哀れで歪んだ恋物語
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
愛され方を知らなくて 愛し方を知らなくて。
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
歪んだ愛をその身に宿し 愛する男に憎まれた。
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
燃えるお城のてっぺんで 復讐される時を待つ。
◇◇◇◇◇
燃える、燃える、城が燃える。
炎が辺りを赤く照らす謁見の間で、私は玉座に座りながら辺りを覆う炎を眺めていた。
配下の能無し共は既に全員逃げたか死んだかしただろう。
真っ赤な真っ赤なこの場には、私以外には誰も居ない。
近衛騎士が真っ先に逃げ出すなんて、騎士の誓いが聞いて呆れるわね。
「……まぁ、私を守りたい奴なんて、居るわけないか」
玉座の肘掛けに肘を置いて、クツクツと笑う。
騎士どもは、どいつもこいつも家族を人質に忠誠を誓わせていたようなもの。
反乱軍が国を占領し、人質だった家族が開放されたと知れば、私につき従う理由なんて無いのだ。わざわざ死を覚悟してまでこの私を――歴史上最悪の暴君、黒薔薇の君と蔑まれた私を守る訳もないだろう。
むしろ憎んで当然だ。下手したら、反乱軍と一緒に乗り込んでくるかも知れない。
それはそれで、まぁ構わないけれど。
「それでも、あいつ等になんて、殺されてやらないけどね」
呟いて、近くにあったワインを口に含む。
炎の熱でぬるくなってしまったワインは、とてもじゃないけど飲めたものじゃない。
それでも、カラカラに乾いた私の喉は水分を求めてワインを通す。
「ぷはっ」
グラスになみなみと入れてあったワインを一気に飲み干して、息を吐く。
そうしていると、謁見の間に通じる通路の向こうから、ガシャガシャと鎧の足音がした。
こちらに向かっているのだろうその足音は、1つだけ。
そう……1つだけ。
ああ、ああ! ようやく来てくれた。
私は踊りだしそうになるのを必死に堪えて、その人が来るのを待つ。
足音が1つだけなら、これはきっとあの人のモノだ。
この国1番の騎士だったけど、私に復讐する為に、騎士団を辞めて反乱軍に行った人。
期待混じりに謁見の間の燃え落ちそうになっている扉を見る。
すると、ついに足音はその扉の前までやってきて、ボロボロになった扉を壊す勢いで蹴り開けた。
木で出来た扉が開き、その向こうから入ってきたのは――
「フェリアナ!」
――ああ、ああ! ようやく来てくれた。
私の待ち人、私の愛しい愛しい騎士ヨハン!!
燃える炎とは真逆の青い鎧。
私が贈ったその鎧を着て、私の前に来てくれた!
ああ、ああ! 愛しい愛しい私の君!
「フェリアナッ!!」
ヨハンは私の名前を呼びながら、その顔を憤怒に染めて私の元へとやってくる。
当然だ。あの人の父を、母を、私は彼の目の前で殺して見せたのだから。
この人が私を“憎むように”私が自分の意志でそうしたのだから。
「フェリアナァァッッ!!!」
血に染まった剣を掲げ、彼が私の居る玉座へと近づいてくる。
その憎悪に染まった顔を見るだけで、ゾクゾクと体が火照る。射殺されそうに鋭い彼の視線に晒されているだけで、思わず達してしまいそうになる。
私が恍惚としている間に、目の前に来たヨハンの剣が突き出された。
けれど、突き刺さったのは私ではなく、私の顔の横。私の生を終わらせる為に突き出された筈の血染めの剣は、私が座るには少し大きすぎる玉座の背に刺さり、貫いている。
「……?」
どうしたのかしら? この国1番の騎士であるヨハンが、狙いを外す訳もないのだけれど。
「フェリアナ、何故だ……」
不思議そうに首を傾げてヨハンの顔を見れば、彼は何故だか泣きそうな顔をしていた。
どうしたの、ヨハン。そんなに悲しそうな顔をして?
貴方の両親を殺した敵は、憎くて憎くて仕方ないでしょう?
なら、もっと私を憎んでいる顔をしなくちゃ駄目じゃない。
「何故君が、僕の両親を……何故君が、この国を……」
ポロポロと、ヨハンが涙を零す。
ああ、ああ! 駄目よヨハン、そんな顔をしちゃ駄目駄目!
貴方は私を憎まなきゃ! 誰よりも、何よりも憎まなきゃ!!
「昔の君は、誰よりも優しかったじゃないか。なのに、何でこんな……っ!」
そうじゃなきゃ、私がこの国を滅ぼした意味が無いじゃないの。
「何かあったのか? なぁ、フェリアナ……」
そう言ってヨハンは縋るような顔をする。
なるほどね。貴方は私が昔の……まだまだ生娘だった頃のままだと思っていたいのね。
でも、駄目よヨハン。
私が貴方に見て欲しいのは、“今の”私なんだから。
「何も無いわよ、ヨハン」
だから、思い知らせてあげる。
“今の”私の、変わってしまった、変わりすぎてしまったこの愛を。
もう戻れない、醜く歪んで、どうしようもない程に歪みきったこの愛を。
「全て私の意志。私が望み、私がそうしたくてやったこと」
「フェリ、アナ……」
彼の頬に手を当てて、嗤う。
彼が私を存分に憎めるように、その心の奥底に私への憎悪が永遠に燻り続けるように。
「何故と聞いたわね、ヨハン? いいわ、答えてあげる」
そして刻みつけてあげる。
貴方の心の奥底に、この私を……フェリアナ=ブリュッセル=エーデハイドの事を。
どうしようもない憎しみと共に。永久に、永遠に。
「貴方の両親を殺したのも、この国をこんなにしたのも」
そうして貴方は、生涯私を愛し(憎み)続けるようになるのよ。
「面白そうだったから、ただそれだけよ」
「……っ! 貴様ァァァァァァァァッッッッ!!!!」
私の答えに、ヨハンの顔がまた憎悪に染まる。
そして彼は玉座に突き刺していた剣を抜き、今度こそ私の胸へと狙いを定め……。
「両親の……この国の敵、フェリアナ=ブリュッセル=エーデハイド! 覚悟っ!!」
真っ直ぐにその剣を突き出して、私の胸を貫いた。
「か……は、ぁ……っ」
ああ、ああ! 待ち望んだ時が来た!
これでヨハンの心は一生私の物! 私の心は一生ヨハンの物!
嬉しいわ! とても嬉しいわヨハン!!
やっと貴方の物になれた! ずっとずっと、幼い頃から愛していた貴方の物に!
ずっとずっと、私を憎み続け(愛し続け)て頂戴!
貴方は優しい人だから、私の事を忘れられないでしょう!?
貴方は一生、私に縛られてくれるでしょう!?
ああ、ああ! 愛しい愛しい私のヨハン!
誇っていいのよヨハン!
貴方の心を手に入れる為に、私はこの国もこの身もこの命も、それこを全てを犠牲にしたのだから!
これが、これこそが私の愛! 歪んでしまった私が、貴方だけに向ける愛!!
ああ、ああ! ヨハン!
私だけの愛しい人! 貴方の剣に貫かれ、私は貴方の物になる!
歓喜に包まれながら、遂に私の意識が薄れていく。
霞んだ視界で最後に見えた、愛しいヨハンの顔は憎悪で醜く歪んでいて、その目には私しか映っていなかった。それが嬉しくて、私は微笑んで目を閉じる。
――ああ、ああ。
ようやく、ようやく……貴方は“ワタシノモノ”になったのだ。
◇◇◇◇◇
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
歪んだ愛でその身を焦がし ヨハンの全てを憎悪に染めて 彼の心を手に入れた。
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
愛する男に憎まれて 血染めの剣が胸を刺す。
フェリアナ フェリアナ 哀れな女。
白いドレスを血に染めて 愛する男に殺された。
今は滅んだ東の国の 哀れで歪んだ恋物語。
なんぞこれー。
どうも、ラモンです。
これは、とある作者さんの企画に応募しようと思ってサラッと書いたけど、クオリティ低くて微妙な感じなのでボツになった作品です。
でも、何か消しちゃうのもアレなんで、そのまま短編として投稿してみました。
悲恋&復讐がテーマだったんですが……どうよ?(笑)
実験的に、最初と最後を童歌っぽくして、誰かが歌っているような感じを出してみたんですが、このリズム感を整えるのが異様に難しかった……。
もう2度としません。
でも以外と短編って楽しいですね。
そのうち、また何か気分転換に投稿するかもです。
……え? それならさっさと連載の方書けって?
そのとおりです、すいません。
※感想なんか貰えると嬉しいかもです。