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賞品発表よりも気になるもの

 爆弾発言をしながら公爵閣下はパチンとウインクしたわけで——おれのほうに。

 公爵の行動がおれに向けられたものであると、どれだけの人間が気づいたか。


「おい、あの冴えない感じの男が30センチオーバーを15尾釣ったっていうのか?」

「あいつ初日に51センチのボラを釣ったと言われていなかったか?」

「だが公爵のお手つきとなるとな」

「うむ」


 バレてるから! みんなおれのこと見てひそひそしてるから!

 ていうか「公爵のお手つき」ってなんだよ! 違うよ! おれはノーマルだよ!

 ステージ上の皆さんもおれのほうをじーっと見ている。注目集めすぎな。なんか下腹部がしくしくいいだしたぜ……トイレ行っていいですか?


『それじゃあ、今日の最後の発表は、入賞賞品よぉ!』


 おれのことなど気にしないで公爵は声を張り上げている。

 釣り大会では入賞者には「名誉」と「副賞」が与えられる。まあこの「名誉」ってのがくせ者で、「釣り大会上位」の肩書きを持っていると国際会議で発言権が増したりするもんだから、みんな必死なわけだ。

 でも、庶民派のおれとしては「副賞」もとっても気になります。ハイ。

 今回は優勝して、アガー君主国のやらかしたことを公表したりだとか、海竜との約束を守ったりしなきゃいけないとかいろいろあるんだけど、もらえるものがあるならもちろんもらいたい。


『例年通り、11位から20位までは大会記念金貨を1,000枚贈呈するわぁ!』


 これでどよめいているのは平民釣り師で、「ま、当然だわな」って顔してるのが貴族だ。

 金貨1,000枚。

 これ、おれはすでにランディーから聞いていたので知ってた。ちなみに日本円に換算もしてる。

 1億円くらい、である。

 いやー……マジで? って思ったよね。すごいことには非課税。さらには、この大会は毎年続くんである。「非課税で1,000枚とかやべえ! しかも大会は毎年! やべえ!」って猿のように喜んでいたら、ランディーは苦笑いして、


「100位以内に入れば、必ずと言っていいほど貴族からお抱え釣り師の打診が来るんだぞ? 記念金貨1,000枚ほどではないが、お抱えになればその10分の1の年俸はもらえる」


 年収1,000万プレイヤーの誕生である。

 いや、まあ、うん、まあね? おれはね? 魚を釣って悠々自適で行きたいから仕官の話とかは断りますけどね? それでも目の前に大金があったら、うろたえちゃいますよ!


『10位の副賞を発表するわぁ!』


 どよめいている平民釣り師たちと同じくらい心が揺すぶられていたおれを現実に呼び戻すオネエの声。


『10位は大会記念金貨2,000枚に、ノアイラン帝国「灼熱鍛造」製、グランフィッシングシリーズの釣り針を100本よぉ』


 いや、びっくりした。

 その発表内容はよくわからなかったんだけど(金貨2,000枚はわかったけどな)、発表直後に「うおあー!」とか「すげえ!」とかいう声が聞こえてきたんだもの。

 おれ、横にいるスノゥにそっと話しかける。


「灼熱工房? ってノアイランの工房だよな。そんなにすごいんだっけ?」


 スノゥはゆっくりとうなずく。


「あそこの釣り針は、1本金貨10枚という世界。それを100本ということは……豪邸が建つ」

「マジで!?」


 1周遅れて驚くおれ。

 それから公爵閣下はどんどん発表していく。順位が上がるごとに1,000枚ずつ金貨が増えていくことに驚いているのはおれだけで、他の人たちは付属の景品に狂喜乱舞していた。


『3位の副賞発表よぉ! ——と行きたいところだけどぉ、ここからは、副賞提供者にも登壇してもらいましょぅ』


 副賞提供者? 金貨くれる人ってこと? ——あ、違うか、景品を作ってくれる人、つまり鍛冶師が登壇するってことか。

 そのときおれは気がついた。公爵がおれに——じゃない、スノゥに視線を投げたのだ。

 公爵はわざわざ、このステージにスノゥを上げるように言っていたんだ。このため、か? これから出てくる「人」がなにかあるのか?


『3位以上の景品は、釣り竿、リール、釣り針のセットとなるわぁ。製造するのは、大賢者様お抱えの鍛冶師よぉ』


 瞬間、違った種類のどよめきが広がる。


「大賢者様がお抱えの鍛冶師を手に入れただと!?」

「初耳だな。大賢者様の要求を満たせる鍛冶師はこの世界にいないと思っていたが」


 誰も知らなかった情報らしい。公爵は満足そうな笑顔を見せると、


『では登場してもらいましょぉ? ノーザンドワーフ(・・・・・・・・)の鍛冶師、ゴルゾフよぉ!』


 みしり、と階段を踏んでステージへと上がってきた——男。いや、老人と言っていいだろう。

 長い白髪を後ろで無造作に縛っており、低い上背のため、腰の下まで垂れ下がっている。身長の割りに身体は筋肉質だった。

 そして赤く焼けた鼻の上には深いブルーの目がある。

 目の奥に——雪の結晶の紋様が散っている。おれは、それと同じ目を知っている。


「お祖父ちゃん……!」


 スノゥと同じ目だ。




 それからゴルゾフは朴訥とした語り口で、1位から3位の釣り竿やリールに使われている素材や技術について説明した。最初はゴルゾフの身元を知らない者も多かったが、説明を聞いていくにつれて「こいつはすごい鍛冶師だ」という認識が広まっていった。

 だけどおれは解説が全然頭に入ってこなかった。

 横のスノゥはおれのてをぎゅううと握りしめて、祖父の姿を見つめていた。

 スノゥの祖父ことゴルゾフは、ある日突然息子に「鍛冶工房を任せる」と言うや放浪の旅に出たと聞いている。

 それからどこをどう旅したのか——まったく音信不通だったようだ。もちろん、スノゥとしては「死んでいるかもしれない」と考えたことだってあるだろう。

 そんな祖父が——こうして、現れた。大賢者お抱えの鍛冶師となって。

 公爵はスノゥがゴルゾフの孫だってことを知ってたんだな。

 結局、ゴルゾフは一度もこちらを見ることもなく降壇していった。


「いやぁ……驚いたな」


 おれたちは公爵の押さえてくれた宿に戻っていた。クロェイラは里に帰り、次に来るのは授賞式だと言っていた。海竜は海竜で忙しいのだろうか。

 明日の釣り場は首都下にある港なので、この宿から向かうことになる。


「なにかあったのですか?」


 ゴルゾフが現れてからのおれとスノゥが、固まったことについてはリィンも気づいていたようだ。おれは軽く、事情を説明する。


「あの方は、スノゥさんのお祖父様でしたか」

「……ん。何年も行方不明だった」

「そうですか……驚いたでしょう?」

「大丈夫。生きててよかった」


 リィンの言葉に気丈に振る舞うスノゥだったが、スノゥが動揺していたことはおれにはよくわかる。めっちゃおれの手、握りしめてたもん。いまだにおれの手、赤いもん。痛い。


「ハヤト様、スノゥのお祖父様にはもう会えないのですか?」

「あー、明日の3日目が終わってから、明後日の授賞式に出れば会えるだろうな。確か20位以内ならその後のパーティーにも呼ばれるんだよな、ランディー」

「え? あ、ああ……そうだ」


 ひとり、ぼうっとしていたランディーがうなずく。


「ランディー……ディルアナ子爵のことが気になるのか?」

「……気にならないと言えばウソになる。でも、彼女はすごい。女性であのポジションにつけたのは前人未踏だ」


 10位内に入れば、女性釣り師として初の快挙であるという。

 ランディーが、そこにライバル心をかきたてられないわけがないよな。


「よかったな、ランディー」

「? なにがだ?」

「明日、ディルアナ子爵と直接対決できるだろ? 正々堂々、なんのしがらみもなく戦えるじゃないか。どうせなら隣で釣ったらいいぞ。白黒ハッキリするし」

「……ハヤト、お前というやつは」


 呆れたようなランディーだったが、それからくすくすと笑った。な、なんだ?


「私は、ハヤトのタックルの力を借りてようやく100位内に滑り込んだというのにディルアナは自力であそこに立っていた……ということをくよくよ悩んでいたのがバカらしいな。お前の言うとおりだ。彼我の差は大きいが、それならば明日真正面から戦って勝てばいい」

「そうだろ? がんばろうぜ!」

「ああ」


 おれとランディーがお互いニヤッとすると、


「ハヤト。あたしもそうする」


 スノゥが言い出した。


「なにがだ?」

「もっと前向きに、ワガママに生きるということ」


 いやほんと……なにがだ?

 全然わからん。

 だけどカルアはカルアで「そうですよね!」とスノゥを励ますし、リィンもうんうんとうなずいている。


「ちょっと待て。まるでおれが前向きでワガママみたいな感じじゃないか?」

「? そうでしょ?」


 当然だよね? みたいにスノゥが首をかしげている。くっ、小さい子に無邪気にやられると、「あ、おれってポジティブワガママなんていういちばんめんどくさい感じの男なんだー、そっかー」みたいに納得しちゃうから止めてくれ! お、おれは、繊細なんだ! いろいろうじうじ考えちゃうんだ!


「ハヤト、だからお願いがある」

「お願い? 改まって……なんだよ」

「……3位内に入って。お祖父ちゃんのタックル、あたしが欲しい。それで研究して自分の力にしたい」


 ああ、そういうことか——。

 おれはスノゥがなにを悩んでいたのか、その一端に気がついた。

 いなくなっていた祖父のことが心配だったのはそうだろう。でも、それ以上にスノゥは、


「スノゥは研究熱心ですねぇ……」


 感心したようにカルアが言う。

 そう。「研究バカ」なのだ。

 おれに「あのタックルが欲しい!」と言うのをためらっていたんだろう。


「スノゥ、3位内なんて言うなよ。おれは優勝しか狙ってないからな」

「ハヤト……」

「んで、受賞パーティーで、お前の祖父ちゃんに見せてやろうぜ、スノゥが作った天秤とか、飛ばしウキとかな! 絶対びっくりするぜ!」

「うん——うんっ、そうする!」


 顔をパァッと明るくさせたスノゥは、カルアといっしょに「ハヤトはやると言ったらやる」「ハヤト様なら絶対ですよね」「きっと美味しいものがいっぱいある」「美味しい……お肉もあるんでしょうか」「きっとお肉パラダイス」「ONIKU PARADAISU!?」とか話し合っている。

 ……自分で、めっちゃハードル上げちまった気がするぜ……。


「ハヤト、リィン。明日の釣り場について話をしよう」


 ランディーが地図を広げながら言った。それは首都の港湾全体の地図だった。

 会場がどこからどこまでなのかが明記されている。

 おれは目を見開いた。


「昨日と同じで、付き添いとしてリィンやカルア、スノゥの立ち入りはできない。だけど関係者の待合場所がいくつかあるから、そこを決めておこう。それにハヤト——」

「ああ……言いたいことはわかる」


 港は、弓のように弧を描いた湾の——もっとも奥に位置していた。

 大型の回遊魚もおそらく入ってこないであろう場所。

 つまり、おれのルアーにとって最も相性の悪い場所だった。

超長距離パスでしたが、スノゥのお祖父ちゃんがここで登場です。出せてよかったぜ……。

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