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81 震える死者3

 ドラゴンの鱗で造られたスケイルメイル。腰の両方に長剣を差し、背中には身の丈を超す大剣を背負っている。


 俺の知る限り、アレクサンドラ・ギルブレスは最高の『戦士』の一人だ。


 鬼人オーガ巨人ジャイアントのハーフ。身長二メートルを超える巨躯に筋骨隆々の筋肉ダルマ。


 人間の俺とでは違い過ぎる。こいつは、俺とは違う生き物だ。


 そのアレックスを先頭に、俺たちはダンジョンを突き進む。なんなく三層を超えて四層へ。『盾』を持たない超攻撃特化型の戦士。時に二本の剣を振るい、間合いの確保された広い場所では武器を大剣に持ち替えてモンスター共を一気に殲滅する。


「アレックス、調子はどうだ」


「……体調は悪くない」


 そう答えたアレックスは、右手が気になるのか、感触を確かめるように、頻りに右手を開いたり閉じたりの行動を繰り返している。


「今のお前は生命力を強化してある。効果は微弱だが、その分、持続時間は長い。長く戦い続ければ、その分、効果は実感出来る筈だ」


「……ああ、確かに疲れにくい。まだまだ余裕だ……」


 そう言うアレックスだが、言葉の内容とは裏腹に、その表情は何処かしらぎこちない。


「少し右手を診たい。小休止を提案する」


「……そうしてくれるかい?」


 視線を落とし、軽く唇を噛むアレックスは、利き腕である右手の反応に不満を感じているようだ。


「……」


 アネットも、そのアレックスの不調を敏感に感じている。表情は酷く険しい。


 アネット・バロアは、頭のネジが飛んだ脳筋アレクサンドラ・ギルブレスの相棒だ。ダンジョン攻略に於ける行動は慎重派。このままアレックスの調子が上がらなければ、目的の達成を断念するという選択も視野に入れているだろう。


 聖水を振り撒き、結界を張る事でセーフゾーンを確保した俺は、アレックスの右手の状態を詳しく診る。


「指を一本ずつ動かせるか?」


「……あぁ、そういうのは問題ない……でも、反応が今一悪い……」


「ふむ……」


 ルシールとポリーを加えた接合術式では、出来得る限り神経を繋いだが、そこが外科的処置の限界だ。通常動作に問題はないが、咄嗟の時は出遅れる。自身の反応速度に追い付かない、というのがアレックスの不満の原因だろう。


「……少し、強い術を使ってみるか?」


「強い術……?」


「あまりやりたくはないが……一時的に細胞を活性化させて、神経細胞の発達、治癒を促進する。ただし、痛み止め効果のある麻痺術は、この術の効果を鈍らせるから使えん。つまり猛烈に痛む。やるか?」


 アレックスは小さく舌打ちした。


「そんな術があるなら、早く言ってくれよ……!」


「ふむ……その辺りは精神感応石オリハルコンの働きに期待していたんだがな……」


 上手く繋がった左手と違い、右手の接合は切断より二ヶ月近い時間を経ての施術だ。良くも悪くも右手は切断された状態で落ち着いていた。施術が遅れた分、神経細胞は弱まり、死滅する。その右手がアレックスの反応に追い付かないのは当然の事と言えるが……


「この術は、お前に強い負担を要求する。神経が繋がる度に、耐え難い苦痛が発生する。ここからは気を強く持ち、なるべく右手一本で戦え」


「やってくれ」


 さて……冒険者ギルドの宣告師には『第一階悌』と宣告された俺だが、単なる癒しの術もそれに準じて強化されている。


 今回、その『癒し』の術に過多の神力を使って暴走させる。

 するとどうなるか。

 細胞は死滅と再生を繰り返し、その過程で失われた神経も再生して行く。その間、アレックスは右手を動かし続ける必要があるし、神経が繋がった際には激しい痛みに襲われる。


「荒療治になる。覚悟を決めろ」


「いつでも来やがれ」


 いい根性だ。俺は鼻を鳴らした。


「戦闘中以外でも、常に右手だけは動かし続けろ。そうでなければ意味がない。もう一度言うぞ。その間は耐え難い苦痛に襲われる」


「だから、やれっての」


 俺は溜め息混じりに首を振った


「警告はしたぞ。左手の時とは比較にならん」


「だから、早くやれよ……!」


 怒りを露にするアレックスには付き合わず、俺は指を鳴らして術を行使する。

 その次の瞬間――

 アレックスは右手を押さえて絶叫した。


「――熱っ! 熱い熱い熱い!! なんだこれクソ!」


 俺は笑った。


「ははははは、だから言っただろう。ほら、右手を動かし続けろ。結界から出て行け。修羅になって戦え」


「クソが……! てめえ、覚えてろよ!!」


「……怖いな。また入院してもらおうかな……」


 『入院』と聞いた瞬間、アレックスは即座に結界を飛び出してダンジョンの奥へと駆けて行った。

 俺は爆笑した。


「おい、見たか。今のアレックスの顔を」


 あのアレックスをしてトラウマを植え付けたグレタとカレンの腕前には感服するよりない。


「ディートさん、趣味が悪いですよ」


 そう言うロビンだが、口元を緩ませて笑いを噛み殺している。


 成り行きを見ていたアネットは、本当に呆れたように何度も首を振っている。


「……まあ、やれって言ったのはアレックスよね……」


「そういう事だ。アネット、一応、付いて行ってやってくれ」


 痛みに強くタフなアレックスだが、神経が繋がるその瞬間は激痛に身体が硬直し、隙が生じる可能性がある。


「俺たちは、もう少し休んでから行く」


「分かったわ」


 そう言うなり、結界を出たアネットはアレックスを追って音もなく駆け出して行った。


 アネット・バロアは『レンジャー』だ。

 クラスの特性として、罠解除、剣、弓、投擲、暗器、格闘と何でもこなすパーティの便利屋だ。その動きは素早く、洗練されている。瞬く間に背中が見えなくなり……ロビンは、目を細くしてそのアネットを見送った。

 俺は言った。


「アネット・バロアはクソ女だ!」


 ロビンは思い切り吹き出した。


「うふふ! うふふふふ! そうですね!」


 場を和ませる為の、ちょっとした冗談だ。特別な意味はない。


 ロビンは苛立ちを忘れ、腹を抱えて笑っていた。


 その後は暫く休憩して、指揮権をロビンに委ねた三体の剣闘士グラディエーターを先頭に、俺もアレックスたちの後を追った。


 ロビンは、俺と手を繋いだままでいる。


「……ディートさん。魔素酔いの方はどうですか……?」


「駄目だ。苛々して落ち着かない」


 思えば、今日の俺は逸るあまり、冒険者ギルドでも好戦的だった。少し戦えば気が晴れるかとも思ったが、逆に気分は高揚するばかりだ。あの状態が続けば、俺は一人でもダンジョンアタックを決行しただろう。『存在力』の強化には、それだけ強い陶酔感がある。


 更に先行しているアレックスとアネットだが、罵詈雑言を撒き散らしながら戦うアレックスの大声で、入り組んだダンジョンですらその位置は容易に把握出来た。


「うおお! ディート! あのクソ野郎!! いつかやってやる! あいつだけは許せねえよ!!」


 そのアレックスの悪態に、ロビンは眉をひそめて首を振った。


「あの人、本当に馬鹿ですね。何度もディートさんは警告したのに、まるで話を聞いてません」


「ヤツには、度々、荒療治が必要なんだろうな」


 『痛み』は、どんな馬鹿にでもよく効く薬だ。即効性があり、やる方は癖になる。まぁ、やられる方は堪らんだろうが。


 ロビンと剣闘士に守られ、アレックスが切り開いた道を進む。

 所々、アンデッドやモンスターの死体が転がる様は中々グロテスクで壮観だ。


「うぎゃあっ!!」


 突然、アレックスの上げた悲鳴が聞こえた。


「始まったな」


 右手の神経が繋がり始めた。おそらく『人間』には耐えられない程の激痛だ。人間を超えたタフネスを持つ鬼人オーガのアレックスだからこそ、この荒療治が効果を発揮する。


 この痛みを乗り切った時、アレックスはまた一つ戦士としての力を復調させる。


 ロビンがのんびりと言った。


「順調ですね。私たちとしては、苦労せず魔素を吸収できる」


「まあな」


 不思議な事だが、そうだ。

 今、戦っているのはアレックスだけだが、不思議な事に俺やロビンにも微量ながら魔素が吸収されている。『パーティ』を組んでいるからだろうか。


 『ゲーム』に近い『現実』。


(いったいなんだ、この世界は……)


 俺は新しい伽羅を口に放り込み、深い呼吸を繰り返す。


 面白い世界だが、時折、付いて行けない時がある。種族相性、魔法、剣、モンスター、魔素。そして――アスクラピア。全てが俺の想像を超えている。


 この世界を舐めてはいけない。


 現実離れしたこの世界には、『死』という恐ろしい現実がそこかしこに転がっている。


 この恐ろしい世界で、アスクラピアの持つ癒しの力は何より偉大だ。


 ロビンに手を引かれながら、俺は『アスクラピアの子』である事に強い感謝と深い祈りを捧げる。


 この日のダンジョン探索で、アレックスは右手の痛みに苦しみながらも、一人で十層までの攻略に成功した。

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