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44 女王蜂1

 砂の国、ザールランド。

 高い壁を一つ挟み、北には死の砂漠が広がっている。


 砂漠には『夜の傭兵団』っていうデカい傭兵団が居る。なんでも、『白蛇』って呼ばれてる白髪の男が仕切ってるそうだ。この『夜の傭兵団』は、一応、この国の支配下にあって『私掠免許状』ってのを持ってるけど、あいつらが壁の中に入って来た事は一度もない。あくまでも死の砂漠が夜の傭兵団のねぐらだ。


 砂漠にはクソ程いる盗賊団とは違って、夜の傭兵団は比較的穏やかな連中だ。傭兵を名乗るだけあって、基本的には砂漠を往来する商団の護衛を中心に稼いでる。

 だからだろうか。規模のデカい盗賊団や私軍を持つ大商団の中には、この『夜の傭兵団』を舐めて掛かるやつらがいる。国家に認められ、『私掠免許状』を持つ事の意味を知らない馬鹿な連中だ。


 この日、トリスタンから来た大商団の一つが『白蛇』率いる『夜の傭兵団』に略奪された。


 夜の傭兵団は穏やかな連中だ。

 通行証を持たない商団には通行料を要求するだけで、原則的に略奪はやらない。

 でも舐めた野郎だけは別だ。

 通行証を持ってない。通行料も払う気がない。そんな連中相手には徹底的にやる。命も金も洗いざらい、全てを持って行く。


 その日の晩は、血生臭い風が吹く夜だった。


 あたしは壁の外に出て、その日の晩も戦場稼ぎ。夜の傭兵団が残したおこぼれを狙ってる。


 壁の外には、いつだって死体が転がってる。砂虫と風が全てを持って行っちまうから、皆、砂漠に何でも捨てちまう。

 そして――

 今夜は白蛇が捨てて行った死体が山ほど転がっている。

 これはわざとだ。

 時折、白蛇はこういう事をして残忍性を見せ付ける。舐めた野郎は許さないって見せ付ける。


 その白蛇が捨て置いた死体から装備を剥ぎ取って金に替える。これが結構馬鹿にならない稼ぎになる。


 アシタとエヴァがもう少ししっかりしていれば戦場稼ぎに連れて行ってもいいけど、今は駄目だ。


 アシタは考えなしで抜けた所があるし、エヴァは賢いけど戦場稼ぎを舐めてる節がある。


 そして当たり前だけど、戦場稼ぎをやってるのは、あたしだけじゃない。フランキーの奴だって来るし、大人の盗賊崩れみたいな連中もやって来る。時にはそいつらと獲物の奪り合いになる事だってあるし、砂虫サンドワームに襲われる事だってある。


 戦争で死んだ親父の後を追うように、母さんが死んだ。薄汚い親戚連中は、まだガキだったあたしから家も財産も全てを奪って下町スラムに放り捨てた。もう十年も昔の話だ。当時は無茶苦茶恨んだけど、今は生きるのに精一杯で何も感じない。


 あたしは『勘』がいい。

 戦争で死んじまった親父は、その『勘』を大切にしろっていつも言ってた。

 あたしは、その『勘』を頼りに生きてきた。

 アダ婆の言うには、スキル『直感』。よく分かんないけど、先天的なもので、このスキルの所持者は大成する場合が多いそうだ。

 その勘が言ってる。

 アシタとエヴァは、戦場稼ぎには向かない。壁の外に出たら死んじまう。

 だからあの二人には留守を任せる事にして、あたしはもっぱら外の仕事に励んでる。


 その日、スラム街じゃ『夜の傭兵団』が久しぶりに略奪をやったってすげえ噂になってた。

 あたしの勘が言ってる。

 今日は、とんでもない『お宝』にありつけるから、いつも以上に気を張ってろって。

 実際、その通りだった。

 『夜の傭兵団』は、舐め腐った大商団を一つ血祭りにして、出来上がった死体は装備を剥ぎ取る事なく壁の前に捨てて行った。

 見渡す限りの死体の山。

 砂漠を根城にする砂虫サンドワームにあちこち齧られちゃいるけど装備は丸々残っていて、これを剥ぎ取りゃ一財産は確実。


「おうおう、アビー。テメーは今日も余裕こいて一人かよ」


 そういうフランキーは、八人の集団で戦場稼ぎにやって来た。

 中には年端も行かないガキも混じってる。馬鹿な奴だ。盗賊崩れの大人とカチ合えば、待っているのは悲惨な現実だ。

 奴等はずる賢い。自分たちで死体から装備を剥ぎ取るような面倒な真似はしない。あたしらガキに集めさせといて、それを横からかっさらう。

 その方が楽だ。あたしが奴等ならそうする。奴等だってそうする。


「使えねえ奴が手下だと、親分は苦労するなあ」


 忌々しい女だ。

 フランチェスカ……通称『フランキー』。こいつのねぐらとあたしの塒は隣り合っていて、しょっちゅう小競り合いになる。


 その内、ドブに沈めてやるが、それは今じゃない。


 あたしは、フランキーから逃げるようにして駆け出した。

 今日はデカい仕事やまを踏む日だ。馬鹿に付き合ってられない。

 そして今回、夜の傭兵団は、いつもより張り切ったようだ。

 ざっと見ただけで、打ち捨てられた死体が五百はある。そこらのチンケな盗賊団が格好付けでやるのとは規模が違う。

 遠くから、宝の山だって叫ぶフランキーの声が聞こえた。

 確かにそうだ。

 今回、夜の傭兵団の犠牲になった商団の連中は羽振りが良かったのか、見る限り死体の装備は整っている。剣は勿論、弓に槍、新品同然の鎧兜に具足まで揃ってる。この分じゃ、懐には財布も残してあるだろう。それらを全て剥ぎ取れば、デカい稼ぎになるのは一目瞭然。ただし……

 無事に持ち帰る事が出来ればの話だ。


 あたしもここで一稼ぎと行きたかったけど、何かが違う。あたしが見付ける『お宝』は、こんなもんじゃないって気がする。


「……」


 死体これじゃない。

 あたしは目を凝らして、特別な何かを探る。そして……

 死体の群れに折り重なるようにして倒れ込んでいるあいつを見付けたんだ。


 そいつはくすんだ茶色い髪のガキだった。

 年の頃は十歳前後という所か。胸が小さく上下している。まだ生きてる。しかもご丁寧に、凍死しちまわないように毛布まで掛けてあった。


 『夜の傭兵団』は、妙に気のいい所がある。おそらく、まだガキだから見逃したんだろう。


 これか? こいつが、あたしの手に入れるべき『お宝』か?


 あたしの勘は『そうだ』って言ってる。


 少しばかり身なりはいいけど、それも下町スラムのガキに混ざれば時間を追って消えて行く。その程度のガキにしか見えない。


 あたしは一人だ。ガキといっても、そいつを担げば、戦場稼ぎは諦めなきゃいけない。マジックパックがあれば話は別だけど、そんな高価な代物は持ってない。


「……」


 あたしは直感に従って生きてきた。その直感が告げる以上、今回もそうするだけだ。


 今はもう珍しい『人間』のガキ。この辺じゃ、純血の人間は珍しい。実際に見るのは、あたしも初めてだ。

 純血の『人間』は弱い。

 今は生きているけど、朝には冷たくなって死体の仲間入りしているだろう。

 砂漠の気候は厳しい。少し震えている。あたしはそのガキを担ぎ上げ、その場を去った。


 塒に帰る途中、武装した盗賊崩れの集団と擦れ違ったけど、あたしがガキを担いでるのを見て、おかしなものを見るように顔をしかめていた。


「……あたしが持ってるのは、このガキとあたしの命の二つだけさ。持ってくかい?」


 盗賊崩れの男は答えず、鼻で嘲笑って背中を向けた。


 さて、大喜びで馬鹿騒ぎしていたフランキーは、何人の部下を失うだろう。


 後で知る事だけど、盗賊崩れの集団に襲われたフランキーは、部下の半分を死なせた挙げ句、結局は戦場稼ぎの殆どを捨てて逃げた。


 背中のガキからは、ほんのりと伽羅のいい匂いがした。


「……純血の人間、か……」


 純血の人間は、殆どの種族と相性がいい。殆どの種族と子供を作る事が出来る。それが原因で、今はもう滅び掛けている種族だ。


 あたしの集団グループに男は居ない。漠然と考えた。


「なら、将来はこいつとガキでもこさえようかね……」


 いずれ。生きていればの話だ。

 この背中に担いだガキが、あたしの『お宝』なら、そうなって当然の話だった。

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