11 一番の武器
パルマの貧乏長屋で割り当てられた一室。
アビーは口うるさくがなり立て、ガキ共は何処から持ってきたか分からない木材で簡易ベッドを作成した。
よくよく見ると何かの看板だの、川岸に流れ着いた流木なんかを使っている。
その簡易ベッドに、揉み込んで柔らかくしたよく分からん草を敷き詰め、シーツを敷いて出来上がったベッドが俺の寝床になる。
「……今日はダンジョンの方には行かないのか?」
日銭を稼ぐという意味ではヒール屋は上手く行っていた。
「筋肉ダルマから依頼があれば、行くさ。今のところ、そういう依頼はないし、今はここをもう少し使えるようにしなきゃいけない。金がなきゃそういう訳にも行かないだろうけど、筋肉ダルマから今日の金は頂いているし、休んでしまって問題ないねえ」
新しい塒を得て、新しい生活が始まるのだ。アビーがやらなきゃいけない仕事はクソ程ある。
ヒール屋はお休みだ。
「ディ、あたしが許すから、あんたはしっかり休んで英気を養いな」
「分かった。そうさせてもらう」
それだけ言って、俺はガキ共が作った簡易ベッドに横になった。
シーツの下の草がチクチクして寝心地はよくないが仕方ない。あの下水道に戻るより百億倍はマシだった。
貧乏長屋。とは言ったものの、一部屋辺りの面積はそれなりのもので、四、五人が生活する為のスペースは充分に確保されている。
アビーはその利用方法に苦慮しているが、この居住スペースは今の俺たちには広すぎる。はっきり言って、過ぎた代物だった。
少しの休憩時間を挟み、叩き起こされた俺は、仏頂面でアビーの愚痴を聞いていた。
「……広すぎる! なんかいい利用方法はないかい?」
「……アビー。あんたがリーダーだ。あんたの好きにすればいいだろう……」
「それさ! いつもそれだ! あんたのその言い種!」
アビーは足りない頭をこねくり回し、それでも答えの出ない現状に腹を立てているようだった。
「あんた、あたしを立てるフリをして、面倒事は全部あたしに押し付けてるだろう!」
「……駄目、なのか……?」
「駄目に決まってる! この馬鹿野郎!!」
「……分かったから怒鳴るな。あんたのデカい声を聞いてると、俺は頭痛がするんだよ……」
「なんだってえ!?」
閑話休題。
まあ、アビーを含めた全員が孤児の集団で、おつむの具合はよろしくない。
ぽんと価値ある物を突き出された所で上手い使い途なんて思い付く筈がない。俺としては、失敗しながらもアビーが経験を積めるなら、それもよしと考えていたのだが……
俺は少し考え、それから提案した。
「……俺の部屋は開放しよう。風呂場があるからな。裏手に排水路があって水捌けもいいし、ここで洗濯や炊事なんかもすればいいだろう……」
俺としては論理的に答えたつもりだが、アビーはそれに難色を示した。
「……ここが一番いい部屋なんだ。あんた、あたしの気遣いを無駄にしようって訳かい……?」
「……」
俺は呆れ、大きな溜め息を吐き出した。諭すように言った。
「……アビー。お前の気遣いは嬉しいが、俺たちは未だ小さくて弱い集団だ」
「はッ! あたしは弱くない! この前フランキーと揉めた時だって――」
競合相手がいる事は気になるが、今は、そのフランキーというやつの話はどうでもいい。
「まあ聞け、アビー」
腕っぷしも度胸もある。アレックスとも交渉の口を持てる程度には頭も回るアビーだが、孤児にしては、というレベルだ。
「お断りだね。あたしはあたしのやりたいようにやるんだ」
「……」
俺は呆れて首を振った。
アビーは苛立ちのぶつけ所を探しているだけで、実際には何も考えていないと分かったからだ。
すると……
「な、なんだい、ディ。なんだって黙るんだ……」
「……気が済んだなら、出て行ってくれ。少し思索の時間を持ちたい……」
俺としては論理的でない問答を打ち切りたかっただけだが、ここで何故かアビーは弱腰になった。
「ちょっ、待っ……ディ。分かった! 先ずはあんたの話を聞こうじゃないか。だから……!」
「……」
気が付くと、鬼娘やゾイが横目で見ている。面子を潰すのはアビーだけじゃなく、この集団全員の為にならないだろう。
その思惑から、俺は口を開いた。
「……これで俺たちが揉めるのも、アレックスの考えの一つなんだよ……」
「え……?」
「アレックスはこう思ってる。どうせ頭の悪いガキだ。安っぽい貧乏長屋の一つだって上手く切り盛り出来る訳がないってな」
その瞬間、アビーの狐目が見開かれ、剣呑な形に歪む。
「なんだと……!」
「実際、お前は持て余している。俺たちの人数に比して、ここはデカ過ぎるし、部屋数も多い。上手い割り当てなんぞ出来る訳がないんだよ」
苛立っていても、話を聞ける程度には頭が回るのがアビーのいい所だ。
おそらく、彼女は失敗を繰り返しながらも試行錯誤を諦めず、この場に至った。
「……」
改めて視線を合わせた時、眉間に皺を寄せ、険しい表情をしながらもアビーは落ち着いていた。
「ここでバチバチに揉めて、俺が追い出されでもすればしめたものさ。アレックスは大喜びで俺に手を差し伸べるだろうな」
その後は考えるまでもない。
そう時を置かずして、履いて捨てる程いるガキの集団が一つこの世界から消える。それだけの事だ。
「……」
アビーは真剣な表情で考え始めた。
「……あたしが馬鹿だった。ディ、あんたの話を聞かせておくれ……」
俺は小さく頷いた。
アビーの実際の頭は悪くない。理解させてしまえば話は早いだろう。先ずは……
「アビー。お前の一番の武器はなんだ?」
「え……それは……」
口の中でモゴモゴとやりながら、アビーがベルトに差したナイフに手を置いた所で、俺は首を振った。
「愚か者が。そんなチンケなナイフがどれだけの役に立つ」
「なん……!」
またしてもいきり立つアビーだが、そこは『神官』の眼力で黙らせる。聞かなければ、聞かせるだけの話だ。
「お前は確かに腕が立つ。頭も悪くない。度胸もあるし、口も回る。だが、それがなんだ? まだアレックスと張り合えるタマじゃないだろう」
海千山千の冒険者であるアレックスと比べられてはアビーも立つ瀬がない。そして、今、それを認める事は恥でもなんでもない。
「……」
アビーは悔しそうに唇を噛み締め、黙り込んだ。話を『聞く』態勢になったという事だ。
「数だ、アビー。集団でいる事が、俺たちの最大の武器なんだよ」
「集団……」
「そうだ。ここに居る全員がお前の力だ。鬼娘に猫娘、ゾイに……まぁ他にも居るが、勿論、そこには俺もいる。ナイフ一本とどっちが上かなんて、それが分からないお前じゃないだろう」
「…………」
「デカい拠点が出来た。今の状況はチャンスだ。もう、何をすればいいか分かるな。後は……」
そこでアビーは立ち上がった。
「後は、あたしの仕事だね」
この集団は、これからでかくなるのだ。
アビーは口元に不敵な笑みを浮かべていて、剣呑に光る狐目は、これから先の未来を見つめている。