青年と犬と決断
今回も動きはありません。でも、少しだけ盛り上がるかもしれないですが、悪い癖が出て色々冗長だと思います。
また、グロや残酷な表現も無いと思います。
広い空間があった。毛足が短く硬い、土足で上がる事を前提とした絨毯が敷かれた部屋であり、本来ならば多数の長机やパイプ椅子が並べられていたのだろうが、現在はその全てが隅に押しやられ乱雑に積み上げられていた。
その部屋は市民会館の中に設けられた三室ある貸し会議室の一室であり、数人の男達の姿があった。一人は髭を生やした革のジャケットを着込んだ大男、駐車場にてリーダーと呼ばれていた男だ。
彼は会議室のホワイトボードに貼り付けられた大判の地図を眺め、暫くすると思い出したように赤いペンで印を付けていく。どうやら地図は相当使い込まれているらしく、貼り付ける以前からある多数の書き込みが目立ち、端の方はすり切れている。
その地図はこの近辺の地図であった。縮尺は集落や街単位の場所が分かる程度のものであり、書き込みはその都市で見た死体の量や物資の回収具合などである。
「リーダー、運び込み終わりましたよ。子供は全員隣の会議室で休ませてます」
地図を射貫くように睨みつけていた男に、一人の男が話しかける。薄汚れた運送会社の制服を着た男で、被っている同じ会社のキャップは雨でぐっしょり濡れたままだ。
彼は満足そうに頷くと、彼にも休むように言いつけて肩を一度叩いた。全身が雨にびっしょり濡れており、芯まで冷え切っている。
誰にも休養が必要だった。ここまでの移動は困難を極め、まだ街の探索が不完全とはいえ、みんな疲れ果てている。精神的にも、肉体的にも。不用意に動いた方が危険かもしれない。
たった四台の車から構成される彼等のコミュニティは人数四〇人の大所帯であり、とある地方都市全域の生き残りが寄り添った物であった。
元々はここから数十キロ離れた街のショッピングセンターに立て籠もっていた一団であり、その時にはまだ一〇〇人ほどが生き残っていた。だが、今はこれで全員だ。
このような状態に陥るまでに複雑な紆余曲折を経ているのだが、彼等は何とか辿り着いた安住の土地に腰を落ち着けるべきか図り倦ねていた。
建造物は頑丈であり、壁に囲まれている為に万一の時にも外苑を捨てて逃げ込むことも出来る。周囲の建物は背が低いので屋上に上がれば街全体を見渡して敵の集まり具合を確認する事も出来る。
そして、何より今は死体が全く居ないが為に今なら探索も物資回収も自由だ。確かここに来る少し前にスーパーマーケットもあった。
物資をかき集め、立て籠もれば長期戦も可能であり、落ち着いて休む事も出来る。それが何よりも大切だった。狭いトラックの荷台に押し込められて眠ったり移動するというのは非常にストレスがかかる物なのだ。
だが、一所に落ち着くことは果たして本当に良いことなのであろうか?
生活の基盤があり、外敵から自分達を守る為に立てこもれる場所というのは非常に重要だ。特に、動く死体……彼等はそのままゾンビと呼んでいる、から身を守る為には。
連中は動きが遅いから、その気になれば鈍器だけでも大勢を殺すことが出来る。敵の進入路が狭く、一度に一体くらいしか通れないような狭い通路ならばの話だが。
そして、此処のように壁と車止めの頑丈な門がある場所ではそれが可能になる。壁は高く頑丈であり、門も車がぶつかってもある程度は耐えられるであろう堅牢な造りだ。環境としては最高と言って良いだろう。
だが、一所に留まると言う事は定期的に食料を得られない事に続く。もう何処でも製品の生産など行われておらず、新しい商品を搬入する新しいトラックなどやって来よう筈が無いのだから。
沢山食料があるように思えても、その量は決して無限では無い。拠点から出てかき集め、この街に物資が無くなったら近くの街まで足を伸ばす。そうしてどんどん集めたとしても、何時か枯渇する時が来る。
そして、食料を食い尽くした場合は頑強な建物は途端に牢獄へと変わる。身を守ってくれる頑強な建物であるが故に気軽に出る事は能わず、移動するにしても後ろ髪を引いてしまう。次に移った場所で此処ほど安全な場所があるとは限らないからだ。
そして、彼等もゾンビが自分達に引きつけられる事を十分に理解していた。最初は定期的に殺すだけで減っていたゾンビが、半年もすれば何処から沸いたか分からないほど自分達の立て籠もっているショッピングセンターを完全に囲い込んでいた。
増えたゾンビ共は殺しても殺しても沸いてきて、結局入り口が多い割に防備は弱く、侵入を阻む外壁が無いショッピングセンターでは限界が来た為に捨てざるを得なかったのだ。
それが前の拠点を捨てた理由の一つであったのだが、彼としてはそれの再現になるだけではないだろうかと危惧していた。前よりは環境が良いが、結局の所立て籠もるという事は前と一緒であるのだから。
今はゾンビが居ないからいいが、寄ってくるのを定期的に始末したとしても全て始末しきる事は不可能だろう。そうなると後に待っているのは前の事態の焼き直しである。
それを危ぶんで男は此処に滞在するべきか迷っていた。少しでも留まれば今までの疲れと苦労で此処から動けなくなるだろう。もしも動かなければならないのならば、明日にもでも出発しなければならない。
だが、皆疲れ切っており移動には飽き飽きしている。そして、トラックの後部に積み込んである物資にはもう余裕がなかった。恐らく、全員が少し我慢したとしてもあと二週間も保ちはしないであろう。
決断をしなければならない。長居すれば未練が産まれて判断が鈍るし、鈍った判断は死に直結する。自分の差配によってコミュニティの全員が死ぬ可能性があるのだ。
男は決断に迫られていた。熟慮出来る程の時間は既に無く、やり直しのチャンスなど与えられよう筈も無い。此処を離れる決心が付いたのであれば、離れがたいという思いが仲間の内に広がる前に離れると宣言した方が良い。
だが、ここまでの移動に掛かった日数は長く、まともに眠れた人間など居はしないだろう。かく言う男も考え事と次の目的地を探したりで殆ど眠れていない。移動の僅かな合間に助手席で仮眠をとった程度だ。男自身の疲労も限界に近づいていた。
「リーダー、流石に子供は体力の限界ですよ。もう良いんじゃ無いですかね?」
地図を睨み付けながら延々と考え込んでいた男に、会議室に残っていた男の一人が声を掛けた。少年から青年へと変わったばかりの年頃の男であり、髪はかなり伸びている。
元々染めていた茶髪だったのだが、伸びるにつれて黒に戻っていったので、今は襟足の部分だけが茶色になっており、カフェゼリーのようになっていた。
その髪色の為に彼の渾名はカフェゼリーにされており、最初は反発していたがその内に諦めて受け入れていた。殆ど黒髪に戻りかけている頭を掻きむしりながら、彼は続けた。
「一人は風邪惹きかけてるし、足折ってる子は炎症起こし掛かってるんですよ? これ以上移動したら死んじまいますよ」
そんな事はリーダーである男にも分かっていた。負傷者はコミュニティの中に少なくは無く、男もゾンビとの乱闘の際に左足首を捻って痛めていた。
その傷は今も紅く浮腫を帯びて熱を発し、痛みによって思考を苛み続けている。そして、男の捻挫が別格に酷い訳では無く、何処にも怪我をしていない人間の方が少ない程だ。
とはいえ、噛まれた人間はコミュニティの中には居ない。全員が気をつけているし、噛まれた仲間は涙を飲んで殺すか、自ら離れて行った。全体の状況から見れば生き残っている面々も、ただ噛まれていないだけとも言えるのだが。
少しずつ、死が自分達の首に手を掛けようとしているのが分かる。最初に体力の無い子供と、二人だけ居る老人が。次に女や体の丈夫で無い男。そして最後に自分達。
嫌でも意識させられる。ならばいっそ此処で出来るだけ辛く感じないようにしつつ生きた方が良いのでは無いだろうか? 最後の時が来たら、その時は潔く諦めれば良い。
辛くて苦しみが長く続く生。諦めと惰性に彩られ、最後には諦観に塗れて死ぬ生。どちらが疲れきった彼等の目に魅力的に映るかと言えば……前者であるとは言いがたいだろう。
そして、覚悟して此処を拠点にしなかったとしても、明日生きられるとは限らないのだ。車が荒れた路面に引っかかって擱座するかもしれない、凄まじいゾンビの量に囲まれるかも知れない。結局、此処を離れても死は自分の隣に離れること無く寄り添っている。
仮に子供二人に死のリスクを負わせながら、より長く生き残る足掻きを続けたとしても、それが実るとは誰にも保障されていないのだから。
「武器もあんまり無いぞ。弾薬は38スペシャルが全部で五〇発と少し。12ゲージが三〇発だけだ」
カフェゼリーの彼の隣に立っているジャージを着た男、一番最初に市民会館の偵察を行った中年の男だ。腰元のポケットからニューナンブのグリップが少しだけ覗いている。
彼等は主に立て籠もっていたショッピングセンターで手に入る工具等を武器にしていた。日本のショッピングセンターで手に入る物など高が知れているが、それでもピッチフォークや大型のハンマーは十分に役に立った。
だが、武器としての頼もしさはやはり銃に大きく劣る。外に探索に出たり、寄ってきた死体を駆除した時に警察官の死体からニューナンブや装薬を幾許か手に入れており、大切に使ってきたが、それも底を突きかけていた。
他にも偶然拾った猟銃などがあるが、弾の補給は絶望的と言って良い。自衛隊の物資補給に出たトラックでも見つけたのであれば弾も潤沢にあっただろうが、彼等は移動の合間にそのような幸運に見舞われることは無かったようだ。
他にも遠距離攻撃が出来る武器が無い訳では無い。釘打ち機の安全装置を外して、トリガーを引けばそのまま釘が発射されるようにした物だってある。本来は何かに押し当てていないと安全装置の都合で釘が出ないのだが、改造すれば頼もしい火器になった。それに、釘は普通の弾と違って再利用が出来る。
しかし、それには駆動にバッテリーが必要であり、充電にも限度がある。何時までも使えるという訳では無いのだ。
移動し続けるのであれば、立て籠もるより多量の武器が必要となる。そして、戦い続ける為に弾や釘、バッテリーの残量は加速度的に減る事になるだろう。
結局、行き着く場所は最初から決まっているのだ。自分達か、ゾンビ、そのどちらかが全滅する。そして、もし仮にゾンビが全滅させられるとしても、成し遂げるのは自分達では無く、生き残った装備も充実した自衛隊員達であろう。
男は報告される現状と、これからの事を加味して考え……結局、諦めることにした。自分は今までリーダーとして彼等を率いてきたが、出来る事など何も無かった。ただ、明日死ぬ人間を明後日死ぬ程度に寿命を引き延ばしたに過ぎない。
深々と、今まで胸の内にため込んだ葛藤と苦労、そして行おうと思っていた努力全てを吐き出す様な溜息をし……仲間に向き直り、全ての荷物を運び込ませるように命じた。
男の命令を聞き、二人の男は少し驚いたように目を見開いた。今は別の部屋に居る運送業者の格好をした男と合わせて三人はリーダーの補佐役のような事を行っており、男が止まる事を良しとしないと思っていたのだ。
だが、その男が諦めと同義の判断を下したのである。それほどに常況は悪いのだ。彼等は反抗する事無く頷き、命令を実行する為に部屋の外へと出て行った。
彼はその背を見送り、吐き出した諦観の代わりに新しい意気込みを詰め込むべく、大きく息を吸い込んだ。いずれ破綻する平穏である事は分かりきっていたが、それでも長引かせる事くらいは出来る。一ヶ月か二ヶ月か、半年かそれとも一年か。期間は分からないが、少なくとも努力すればするほど自分達が生き残れる時間は増えるだろう。
男は後ろ向きな決意だなと思いつつも、破局しか用意されていないであろう未来に向かう決断を後悔しないように心を固め、無に帰する努力の為に新たな覚悟を決めた…………。
一件の家があった。然したる広さがある訳でもなく、築三〇年以上は経っているであろう襤褸屋である。
二階建ての小さな家で、一階部部より二階部分が狭く、二階は一階という台座に乗っかった箱のような形になっていた。
その家の二階、瓦葺き屋根の上に青年は静かに伏している。角度の浅い屋根の上に姿勢を低くして伏せ、手に持っている狙撃銃のスコープを覗き込んでいる様は獲物を狙う一匹の獣もかくやと言った具合だ。
厚手のレインコートの下は既に余すこと無く濡れ鼠になり、体温はかなり下降していた。雨の勢いが強いので、レインコートを着込んでいたとしても気休めにしかならず、身体の大部分が接している冷たい瓦が容赦無く体温を奪われる。
そんな状態にも関わらず、青年が身動ぎもせず射貫くような視線で観察するのは目の前に存在している市民会館であり、側面から見ているので前庭の駐車場含めて全域観測できるポジションだ。
もう此処に上がってから一〇分程飽きる事無く伏して忍耐強く観察しているが、トラックから大勢の人間が市民会館の中に入り込んでから動きは殆ど無かった。
上から観察している限りでも、その数は中々の規模であり、一人で殲滅出来るかと問われれば厳しい。此処から奇襲を掛けたとしても、自分が死ぬ可能性の方が高いだろう。幾ら武装が良くても、数の暴力には敵わないのだ。
勝つ方法が無いとは言わないし、作戦も幾つか思い付くが、別に敵対する必要は一切無いのである。このまま彼処で大人しくしていてくれるのなら、触らぬ神に何とやらと言うようにさっさと立ち去るだけである。
水の補給など、もう少し食料が補給出来るかもしれないという所はあるのだが、態々死体よりも明らかに始末するのが面倒くさい人間相手に事を荒立てるよりも立ち去った方が有益だからだ。
代替が出来ないような重要な物資を確保するのが目的であれば敵対も吝かでは無いのだが、如何せんこの町で手に入りそうな物は、まだ在庫に余裕があるガソリンか、欲張っても積み込みきれない食料である。命を賭して戦う価値があるかと問われれば否だ。それらの物は、別の街でも十二分に確保することが出来るのだから。
それでも念の為にと青年は雨が止むか、一時間は寒さと雨に我慢しながら観察する事に決めていた。コンビニから持ってきていた使い捨てカイロを何個か腹と胸の部分に仕込んでいるので我慢出来ない程ではない。
現在青年は建物の二階部分の屋根に登って市民会館を監視しているが、どうやって昇ったかというと、入り口から堂々と鍵を壊して入って二階の窓から一階の屋根に上がり、そこから室外機を足がかりにして昇ったのだ。
途中で雨で足を滑らせて屋根瓦を一枚下に落としてしまったが、幸いにも風雨に紛れて誰にも聞かれなかったようだ。
因みに、カノンは二階の窓の前で待たせてある。勿論家の中でだ。意味も無く濡らして寒い思いをさせる必要は無いのだから。
彼女が主が寒い外で一人冷えながら外を観察しているのに、自分が風の吹き込まない室内で座っている事を何処か居心地悪そうにしている事を彼は知らない。互いに思いやりが過ぎると言うのも少し考え物であろう。
それから二〇分ほどが過ぎ、観察を始めてから合計で半時間が経ってから何人かの大人が駐車場に出てきた事を確認し、青年は少し気を引き締めた。フリーにしていた指先をトリガーガードに添え、何時でも射撃体勢に移れるように準備する。
別に今此処で敵が此方に気付いて発砲してくると言う事でも無ければ撃つつもりなど全く無いのだが、それでも戦えるように意識を切り替えるというのは大切な事だ。気が引き締まることによって気配にも敏感になり、いざという時の判断も素早く行うことが出来る。
青年は注意深く彼等を観察する。目に見えた武器は所有しておらず、一人が警戒の為に有刺鉄線を巻き付けて威力を引き上げたピッチフォークを持っている程度だ。ふと思ったが、有刺鉄線なんて巻き付けたら、攻撃力自体は上がるだろうが、死体の衣服に引っかかったり、肉に食い込んで抜けなくなり危ないのでは無かろうか?
ピッチフォークを持った一人が頑丈そうな車止めの門の方に向かって外の様子を観察して警戒している中、残った数人の男達が車に積み込んであった物資を次々に下ろし始めた。
製麺会社の名前が書かれた段ボール。コンビニから持ってきたであろう折り畳みコンテナ。底面にキャスターが取り付けられた旅行鞄。色々な物を車から取り出して市民会館へと運び込んでいった。
それを観察しながら、青年は仮説を立てた。恐らく、彼等はトラックや車に分乗して長距離を移動してきたのだろうが、どうやらこの市民会館に腰を落ち着ける事にしたようだ。明日にでも出て行く仮の宿であったならば、態々大量の荷物を持ち出したりはしないだろう。
しかし、人数が極めて多い訳でも無く、武器が潤沢な訳でもなさそうなのに籠城というのはあまり感心できないなと青年は思った。
移動しながらの生活にも限界が何時か必ずやってくる、それ故に青年はいずれ一所に落ち着いて暮らす為の準備をしている。
それが、この日本を車で彷徨いて物資を集めながら生活を送る事だ。使える火器や物資をかき集め、その規模が十全になってから比較的安全な所に要塞を築く。それが青年のプランだった。
確かに銃器は十分かも知れないが、まだまだ足りない。これから先もっと人間は減るだろう。自衛隊が掃討するか、他の国が掃討に成功して援助を出してくれたのならば死体が跋扈する世界から抜け出せるやもしれないが、それは実に望み薄だ。一年近く経った現状を鑑みればそれが妥当だ。
だから、何時か来る限界の為に備え、ある程度の蓄えが出来たら要塞を造り、暫くはその要塞を発展させながら外に出かけてより多くの武器を集め、それが十分になってから完全に立て籠もる。そこまでしてやっと、命を脅かされることの無い安全な暮らしも出来るだろう。
だが、今運び出している備蓄の量と武器で籠城を行うのは無謀と言えた。確かに近くにスーパーもあるのである程度の食料は確保できるだろうが、それが十分かと問われれば否だ。バックヤードの規模は知らないが、大切に食べても、保って一年かそこらの筈だ。
かき集めようにも青年が探索した範囲では安全に食料を集められるような場所は殆ど無いし、自衛隊の放置車両も見つけていない。
物資輸送トラックが無いと言う事は、近辺で十分な武器が手に入る確率は低いだろう。
警察署に押し入ったとしても、この緊急事態に対応する為、殆どの警察官が銃を携行して出て行った為に内部には殆ど何も残っていない筈だ。青年は大阪の警察署や他にも数カ所の警察署で確認していた。拳銃が欲しければ、色々な場所に散らばった警官の死体からはぎ取るしか無いという訳だ。
まぁ、そもそもこの街に警察があったとしても、精々駐在所や交番と称するのが妥当な規模だろうが。
彼等はそれを分かっているのであろうか?
武器が無ければその内に餌の存在を感知して押し寄せてくる死体共を処理しきれなくなる。幾ら頑丈そうな車止めとはいえ、何千何万という死体に殺到され、昼夜無く殴られ続ければ何時かは壊れるだろう。
車を寄せて補強するなり第二の門にすれば籠城出来る拠点としての寿命は確かに延びるだろうが、それでは二度と表に出られなくなる。外に出るには、敵を押しとどめている車を退けなければならないので、自然と敵に侵入されてしまうからだ。
強引に跳ねたり轢き殺しながら進んでいたら直ぐに車が壊れて死体のど真ん中で立ち往生だ。どれだけ頑丈な車であっても、タイヤに腕なんぞを巻き込んでしまったら車軸が駄目になってしまうだろう。思っているよりも車という乗り物は繊細なのだ。
タイヤに巻き込まないようにしても、車高が低ければ引き倒した死体が車体底部を傷つける事があるかもしれない。車体底部にも車を走らせる為の機構が密集しており、人間の骨という物は加速度がつけば立派な凶器になる。それでエンジンが死ぬ事だって十分にあるのだ。
故に、彼等は奇跡と幸運が幾つか重ならない限り生きる目が無い。まぁ、青年の予測が外れて、単に一週間ほど逗留して次の場所につるのであれば話は別だが、当面の脅威では無くなったと思って良いだろう。彼等は暫く此処から動かないのだから。
青年が危惧していたのは自分のキャンピングカーが発見されて略奪の対象になる事だ。彼等が見た瞬間襲いかかってくる短気な集団ではないかもしれないが、そうでないかもしれない。最早疑わしきは罰せずではなく、疑わしきには最大限の警戒を持って接しねばならないのだ。それが出来ないなら、何れ甘さと優しさに殺される事になる。
青年は時計にちらと目をやると、十分だと判断しスコープにキャップを嵌めて静かに屋根から降りた。登った時と同じように室外機を足場に一階の屋根へ降りて、そのまま閉めておいた二階の窓を開けて家の中へと入り込んだ。
部屋は狭いながらもしっかりと整えられた書斎であった。和室ばかりの家の中で一つだけ板張りの部屋であり、中央に大きなワークデスクと古びたパソコン。そしてそれを囲うように本棚が並んでいた。
本棚の本は法哲学などの専門書やハードカバーの小説など様々で、かつての主の持ち主の人柄を伺い知ることは出来ない。だが、かなり丁寧にしているので、余程この書斎を大事にしていたのだろう。
そんな所に土足の上で雨を山ほど引き連れて上がり込むのは、その故人の思いを蔑ろにするようで悪いのだが、一々ブーツを脱いだり乾かしている暇は無いので勘弁して貰うことにしよう。
そんな静かな書斎の窓の前でカノンが青年の帰りを座って待って居た。戻るのを待ち侘びて居たと言うように体を強く擦り付けてくる。青年は雨で全身が濡れているのに、彼女は自分の毛皮が濡れる事を全く気にする様子は無い。
応えるように冷え切った手で頭を撫でてやると、カノンの体温がじんわりと染みこんで気持ちが良かった。しかし、霜焼けにならなければいいのだが。冬の雨は雪と見まごう程に冷えており、幾筋もの体を刃が突き刺すようであった。幾ら懐炉があったとしても限界だ。
さて、キャンピングカーに戻って着替えるとしよう。そして、少し雨脚がマシになったら此処から離れよう。居座ると決めた連中が居るのだから、滞在を止めた自分は早々に立ち去った方が良い。荒事に発展したら仕方が無いのだが、避けられる争いからは避けたかった。有り体に言って弾の無駄だからだ。
仮に争いに勝利したとしても、後に残るのは僅かばかりの物資と山盛りの死体。そして、戦闘で損耗した自分だけだ。
負けたならば言うまでも無い。薄汚れた死体となった自分が身ぐるみ剥がれて外に放り出されるだけだ。勝敗問わず割に合う事では無い。
顔に降り注いだ水滴を片手でぬぐい取り、視界がクリアになった事を確認してから持っていた狙撃銃に再び避妊具を被してから背負った。屋上で監視している時は何時でも発砲できるように外していたのだ。それに、下に向けて構えていたので銃口に水は入らないので被せている必要が無い。
それから、部屋の中に放置してあった89式小銃を取る。伏射姿勢で狙撃銃を構えるには背中に背負っていると邪魔だったのだ。二等辺三角形の屋根、その角度に合わせながら伏せるのには担いでいては背中が痛くなってしまう。
小銃の動作を確認し、安全装置が掛かっている事を確かめてから部屋を出ることにした。さっさと戻って着替えたい……この雨が長く続くようなら、屋根に置いてある雨水を溜める為に漏斗が差し込んだまま放置してあるポリタンクに十分すぎるほど水も溜まっただろうからシャワーを浴びるのも良いだろう。
そんな事を考えながら、最後に窓から市民会館を見た。何となく目線を向けただけで、特に意味は舞い。無意識の内に最後の確認しようとしたのかもしれないが……青年は目を見開いた。
門の前に数人の男達が武器を抱えて立っていた。物資を運び出している者達ではない。恐らく、雨が降っているのだろうが街の探索に乗り出そうとしているのだろう。
青年は知らずの内に舌打ちを零した。人数はそこそこの数が居る。恐らくツーマンセルで四方に送り込み、安全を確保しつつ街の状態を探索するつもりのようだ。これが二組だけなら急いで逃げれば良いのだが……如何せんキャンピングカーを発見されると厄介な事になる。何かしら連絡手段を持っていたとすれば、キャンピングカーの位置が発見されるかもしれない。
態々探索に出るほどだ、町外れに不自然に止まっている妖しいキャンピングカーを見逃す筈が無いだろう。中を漁られたら回収の為に大勢がやって来るだろうし、少なくとも見つけた二人には即座に武器を手に入れられてしまう。
早々に逃げ出さなければいけないのだが……色々と問題がある。常況は最悪と言えた。
そもそも青年が何故彼等の存在を察知して直ぐに逃げ出さなかったかというと、状況が悪いからだ。
雨の為に視界は不鮮明で狭まり、キャンピングカーのような不整地で高速を出すのに向いていない車ではスリップする危険性が高い。万一横転でもすれば青年は全てを失うことになる。
それに、最近は長く道が整備されていないこともあり、舗装された道路でも酷く痛んでいる所が多いのだ。視界がよければ回避できるのだが、この雨では難しい。
つまり、この状況では走る事その物が危険でありギャンブルなのだ。それに、万一エンジン音を察知されて追撃されたらとても逃げ切れない。駐車場に停まっていたハマーは不整地を踏破する為の車なので、こんな図体の大きいキャンピングカーなど直ぐに追い付かれてしまうだろう。
このデカブツでは降りしきる雨の中、ちょっとした事でコントロールを失う危険性があり、そうでなくとも荒れた道路の為に事故を起こす可能性も高い。そして、追撃された場合運転できるのは青年だけなので反撃などが出来ない。タイヤでも撃たれた場合は、その時点でお陀仏だ。
だからこそ、彼は態々リスクを冒して彼等を監視に来ていたのだ。直ぐに去るならソレで良し、長期滞在するのなら尚よい。そうしてくれるのなら一応の警戒を続けながら雨が止むのを待って逃げ出せば良いのだから。
だが、彼等は探索に出る動きを見せてしまった。青年はこれを警戒していたのだ。街の周囲を探索されれば、あのキャンピングカーを隠せる場所など無いし、改造の為に相当目立ってしまうので素通りしてくれるのは望み薄だ。
雨が止むまで待ち続けるか、それとも雨の中走り出すかのリスクを天秤に掛けて、上手く雨が止むまで待てるか確認する為に連中を監視したのだが……どうやら賭は青年の負けであるようだった。
「カノン、戻るぞ」
逸る心を押さえつけ、銃のグリップを強く握りしめながらカノンに告げる。何か手を打たなければならないが、下手な事をすれば追撃を喰らう事になる。やれやれ、実に面倒な事態に発展してしまった。
自分の住処を護る為、青年は静かに部屋を後にした。ただ、己の生活の安定の為に…………。
青年が探索体の動きを察知してキャンピングカーに戻ろうとする十数分前、市民会館の会議室で数人の男が集まっていた。先程リーダーの男から命令を与えられた男達では無い。全員まだ少し歳の若い男達で、その数は全員で八人だ。
少し困ったような顔で考え込んでいるリーダーの大男は、彼等の提案を飲むべきか飲まざるべきかを少し考えていた。何故なら彼等は、荷下ろししている間に周囲の探索に出ると志願していたからだ。
基本的に彼は雨が上がってから行かせるつもりだったのだが、彼等は怪我人の為の抗生物質や包帯などを探すと言って此処にやってきた。疲れているだろうから止めろと言ってみたのだが、それでも自分達はトラックの荷台に乗っていたから疲れていないの一点張りである。
目には何やら使命感らしき物が燃えており、何を言っても聞きそうには無かった。別に私欲を満たそうとして張り切っている訳では無いので悪くなど無いのだが、良い傾向とも言いがたい。何時だって真っ先に死ぬのは使命感溢るる勇敢な者なのだから。
しかし、それも分からない事では無いのだ。男としても早くここの環境を整えて皆に安寧な生活を送らせてやりたい。せめてゾンビの群れに襲われて圧殺される前までは、心安らかに居て欲しいというのは間違った考えではないだろう。
それに、男達の一人は今現在足を折って苦しんでいる少年の兄なのだ。このままでは骨折した部分から炎症を起こし敗血症に進行して死んでしまうかもしれない。彼にはしっかりとした抗生物質が必要であった。
現代文明に馴染みきった人間というのはこのような環境で怪我をした場合、本来体に備わっている抵抗力が弱いのであっけなく死んでしまう。彼が焦るのも仕方が無いだろう。
それに、このコミュニティでは以前に取るに足らない単なる風邪や下痢で五人が死んでいた。既に死人が出ている以上過敏になるのは自然な事だ。
結局、リーダーは彼等の熱意に押されて折れた。普段通り死角を補い合うように二人一組での行動を厳命し、少しでも危険を感じれば引き返すように言い含めた。誰も彼も武器は原始的な武器しか持っていないので大勢に囲まれては一瞬で喰われて終わりだ。
此処でゾンビの姿は見当たらないが、それでも警戒するに越した事は無い。くだらない不注意で噛みつかれたりしたら、死んでも死にきれないだろう。それに、彼等とて死にたい訳では無いのだ。
リーダーとしての最低限の責務として、命じると共に彼等を戒める必要がある。集団として出した戦死者に対する責任は全てリーダーの下へ帰する。それを辨えない者は指導者たる資格は無い。
とはいえ、彼としても好きでこのような立場になった訳ではないのであるが。内心で大きな溜息を付きながら、表面上は全く以て平静を保ったままに彼は行ってこいと言った。
リーダーには弱みを出すことすら許されない。屋台骨が歪んだ建物は遠からず瓦解してしまうからだ。彼には一時も気を緩める事は最初から許されていなかった。
自分達の指導者からの許可を受け、男達は気合いの入った返事を張り上げ、表に出て行った。無事に帰ってくれば良いのだが。
そして、そのついでで良いので、少しでも成果があればいい。彼はそう案じながら、今後の予定を練りに戻った…………。
青年は雨の中、小走りに建物の合間に出来た狭い小道を走っていた。出来るだけ音を立てぬよう腰を屈め、歩幅は狭く、それでも早く走り続ける。
小銃の銃口が地面を向くように持ち、走っているが一定以上に揺らさないように努める。銃口を激しく揺らしながら走ると、万一暴発した時に何処に当たるか分からないからだ。
これは小説から得た知識であった。かつては娯楽だったそれが、今彼を生かし続けていると思えば中々面白いものだ。
背後には影のようにカノンが付き従っている。地面を爪が搔く音が続くが、それらは雨音にかき消されて響く様子は全く無い。それどころか、雨脚は先程よりも強まっていた。規模の小さい嵐と言っても良いほどだ。
かつてであれば、この様な天気の中を歩いて居たなら通学に使う路線が止まってはいやしないだろうかと心配していたのだが、今となってはそんな余裕は無い。青年は雨音が足音を消してくれるのを良いことに、更に速度を上げた。
心臓が早鐘を打ち、息が荒くなる。決して運動量だけから来る脈動では無い。自分の方が先行しているのは分かっているが、それでも敵に自分のキャンピングカーが先に発見されてしまったらと思うと気が気でない。その焦りが青年の心臓を急き立てていた。
彼とて全ての事に対して冷静に淡々と対処できる訳では無い。危難に陥れば脂汗の一つもかくし、鼓動も早くなる。銃を扱い慣れていない相手にベストコンディションの小銃と狙撃銃で武装した状態で負ける気は更々無いが、それでも偶然とは恐ろしい物だ。
確率の悪戯で、適当な牽制の為に放った弾丸が何処ぞかに跳弾して己の体に突き刺さらないとも限らないのだから。
通りを駆け抜け、ゴミ箱の隣をすり抜け、可能な限りの速度で己の護るべき場所へと向かう。生くるべくして生くる青年にとって、安心して休める場所や蓄えた武器は何よりも重要だ。その為になら青年は迷わず人間相手にでも引き金を絞る。
ようやく街と田畑との切れ目までやってきて、青年は息を僅かに荒げながら建物の影から少しだけ顔を覗かせてキャンピングカーを確認する。
青年は安堵した、まだ誰もキャンピングカーを発見したような気配は無い。運転席の両サイドの扉は固く閉ざされており、側面の居住区画への入り口も閉まったままだ。
人知れず安堵の息を吐き、荒れた呼吸と脈拍を落ち着ける為に数回深呼吸を繰り返した。次第に気分が落ち着いていき、先程までとは逆に思考がどんどんと冷めていく。
最大の不安要素が消えたからか、切り替わった思考の中で青年は淡々と敵への対処……もしも殺さなければならない状況に陥った時の事も考えていた。
既に拠点の安全は確認出来た。そして、ロックは感嘆に破壊できる物では無い。侵入しようにも手間が幾らか掛かるはずだ。と、なるとキャンピングカーは青年の中で護衛対象から囮へと役割が変わる。
作戦をさっと練り上げ、即座に実行に移すべく位置取りを考える。暫し周囲を見回し、自分が街に侵入する為に使った道路から伸びる小路が目に付いた。少し奥に青いゴミ箱が放置されている、彼処を使うとしよう。
青年はカノンに追従するように指示し、その小路に小走りで飛び込んだ。そして、奥に置かれているゴミ箱を入り口の手前の方へと移動させる。目測で距離を測り、この辺りで良いかと思った所で青年はその背後に隠れた。
カノンも青年の後ろに回り込み、濡れた地面に文句を言うことも無く地に伏せた。雨で濡れそばった地面は冷たくて辛いだろうが、我慢して貰うしか無いだろう。
大容量の背が高いゴミ箱のせいで小路は完全に道路からの死角になり、その後ろに人間一人と犬が一頭隠れても気付かれないようになる。そして、雨が降っているので気配や呼吸音を完全に殺してくれるので気取られる事は無いだろう。
立ち上る呼気で発見されない為に青年は口を手で塞いだ。そうすれば白いもやのように呼気がたなびく事は無い。そして、体温を漏らさない為にカノンも口を開いていないので大丈夫だろう。
しゃがみ込んで寒さに耐えながら、青年は耳を欹て続けた。来なければ来ないで雨が止むまで此処で耐えれば良いし、来たなら来たで……。
そう思った時、水を跳ね上げる足音が耳朶を掠めた。間違い無く人間が立てる音だ。青年は静かに89式の安全装置をフルオートに移行させ、大きく息を吸い込んだ。そして動きを止める。
青年が微動だにしないのと対称的に、隠す気分も無い様な足音は少しずつ近づいてきていた。その数は二、つまり二人居ると言う事だ。二人くらいなら武装次第でどうにでもなる。
息を殺して気配を隠し、足音が通り過ぎるのをひたすらに待った。体は冷え切って震えを帯び始めているが、それを意志で押し殺す。既に指先は感覚がなくなっているが、頭の悪い理由で乱戦には持ち込まれたくない。
あと一〇メートル。五メートル……正面……通り過ぎた。そろそろ通り過ぎて五メートル……。
それくらいの距離が空いたであろうと足音で判断してから、青年は少しだけ小路から顔を覗かせた。通りのど真ん中を二人の男が並んで歩いて居る。雨合羽を着ており、それぞれ手に金属バットと木材で作った急ごしらえのさすまたを持っている。
どうやら二人で役割分担をしているらしく、死体が出たらさすまたを持った男が転倒させ、金属バットを持った男が転倒した死体の頭を砕く戦法を取っているようだ。効率的であり安全な倒し方だなと思いつつ、青年は通りから出るべく膝を立てながらじわりと進んだ。
片手でカノンが出てくるのを制しながら、半身だけ覗かせて悉に敵を観察する。武器は本当に見える分だけ持っているようだ。そして、偵察に出るという事は何か見つけた時の為に発煙筒か信号弾くらいは持っている筈だ。それらを加味しても脅威度は極めて低いと判断出来る。
時折少しだけ背後を気にしたりしているが、それでも小路に殆ど身を隠した青年が見つかることは無かった。ゆっくりとした歩調で彼等は街の通りを調べ、何か使える物が置いてある商店は無いかと探している。
そして、街の切れ目まで到達した時、求めていた物が無かった事に落胆すると同時に、奇妙なキャンピングカーを発見した。全身を板金で被甲し、タイヤを護るスカートだけでなく、障害物を蹴散らすドーザーまで装備して居るでは無いか。
そんな物が放置されているとなると、気になって近寄って見るのは当然であろう。人の気配も無いので、彼等は何の警戒もしないで車に接近した。
手で車体を触ってみると、雨を浴び続けていた事もあり冷え切っていた。そして、それはエンジンが暫く動いていなかった事を意味する。
持ち主は居るのだろうか? 等と思いながら、金属バットを持った男が扉の手を掛けた。だが、ノブを引いてみても空回りする感触が帰ってくるだけだ。
「駄目だ、鍵が掛かっている」
彼が相方にそう言うと、相方は金属バットで壊せばいいと答えた。確かにウインドウには金属のフェンスが被せてあり簡単には破れないが、壊せなくも無いだろう。
では、そうしようと金属バットを振りかぶったその時、背後で何か音がしたような気がした。
何だと振り返る暇も無く、声が二人の背に浴びせられた。平静で抑揚の無い、小さいが雨の中でも良く通る声だった。
「動くな、許可無く動けば撃つ」
まるで脅すような金属音が響いた。青年が態とらしく鋼管を引いて初弾を装填し、警告に威圧感と現実味を持たせたのである。二人の体は不意の事態に石のように固まった。
「次はゆっくりと武器を捨てろ。捨てた後は足で届かない場所まで蹴り飛ばせ。余計な動きをしたら膝をぶち抜く」
単調な声には、大男ががなるような迫力は無いものの、まるで心臓そのものにナイフの切っ先を突きつけているかのような威圧感があった。彼等はそれに大人しく従った。
否、従うしか無かったと言った方が正確であろう。声の響き、威圧感……それら全てがひしひしと、余計な事をした次の瞬間に殺されるぞと語りかけているからだ。
「手を上げて、ゆっくり振り返れ。二人同時にだ、変な真似をしたらやはり膝をぶち抜く」
雨でどうしようもなく冷えた体が、芯から更に冷えるほど冷徹な声。そして、絶対的な強制力がある声……それに逆らえずに二人はゆっくりと振り返る。
その先に居たのは死神だった。
目深に被ったオリーヴグリーンの雨合羽。その袷より覗く漆黒の装束。フードの中、その暗渠より覗く闇より尚深い色の瞳。そして、胸に隙無く突きつけられた、圧倒的に巨大な暴力の矛先。指先はトリガーガードではなく、既に引き金へと移されていた。ほんの数キログラムの力が加えられるだけで、腹に向けられたそれは鉄の暴威を見せつける事であろう。
「私の言う事に従うのであれば撃たない。だが、逆らえば容赦なく撃つ。二度とまともに歩けなくはなりたくないだろう?」
単なる脅しでは無い。少しでも目の前の男の意に沿わぬ動きを見せようものなら、自分の膝は縁日の景品のように容易くあの銃によって射貫かれるだろうと、二人の男は予言めいた未来を確信した。
「……左の男、ああ、私から見て左の男だ。貴様、今すぐ走って帰り、今起こった事を貴様達のリーダーに伝え、一人だけで門の前に立っていろと言え」
有無を言わせぬ命令に、左側に立つ男は頻りに頭を縦に振った。今は従う事のみが得策であり、それ以外は死しか生まない下策だ。
「分かったら行け、ただし私に近づくな。十五分後に其方に向かって隣の男を帰してやろう」
さっさと行けと促すと、男は雨を蹴立てながら駆けだした。青年の事を大きく迂回し、言う事を律儀に守っている。さて、とりあえずは上手く行ったかと青年は何の感慨も無く思った。
後は交渉を簡単に済ませるだけだ。伝令に使った男の姿が見えなくなり、少し離れた所から銃を突きつけられている恐怖に震える男を慎重に観察しながら、青年はカノンを呼ぶ為に甲高い口笛を吹いた…………。
話が長くなるにつれて文章が冗長になり描写やらが分かり難くなる癖が盛大に起こっております。読みづらくてしょーがねぇ……
何とか改善していけるよう努力しますので、よろしければこれからもお付き合い下さい。感想などに元気づけられて書いております。
調べたら車というのは思っている脆いらしいので、青年は仕方なしにこのような行動に出ております。ちゃんと描写で分かれば良いのですが、どう考えても変な所で説明している上に分かりづらそうなので念の為に……。
次もあまり間を開けないで投下できればよいと思っています。では、感想や誤字の訂正などお待ちしております。