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79 震える死者1

 俺に発行されたギルドカードのランクはBだった。


 アネットが言うには、第一階悌の神官のダンジョンアタックには例がなく、実績もない事から、今回は暫定的にそのランクに収まったとの事だ。


「すみません。ディートさん……」


 ロビンは俺の格付けが最高のAでなかった事に不満があるようで、目尻を下げて謝罪した。


「……私がもっと権威ある騎士であれば、このような屈辱に甘んじる事はなかった筈です……」


「不足ない。気にするな」


 俺は鷹揚に言って聖印を切る。


 そして再び馬車に乗り、今度こそダンジョン『震える死者』へ向かう。

 アレックスは、右手を握ったり開いたりしながら呟いた。


「……先ずは肩慣らしだね。まだ本調子じゃない……」


「そうね。連携も試したいし……」


 リーダーであるアレックスの計画では、ヒュドラ亜種が居る『ボス部屋』まで、地道に戦いながら、パーティの錬度を高めると同時に新しい右手の調子を上げて行きたいようだ。


 パーティリーダーはアレックスだ。それを決めた俺がアレックスの言う事に従わない訳には行かない。俺は黙って頷いた。


「……時に、ロビン。お前は……冒険者の資格を持っているのか……?」


 ロビンは頷いた。


「一応、まぁ……」


 教会騎士にとって、『魔素』の存在するダンジョンで訓練する事は、活動資金を稼ぐと同時に、身体能力を向上させる為にも強く推奨されているようだ。


「ランクは、ディートさんと同じBです」


「そうか」


 その後のアレックスは、いかにも脳筋らしいざっくりとした作戦を立てた。

 先ずは作戦なし。

 皆、好きに動けというのがそれだが、アネットも反対はしなかった。


 アネットの場合、リーダーのアレックスから自由な行動を許可されている。それぞれの戦い方を見て、自身の役割を決める。臨機応変が求められ、ある意味、一番難しい役割と言える。とは言え……


「問題はあんたよ。私、あんたがどれぐらいやるのか分かんないもの」


 アネットは高位の神官の戦い方が見たい。そういう事だ。


「分かった。では、先ずは俺が戦おう」


「……」


 教会騎士であるロビンの責務には俺の護衛が含まれる。それ故、物凄く嫌そうな顔をしたが、こればかりはアネットの言う事が正論だ。


「で、あんた、手ぶらだけどいいの? 護身用にメイスだけでも持つとかないの?」


「……俺が武器を持っていたとして、そこに意味があると思うのか……?」


 ディートハルト・ベッカーの身体は十歳の子供のものだ。銃でもあれば話は別だろうが、この世界にそんな物は存在しないし、そもそもメイスを持てる程、身体が成長していない。


「それもそうね」


 アネットは面白そうに言った。


「あんたが、ちっこい身体でメイスを振り回す所が見たかったのに、残念だわ」


「……」


 ロビンは糸のように目を細め、笑うアネットを見つめている。何も言わないが、俺に対する侮辱とも取れる発言に反応している。

 俺はそのロビンの外套マントを引っ張った。


「言わせておけ。何も心配はいらない」


「……は」


 短く答え、それきりロビンは黙り込む。今の所、こいつに協調性を期待するのは無理だ。アレックスの指示に従うかどうかも怪しい。肩慣らしには、その辺の是正も含まれる。


「……」


 それはアレックスの役割だ。

 故に考えない。俺はこのパーティの『後衛』だが、だからといって戦闘中、ぼんやりと突っ立っていていい訳じゃない。

 援護の手段はいくらでもある。

 白蛇との訓練では一人での戦い方も学んだつもりだ。早く『実戦』に入りたい。そうすれば、アネットの間抜け面もロビンの仏頂面も変わるだろう。


◇◇


 ダンジョン『震える死者』の風穴のような入口には、先回りした冒険者たちがたむろして俺たちの行動を遠巻きに観察していた。


「……本当に暇なヤツらだ……」


 それら野次馬の存在を無視し、俺は前準備として幾つかの術を行使する事にした。先ずは――


「身に纏う、錆び付かぬ鉄の魂」


 白蛇から学び奪った(・・・)剣闘士グラディエーターの召喚。


 ()を持つ召喚兵の姿は、その意味が分かるヤツが見れば驚愕しただろうが、百人を超えた野次馬共を含めた全員が、この異常性を理解していない。その中で、唯一、教会騎士のロビンだけが違和感を持って刮目している。


 神官のダンジョンアタックはそれ程までに珍しい。


 俺が喚び出した剣闘士は三体。軍神アルフリードの加護を持たない俺には剣闘士の召喚はこれが精一杯だが、狭いダンジョン内の戦闘では数よりも質が優先される。


 続いて幾つかの補助術でアレックスや剣闘士を含めた全員の身体能力を向上させる。それで準備は終わりだ。


「行こう」


 第一階悌の神官が先頭を切ってダンジョンアタックする。これも勿論、前代未聞の事になる。

 回りの野次馬共が煩くて堪らない。

 俺は早々にダンジョンに逃げ込んだ。


◇◇


 ダンジョンに入るなり、奥底から吹き出した冷たく生臭い風が頬をなぶるようにして流れて行く。


「……ふん。なかなか、いい場所だな……」


 ゴツゴツとした岩肌の通路は、やはり広くない。ここで召喚術による部隊を編成する事は出来ない。剣闘士は三体で充分だ。


 暫く進み、野次馬の喧騒が遠くなった所で、アレックスが忌々しそうに呟いた。


「あたしは、教会も寺院も大っ嫌いだ」


 まぁ、寺院からは出禁を食らい、教会での入院中は酷い目に遭ったから無理もない。だが、今のアレックスが言いたいのはそういう事ではないようだ。


「ディート。あんたの性格は、どう見たって実戦向けだ。あんなクソみたいな場所で神父ごっこやってるタマじゃない」


「そうだな」


 今はパーティ行動中だ。無益な口論は避け、アレックスの指示通りに進んだ。


 入口から射し込む陽光が完全に消えた所で、俺は指を鳴らして新たな補助術を発動させて視界を確保した。


 『灯り』を作るのは魔術師の領域だが、神官である俺の場合、視力自体を強化する事でその代替とする。


 アレックスは小さく舌打ちした。


「……知らない術だ……」


 先の俺との模擬戦での悲惨な敗北の原因の一つには、アレックスの高位の神官に対する無知も含まれる。


 『教会』と『寺院』は、高位の神官を囲って外には絶対に出さない。それ故、アレックスの無知も無理からぬ事と言える。


「明るくもないのに、よく見える。なんだ、この術は……」


 神官の実戦能力は、A級冒険者のアレックスをして謎なのだ。それが高位神官のものとなれば尚更の事だ。


「……」


 苛立って愚痴るアレックスを、ロビンが冷たい目で見つめている。


「やめろ、アレックス」


 パーティ内での不和は避けたい。その思惑から出た言葉を察したアレックスが黙り込む。


 そこで、生臭い風の流れが変わる。


 剣闘士グラディエーターが僅かに腰を落とし、戦闘態勢に入るが、俺はそれを押し退けて前に出た。


 距離にして五十歩ぐらいだろうか。ぼろぼろの剣を持ったスケルトンの姿が五体見える。

 さて、出番が来たようだ。


「人が休むには、一握りの土くれがあればいい」


 先頭に立つ俺を発見したスケルトン共が、かちゃかちゃと骨のぶつかる音を立てながら接近する。


「死者が休むには、更にもう一握りの土くれがあればいい」


 祝福には様々なものがあるが、この時、俺が使ったのは『死者の鎮魂』の祝福だ。


 祝福を投げ付けるようにして振り撒くと、五体のスケルトンは、たちまち崩れるようにして生臭い風に流されて消えて行く。


「行くぞ。次はどっちだ?」


 この程度の雑魚に手間は掛けられない。


「なんだそりゃ。出鱈目だな……」


 アレックスは気分悪そうに左の方向を指差した。

 指示された道なりに進む。

 途中、何回かアンデッドに出会でくわしたが、それは剣闘士に任せた。

 損害はなし。

 身体に妙な感覚があって、何かが拡張されたような感覚を覚える。


(魔素か……)


 戦う度、アンデッドを消し去る度に魔素が身体に流れ込み、俺という『存在』が微弱ながら拡がって行く。


 冒険者たちがダンジョンアタックを繰り返す訳だ。自らの『存在』の強化には強い陶酔感があった。


 もっと奥へ……奥へ……!


 力が増える訳じゃない。だが俺という『器』が拡張されて行く。それは俺という『個』が強くなるのと同義だ。冒険者たちが屈強な訳だ。


 骸骨兵スケルトン動く死体(ゾンビ)屍食鬼グール。この辺りはまだ浅層という事もあり、危なげなくアンデッドを蹴散らして進む。


 ダンジョン『震える死者』は、アンデッドの巣窟だ。殲滅力に関しては魔術師であるマリエールの方が上だが、ここでは神官おれの優位が確立されている。特別な問題はないが……


「そういえば、まだ聞いてなかった。ヒュドラ亜種は何層に居るんだ」


「……四十二層だ」


「道のりは長いな……」


 パーティランクがAになれば深層への直通エレベーターが使えるようだが、実績のない俺を含むこのパーティのランクはBだ。深層に直行する事は出来ない。


 まあ、今は肩慣らしの段階であるから不満はない。しかし……


「寒いな……」


 気付くと吐き出す息が白くなっている。神官服リアサには防寒効果もあるが、大したものではない。このまま体温が下がってしまえば、戦闘より先に寒さの方に参ってしまいそうだ。


 耐えられない事もないが、動作が鈍れば不測の事態を招き兼ねない。俺はやむを得ず、指を鳴らしてまた補助術を行使する。


 ちなみに、術の行使の際、俺が指を鳴らすのは周囲に術を使った事を伝える為だ。


 アスクラピアの術は直接攻撃のものが少ない代わりに補助系統の術が多く存在する。この時は『冷気』に対する耐性を上げて対応した。

 アネットがぽそりと呟いた。


「知らない術ね……」


「よかったな。一つ賢くなった」


 別に馴れ合う為に居る訳じゃない。俺という個性を纏めるのも、リーダーのアレックスの役目だ。

 アレックスが言った。


「ディート。今、幾つの術を使ってる」


「八つだ」


 生命力、敏捷性、精神防御、腕力、視力、防御力、武器強化、冷気耐性。補助系の術は、もっとあるが今の所はその程度しか使ってない。


「いつの間に……」


 合図はしている。少なくとも、アネットとロビンは気付いている。


「……鈍感なヤツだ。次は教えたら気が済むのか? 分からないなら黙っていろ」


 そもそも即席パーティだ。協調性など望むべくもない。そして俺を纏められないリーダーにも用はない。

 アレックスは苦い表情で黙り込んだ。


「……」


 一層を抜け二層へ。

 俺たちの目的は金稼ぎじゃない。故に最短ルートを進みダンジョンの奥へ進む。

 だが、そこで……

 俺は奇妙な違和感に気付いて足を止めた。


「なあ、アレックス。さっき、俺は、アネットとお前に反発した。何故だ? お前をリーダーに推したのは俺だ。矛盾している。今の俺はおかしい」


 今はパーティ行動中だ。仲間内での不和は厳に慎むべきだ。そう考えていた俺が、真っ先にパーティの不和を招く発言をしている。これを異常と捉えず進むのは危険だ。


「これは……」


 そう。魔素による『存在』強化の影響だった。

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