが意識を押しつぶし、呼吸をする事も苦しかった。一度、意識を落ち着けるために大きく呼吸しようと思い、実行すると痛みに襲われて酷く咽せた。横隔膜が痙攣し、喉が軽く顫動する。


 どうやら、腹筋も少し痛めているようだ。大きく呼吸すると若干の痛みがある。殴り倒された時に受け身も出来ず倒れ、そのまま乱暴に運ばれたのが原因だろう。


 軽く咳き込みながら、体の反射として涙が目尻より滲むのを感じた。痛みに耐えながら目を開くと、目の前には薄汚れたコンクリートの床があった。


 咳によって荒れた呼吸を整えつつ、自分の状態を確認する。手は、体の後ろでロープか何かで括られており動かせない。同様に、足も足首でロープにて束ねられていた。


 体の幾らかが固定されており、苦痛によって動かす事がままならない。まるで芋虫にでもなったようだ。体の要所が押さえられているので、立ち上がる事は愚か、仰向けになる事も出来そうになかった。


 また、服装であるのだが、防弾ベストははぎ取られ、武装が無くなっている。太股と脇のホルスターは取り去られ、纏っている物は私服のみとなった自分が居る。


 そして、自分の右手を打擲した少年を殺した際、下半身に被った臓物や糞尿が乾いて異臭を放っていた。スラックスの布地に染みこんだそれらが、洗われる事もなく放置されているようだ。


 痛みと据えたような悪臭を思考の隅に追いやりつつ、何だ、まだ生きているのかと青年は思った。


 死ぬ時は何をしていても死ぬ、それが真理だ。それこそ、戦場の中央を遮蔽物も無しに駆け抜けようとも死なない時は死なないし、道を歩いているだけでも死ぬ時は死ぬ。


 自分もそうだ。あの状況で、単に運が尽きただけだと思っていた。青年はドジを踏み、まんまと敵の術中に嵌まった。戦っても勝てない状況に持ち込まれたのだ。


 率先して死にたいとは思わなかったので、積極的ではないものの、今まで人を殺しもした。生き残れそうな状況なら生き残れるように努めた。


 しかし、死ぬのならば、それはそれで仕方が無いとも思っていた。だからこそ、あの場でカノンを逃がして戦った。カノンを逃がさねば自分はキャンピングカーを失って死ぬし、逃がしても戦って死ぬ事になるだろう。どの選択肢でも死ぬのならば、相手への抗議として最も得をさせぬ行動を取ったに過ぎない。


 しかし、自分は覚醒し、此処に転がっている。どうやら、まだ利用価値があると思われ、自分は生きているようだ。


 口の中が寝起き特有の感覚がして気持ち悪かった。水分が足りなくなり、かつ細菌が発生することによる口臭が気になる。数十分でこうはならないので、何時間かは気絶していたようだ。


 鈍痛に耐えながら、僅かに頭を上げる。視界はぼやけているが、別に命には関わりはしないだろう。


 コンクリートで埋まっていた視界を持ち上げると、やはり壁も無機質なコンクリートの打ちっ放しであった。窓は無く、扉は無機質な金属の代物だ。見たところ、此処は地下に設けられた倉庫か何かであろう。


 僅かばかりの段ボールのみが置かれたがらんどうの部屋。広さは十二畳ほどはあろうか、窓の不存在が地下である事を報せている。地上であれば、建築法の問題で窓を設けなければならないはずだ。


 また、天井の中央にて二本の蛍光灯を備えた電灯が安っぽい光を此方に投げかけている。その事から、此処には電力が供給されている事が伺えた。そうでなければ、暗くて部屋の全容など分かるはずも無い。


 分かった事はそれだけである。情報がなさ過ぎる。地下室であることは分かっても、何処かは不明だ。あの街の何処辺りで、どのような施設の中にある地下室なのか、推察のしようもない。


 ある程度考えるなら、地下室があって、かつ発電所が停止しても電力をまかなえる場所……病院か警察署だろうか。これらの施設であれば緊急時の為に発電機くらい備えていて当然だろう。


 場所が分かろうとも、どのみち万事休すには変わらないかと、青年は首の力を抜いて床に額を降ろした。正直、後頭部の痛みがあるので長く動いていたくなかった。


 考えるまでもなく、此処は敵地の中央だろう。そして、自分は身動きを完全に封じられ、尚且つダメージも深く残っている。頭部打撲のせいで思考はイマイチ纏まりきらず、目の前がぼやけた状態で戦闘行動など出来ようはずも無い。


 それに、武装も無い。その上、自分が身に纏っていた武装が無くなっていると言うことは、その武装がそっくりそのまま相手に渡っていると言うことだ。残念な事に、素手で小銃を持った相手を制圧出来るような力量は持ち合わせていなかった。


 要するに出来る事は何も無い。ただ、俎上の鯉の如く無様に転がっているだけだ。


 僅かに体を身じろぎさせて、体の据わりを直す。地面が固く冷たいので、少しでも接地面積を減らして体力の消耗を防ぎたかった。


 左腕の手首には、ロープ以外にも締め付ける感覚が残っていたので、どうやら時計は奪われていないらしい。しかし、後ろ手に括られているので時間を確かめる事は出来ない。一体今は何時で、どれだけ自分は気絶していたのだろうか。


 腹の減り具合から、何日も寝ていたという事はないと思う。軽く小腹が空いている位なので、大体長く見積もっても四時間かそこら辺だろう。


 ただ、痛みに耐えながら、じっと無機質なコンクリートの地面を見つめながら過ごした。時計が見られない上に、窓も無いので時間の経過は分からない。ただ無為な時間というのは、何とも虚しくて暇だ。


 砂粒を数えて時間を潰す。どんどんと感覚が麻痺していき、ただ単調に押し寄せる苦痛のみが先鋭化していく中で、青年は時間を浪費しつつ思考を巡らせた。


 二の腕の傷や指は経過と共に痛みを増し、熱を持つようになってきたが、打撲の痛みや頭のぼやけた感覚は時間が経つにつれて薄れてきたので、予想した通り重症ではなかったようだ。


 考えるのは、脈絡の無い推察だ。生きているのならば、精々生き延びるための努力をするだけである。殆ど詰んでいるように思えるが、考えてみれば何とかなる事もある。


 現状での脱出は不可能だろう。四肢は拘束されており、扉が施錠されている確率は高い。もしも鍵が無かったとしても、面に見張りを立てるか、何かしらの障害を置いて開かなくする程度の対策は立てていよう。


 体のコンディションは万全とは言い難く、人差し指はあらぬ方向を向いていて動かすのが辛い。素人診断だが、折れているか、脱臼しているかの何れかである事は確実だ。指を其処まで痛めた事が無いので判断し辛いが、痛い事に変わりは無い。


 また、左の二の腕も痛む。しかし、幸いな事に矢は抜かれていた。彼等も無駄遣いは出来ないだろうから、再利用する為に引き抜いたのだろう。しかし、抜き方が乱雑だったのか、傷口が広がっているらしく嫌な痛みが断続的に続いていた。


 どちらも早急に手当しないと酷い目にあうだろう。傷が化膿するか、何かしらの感染症に冒される危険性が高い。車に戻れれば治療器具もあるし、万一感染症になっても医薬品がある。


 しかし、ここでは適切な手当は望めそうに無い。生かしているということは、何かしらの目的があるのだろうが、態々捕虜ごときに貴重な医療品を使う事はあるまい。


 生き残りたいのであれば、早急な脱出が急務だ。何が目的かは分からないが、目的を果たしたら青年は遠からず始末されるはずだ。既に二人殺しているのだし、生かしておく理由はどこにも無い。


 とは言ったものの、脱出するにしても何かしらかの進展が起きないと……。


 そう考えた瞬間、ドアノブが僅かに回った。そして、警戒するように少しずつ扉が開かれる。


 体を捻って其方を向くと、顔を顰めて立っている人相の悪い男が居た。頭を坊主に丸め、何かのファッションであるのかそり込みを入れている男だ。右手は包帯で雁字搦めに巻かれており、左手にM92Fを携えている。


 どうやら、自分の銃撃は指を完全に破壊していたようだ、包帯には血が赤く滲んでいる。そして、顔を顰めているのは……どうやらスラックスの臭いが気になるらしい。それもそうだろう、糞尿の臭いなど嗅いでいて気分の良い物では無い。青年はもう鼻が悪臭に慣れてしまったが、入って来たばかりの男はそうはいかない。


 扉を開けて男が入ってくると、後ろにもう一人男が続いた。中肉中背で、男と似たようなジャージを着た青年で、何があったのかは知らないが右頬を盛大に腫らしていた。


 彼は右手でM37エアウェイトをだらしなく保持している。M92Fも、M37も青年から奪った装備のようだ。あれだけ丁寧に整備された銃があれば、彼等は青年を囲んだ時に持ち出していただろう。


 「お目覚めか、糞野郎」


 そり込みの男はあからさまに不機嫌そうであった。それはそうだろう、自分の指を吹き飛ばされて笑っている男が居たら、それは行きすぎたマゾヒストか単なる狂人だ。そして、彼はそのどちらでもないだけのことである。


 「おかげさまで心地よい目覚めだ」


 投げかけられた言葉に皮肉で応じてしまうのは悪い癖だな、青年は寝転がった状態から顎を蹴り飛ばされながら思った。口を開いていた所なので、危うく舌を噛み切ってしまうところであった。


 青年そのものに苛ついたのか、返答がカンに障ったのかは分からない。男は地に伏す青年の顎を蹴り上げ、腹に蹴りを一つ入れた。


 青年が咳き込み、口から僅かに血を零す。


 「俺がしゃべれと言った時以外に口を開くんじゃねぇよボケ。ぶっ殺すぞ」


 男も本気で蹴ったのではないだろう、青年の意識が刈り取られはしなかったが、口の中が切れていた。血の味を口腔内に感じながら、腹を蹴られた痛みに反応して咳が出て、唾液と混ざって泡だった血液を吐いた。


 無茶苦茶するなと思ったが、暴力を振るわれるのは織り込み済みだ。法の監視下に無い尋問で、暴力が用いられない訳が無い。


 歯が折れなくて良かったなと舌で歯列を撫でつつ、青年は男を見上げた。相当気が立っているらしく、冷静さなど欠片も感じられない。これは下手な事を口走ったら本当に頭に鉛弾を叩き込まれそうだ。


 冷静であれば、ここで殺したら問題だと思って踏みとどまるだろう。何の為に生かして確保したのかと。しかし、激高していれば、焦るのは殺してしまってからだ。ここは相手を挑発しない方がよかろう。


 口を噤み、ただ相手が何かを言うのを待った。鼻息が若干荒く、額に汗を搔いている。指を駄目にされたのが相当頭にキていると見えた。


 「テメェは誰で、何の目的で此処に来たんだ。ええ?」


 問われた、という事は答えて良いのだろう。むしろ、黙っていては蹴りが飛んできそうだ。なので、青年は素直に答えた。


 「単なる生存者だ。此処には物資を求めて偶然立ち寄った、ただそれだけだ」


 男は答えを聞くと同時に、青年の態度を値踏みしている。本当かどうかを考えているようだが、嘘など吐きようも無いので考えられても困る。


 そもそも、彼等には兵隊を差し向けてくるような敵対組織に覚えがあるのだろうか。抗争が出来るような人数の団体が複数存在していれば、死体が雲霞の如く集まってきていそうな物だが。


 「他に仲間は?」


 「一人だ」


 「あの犬は何だ?」


 「同行者だな」


 投げかけられる質問には全て答える。隠すべきなのは、キャンピングカーの存在だ。それを知られるのは、今後の進退に関わってくる。


 まぁ、既に知られていたのならば、単なる道化だな。そう思いつつ、口腔内の裂傷から滲み出た血を返答の合間に吐き出した。あんまり飲み込むと、血が胃に溜まって気分が悪くなってしまうからだ。


 「なんで犬を逃がした」


 聞かれたくない質問が来た。知っているのか知らないのかは分からないが、情報を隠し通す必要がある。あのキャンピングカーを奪われると、青年は破滅だ。例え生かされたとしても、その後に期待は出来まい。


 「犬好きでね、死なせるのは忍びない」


 臆面にも無い事を極めて自然に吐き出した。動物は嫌いでは無いが、自分の命に優先させる程では無い。


 「ざっけんな、ぶち殺されてぇのか?」


 静かな怒声と共に、男の足が左肩に乗せられた。庇うように左を上にして寝そべっていたので、頸部が圧迫されて苦しい上に、二の腕の傷に響く。


 「いや、至極真面目なのだがね」


 「ほぉ、じゃあ犬っころの為に俺の指ふっ飛ばして、仲間を二人も殺してくれたってのか?」


 ああ、やっぱり死んでいたか。肩にかかる体重が徐々に増え続け、痛みが増すのを感じながら青年は内心で笑った。敵戦力がしっかり減ってくれていた事は素直に有り難い。


 「そうは言うがな、殺されそうになって、大人しく死にますという人間がいるかね?」


 「ああ、そうだなクソッタレ。だが言っただろ、答える時以外に口を開くんじゃねぇよクズ。本当にぶっ殺しちまうぞ」


 内容がさっきと変わっている。そして、何度殺すという脅しを使えば気が済むのだろうか。殺すという脅し文句は直接的で分かりやすいが、何度も口に出すと説得力が失せる。ここぞという時に一度だけ言うのが正しい使い方だ。


 しかし、徐々に追加される体重は物理的な驚異ではある。息苦しくなってきたし、傷口が近いので嫌に響く。


 「もういっぺんだけ聞くぞ、なんで、犬を、逃がしたんだ」


 体重の乗りが一息に増やされた。呼吸が苦しくなり、痛みが加速する。しかし、予測はしていたので耐えられる。


 苦痛が大きくなり脳の処理が上手くいかなくなったのか、視界が白熱するも、無様に苦痛の声を上げることなどせず、あくまで調子を一定に保って答えた。


 「だから、犬が、好きなんだよ」


 「ざっけんなゴラァッ!!」


 三度目の蹴りが来た。できる限りの速度と体重を乗せたであろう蹴りが、二の腕に突き刺さった。


 重心が安定しておらず、速度も今ひとつの上、単なる運動靴から放たれたトゥーキックであるが……既に出来上がっている傷に当たるとなると、苦痛は想像を絶する。


 人は本当に痛い時、声を出す事が出来ないというが、どうやらそれは嘘ではなかったようだと青年は己が身を以てして実感した。


 声を上げるために喉をそり上げ、口をくも、出てきたのは肺腑より空気を押し出す乾いた短い音のみ。それと共に僅かな唾液と血が口から零れただけだ。


 既存の深い傷に振るわれた暴力は、本来秘めている力以上の苦痛を伝えてくる。耐えがたい痛みが二の腕を中心に走り、苦痛が全身に伝導して、弱まりつつあった各部の痛みが再発する。


 激痛に身を屈める青年に、容赦を知らぬと言ったように、蹴りがもう一撃、傷を負っている二の腕に見舞われた。次いで、三発目と四発目が続き、最後に五発目が叩き込まれる。


 目の前が赤く染まる幻覚が見えた。痛みや我慢は視界に影響を及ぼす事があり、白く白熱したり赤く染まる事もある。激痛に思考と視界が塗りつぶされた青年に出来るのは、ただ乾いた息と唾液を零す事だけだ。


 痛みにはある程度慣れたつもりではいても、いざ味あわされるとなるとやはり痛い。痛みには慣れるのではない、我慢出来るようになるだけなのだなと青年は思い直した。


 五発目から先の蹴りは照準の定まらぬ乱打であり、連続するが故にブレが激しく重心も更にずれている為、然程のダメージを与えはしなかった。青年にはそれらの蹴りを気に掛ける余裕など既に無く、二の腕の激痛に身を捩っている。


 五分も蹴り続けた頃であろうか、もう一人の男が死んじまうよ、と人相の悪い男の肩を掴んで止めた。男の息は蹴りを放っている間中罵声を投げかけていた事もあって、かなり上がっており、顔の汗の量は増え続けている。


 自分を止めた仲間を暫し睨め付けた後で、男は一度深呼吸してから、痛みに耐えるように身を丸めていた青年の顔に唾を吐きかける。


 「今は此処までにしておいてやる。絶対なんかあるんだろ、態々逃がしたって事はよぉ。何か持たせてるんだ、大切な物を」


 傷の深さが増しているのだろうか、出血が始まったのか何かが腕を伝う感覚があった。そして、男の言葉を聞いて青年は僅かに好機を感じる。


 カノンを逃した理由が露見していない事は別に期待していなかった。例え大切な犬であっても、態々命を投げ捨ててまで逃がす者は極めて少ないだろう。そして、青年がそんなタイプの人間でないことは言葉を交わせば容易く理解出来る。


 しかし、自分がカノンを逃した理由は知られているものの、何を隠すために逃したのかは知られていない。これは全く以て幸いだ。


 もしも、車のキーである事が知れていれば、相手は車を隠せそうな所を探しただろう。そうすると、キャンピングカーが何時か発見されてしまう。別に鍵が無くとも、壊して扉を開けば中の物資は奪えるのだ。


 しかし、今はまだ、目処が付いていない。そうなると、探すにしても当て所なく探すしか無い。そんな事を命じても、仲間から反発が出るだろう。人間、意味があるかどうか分からない事をさせられるのが一番ストレスを感じるのだから。


 身を苛む苦痛を奥深くへと受け入れ、体を丸めているが故に隠れた顔に、青年は笑みを浮かべた。少しでも痛みを誤魔化す為の行為に過ぎないが、その笑みの邪悪さを男が視認すれば、あまりの薄気味悪さに頭をはじき飛ばしていた事であろう。


 口の両端を弓弦の如く引き絞り、半目に開かれた虚ろな瞳が作る笑み。それは何処までも不気味で薄気味の悪い物であった。


 「死にたくなかったらさっさと吐いた方がいいぜ、馬鹿野郎」


 男は最後に右横腹に蹴りを一つくれてやると、心の底から不機嫌そうに肩を怒らせながら部屋から去っていた。後に残されるのはおつきの男だけだ。


 彼は床に横たわり、泡だった涎や微量の血液を撒き散らしている青年を汚らしい物でも見るような目で見てから、外から持ち込んだのであろうパイプ椅子を広げた。どうやら、彼は見張りとして此処に取り残されるようだ。


 二の腕に走る絶え間ない激痛に耐えつつ、青年は軽く身を捩って更に丸まった。この痛みが引くまでには相当時間がかかるであろうし、暫くは大人しくしておく必要性があった。


 頭部打撲の痛みは大分和らいだが、他のダメージが思ったよりも重い。体中を散々に蹴りつけられたので、そこかしこが熱を持って痛む。


 この惨状から分かるとおり、相手は暴力を振るい慣れているが、加減するという事を知らないか、意図的にしない習慣でもあるのだろう。つまり、尋問の手段としての拷問をするには適していない人間である訳だ。


 拷問という物は、本来情報を引き出す為の手段である。それ故、基本は生かさず殺さずで慣れない程度の痛みを定期的に与える必要がある。それを実行するには鉄の規律と精神、そして経験が必要になるのだが、あの男はその何れも持ち合わせていない。


 この調子で暴力を受け続ければ、青年の骨がへし折れて内臓に突き刺さりかねない。そうなれば、高度医療を受けない限り死に至るだろう。内臓が出血する事による失血死か臓器不全、または腸から漏れ出た汚物による腹膜炎と感染症。どれも平時であっても危険な致命傷だ。現状でそうなった場合、助かる見込みは全く無い。


 拷問に慣れていない相手からの拷問だ、早々に抜け出ねば殺される。何とか骨などは折れていないが、それも時間の問題だろう。動ける内に何とかしなければならない。


 策は思いついたし、道筋も立てた。見張りが一人ならどうとでもなるし、彼はやる気がある部類では無い。それならば、付けいる隙は幾らでもある。


 しかし、今は苦痛が引くのを待たなければならない。暫くは動けそうに無かった。少なくとも、この全身を襲う激痛が失せぬ事には動くに動けない。


 身を丸めたまま青年は静かに瞑目し、ただ時を待った…………。











 男は熱と暇を持てあましていた。見る物のない地下室の中で、扉の前に椅子を置いて越を降ろしている。安っぽいパイプ椅子は座り心地が良いとは言いがたく、もう何時間経ったか分からないが、そろそろ腰が痛くなってきていた。


 何度か部屋に転がる青年を使って暇つぶしでもしてやろうかと思ったが、気絶しているのか声を掛けても返事が無かったし、暴力を振るえば後で何と叱責されるか分かった物ではないのでストレスの解消も出来なかった。


 自分は散々に蹴りつけたくせに、人には禁じるのだから性質が悪い。そう男は内心にて自分達の首魁を口汚く罵った。


 彼が自分達の上に立っているのは、純粋に腕っ節が強く、迷いが無かったからに過ぎない。笑いながら躊躇無く鉄バットを人間の頭に振り下ろせる人間を畏怖しない者は居ないだろう。


 だが、それも終わりかもしれないな。指を何本か失っているので、奴はもう全力を出せない筈だ。それに、彼奴が後生大事に抱えていた散弾銃だって駄目になった。その内、圧迫されていた連中が文句を言うだろう。


 そうなったら、目の前の男の様に、さぞ無様な醜態をさらしてくれることだろう。囲んで私刑に掛けて、死体に喰わせる、自分が配下にやらせていた事をそのまま自分が受けるのだ。想像しただけで、無意識に口の端が持ち上がるのを感じた。


 それに、此奴に自分の恋人を殺された女と、弟を殺されたメンバーが居るのだ。彼等の怒りは凄まじく、いつまでも抑え切れはしないはずだ。力を減衰させた彼奴が、何時まで抑えていられるか見物だった。


 それに、俺は今、銃を持っているんだ。男は自分の手元にある鉄の集積物を見て誇らしく掲げた。飴色に磨かれた木製のグリップに、五連発のシリンダーが眩いM37エアウェイト。立派な拳銃で、弾は五発全部入っている。


 見張りの為に持たされているが、別に手放さない事だって出来る。そもそも、彼奴が全部管理するのが今までおかしかったのだ。自分達にだって銃を持つ権利はある。この銃は、全員で協力して奪った物なのだから。


 蛍光灯の明かりに銃を晒し、暴力的な光の反射に陶酔とした息を吐く。秘められた圧倒的な破壊の力と、それに付随する権力に魅せられていた。


 「すまない、少し良いか?」


 良い気分だったのに、水が差された。床で丸まっていた男が口を開いたのだ。


 折角の良い気分を害された男は酷く不機嫌そうに拳銃を突きつけてみる。顔は此方を向いていないので相手は銃口を向けられている事を理解は出来ないだろうが、精神的な余裕が生まれた。


 自分は圧倒的に相手の上に立つ存在であり、相手の命は気まぐれでどうとでもできる。そんな優越感と嗜虐に満ちた余裕であった。


 「何だよ、くだらねぇ事ならぶっ殺すぞ」


 「……トイレに行きたいんだが」


 一瞬、椅子から滑り落ちそうになった。惨めに転がる青年の口から零れた台詞が、更に惨めな物であったからだ。


 「うるせぇな、漏らせよ」


 「漏らしたら臭いし、不愉快じゃないか?」


 言われて、確かにそうだと思った。最初は部屋の臭いが酷くて涙が出そうになっていたが、漸く慣れてきた所なのだ。


 それが、青年が漏らす事によって台無しにされるのは不愉快だった。しかし、トイレに立たせる事は出来ない。この部屋から絶対に出すなと言われていたからだ。


 そこまで考えて、男はある事を思いついた。廊下の直ぐ近くにある掃除用具入れにバケツが入っていた。そこに用を足させてから、廊下に出せばいいじゃないか。そうすれば、これ以上の悪臭を産むことは無い。


 「チッ、ちょっと待ってろ」


 彼はそう言ってから、廊下に出て近場の掃除用具入れからバケツを取って直ぐに戻ってきた。誰も掃除なんてしないので、掃除用具入れは凄まじく埃っぽくて臭いが、しっかりとバケツがあったので然程不愉快にはならなかった。


 「おら、ここでしろよ」


 バケツを青年の前に放る。そして、我ながら頭良いなぁ、とニヤニヤと笑った。


 青年がノロノロと億劫そうに体を起こした。手足を縛られているので、その動作は鈍くゆっくりだ。時折、傷に響くのか動きが止まっている。


 数分掛けて漸く座った状態になるのだが、彼は暫くバケツを見つめた後で、男の方を向いてこう言った。


 「なぁ、手のロープだけでいいから解いてくれないか」


 何を言っているんだ、此奴は解ける訳ないじゃないか。どうこう出来るとは全く思わないが、解く訳にはいかないので、その旨を伝えると、青年は困った様に笑った。


 「脱がないと出来ないだろ。それとも、アンタが引っ張り出して、出している間中支えてくれるのか?」


 ……確かにそうだ。ズボンを履いているので、当然手が縛られていれば排尿する事は出来ない。後ろ手に縛られているので、どう足掻いても自分のモノを下着から取り出す事のは不可能だ。


 そうなると、男が青年のズボンを下ろして下着から引っ張り出してやり、排尿の勢いで的を外さぬように保持してやらないとならないのだが……考えたくも無い事だった。


 当然だろう、同性愛者でも無い限り、同姓の性器なんぞ、それも排尿している最中の物など触りたい筈も無い。想像するだけで怖気のする行為であった。


 「ふ、ふざけんな!」


 「じゃあ、せめて手を縛るのを前で縛るのに変えてくれないか? そうすれば、自分でジッパーも下ろせるし、用も足せる」


 男は少し考え込んだ。一時的に拘束を解く事になるが、結果的には拘束を保てるのだが、別に良いでは無いだろうか。それに、何時まで監禁しておくのは知らないが、その度にそんなおぞましい事の世話はさせられたくない。


 本当ならば、集団を指揮しているリーダーに確認を取って許可を得るべきなのだろうが、男はリーダーに敬意を最早もっておらず、かつ面倒臭かった。なので、独断で行動に移す事にした。何か言われても、後でどうとでもなると思ったのだろう。


 「分かった、それじゃあ待ってろ。一旦解いてから、前で結んでやる。変な真似するなよ、したら撃つからな」


 「ああ、分かってる。銃を持っている相手に逆らうほど阿呆じゃないさ」


 どうだかな、そう言いながら男は青年の手を硬く結んでいたロープを解いた。駐車場から掻っ払ってきた、車の立ち入り禁止を示すために使う、黄色と黒の斑模様のロープであった。


 このロープは化学繊維で出来ていて、頑丈なので切り分けて色々な事に使っていた。その頑丈な結び目を苦労して解いてやり、手を体の前で再び結ぶ。


 簡単に解けないように、かなりきつく結んであった。青年は結びの強さに顔を顰めている。剰りにも強く結ばれ続けていたせいで、手首から先が鬱血して感覚が鈍くなっていたからだ。この状態が長く続けば壊死しかねないが、言っても分からないだろうから黙っている。


 「これでよし、おら、さっさとやれよ」


 「すまない、ありがとう……」


 礼を言ってから青年はジッパーを開いて用を足そうとする。同姓の排泄など見ても楽しくないので、男は目を背けた。


 水が金属製のバケツの内側に叩きつけられる音が響き渡り、暫くして水に水が突き刺さる音へと変わった。聞いていて気分のいい音では無いが、こればっかりは背を背けても無視は出来ないし、見張りという役割があるので耳を塞ぐ訳にも行かなかった。


 青年は相当我慢していたのだろう、排泄が終わるまでには数分を要した。漸く終わったかと思うと、青年が軽く息を吐きジッパーを上げる音が聞こえてくる。


 振り返ると、バケツの1/4程が尿で埋まっていた。水分不足を意味する黄色い尿が、仄かな悪臭を立ち上らせながら溜まっている。それを見て男は眉をしかめ、さっさと見えない所にやってしまおうと取っ手を掴んだ。


 流石に扉の直ぐ近くに置いておいたら後で怒られそうなので、使っていないトイレの便器の中に流してしまおう。水が止まっているので大便器は使えなかったのだが、尿でも水が溜まれば流れるだろうから、処理は直ぐに出来る。


 「俺はこれを捨ててきてやる。いいか、大人しくしてろよ」


 「ああ……戻るまでちゃんと大人しくしている。ありがとう、助かった」


 内臓やら糞でドロドロのズボン履いてて、何を言ってんだかと内心で馬鹿にしながら、彼は部屋を出る。扉を閉める時、青年が部屋の隅に這っていき、そこで体育座りになるのが見えた。


 男は手早く尿を近くのトイレで始末し、バケツを其処に置いてから部屋へと戻った。あんまり長く留守にして、その間に見張りがちゃんと見張っているかの見張りが来たりしたら面倒なので、早く動かなければならない。


 廊下を小走りに走り、扉を開ける。


 男が居ない……! と、一瞬焦ったが、男が扉から死角となる角に這っていったのを思い出し安心した。そういえばそうだった。


 この部屋は部屋の中央ではなく左側に扉があり、その扉は両開きになっている。そして、自分は右側の扉を開いたので、入り口のある辺の右隅に向かった青年は扉を開いても見えない位置に居るのだ。


 何だ、俺の勘違いか……そう思って彼は部屋に入り、扉を閉めた。


 本来、部屋の中に注意を払わねばならないのであれば、ここで体を先に潜り込ませてから後ろ手に扉を閉めるべきであっただろう。だが、彼は自分の思い違いであった事に気を抜いてしまった。


 ドアノブに手を掛けたまま部屋に入り、扉を閉じようとすると、一度体を回し、扉に向き直る、つまり廊下側へと向かなければならない。その時視界は完全に扉と廊下に隠され、部屋の中は見えなくなる。


 そして、扉を閉めると同時に……男の口に手が覆い被さる。あまりの素早さと、予測していない事だったので男は反応する事ができず、ただ何が起こったのか理解出来ずに目を白黒させた。


 間を開けず、何かが視界の隅を動いた。そう思うと同時に男の意識は完全に闇へと落ち込んでいった…………。











 心臓とは、体に血流を巡らせて全身に酸素を行き渡らせるためのポンプだ。全身に張り巡らされた血管の数は膨大で、体を一週するとなると長さも壮大な物になる。


 それを滞らせず循環させる為に、心臓が血液を送り出す出力というのは凄まじい物だ。例えネズミ程度の小さな生き物であろうとも、生きたまま首を裂けば血が天上に届く程の勢いで噴き出す。


 ネズミの様な小動物でそれなので、人間で同様の事を行えば、どれだけの規模になるかは想像に難くないであろう。


 青年はそれを己が身を以てして証明していた。体は返り血で赤くそまり、汚れた被服には血が滴っている。噎せ返るような濃密な血の臭いで酷く気分が悪かった。


 鉄錆にも似たような臭いを嗅ぎながら、青年は自分の足下に転がる男を見下ろした。何をしたかは、極めて単純な事である。


 青年は背を向けた男の口を左手で塞ぎ、塞ぐついでに強引に上を向かせる。そして、露わになった首筋に……右で逆手に握ったナイフを突き込んだのだ。


 加速が付いた鋭利なナイフの先端は皮膚を何の障害とせず突き破り、肉と筋肉を突き破って気管へと侵入する。右側面側から気管に入ったナイフは、そのまま横滑りして気管を切り開くと同時に頸動脈を断ち切った。


 傷口から声にならなかった空気と、心臓から凄まじい圧力で押し出された血液が、まるで壊れた水道管の如く迸った。血液は様々な方向に飛び散り、扉や壁に天井を酸素を豊富に含んだ動脈血で真紅染め上げ、青年にも降り注ぐ。


 それでも青年は念に念を入れて口から手を放すこと無く、ナイフの切っ先を進める。断面は広がり、喉の前面が殆ど裂けて、驚くほど大きな傷口を作る。


 世界全てを染め上げてしまうのではないかと錯覚する程の勢いで続いた血液の噴出は十数秒程は続いただろうか。体から血液が減った事によって勢いは収まるも、まだ心臓が完全に停止していなかったのか断続的に血が少しずつ噴出していた。


 体から力が抜けきって、確実に生命活動が停止した事を確認してから、青年は男の体を放した。彼は膝から頽れると、右向きに倒れて自分の血の海に沈んだ。目は何が起こったのか分からないというように虚空を見つめているので、然程時間をかけずに死んだと思われる。


 脳は新鮮な酸素を常に必要とする器官であり、非常に繊細だ。そして、繊細であるが故に、酸素を運搬する頸動脈が物理的に断たれると短時間で活動を停止してしまう。それこそ、強く押さえつけて血流を数秒止めるだけで気絶する事もあるのだ、死は速やかに訪れただろう。


 頸動脈のように重要な血管は体の深い所に位置しており、本来筋肉に護られているので切断は容易ではない。頸動脈も、首の側面近くの深さ3cm程の所に筋肉に覆われながら存在している。


 位置が深いのでカミソリ程度で断つのは難しく、それ故に首を切っての自決が難しいと言われている。しかし、青年はナイフを深く突き立ててから横滑りさせたので、頸動脈は完全かつ簡単に断たれた。やり方さえ工夫すれば刃渡り僅か7cmのホールディングナイフであっても人を殺すことは容易いのだ。


 血油で汚れ、一部も地金を除かせなくなったナイフを折り畳み、これはもう使い物にならないだろうなと思いながらポケットにねじ込んだ。


 そして、倒れた男から拳銃を取り上げつつ、呟く。


 「拘束するのなら、身体検査はもっと念入りにやったほうが良い」


 縛る前に、ある程度の身体検査はされたのだろう。ポケットに入れていた十徳ナイフや、袖口に金属製のカプセルケースに入れて括り付けていた糸鋸は無くなっていた。だが、詰めが甘い。


 青年は脹ら脛近くまでの長さがあるブーツの中に、小さくて薄いフォールディングナイフを隠し持っていたのだ。折り畳みナイフは頑強性に劣るが、携行性は高いのでコンシールドキャリーには最適だ。


 そんな小型のナイフを、もしもの時の為に何本か分散させて携行するようにしていたが、その内の一本を迂闊にも敵は没収出来ていなかったのだ。


 万全を期するのならば、全裸に剥いて肛門から口腔内まで調べた後で、自分達が用意した服を着させるくらいするべきだが、そこまで要求するのは素人の彼等には酷であっただろう。


 また、ブーツは脱がせるのが大変であるし、青年が履いているスラックスは臓物から滲んだ体液や糞尿を浴びており酷い悪臭を放っている。漁るのは忌避感が強く、適当にしか調べなかったと思われる。


 だが、その無知と迂闊さが青年を救い、男を殺した。


 流石に後ろ手に結ばれていてはナイフをブーツから抜けないので、口を弄して拘束を前に移させた。拘束された状態からナイフを引き抜くのには少し手間取ったが、悠長に尿を棄てに言ってくれたので時間は十分あった。


 当初はナイフを用意してから、相手が好きを見せるのを待とうと思ったのだが……隙がセットでやってきてくれたので好都合であった。


 尿を捨てに行っている隙にナイフをブーツから引っ張り出して手脚を戒める科学繊維性のロープを切断し、彼が戻ってくるのを待ち伏せた。


 そして背を向けた瞬間に首にナイフを突き立てる。仮に左側の戸を開けて自分の位置が分かったとしても、不意打ちは成功していただろう。例え正面からであっても、警戒していない相手の口を塞ぎながらナイフを喉に突き立てる事は十分に可能である。


 まずは上手く行った。そう思いつつ、青年は奪い返したM37のシリンダーを露出させ、弾丸が五発詰まっている事を確認してから、手首のスナップだけで元に戻した。


 他に何か使える物は無いだろうかと思い、死体を漁る。ポケットから出てきたのは、鞘の中に本体を収納し、機構によって刀身を飛び出させるジャックナイフや煙草、ターボライターなどだった。


 ジャックナイフのボタンを押し、刀身を露出させる。グリップは片手で保持するには丁度良く、刀身は一〇cm程であろうか。しかし、刃は薄く、稼働するが故に脆い。おもちゃの領域を出ないだろう。頑強性が足りないので、まともに突き立てれば一撃でへし折れてしまう。


 煙草は青年は吸わないが、ターボライターは何かの役に立つかも知れないので貰っておこう。


 だが、運の悪いことに予備の弾丸は無かった。多目的ポーチに何発かねじ込んでおいたので、彼等が持って居ないという事は無いのだろうが……。


 もしも反抗された時の為に、予備弾丸は渡さないでおいたのかもしれない。青年はそう推察した。


 しかし、まずは体勢を整える必要がある。拳銃一丁と脆いナイフ一本、血油で切れ味を落としたフォールディングナイフだけの武装で最低でも六人から居る敵を殲滅する自信は無い。


 自分がハリウッド映画の主人公であるのならば、徒手にて敵を殺しきる事も可能だろうが、残念ながら非力な一般人であるので、兵器に頼らねば人を殺す事は難しい。


 ならば、何とか脱出して武器を取ってくる他無いだろう。それ以外で、勝つ自信は無い。


 では、直ぐさま行動に移すとしよう。そうでなくては、何時見張りの交代要員がやってくるとも分からない。


 外に出る前に少しだけ体の調子を確かめた。節々が痛むが、体は問題無く動く。傷に響きそうだが、それさえ我慢すれば走る事も可能だろう。


 右手の人差し指が酷く捻れ、赤黒く鬱血していた。根本が手の甲の方へと大きく曲がり、第二関節が左へと捻れている。別に見ないでも分かっては居たが、完全にへし折れているようだ。少なくとも数ヶ月は使い物になるまい。


 とはいえ、ナイフを握った時もそうだったが、基本的に人の手は親指さえ欠けなければ物を掴む事に苦労はしない。現に先ほども、この人差し指がねじくれた右手でも男の右手を切り裂く事に成功している。痛みに目を瞑れば、日常生活を送ることは十分可能の筈だ。


 二の腕の状態は、痛いという事以外分からないが、腕が動くという事は筋を痛めていないし骨も折れていないと思われる。動かす度に傷が引き攣れて痛むが、これも我慢すれば何とかなる。


 問題があると言えば、人差し指が使えないので右手では銃を使いづらいという所だ。流石に拳銃は五指が揃っていないとホールドしづらい。此処は、左手で使うしかあるまい。


 多くの死体を相手する時は、両手に銃を持つこともあるので、利き手以外の射撃にも慣れている。それに、これはリボルバーだ、排莢の方向に気を払う必要も無い。


 やれやれ、何とかなりそうだな。青年はボロボロの体を庇いながら嘆息した。


 そして、ナイフをベルトに挟み込み、拳銃を左手でしっかりホールドしてから、外の様子を確かめるために扉をそっと開いた……。 


 そんなこんなで脱出です。参考のために喉を切るような動画を幾らか見て、それを真顔かつクッキー囓りながら普通に梯子してしまった自分が一番のサイコパスなんじゃないかと最近感じ始めました。


 ゾンビ成分は一体何処へ行ったのやら……。そして、色々ご都合主義入っていますがお許し下さい。私にはそこまで上手く調理する力量がありませんでした。もっと上手く書けたら良かったんですが……途中で断念しました。


 前回よりは間を開けずに投稿出来ましたが、これ如何に私が講義を聴いていないかが露呈……。また、投稿時間にも注目ですね。流石に夜更かしが過ぎる。正確には寝ている時間がないから、寝る前に投稿したのですが。


 前回でも感想有り難う御座います。感想や誤字・誤用の報告など御座いましたらどうか宜しくお願い致します。さて、次は何時になるやら。

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